大きな欠伸が口から出て、両手を天井に向けて伸びをする。
「蒼葉、そろそろ休むか?」
耳許で蓮の声。背後から抱き込まれているから、声が近い。
んー、と返事にも言葉にもなっていない声を返すと、コイルで時間を確認する。後ろ頭をぽてりと蓮の肩口に預けて振り仰いだ。
「まだ早くないか?」
「蒼葉は寝起きが悪い。ただ、充分に睡眠をとった日の朝は、起き上がるまでに比較的時間がかからないから、早く寝るに越したことはない」
蓮の指が、蒼葉の長い髪を梳くように頭を撫でる。
自覚のある寝起きの悪さを指摘されて、蒼葉は口を尖らせる。
「それにしたって、まだ早いだろ」
「就寝してもおかしな時間ではないが」
正論を吐かれ、返すのは子供じみた反論。
「でもまだ嫌だ。蓮はもう眠いのか?」
「俺は蒼葉が休むなら休む」
「いいよ、俺に合わせなくて」
「言葉を訂正する。もう少し、蒼葉とこうしていたいから、まだ休みたくない」
蒼葉の腹のあたりに回された腕に、力が籠る。蓮の手に自分の手を重ねると、頭を戻して小さく頷いた。
「……うん。俺も」
何をするでもない、ともすれば会話すらもない。でも二人でくっついているだけの時間はあたたかく、穏やかで、壊しがたい。できればずっとそうしていたいとすら思える。
ベッドを背もたれにしている蓮を背もたれにして、緩く抱き合うだけ。最初は気恥ずかしさがあったのに、今ではすっかり当たり前の体勢。落ち着くと思うようになったのは、最近の話ではない。
蓮の体温に包まれていると、ひどく落ち着くのだ。落ち着きすぎるとそのまま眠ってしまうこともある。気を抜いているというか、安心しているのだろう。何かから守るように、蓮は蒼葉をぬくもりで包んでくれる。
蒼葉にしても、蓮を包みたい、抱きしめたい、守りたいという欲求はある。が、今のこの体勢がすっかり今の状態に馴染んでしまったから、別の時、別のことにしようと決めている。
だから今は、蓮に甘える時間だ。
背中に感じる蓮の鼓動。規則正しく、やはりリラックスしているとわかる。
勿論――落ち着いているばかりでないことも、互いにあるのだけれど。
「……お前に甘えてばっかりだな、俺」
微苦笑を交えながら呟くと、蓮の指がまた蒼葉の長い後ろ髪を梳いた。
「そうだろうか。だとしても、何も問題はない」
「俺を甘やかしても、いいことないぞ」
「そんなつもりはないのだが……」
戸惑いが含まれた声音に、蒼葉はひっそりと苦笑する。自覚がないのは、天然なのか。
「まあ、俺が気を付ければいい話なんだけどな」
「何をだ?」
「居心地がいいと、ずっとそこにいたくなるだろ。例えば、布団で寝るのは気持ちいい。だからずっと寝ていたいけど、バイトとかあるし、そういうわけにはいかないだろ? だからほどほどにしなきゃいけないんだけど、居心地いいから難しいってこと。でもあんまりその居心地の良さに浸ってたら、つらい現実と戦うのが嫌になる。それは良くないなって」
「……なんとなく、わかった」
神妙に蓮が頷く。
そうして生真面目な調子で続けて言う。
「それならば俺も、自制をしなければいけない」
「お前が、自制?」
「ああ。いつでも蒼葉に触れていたいと思っているから」
「……う……」
そうだな、とは応じがたい。蓮の体温はそれほど、蒼葉にとってなくてはならないものになっている。
体をずらし、横向きになると蓮の首に腕を回した。
「蒼葉……?」
「……お前に触れられないのは嫌だ」
わがままだとわかっているけれど、そんな言葉が口を突く。
蓮は優しく微笑んでくれた。
「まったく触れないわけじゃない」
「……うん。わかってる。でも、嫌なんだよ」
頑是ない子供のようだ。それこそ、蓮に甘えている。
「傍にいるのに、触れられないのは……」
嫌だな。
吐息混じりに囁くと、蒼葉を抱きしめる蓮の腕が強くなった。
「蒼葉……蒼葉にそんなことを言われたら、どうしていいかわからない」
「したいようにしたらいいんじゃないか?」
「それだと、蒼葉を困らせてしまいかねない」
「本当に嫌だったら、嫌だって言う。だから蓮も、困る時はそう言えよ」
「……わかった」
頷いた蓮が、そっと顔を近付けてくる。反射的に目を閉じると、こめかみのあたりに口付けられた。柔らかな感触が少しくすぐったい。
お返しにとばかりに頬に口付けると、それだけでは物足りなくなる。そんな蒼葉の心情を察したのかはわからないが、蓮の唇は今度こそ蒼葉の唇に重なった。噛みつくような激しさはなく、壊れ物に触れるみたいに優しい触れ方。
何度か啄むと、更に相手を求めたのはどちらだったか。いつの間にか、口付けはより深いものへと変わる。蒼葉が蓮のシャツを縋るように掴むまで、長い時間はかからなかった。
「蒼葉……」
蓮の声が掠れる。その声に蒼葉が弱いとわかっているのかいないのか。どちらにせよ、火の点いた体を収める術はそう多くはないと互いにわかっていた。
大きな手のひらが、蒼葉のシャツをめくって素肌に触れる。
つい求めてしまうのが良くないのだと理解しているが、拒むのは難しいとも思う。
ともあれ、わかっていることは――明日の朝、蓮が蒼葉を起こすのは骨が折れるだろうということだった。