「そりゃーゲオルグ殿が強いことは知ってますしわかってますけど」
カイルの掌から淡い青の光が発され、左肩のあたりにかざされる。光はゲオルグの体を優しく包んだ。刺々しい台詞とは裏腹の、傷を癒す水の魔法はどこか温かさを感じる。彼が得意とする魔法のひとつ。
淡い光は数秒体を覆っただけで、潮が引くように消えてゆく。同時に、神経を侵食していた鈍痛も和らいでいく。肩の力も抜けたように感じる。代わりに空腹を覚えた。紋章の力で急激に細胞や血液が作られた分だろうか。
かざされていた手が降ろされる。名残を惜しむようにその手を見つめた。
「でもねー、もーちょっと自分の体を大事にして下さいねー?」
「死にはしないさ」
「何縁起でもないこと言ってるんですかー!」
カイルはチーズケーキを差し出しながら、睨むように見つめてくる。軽い口調にそぐわぬ真剣な、怒りに近い眼差しに、ゲオルグはどうしたものかと溜息にならぬよう、息を吐いた。カイルの怒る理由が、まったく見えないからだ。時々こういうことがある。
物理的な攻撃、例えば剣や魔物の爪や牙、そういったものは剣で弾けるので滅多なことではダメージを受けない。だが魔法となると、そうはいかない。使うにも不得手であるためか――ゲオルグにしてみれば、あんなものはどう避けていいのかわからない――魔法攻撃によるダメージはそれなりに喰らう。喰らうといっても、命の危機になるほどではない。体は軍医が呆れるほど頑強だった。生半可な鍛え方はしていない。
軽い火傷や軽い凍傷になる程度は、自然治癒でも充分に治るはずで。それを大袈裟に騒ぎ立てる理由はよくわからなかった。怪我や傷を勲章だと美化するつもりもない代わりに、女ではないので傷痕が残ったところで嘆くこともない。
おかげでゲオルグの体に残っているのは刀剣の傷より魔法攻撃による傷のほうが多いくらいだ。だがそれらを痛いのなんのと喚いていて、何になるというのか。
口には出さなかったが、察知されてしまったらしい。カイルは大袈裟な溜息を吐いた。
「……俺が死んでも平気でしょゲオルグ殿……」
「何故そうなる」
「俺が言っているのがそういうことだからです」
「…………」
カイルの真剣な顔に押されるように考えてみた。が、やはりよくわからない。
戦争や魔物に対峙する時、命はかけている。覚悟がなくて戦いはできない。いつ果てても悔いのないよう、存分に剣を振るうのが務めだと、ゲオルグは考えている。我が身に関してはそうだ。
だがこの男がそうなったとしたら。
どこまで冷静に彼の死と向き合えるだろうか。
「……嫌だな」
ぽつりと呟く。ごく小さな呟きだったので聞き逃したのだろう。「え?」と聞き返し、カイルが身を乗り出した。
自分を覗きこむ青の双眸を、片目で見つめ返した。
「おまえが死ぬのは嫌だと言ったんだ」
「…………」
カイルがその場でがくりとうなだれた。何かに大きくダメージを食らったようだが、何に食らったのだろう。
わからぬまま、手を伸ばしてうなだれた頭を撫でる。
「どうした?」
「……いえもう……何でもないです……」
「おかしな奴だな。言いたいことがあるなら言えばいいだろう」
「何でオレはゲオルグ殿に惚れたのか、自分の人生を見つめ直していますよ……」
間髪入れずにそう言われれば、ゲオルグは片眉を上げた。
「そうか。わかったら教えてくれ」
「…………善処します……」
いよいようなだれたカイルの頭を撫でると、先程から空腹を訴える胃を満たすため、チーズケーキに手を伸ばした。