湖底に沈め

 ゴドウィンとの戦いを裏で支えるゲオルグが、セラス湖の城に滞在する時間は短い。
 たまにふらりと戻ってきては各地の様子を報せ、あるいは軍師に与えられた任務の首尾について報告し、長くとも数日でまた別の地へと出て行ってしまう。
 軍師であるルクレティアの命令であったり、ゲオルグ自身の考えで行動を起こすこともあるのだが、ゲオルグを慕う王子と一ヶ月以上顔を合わせないことも珍しくはなかった。
 王子にしても軍主だから何もしていないわけではなく、むしろ自ら先頭に立ち何事かを成していることのほうが多い。無論単独ではなく、彼の護衛であるリオンや、仲間になった者たちが常に付いているため、不安はない。
 逆に言えば、ゲオルグにとっても会いたいと思った人に必ずしも会えるとは限らないことになる。仕方ないと割り切っているから寂しいとは思わないが、物足りなさは感じている。
 ルクレティアへ報告を終え、次の仕事にかかる前に数日ばかりの猶予を与えられた。偵察は重宝するが、働きづめにさせるつもりはないということだろうか。あるいはこの先、きりきり働かざるを得ない状況になるのかもしれない。だとすれば休息は休息で意味を成す。
 この機会に武器や防具の手入れも済ませてしまおうか。そういえばブーツの踵がずいぶん磨り減ってしまった。新調したほうが良いだろう。そんなことを考えながら城を構成する主塔から出ると、見知った顔がやって来た。
「ゲオルグ殿、戻られたのですか」
 以前会ったのは、ちょうどベルクートがマリノとともに王子軍へ参入した時。あの時はゲオルグが出かける間際だったため、ゆっくりと話をする機会などはなかったが、変わりない様子に安堵する。
「つい先程な。調子はどうだ?」
 闘神祭での一件以来の付き合いだが、共に戦うのは初めてである。にもかかわらず信頼めいたものがあるのは喜ばしい。
 腕の立つ仲間が増えるのは大歓迎だ。何しろ実戦の経験が少ない志願兵も少なくない。一人でも兵を指揮できる人間、戦場に立てる人間が増えれば、遭わなくていい危機を回避出来る可能性が増える。
「鍛練は怠ってませんよ。王子殿下も、以前よりずっと逞しくなられた」
「そういえば、あいつともしばらく会ってないな……」
 親友の息子の顔を脳裏に描く。太陽宮から脱出したあの夜以来――いや、出会ってから、彼は強くなった。緊急事態にその人間の本性が見えるというが、だとすれば王子は見事に両親の血を受け継いで、それを活かせている。
(戦いが終結した後には、きっと俺の力は不要だな)
 そうあって欲しいと願っている。
 望むと望まざるとに関わらず、彼は彼の母に似過ぎていた。本来ならば傍で、サイアリーズやカイルのように支えるのが良いのだろう。王子の心情としても。そうしないのはゲオルグのエゴでもあり、逃げでもあったし、いつまでも人を当てにするような子供では困るからでもある。
 それでなくとも人の一生は重い。そのうちの何割かといえども、関わるだけで充分だ。
 他人の束縛とはなるべく無縁でいたいゲオルグとしてとしては、王子が幼子のように独り立ち出来ずにいるままではフェリドに顔向けができないし、束縛を受けている気がして困るのである。
(……まあ、あまり心配しすぎなくても大丈夫だとは思うが)
 王子は本当に妹を好いていて、彼女を救うという目標にがむしゃらだ。時々他に目をやればいいのにと思わないでもないが、そのあたりはルクレツィアがうまくカバーしてくれている。リーダー性なども近頃では出て来たようで、まずは一安心といったところか。
 最近ではレルカーでの惨事が記憶に新しい。まさか女王騎士であるザハークが街を焼くなどという非道を働くとは予想外だったが、そのおかげで街の消火、街人の救出に力を尽くした王子の株はいっそう高まった。
 ルクレティアの王子を見る目も、頼もしいものに変わっているという。この城にいる者たちの表情も明るい。良くも悪くも、軍はリーダーの言動を敏感に反映する。
 今この城に明るさが満ちているのなら、軍主である王子が笑顔でいるからなのだろう。
 ベルクートは頷き、「でも、」
「あまり表には出されませんが、やはり淋しいのではないでしょうか。リオン殿やサイアリーズ様もおられますが、闘神祭の時、王子殿下はゲオルグ殿にとても懐いていらっしゃるようにお見受けしました」
 王子がゲオルグに懐いているのは、太陽宮にいた頃からの付き合いであることと、常に一定の距離を保てること、後はフェリドの存在が大きいだろう。ゲオルグを通して父の存在を見ているのかもしれないが、それは仕方がない。許せないほど狭量ではない。ゲオルグにしても王子のことは親友の息子として、あるいはそれ以上に も大切に思っていた。だからこそ今は距離を置いているのだが。
 ベルクートの言葉に頷くと、己の頬を撫でる。
「そうだな……次の仕事に出るまでは、大人しくここにいよう」
「きっと殿下もお喜びでしょう。俺がゲオルグ殿と代われたら良いのですが」
「気にするな。それぞれの持ち場で出来ることを果たせばいい」
 自分に言い聞かせるように言うと、笑顔で頷いたベルクートとどちらからともなく誘い合い、訓練場へと赴いた。
 
 
 
「あれー? 戻って来てたんですねー、お帰りなさーい」
 間延びした労いを寄越してくれたのは、自称不良騎士のカイルだった。軽く手を振ると、皿とフォークを片手に傍に来る。
「ああ。昼過ぎにな」
 ベルクートに武術指南をした後、たまたまランに武術指南をしていたゼガイに申し込まれ、日暮れまで武術指南、というより手合わせをしていた。
 日暮れで終了したのは視界が悪くなったからというより、戻って来てから何も食べずに動き回ったため、さすが腹が減ったのだ。
 カイルと顔を合わせたのは、ゲッシュの畑の傍で行われていたバーベキューで食事を始めようかとした時だった。まだ畑で収穫できるものは少ないが、レルカーからやってきた人たちを歓迎するためにも是非、とゲッシュが願い出たらしく、反対する理由もないということで開催が決定された。正式なバーベキュー大会は、王子が 戻ってきてから行われるらしく、今日は「前哨戦なので軽めにお願いしますね」と底の知れない軍師から釘を刺されているそうだ。
 ともあれ、大勢で賑やかに食事をするのは悪くないことだ。
 レインウォールにいた頃には考えられないくらいに増えてきた仲間たちの顔を見回しながら、どこか感慨めいたものがゲオルグの胸に湧く。
 隣にやってきたカイルはゲオルグの顔を覗き込むと首を傾げた。
「あれ? オレもここにいましたけど、ゲオルグ殿を見かけませんでしたよー?」
「ベルクートと訓練場にいたからな……」
「えー! オレも行けばよかったー!」
 少しだけ口を尖らせ、心底から悔しそうな表情をする。子供のような仕草が似合うとはいえ、一応一人前の男に告げるのは控えた。告げたところで、カイルが喜ぶとも思えない。
 その代わりのように肩を竦めた。
「残念がることはないだろう?」
 数日は留まることが決定している。その間にカイルの武術指南をすることは勿論、可能だ。
 しかしカイルは首を横に振る。
「残念ですよー?」
「……何故」
「ベルクート殿くらい腕が立つ人が相手なら、ゲオルグ殿も張り切って思い切り稽古つけちゃうでしょー?」
「張り切って、はともかく、否定はしないが……そういうおまえも腕が立つだろうに」
 たとえ武術が苦手な者が相手であっても、基本に立ち返った指南は自分のためになる。だからそういった意味で指南相手を差別することはないが、腕が立つ相手なら全力に近い形で指南をすることができる。ベルクートだけでなく、例えばゼガイも同様だ。
 カイルも女王騎士であり、剣の腕は相当立つ。指南を頼まれたのも、一度や二度ではない。剣での一撃は致命傷を与えるには及ばないが、身の軽さを活かした剣技に彼が得意とする魔法が組み合わされると、ゲオルグですらひやりとする瞬間がある。素早さに関しては数段ゲオルグのほうに優があるため、まともに食らったことは ないが、食らえば相当ダメージを受けるに違いない。
 カイルは苦笑しながら首を振る。
「ゲオルグ殿が指南してるのを見たかったんですー。オレに指南つけてたら見れないでしょー?」
「そういうものか?」
「そういうものです」
 笑顔で断言されると、そんなものかと納得してしまう。まあ確かに人が動いているのを見るのも鍛練になるか。思い、頷いた。
 だがカイルには苦笑された。その意味はゲオルグにはわからない。
「それより食べてます? トマトの焼いたやつが意外に美味かったですよー」
「そうか」
「玉葱もすごーく甘かったしー、魚も焼けてますよー」
「……マメだな」
 素直な感想を口にしただけだったが、カイルは何故か慌てた。
「そ、んなことはないですよーっ? ちょうどよく焼けてたから、タイミングですタイミング!」
「そうか?」
「そうですよー」
「女にしてやれば喜ばれるだろうに」
「女の子は、男にしてあげるほうがいいみたいですよー。全員じゃないですけどねー」
 ほらあそこ、とカイルが指を指すほうを見れば、マリノがベルクートの世話を焼いているらしい姿が見えた。ベルクートが当惑しているように見えるのはきっと気のせいなのだろうが、ベルクートのためにあれこれ取り分けているマリノはとても楽しそうだ。
 よくよく周囲を見てみれば、そんな男女はあの二人だけではなさそうである。
「……なるほど」
「ね? まあ、可愛い女の子は好きですけどー、今声をかけて揉めるのはまずいかなーって」
「ほお、おめえでもそんなこと思うのか」
 揶揄を含んだ声に振り向けば、厳つい顔をした男がカイルを見て人の悪い笑みを浮かべていた。
 誰だと疑問を口にするより先に、カイルが「おっちゃん!」と苦笑する。
「ひっどいなー、オレだって時と場合は考えるよー?」
「相手は考えなかったのにか」
「それは言わない約束でしょー!」
「焦るくらいなら自分の言動を改める気にはならねぇのか」
「それはまあ、無理ですからー」
「開き直んな」
 テンポの良い二人の会話に口を挟む間などなく、思わず見守っているとカイルが気付いてくれた。
「あ。ゲオルグ殿、この人はですねー、レルカーの顔役をしてるヴォリガっておっさんで、小さい頃に世話になった人です。口は悪いけどいい人ですよー。おっちゃん、こっちが女王騎士のゲオルグ殿ですー」
「口は悪ィってのは余計だ。……女王騎士のゲオルグか。あんた、あっという間に有名人になっちまったなぁ」
「おっちゃん、それフォローになってない……」
「うるせえ! 俺が気の利いた台詞なんざ言えねえことくらい、カイル、おめえは承知してるだろうが!」
「いや、オレは確かに承知してるけどさー」
「相変わらず馬鹿馬鹿しいほど騒いでいるな、おまえたちは」
「何だとオロク!」
「あーもー、オロクさんも余計にややこしくしないで下さいよー! 二人ともいい年した大人なんだから、落ち着いて下さい」
「カイル、俺は大人だ。子供なのはそいつだ」
「てめえ……」
「ワシールのおっちゃん! 助けてー!」
 一瞬ゲオルグの眉が跳ねたが、その場が賑やかになってしまったため、かすかな変化に気付いた者はいない。
 ゲオルグは誰にも悟られないように小さく溜息を吐くと、気配を消して手早く食事を済ませ、自室へ引き上げた。
 酒を飲んで気が晴れるとは到底思えず、かといって誰かと話して気が紛れるとも思えない。こんな時、個室を宛がわれたのはありがたいと思う。誰に気兼ねすることもなく、思考の海に溺れることができる。考えすぎるのが良くないことも知っている。適度なところで引き上げるつもりだった。マントを椅子の背にかけるとベッド へ仰向けに寝転がる。
 セラス湖の城は、個室に入ってドアを閉めてしまえば外音に悩まされることはない。逃避するには結構だが、外の微妙な変化にも気付きにくいということにもなり、万一のことを考えれば単純に利点であるとは言いがたい。特に敵は幽世の門という暗殺集団まで擁しているのだ。太陽宮が陥落した時と同様、またあれが大挙して襲 ってきたら――わずかでも気付くのが遅れれば、命取りになるのは間違いない。
(……物騒なことを考えているな……)
 そのくらい、あの軍師が考えていないはずはない。軍師が反対しなかった限りには、何か考えがあるのだろう。ちらりと話を振った時に、意味ありげな笑いを浮かべていたのが気になるところだが。
(まあ……この件はいいか……)
 ゲオルグは己が考え事を――特に感情が絡むこと――するのには向いていないことを理解していた。戦場での戦略ならばともかく、感情は筋道を立てて攻略できるものでもない。ただ己の心を落ち着けたり、不明を明らかにしたり、暇潰しにはなる。今は前者か。
 カイルは気付くだろうか。
(……気付くに決まっている)
 つい先ほどまで横にいた人間がいなくなったのだから、気付かないほうがおかしい。そこまでは問題ではない。問題はその後だ。
 ――『いないとわかったらどうするか?』
 気付いても、この部屋に来るとは限らない。だが、ああ見えて彼は親しい人間には気を遣う。少なくともゲオルグは嫌われてはいないはずだから、食事が終わったら彼がこの城のねぐらと決め込んでいるゲオルグの私室を訪れる可能性は充分にあった。
(……できれば、来ないで欲しいが……)
 そんな考えとは裏腹の行動を取ったくせに、と自嘲を禁じえない。気にされたくないなら、あの場を適当に過ごし、騒動が収まったのなら労いの言葉のひとつでもかければ済んだ。
 だが本当に来て欲しくないと思っているのも事実だ。今、顔を見られたくない。あの場を去ってから何があったかなど、聞きたくもなかった。
 重い溜息は胸元を滑り、床に落ちて散らばった。染みひとつみあたらない石造りの天井を見上げる。ぼんやり思考の海を漂っていると、控えめなノックに意識が引き上げられた。告げられた名は、予想通りの人物のものだった。
 居留守を使うことはせず、返事で入室を許すと、薄く開いたドアの影からカイルが顔を覗かせた。
「やっぱり部屋に戻られてたんですねー」
「ああ……」
「どうせならちゃんと紹介したかったんですけどね……おっちゃんたち。レルカーに行った時もあんな感じで、大変だったんですよー。」
 特にヴォリガには子供の頃から世話になった、親代わりのような存在なのだと、過去を懐かしむ表情で教えてくれた。
 そういえばカイルは孤児だったのだと、以前に聞いたことがあった。故郷で世話になった人がいると言っていたが、それがあの男だったのかと、カイルとやり取りしていた男の顔を思い出す。厳つい顔ではあったが、情に厚い男なのだとカイルが教えてくれる。顔は全く似ていないが、面倒見が良い点はフェリドと同じだなとゲオルグは思った。もしかしたら面倒見が良い年上の男に弱いのだろうか、などと、愚かな考えすら頭をよぎる。
 今でなければ、そんな話も落ち着いて話せた。
 今でなければ、根掘り葉掘りと色々なこともさりげなく突っ込んで聞いただろう。
 どうして今、そんな話をしているのか。
 苛立っていると、カイルが顔を覗き込んできた。
「ゲオルグ殿?」
 手を伸ばして腕を掴み、引き寄せると体を反転させてカイルをベッドへ押し倒した。何かを問いかけたくちびるを己のくちびるで塞ぐと、手早く服を脱がせにかかる。
 余裕がないとは、己で一番感じていた。
 
 
 
「っ……、ゲオルグ殿っ、待って……!」
 逃げをうつカイルの腰を掴み、引き寄せる。抜けかけていたものが奥まで穿たれ、カイルが小さく悲鳴を上げた。
「待って下さっ……やだっ……!」
 必死になってゲオルグの動きを制止しようと、あるいは体を離そうと手を伸ばし、後ろ手を背に覆いかぶさったゲオルグの肩に掴ませ、突っ張らせる。逆にその腕を掴んで引き寄せれば、いっそう奥まで挿入された。反らした白い喉からまた悲鳴があがる。
 肘の上あたりを掴み直して逃げを封じ、拘束を緩ませては引き寄せ、腰で勢いよく突き上げてやれば、抽挿はより激しさを増す。
 膝で体を支える不安定さのせいで緊張したカイルの体は、内部の締め付けも強くなる。きつさにゲオルグは眉間に皺を寄せたが、止めようとはしない。それどころかカイルの中を刔るように貪った。
「もぉ、や、あッあ、あ……ッ」
 逃げを打つことも出来ない状態で、カイルは必死に言葉でのみ抵抗を示す。無理もない。既に四度は達していた。そろそろ限界だろう。
 ゲオルグは少なくとも一度だけは達し――今、二度目を迎えようとしている。満足という状態には足りず、あと何度か出来るのは間違いない。だがそこまでする気もなかった。
 そもそも体力が圧倒的に違う相手をゲオルグのペースで抱けばどうなるかは深く考えなくともわかることで、実際今まで試したことはない。
 立て続けに何度も精を吐けば、もう達することはないか。これ以上は拷問だろうか。
 だがまさぐったカイルの性器はゲオルグの予想とは裏腹に、固く勃ちあがって先走りさえ零していた。何度も吐かされた精液のせいでどろどろになった性器は、手の中で滑るように扱ける。
 びくりとカイルの内股、ゲオルグの性器を咥えこんだままの内壁が緊張する。ゲオルグはにわかのきつさに小さく呻いたが、手の中の性器を離さず、弄り始める。
「ゲオ……ルグ、どのっ……」
 何度目か、困惑と懇願を含んで名を呼ばれる。細く金の眼を眇めた。その眼は獲物を狙う猛禽類のようで、獰猛すら孕んでいるように見えた。
 正面からの行為であったなら、カイルは射竦まれたかもしれない。それでも最初はともかく、ゲオルグが何を考えて後ろから嬲るような行為を続けているのか、その理由の幾莫かはわかったかもしれないのだが。
 逆に、それを悟られたくはないからこそ、後ろからの性交を続けたとも言えた。今ゲオルグが抱いている感情がどんなものであれ、ゲオルグ自身にとって愉快な感情ではないことはわかりきっている。
 カイルが限界を訴え、鳴咽にも似た声を上げる。ゲオルグは肩甲骨のあたりに口付けをひとつ落とすと、弄っていた前を塞き止め、片手でカイルの腰を掴んで揺さ振りだす。
「あっ、ああ……ッ、ゲオルグどのぉっ……やだっ、はなして……!」
 達する間際に追い詰められ、嬌声には切迫が濃くなり、悲鳴じみた懇願をされるが、まだ応じるつもりはなかった。わずかに振り返り、ゲオルグを見つめる蒼い眼は、情欲の炎を消しきれていない。もっと煽りたくなってしまう。
 ゲオルグの性器の一番張った部分がカイルの中の一点を擦り上げるたび、蕩けた声が上がる。その声が聞きたい。いや、声ではない。
 呼ばせたい。
 その声で、くちびるで、ゲオルグはカイルが己の名を呼ぶことを欲していた。
「あ、っああ……ッ、ゲオルグどのぉ……も、お……っ」
 内部の収縮がきつくなり、ゲオルグが小さく呻く。カイルに限界を訴えられるまでもなく、ゲオルグもまた絶頂を迎えようとしていた。
 カイルの性器を握り込んだまま、大きく何度も突き上げる。一際高く鳴き声が上がり、手の中に白濁を撒かれると、ゲオルグもカイルの中で吐精した。
 余韻に浸ればまた手酷い抱き方をしてしまいそうで、びくつく体からすぐに繋がりを解いた。カイルは荒い呼吸はそのままに、体をシーツに埋もれさせる。それを横目で見ながら手巾で精液を拭い、互いの体の繋がっていた箇所を簡単に拭いてしまう。その間もカイルは大人しかった。
 もしかしたら思った以上に無茶を強いただろうか。カイルの白い肩は何者をも拒んでいるように見えた。躊躇しながらも腕を伸ばすと、乱れた髪を梳くように頭を撫でた。びくりと体が揺れたが、それ以上ゲオルグが何もしないことがわかると多少は緊張を解いたようだ。
 振り返らないまま、カイルが問う。
「……、なんなんですか……オレ、もちませんよ……」
 もたないのはどういう意味なのか興味はあったが、今聞いても教えてくれないだろう。
「……何々だ、とは……?」
「気付いて、ないとか……言わないですよね?…………何か、あったんですか? それとも、オレが、何かしました……?」
 ゲオルグは沈黙する。
 何か、はあった。だがそれはカイルが何かをしたせいではない。厳密に言えば、感情が漣立つ己のせいだとゲオルグは理解している。身勝手な思いを抱いている、己の責に他ならない。
 感情が漣立つのは、まだ己が未熟なせいだ。カイルに罪はない。
 わかっていて、八つ当たりのように行為が激しくなるのもやはり未熟ゆえ。
「……ゲオルグ殿……?」
 訝るカイルの声。構わずシーツに埋もれたままの体を覆いかぶさって抱きしめた。
「あのー……? ホントに何かあったんですかー?」
 訝るのは当然だが、気遣わなくて良い。余計に胸が苦しくなる。問わずにいて欲しい。言うべきではない言葉を告げそうになってしまう。
 誰にも言うつもりはない。そう決めているのだから、言えば束縛にも執着にもなる。そんなものとは無縁でありたいし、あってほしいと願っている。
 カイルを抱きしめた腕に力を込める。
 ――心の中で思うだけなら自由だろうか。許されるだろうか。
「ゲオルグ殿……?」
(その唇で、声で、呼ぶのは止めてくれ)
 先程までとは真逆のことを思う。混乱しているのだ、と頭の片隅で冷静な己が断じる。
どうしようもなく利己的な欲求を口に出してしまいそうになる。無茶な欲求だとわかっているから、ゲオルグは溜息を吐いた。言っても理不尽としか受け取られないだろう。己自身が理不尽だと思うくらいなのだから。
 己で作り上げた己のための防御壁は頑丈過ぎて、時に苛立たしい。だが自分がどういう人間かわかっているからこそ、壁を壊すわけにはいかなかった。
 こんな個人的すぎる感情に捕われていていい時ではない。他人が色恋沙汰に嵌まっているのをとやかく言うつもりはないが、己のこととなれば話は別だ。
 旧友と、彼が愛した女の遺言。遺児を支えねばならない。少なくとも、この戦いの間は。
 この戦いに勝つ。
 課せられた使命を忘れはしない。全うする。それが引き受けた責任だとゲオルグは信じていた。
(だから、感情に囚われていて良いはずはない)
 身勝手にカイルを付き合わせている自覚はある。本当は、こうして触れ合うことすら止めたほうが良いのだろう。
 次の仕事は、出来るだけ長くかかるものが良い。その間に気持ちに整理を付けることもできるだろう。
 気持ちとは裏腹に、カイルを抱きしめる手に力を込めた。
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