あの時、蒼葉は「好き」という言葉と、気持ちをくれた。
それだけで充分だと思った。
なのに――蒼葉に触れてしまうとダメだ。理性の箍が、簡単に外れてしまう。
もっと触れたい。
触れられたい。
満たされたい。
満たしたい。
自分だけのものであって欲しい。
挙げればキリのない欲が湧く。
病院から退院してしばらくの間は、そんなことを思う自分は壊れているのではないかと疑った。オールメイトだった頃も蒼葉の内側にだけ存在した頃も、蒼葉に対してなにがしかの欲が湧くなんてことはなかったからだ。
蒼葉が壊れてしまわぬように。健やかであるように。
それが蓮の願いであったのに、なんと欲張りになってしまったのだろう。
これは自分だけなのか、蒼葉や自分以外の人間もそうなのか。
比較するだけのデータを、蓮は持っていない。
「……で、俺のところへ来たってわけかい」
「あぁ。忙しいのに、すまない」
「まぁそれは、店じまいしたし、予定はなかったから構わねぇんだが」
気にするなと手を振ってくれる。
紅雀がその日に出していた店の外で、立ち話をしている。客が座っていた椅子を勧められたが、紅雀が立っているのに自分が座っているという状態は落ち着かず、結局店の外、人目に付きにくい路地で話し込むことになった。
紅雀は、蓮がセイの肉体を得て戻ってきたと知っている人間のひとりだ。退院以後、ふらりとタエの作る夕飯を食べに来たこともあるから話もしている。
ようは事情を知っているというわけで、蓮としては話しやすいカテゴリに入る人物だ。
ただ、蒼葉との仲ははっきりと話したことはない。勘の良い紅雀のこと、おそらく気付いてはいるだろうが、特に何も言ってこないし態度が以前と変わったということもない。
何かあったら相談くらい乗るぜと気安く言ってくれたものだから、今回は真に受けたのだ。
蓮はほっと息を吐きながら、改めて紅雀を見つめた。
「それで、どうなのだろう」
「つまり……蓮、お前さんが訊きたいのは、『人間は満たされても欲が湧くか』ってことだな?」
「そう、なる」
「それなら答えはイエスだ。人間ってのは満たされても満たされても、たいていは何かの欲求が湧いてくる。食欲が満たされたら睡眠欲が湧いてくる、とかな。気持ちをもらってそれだけで満足できるヤツもいるにはいるだろうが、どうせなら触れたほうがいいってのもわかる話だ」
「そう……なのか?」
「あぁ。たとえば俺は女が好きだ。触り心地もいいし、男を包んでくれるようにできてる。だから告白されれば嬉しいし、触っていたいとも思う」
「…………」
「俺の場合は今んとこ、女を独り占めしたいとかはないが……そうだな、本気で誰かに惚れて、その相手と恋人同士になれた時は……独占欲が湧くだろうな」
お前さんのように、と水を向けられ、蓮は首を傾げた。
「独占欲……?」
「ん?」
「俺が蒼葉に抱いているこの感情は、独占欲というものなのだろうか」
問うと、紅雀は一瞬目を見開き――次いで、体を折り曲げて、笑い出した。
「紅雀?」
どうしていきなり紅雀が笑い出したのかわからず、蓮は眉をひそめて紅雀の爆笑を見守るしかできない。
「すまねぇ」
と言いながらも紅雀はひとしきり笑い、壁に凭れるとようやく笑いをおさめた。
「何か、おかしかっただろうか」
「いきなり笑い出してすまなかったな。おかしいっていうか……そうだな、お前さんが自分の中に持ってた感情が独占欲って気付いてなかったっていうのがな」
「おかしいのか?」
「いや、おかしくはねぇ。誰かを本気で好きになったなら、その相手にそういう気持ちを抱くってのは、ごく自然なことだ。……俺が笑ったのはまったく別の、関係ないところだから、気にしねぇでいてくれると助かる」
「わかった」
頷くと、紅雀は人好きのする笑顔で「素直ってのは美徳だな」と言ってくれた。
人に話を聞いてもらうというのはなかなか大事なことなのだなと、紅雀と別れた後、道すがらに感じる。
自分ひとりで考えていると、思考は堂々巡りだ。けれど、誰かの意見を聞くことによって簡単に答えを得られることもある。
だからといって、自ら思考することを手放そうとは思わないが。
「……ただいま」
家に帰ったらそう言うものだと教えてくれた蒼葉は、まだバイトだろうか。思っていると、階段を下りてくる足音が聞こえた。
「おかえり、蓮。どこ行ってたんだ?」
「もう帰っていたのだな。おかえり、蒼葉。……紅雀のところへ行っていた」
「紅雀?」
蒼葉にとっては予想外の名前だったらしい。首を傾げ、訝しげに問われる。
「なんでまた、紅雀のところに……髪、切ったってわけでもないだろ?」
「ああ。少々話をしに行っただけだ。正確には相談、とでもいうのだろうか」
「相談? おまえが?」
そこでふと、玄関先で蓮は靴も脱いでいないということに気付いたらしい蒼葉が、バツが悪そうに頬を掻くと「とりあえず、部屋に行こう」と蓮を促す。蒼葉の後について彼の部屋へと入った。
ドアを閉めると、ベッドに腰掛ける蒼葉の隣に腰を下ろす。
「蓮が誰かに相談って珍しいけど……何かあったのか?」
「特別何かあったわけじゃない。ただ、俺以外の人間もそうなのか、あるいは違うのかと思って気になった」
「……? よくわかんねぇけど、俺に訊くんじゃダメだったのか?」
「ダメというわけではないが……躊躇われた」
「躊躇う? なんで?」
「何故かは俺にもよくわからない。だが……蒼葉に訊く前に、他の誰かの意見も聞いてみたいと思った」
「ふぅん……?」
蒼葉は納得したようなしてないような顔で考える素振りをして見せたが、蓮を上目で見ると、
「で……蓮の納得できる答えは、出たのか?」
「あぁ。紅雀には感謝している」
「そっか」
なら良かった、と独り言のように呟く蒼葉の表情は、ちっとも良さそうには見えない。こういう時には何かある、と蓮は学習していた。
「蒼葉……? 何か怒らせてしまったなら、謝るから言ってくれ」
「や……別に怒ってるとかじゃねーし」
「だが、機嫌が悪いように見える」
「う……」
たじろいだ蒼葉が、視線を彷徨わせる。蓮は蒼葉をじっと見つめ、言葉を待った。言ってくれると信じて。
「……そ、んな顔すんなって……卑怯だぞ」
「卑怯?」
どんな顔をしていたのだろう。思いながら自分の頬に手を当てるが、自分で自分の顔は見られない。
「…………お前のこと、紅雀が知ってて俺が知らないっていうのは……なんか……ヤダっていうか……ずりぃっていうか……蓮だって、俺が誰か他のヤツにお前のこと相談してたら、そういう感じになるだろ」
「……わかった、ような気がする」
例えに頷くと、蒼葉はほっとした様子で息を吐いた。
「つまり……紅雀に嫉妬したということでいいのだろうか」
「う……っ」
言葉に詰まった蒼葉の顔が、見る間に赤くなる。ここまで顕著な反応をされれば、蓮が言った言葉が図星を突いたのだとわかる。
蒼葉はさっと顔を背け、ベッドに突っ伏した。
「蒼葉……?」
「訊くな! それ以上訊くの禁止!」
そう言われても、蒼葉の顔が見たい。そっと肩を揺すってみるが、蒼葉が蓮を顧みてくれる様子はなかった。
顧みてくれないのであれば、せめて触れていたい。
背を向けている蒼葉の後ろにごろりと転がると、体に手を伸ばした。背後から緩く抱き込むと、シャツ越しに体温が伝わってくる。
「……何してんだよ」
「蒼葉に触っている」
「いや、そりゃそうだろうけど……なんで抱きしめてんのかって訊いてるんだけど」
「蒼葉がこっちを向いてくれないからだ」
「……う……」
それでも蓮の方を向く気配がないのは、蒼葉が強情だからか、他に理由があるからか。
髪の間から見えるうなじに軽く唇を寄せると、蒼葉の匂いを嗅ぐように首元に鼻先を突っ込む。ぴくりと蒼葉の体が震えた気がしたが、ほんの刹那のこと。蓮の気のせいかもしれない。
「蒼葉……」
かすかに香るシャンプーの香りと体臭。不意に感じた愛しさに名前を付けるとしたら、どんな名前になるのだろう。
離れがたい。
体温が心地良いのは勿論、触り心地もすぐには手を離しがたいほど。そういえば蒼葉はオールメイトの蓮をよく撫で回していたが、あれもやはり抱きしめているとこんな風に気持ち良いと思えるからなのだろうか。
どこもかしこも触れていたい。
シャツ越しに伝わる体温も好きだが、やはり直に触るほうが良いと思う。そんなことを考えていたからか、手のひらは蒼葉のシャツをたぐり、素肌へ潜り込んでいた。
「……ッ」
蒼葉の腹筋に力がこもったのが伝わる。どんな表情をしているのかわからないから、少しでも反応が返ってくるのが嬉しい。
薄く筋の張った腹筋を辿り、胸までを撫でる。やはりどこもかしこも暖かくて手に馴染み、もっと触りたいと欲求が増す。
心臓のあたりに触れれば、鼓動が手のひらから伝わる。触れていないほうの手で自分の胸に手をやれば、同じように心臓は脈を刻んでいる。少し、蒼葉の心音の方が早いかもしれない。
生きている証。
愛おしい、証。
蓮は吐息を震わせながら、再び蒼葉の首筋に吸い付く。唇を滑らせ、肩の方へ。手のひらは、心臓から胸の先へ。――弱いと知っている、蒼葉のポイントのひとつ。
「ッあ……!」
不意を討たれたような声。
咎められはしていないから、このまま触れていても大丈夫なのだろう。判断し、乳首のあたりを指の腹で撫で、押し潰す。すぐにしこりを帯びたそこを強く指で摘めば、腕の中の蒼葉の体が跳ねた。
どんな反応も、蒼葉が返してくれるものなら嬉しい。
胸を弄る指はそのままに、反対側の手は腰骨を撫で、ベルトを外すとジッパーを下げた。下着の上から蒼葉の形をなぞる。
「蓮ッ、ちょっ……何してるんだよッ」
「蒼葉に、触りたい」
「さ、触りたいって……」
「顔を見せてくれないのなら、せめて触れていたい。蒼葉を、感じたい」
やはり、自分は欲張りになったのだなと蓮は自己分析する。
オールメイトの頃は感情などなかったから、蒼葉に対して主体的にどうこうしたいという欲求はなかった、と思う。その前、記憶の一部を消される前は、とにかく蒼葉の精神の均整を取ることで精一杯だった。
それなのに、今は。
「……ダメ、か?」
「う……だからお前、そういうのずるいって……」
「? 何がずるいんだ?」
本気でわからず問うと、しばらくの間が開いた。そうして蒼葉はようやく体ごと振り返ってくれた、と思うと――
「蓮。……触るのはダメ、だ」
ほんのり朱を刷いた頬。上目遣い。
蓮は理性の糸が切れそうになるのをなんとか我慢しなければならなかった。そうして、蒼葉から両手を離す。
「……すまない、蒼葉」
「な?」
「?」
同意を求められても、咄嗟に何のことかわからなかった。
首を傾げると、苦笑している蒼葉が腕を伸ばして、抱きついてくる。
「蒼葉……?」
今、ダメと言ったのではなかったか。触れられると触れたい衝動が増してしまうので離れようとしたが、蒼葉の腕は簡単に緩んではくれなかった。
「わかったか? あんな風に言われたら、俺だってお前の言葉に逆らえなくなるんだよ」
「…………」
なるほど、と心の中で頷く。
先程の「ダメ」は、そういう意味だったのか。
得心すると、蒼葉の細い腰をぎゅっと抱きしめた。
「蓮?」
「すまなかった。……どうしても触りたかった」
「ん。……いいよ」
「……いいのか?」
「あぁ」
了承を得ると蒼葉の額に口付け、手を再びシャツの裾へと滑らせる。片方の手は、下着ごとジーンズを脱がせた。
額、目元、こめかみ、頬と口付けを落とすと、唇に噛みつくようなキスを蒼葉から仕掛けてきた。背を撫でながら受けとめ、舌で唇をなぞり、差し出された舌に舌を絡める。
「ん……、ぅン……」
鼻に掛かった、甘い蒼葉の吐息。
背から腰、尻、太腿へと撫でる手を止めずに口付ける。微かに震える体を愛しいと思う。その愛しさが募り、もっと声が聞きたい、反応を返して欲しいと思うようになる。
「は、ぁ……ッあ……」
まだ熱の篭もりきらない性器を柔らかく握りこむ。唇を離して蒼葉の顔を覗きこめば、蓮の手の動きに何かを堪えるようにぎゅっと目を瞑っていた。
双実を指先で弄び、根本から先端へと擦り上げ、先端を手のひらで円を描くように刺激する。乳首は押し潰すように何度も弄り回す。縋り付くように、蒼葉の指が蓮のシャツを掴んだ。
「れ、ん……ッ、そこ、ばっか……やだ……ッ」
「そこ、とは……」
どちらだ? と問うと、目元を染めた蒼葉の眼が蓮を見上げる。睨んでいるのかもしれないが、効果はまったくない。
「ど、っちも……」
「だが……蒼葉は好き、だろう?」
乳首を強く摘み、握った性器の鈴口を溢れた先走りのぬめりを借りてぐりぐりと強く刺激してやれば、蒼葉は悲鳴じみた声を上げて蓮にしがみつく。
「や……っ、つよ……い……ッあ、あ……!」
快感が強すぎると訴えたいのだろう。だが、蓮は手を止めるつもりはなかった。それどころか、いっそう愛撫の手を強める。
「蒼葉……、気持ちいいか……?」
「んんっ……れんっ、きもち、い……は・あッ」
蓮の胸元に額を押し当て、背に腕を回している蒼葉の手。できればもっと表情を見たいと思うが、蒼葉が気持ちいいというのなら深愛の手を止めるつもりはなかった。
蒼葉の蕩けた声に、蓮も腰のあたりに熱が溜まっていくのを自覚する。
「蓮……も、お……」
限界を訴える声。
蓮は殊更に強く蒼葉の性器を扱き、髪に口付けを落とした。
「蒼葉……」
「アッ、あ……蓮ッ、れん……ッ!」
シャツ越しにも蒼葉が背に爪を立てたとわかる。
びくびくと体を震わせた蒼葉は、蓮の手の内で達していた。そのぬめりを愛しい者を見るように眺めると、力の抜けた蒼葉の後ろへと指を這わせる。
「ッ……!」
ぬるついた指をそのまま一本だけ、窄まりへと埋める。いささか強張った蒼葉の体を宥めるように、空いた手で背を撫でた。
蒼葉は息を短い息を繰り返しながら、中に入れた指の感覚を逃がしているようだった。
「う、ん……んッ……」
収縮を繰り返す淫らで熱い中を、指がなぞり、広げる。馴染んできたところで指を増やし、蒼葉が好きな場所を撫でる。
蒼葉の吐息、声を余さず記憶していたいと思った。
他の誰も知らない蒼葉の嬌態を。
「蒼葉……」
しがみつきながら上向いてくれた蒼葉の唇を奪う。必然、声は鼻に抜けて甘くなる。
「ンッ、ふ、うん……ンッ」
淫らな水音がたつほど指の出し入れを繰り返し、蒼葉にかかる負担が軽くなったと思ったところで指を引き抜く。
絡め取った舌に軽く歯を立て、吸い付いた。そうやって蒼葉の気を逸らしながら、蓮は自分のジーンズの前を寛げ、蒼葉の後ろへ熱を宛がう。
「……う……、アッ……」
「く……、……」
慣らしたとはいえ、受け入れるようにはできていない場所へ入れるのはキツい。蓮ですらそう思っているのだから、入れられている蒼葉は相当だろう。
蓮は挿入を焦らなかった。蒼葉に負担を強いるのは嫌だという理性くらいは、まだ残っている。
蒼葉の上唇を舐める。息が上がった状態で、目元は赤く、目は潤んでいる。艶めかしいと表現するのだろうか。思いながら、両手で掴んだ腰を更に引き寄せた。
「アッ、蓮……ッ」
「蒼葉……蒼葉」
キスの雨を顔中に降らせ、ゆるゆるとした動きで性器をすべて蒼葉の中へ収める。
「ッ……ふ……」
「蓮……、……」
もの言いたげな蒼葉に気付き、手を止める。
「蒼葉、どうした?」
「……こ、ここで動き止めんなっつの……!」
焦らされてるのかと思うだろ、という罵倒らしきものを受けとめるが、蓮にそんなつもりがあるわけがない。
「すまない、そんなつもりではなかったのだが……」
また蒼葉の腰を掴むと、そっと揺する。小刻みに何度も揺すれば、また蒼葉にしがみつかれた。
「蓮、蓮……も、っと……」
もっと深くなのか抽送を激しくすればいいのか判断がつきかね――結果、そのふたつを同時に満たすことにした。
抜けるぎりぎりまで引き抜くと、一気に深くまで押しこむ。咄嗟にその激しさについてこれなかったのだろう、蒼葉の体がびくりと震えた。
「あ……! 蓮……、蓮ッ……!」
蒼葉の感じるポイントは熟知している。そこを狙ったり、あえて外したりしながら抽送しているうち、蒼葉の腰が自ら揺れ出した。
蕩けている表情を見る限り、無意識なのかもしれない。
腹に当たる蒼葉の性器もまた、いつの間にか透明な先走りをだらだらと溢れさせている。
「蒼葉……」
求められているようで嬉しい。
蓮はもう、ずっと蒼葉を求めているから――蒼葉も同じ気持ちでいてくれるのだと思うと、感情の制御が利かなくなってしまいそうだ。
ただでさえ、あのデータの海辺でも制御を失ってしまったというのに。
蓮の内心に構わず、蒼葉はさらに蓮を煽ってくる。
「きもち、いい……蓮……もっと……」
ねだられるとたまらない。
「蒼葉……そんなことを言われると、制御が……」
「制御なんて……、しなくて、いいから……蓮……!」
愛しい人にそう言われて、いつまでも理性の糸が切れないわけがなかった。
蒼葉の片足を抱え上げ、腰を密着させて深くを抉る。浅いところまで引いて、一気に奥へ突き入れる。悲鳴じみた嬌声が上がるのが悦い。もっと聞いていたいとさえ感じながら、蓮は思いの丈を蒼葉にぶつけた。
「独占欲……」
紅雀とのやりとりの顛末を話すと、蒼葉はきょとんとした顔をした。
体の始末と衣服を改め、今は二人で蒼葉のベッドに転がっている。事後のこんな穏やかな時間も、蓮は好きだった。
「何か、おかしいだろうか」
「いや、おかしいとかそういうのじゃなくって……お前、忘れてるのかよ」
「? 何をだ?」
「やっぱ忘れてるだろ。いいか、お前が言ったんだぞ。俺が俺を暴露した時、お前、俺の中に隠れてたろ? あの時言ったじゃないか」
――俺は、蒼葉を誰にも渡したくない。
「あれってモロに独占欲だろ。だから知ってたよ、お前が俺に独占欲を持ってるってことは」
でも気付いたのは少し経ってからだったけど、と蒼葉は小さく笑う。
たしかにあの時はそれどころではない状況だった。けれど、自分で言ったことも忘れてしまうとは。
密かに落ち込むと、様子を察したのか蒼葉が頭を撫でてくれた。
「お前でもそんなこと思うんだな」
「……蒼葉は、思わないのか?」
自分だけなのだろうか。
素朴な疑問はしかし、蒼葉の手を止めさせた。
「蒼葉?」
「……そんなわけねーし」
ぼそりと返された言葉に、蓮は心底安堵する。胸の奥が暖かくなって、その温度は蒼葉からもたらされたのだとすぐにわかった。
蒼葉はいつも蓮に暖かさを与えてくれる。
いつかそのお返しができればいい。
すぐにでも返したいけれど、まだ「人」であるということに慣れていない蓮には難しいことのように思える。
だから、少しずつでも。
蒼葉の体を抱きしめ、心に決めた。