あ、と短い声が口をついて出、息を詰める。目の前の蓮の首元へ腕を絡め、しがみついた。しかし、
「蒼葉……」
失敗したと思う。
正面から膝立ちで蓮の足を跨ぎ抱きついているこの体勢では、蓮の低い声が耳に直に流れ込む。かといって今更体勢を変えるのも不自然だ。
普段は凛とした声音で呼ばれるが、肌を触れ合わせようという時はそればかりではない。熱を押し殺そうとしているのか、掠れがちな声音はかえって彼の抱いている劣情の深さを物語っている。そうして、その声に蒼葉も煽られて──時によっては我を忘れてしまうこともあった。
蓮の大きな手のひらが蒼葉の肩から背、ほどよく引き締まった双丘を撫でる。割れ目から窄まりを何度も指先でなぞられると、ぞわぞわとした感覚が走った。焦らすような動きは決してそのつもりはないのだろう。嫌いではない。
首元に唇が何度も押し当てられ、舐められる。舌のぬめらかな感触に気を取られていると、内股を撫で上げた手が性器に触れ、窄まりを悪戯に辿っていた指先が中へと入れられる。
「ふ……、ッく……」
後ろの違和感は、性器への刺激で消し飛んだ。
緩く握られ、擦り上げられると息が震える。
中に入れられた指が動かされると、蓮の背にしがみついた蒼葉の指が爪を立てた。
蓮に触れられていると認識すればするほど、羞恥ともっと触れて欲しいという欲求が蒼葉の中で渦巻く。
結局は、羞恥よりも触れて欲しい欲求の方が勝るのだけれど。
「ッあ、……、……」
己の性器が既に蜜を零し始めているのは、早くも蓮の手の動きが滑らかになったことでわかった。先端を包むように手のひらでぐりぐりと刺激されると、腰がびくつく。吐く息は熱を帯び、押し殺した嬌声が蓮の耳にどう響いているかなど考える暇はない。
それより、
「蒼葉……」
自分の名を呼ぶ蓮の声にすら、体は反応した。
「ッ、蓮……んッ」
語尾は蓮の唇に奪い取られた。
噛みつくような口付けと、優しく唇をなぞる舌。口を軽く開けばすぐに歯列を辿られ、割って入った舌に自分の舌を絡めた。鼻に抜ける息と声を嫌だと思う余裕は奪われる。
官能。
その言葉の意味を味わうように、蓮によってもたらされる快楽に溺れる。いつまでも溺れていたいと思える、ぬるま湯のごとき温度。
蒼葉は自分の体を支えている膝が震えているのを自覚した。
本当は、されるばかりではなく──蒼葉からも蓮にしたいことは色々とある。けれど今日は、するよりされたい気分だった。だから、というわけでもないが、蓮に押し倒されるようなことをしたのかもしれない。
誘い、煽ったのは、日頃理性的に立ち回る蓮を崩したいという悪戯心が働いたせいもある。
「ンッ……ふぅ、ッン……!」
「……、……」
増やされた指が、蒼葉の後孔を犯す。性器からはだらだらとはしたなく蜜が溢れ、蓮の手を汚しているのが音でわかる。
自分の体を淫らだと思うほど、理性的ではない。
蓮の指や手は、ことごとく蒼葉の悦いところを責めてくる。それで理性的でいろというほうが無理だ。
自分がこうなのだから、蓮も理性をかなぐり捨てて欲しいと願うのは、何か間違っているだろうか。
性器を根本から強く擦り立てられ、後孔をほぐす指は中でばらばらに動く。口付けた唇を衝動的に離すと、蓮を見つめた。
「も……、それ以上されたら……」
達してしまうと訴えれば、蓮は愛撫の手を止めてくれた。琥珀色の熱っぽい目でじっと見つめられると、その熱が伝染したような気すらしてくる。いや、もしかしたら蒼葉の熱が琥珀に伝染したのかもしれなかった。
無言で腰を引き寄せられると、意識的に体の力を抜く。
後孔に熱を宛がわれる。歓喜でもって侵入を受け入れた。
「あ、あ……ッ」
背が弓なりに反る。その胸元に、蓮が唇を落とした。肩に置いた手に力が籠る。
セックス自体は久々、というわけでもない。けれど昂ぶるのは――蓮だから。
もっと蓮を感じたい。
知りたい。
知って欲しい。
自分だけを見ていて欲しい。
蓮でいっぱいになりたい。
様々な欲が交錯して、蒼葉を積極的にさせる。蓮も自分と同じように感じていて欲しいのだ。
徐々に蒼葉の中へ入る蓮の性器を締め付ければ、息を飲むのがわかる。
「蒼葉……、……」
情欲に染まった声音は、蒼葉の心を満たすと同時に、飢えさせもする。
もっと欲にまみれた姿が見たい。
自分だけに見せる表情を、もっと。
そんなことを思う自分は、どこかおかしいのだろうか。だがそんな欲が湧くのは、蓮だけだ。蓮だけが蒼葉にそんなことを思わせる。
だったら、それで構わない。
蓮だけに感じる欲なら――蓮しか知らない欲なら。
蓮は蒼葉の特別なのだから。
「れ、ん……ッあ、は……!」
締め付けのお返しだとばかりに、抽挿の半ばで突き上げを喰らう。完全な不意打ちに体が跳ねるが、逃がさないとばかりに蒼葉の腰をがっちりと掴んだ手に、さらに揺さぶられる。
「蓮……蓮ッ……」
「……蒼葉……、蒼葉……」
互いの存在を確かめるように名を呼び合う。ただし、声を外に漏らさぬよう密やかに、囁くように。
それが余計に胸の内をある種の切なさで満たす。
深く浅く繰り返される抽挿、互いの吐息さえ奪う口付け。
狭い部屋は二人の淫靡な熱を孕み、まるで世界から切り取られたようだ。
「れんッ……そ、こ……ッ」
ダメだと言いたかったが、言葉にならない。
弱い場所を何度も何度も突かれ、甘い声が噛み殺せない。
しがみつくように回った蒼葉の手が、蓮の背に爪を立てる。
「あおば……ッ」
駆け上る熱を抑える材料にすらならず、蓮は蒼葉のより深いところを抉った。蓮の腹に擦り付けていた性器は、蓮に強く扱かれて限界に近い。
「蓮……、れん……も、……ッ」
出る、と言葉を乱れた息の中でようよう吐き出せば、了解とばかりに耳朶へ口付けを落とされる。
口付けの優しさとは裏腹に、掴まれた腰を好きに動かされ、頭の中は真っ白になった。
「ッあ、あああ……!」
「……ッ、く……」
高い悲鳴のような嬌声と、低くほとんど掠れた呻き。
蒼葉が蓮の手の中で達すると、間を置かずに蓮も蒼葉の中で吐精した。
乱れた呼吸を整えようとすることすら放棄して、蓮にぐたりと凭れ掛かる。逞しい肩口に頭を預けた。
「蒼葉……」
吐息ばかりの声音。蓮の指が、蒼葉の髪に触れる。感覚はほぼなくなっていたが、それでもまだ触れられているのがわかる。優しく撫ぜる動きが心地良い。
整わない息に上下する胸と胸が重なる。意識すれば、互いの鼓動を感じられた。
蓮は、確かに居る。
体で納得できるのが嬉しい。
蓮の背に回した腕に力を籠める。同じように返してくれると、自然と口元が綻んだ。
熱を解放し、何もせず抱きしめ合っているだけの時間。もしかしたらセックス自体より、事後のこの時間の方が好きかもしれない。そんなことを考えながら、頭を起こして蓮を見つめる。
熱の名残が完全に引いてはいない琥珀の双眸。映るのは蒼葉だけだ。満足すると、触れるだけの口付けを交わす。
「……あのさ……」
「なんだ?」
額を触れ合わせたままだと互いの輪郭がぼやけて見える。それでも構わず蓮を見つめながら、秘密を告白する子供のように囁いた。
「…………もう一回、したい」
まだ足りないと言外に訴えれば、琥珀は何度か瞬いた。蒼葉の様子を窺っているようでもある。
「蒼葉……」
「ダメ、か?」
そんなわけはない。
確信しながら問う。
待たずに与えられた答えに蒼葉は子供のように笑み、もう一度蓮に口付けた。