「……で。いつも通りゲオルグ殿の部屋ですかー?」
「人目くらいは憚るものだろうが」
「いつも憚ってますよー」
口を尖らせて抗議するのは、まるで子供だ。本当に憚る気があるのか知れたものではない。
フェリドがどれほどこの男を甘やかしたのかと、ゲオルグは頭痛を覚える。自分の息子と一緒に、兄弟のように接したのだろう。想像はたやすい。
カイルはゲオルグの顔を覗き込むと笑う。
「なんで黙っちゃうかなー」
「心当たりくらいあるだろう」
「全くないわけじゃないですけどね」
ほとんどないと言わんばかりに悪びれもなく肩を竦め、するりと細く開けたドアの内側に身を滑り込ませる。ゲオルグの部屋のベッドに腰掛けると、スプリングがかすかに悲鳴を上げた。
ドアを静かに閉めるゲオルグを見上げる目は、どこか子供じみている。
「まあ、隠しておくものですよね」
「おおっぴらにするものじゃあないな」
秘めてこそ燃え上がるものもある。それはそうだが、頑なに秘めたままでいると、少しは淋しい。
「そういう風に言われると、崩してみたくなるんですけどねー」
「…………」
「睨まないでくださーい。ゲオルグ殿は片目でも充分怖いですよー」
おどけたように言い、誰のせいだと舌打ちを耳にすれば「オレのせいですー」と笑って返す。
間近に立ったゲオルグの袖を引っ張り顔を寄せると、音を立てて口付けた。
どちらからともなく舌を誘い出して絡め合えば、自然と口付けは深くなる。口中を蹂躙し蹂躙され、息が上がり始める頃には違いの衣服を剥いでいる。
比較的脱がしやすいゲオルグの服はともかく、カイルの女王騎士装束は難敵だが、ゲオルグの手は澱みなくカイルから胴巻きや襷を剥いだ。ブーツを互いに器用に脱ぎ捨てれば、下衣に手が伸びる。
「慣れましたー……?」
最初の頃は騎士装束の構造がわからず、四苦八苦していた。カイルが自分で脱いだこともある。
ゲオルグは苦笑するとカイルの裸の背を撫でた。
「何度も脱がしていれば、な」
「やらしい発言ですねー」
「止めるか?」
「それもありかなー」
互いに止める気などないくせにそんな軽口を叩きながら体をまさぐり合い、行為への期待を高めていく。
背を支えながらカイルをベッドへ押し倒すと、胸元へ口付ける。掌は下腹や腰を撫で、下衣を剥いだ。
足首あたりに纏わり付く衣をカイルが蹴飛ばすように脱いでしまえば、脚の間にゲオルグが割り入り、太腿を撫でる。素面の羞恥心が残っているのはそこまでで、再度口付けて肌をまさぐりあえば、理性より肉体の欲求が勝っていく。
もう何度目かわからない行為でもやはり欲情することに妙に感心しながら、互いの肌、肌から伝わる熱に没頭した。
この身を圧迫し、きつく圧し広げるものを受け入れることに慣れたのは、いつからだったか。もう覚えてはいない。
まして突かれ、内部を擦られることが気持ち良くなったのがいつからかなど、覚えているはずもなかったし、覚えていたくはない。
「あっ、あぁ……ッ」
脚を大きく広げられ、それぞれゲオルグの上腕に掛けられたまま深く突き入れられる。身動きが取りづらいが、されるがままではいたくないので腰は使った。目茶苦茶に動けば翌朝に響くのはわかっていたが、一日中ではない、はずだ。
今が気持ち良ければ良い。
「ん、あ、あっ……ゲオルグどのぉ、もっと……っ」
「もっと、何だ……?」
「突いて、くださ……っ、ぁあッ……」
体が求めるままにねだるカイルに口付けを落とし、腰を引き寄せれば嬌声をあげて腰をよがらせる。肩から腰のラインの美しさに目を奪われながら、ゲオルグはカイルの内部を苛んだ。
望まれるがままに突き上げ、焦らすように掻き回してぎりぎりまで引き、また突き上げる。敏感に反応する箇所をわざと掠めて責めれば、自らそこへ宛てようと揺れ、あるいは意地の悪さを責めるように締められる。ゲオルグが低く呻けば、カイルは薄く笑む。
「いじわるするから、おかえし、です……っ」
「……そんなこと言って、いいのか……?」
主導権はこちらにあるとばかりに口許を笑みの形に歪めたゲオルグに不穏を感じたが、もう遅い。
「え……、あっ、何するんですか……っ」
脚を下ろされたかと思うと、滴らせた先走りに塗れた性器を、根本からきつく握り込まれる。そのまま先端を指の腹で愛撫された。カイルの背にきつい悦が走る。
「んっ……やぁっ……」
指の腹で弄るたび、身をよじる。だが繋がったまま急所を握り込まれていては逃げることもできず、ゲオルグの下で身悶えた。
意地が悪いのは百も承知で、先端ばかりでなく腰も揺らす。いよいよカイルの声は苦しげな切迫を帯び、少しでも逃れようというのかゲオルグの上腕や肩に強く爪を立てる。
「ゲオルグどのっ……もぉ、やだっ……」
指先で性器の裏側を撫でてやると、息を飲み肩を聳やかす。嫌だと言いながらも蒼い眼からは情欲の焔は消えず、体はうち震えている。
どうして欲しいんだ?
耳元で囁いた言葉に、カイルは顔を逸らす。恥じらっているのか悔しがっているのか判別はつかなかったし、どちらでも良い。時に恥じらいもなくゲオルグの性器を銜えるくせに、こんな時には可愛いげがあるのは何故か。
顔を逸らす時にちらりと見える瞳の色が、ゲオルグは好きだった。
「……意地悪しないで、ください……」
「それだけか?」
いちいち耳元で囁くのは反則だとカイルは思う。抵抗が無駄だと、いちいち思い知らされているようだ。それ以上にゲオルグの情欲も露な声に弱いだけなのだとわかっている。
言わせる立場であるならカイルも躊躇はなかったが、言わせられる立場になると話は別だ。迷いながらも言ってしまえるのはその程度には蕩けているからだが、これには自覚がない。
両腕をゲオルグの首に絡め、間近に引き寄せる。耳元で囁き返せば、満足げな笑みを浮かべられて口付けを寄越される。
飽きずに体を重ねられるのは交わせるだけの情があるからだと、二人は信じていた。
「あー……」
熱の冷めやらぬ体を離し、隣に並んで寝転がる。今は体を拭くことすら億劫だった。
「ひどい声だな」
苦笑しながらゲオルグがベッドを離れ、テーブルに置いたままの水差しからグラスへ水を注ぐ。カイルがじっと見ていると、一口飲んだ後で渡してくれた。
「誰のせいでしょーね」
「さあな」
とぼける顔が小憎らしいが、下手に返すとろくでもない答えでさらに撃沈しかねない。大人しく、グラスに口を付けて水を飲み干した。グラスを返すと、さらに一杯注いでゲオルグが飲み干した。彼も喉が渇いていたようだ。
隠されていない半顔の、こめかみを伝い、汗が一滴流れる。乱れていた呼吸は、とうに平常のものに変わっていた。大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。カイルは己ばかりが乱された気がして、少し悔しかった。
「……暑くないですか?」
「ん?」
唐突なカイルの言葉に振り向いたゲオルグに、己の左眼のあたりを指で示した。
「最中も、付けたままだから」
「ああ……気になるか」
「ならないほうがどうかと思いますけどね。……そんなにひどい傷痕なんですか?」
不躾かと思ったが、好奇心が口をついた。言ったすぐ後で怒られるかと思ったが、ゲオルグは薄ら苦笑しただけだ。
ゲオルグが眼帯を外したところを、見たことがない。眠る時も、風呂に入る時ですら、付けたままでいるのだ。もしかしたらフェリドは見たかもしれないが、今となってはゲオルグに問うのも気が引けるため、確かめようがない。
顔を洗わないはずはないから、外す時はあるだろう。しかし誰も、こうして褥を共にしているカイルすら見たことがないのだから、他に見た人間がいるとは思えない。
隠されたものが気になるのは人の性だが、自ら暴き立ててはいけない、とカイルは思う。ねだるのもいけない。無理矢理に見せてもらうのではダメだ。
じっとゲオルグを見上げる。苦笑を曖昧な笑みに変えた彼は、子供をあやすようにカイルの頭を撫でた。
「いつか、な」
確約ではない約束。
約束をくれただけマシか。約束を違える男ではない、と思う。思いたいだけかもしれない。
それとも、これが惚れた弱み、だろうか。
仕方ないと溜息を吐き、カイルはにこりと笑った。
「はい。必ずですよー?」
「ああ。……気にするとは思わなかった」
「どうしてですか?」
「今までそんなこと、言ってきたことがなかっただろう」
興味ないのかと思っていた、とゲオルグが言えば、苦笑するのはカイルの番だ。
「ゲオルグ殿から言ってくれないかなーって思ったんですよ。……気になるっていうか、興味ないわけないじゃないですかー」
好いた相手のことだから、何でも興味があるに決まっている。ゲオルグが己のことをすすんで喋る男ではないとわかっているが、だからこそ何が地雷かわからない。
ゲオルグはいつものように口の端で笑うと、グラスを置いてカイルの頭を撫でた。
「いずれ、な」
「そればっかりですねー。いいですけどー」
少し拗ねたように口を尖らせれば、ゲオルグの唇が落とされる。じっと見上げれば、瞼や頬にも落とされた。
眠るぞという言葉に頷き、ベッドの隣に潜り込んだゲオルグの胸に抱き込まれる。薄ら熱の残る肌に肌を付け、カイルは目を閉じた。