Goodmorning-Call

「なあ〜ベン〜〜〜っやぁ〜〜〜っぱ、マキノさんはいい女だよなァ」
「ああ、わかった…頼むから静かにしてくれ」
 上機嫌の赤髪を支えながら、ややうんざり顔で黒髪が言う。赤髪の息がやたらと酒臭いせいもあっただろうが、彼は既に先の赤髪の言葉を何十回ともなく聞いていたのであった。
 赤髪はそんなことには気にもとめず、相変わらずの上機嫌で黒髪の肩口をゲンコツでぐりぐりしながら絡む。
「オマエだってそー思うだろ〜〜〜〜??」
「思う思う。思ってるから静かにしてくれ」
 おざなりに賛同すれば、
「思ってるだとォ〜〜ッ? ベンッオマエ、マキノさんのこと好きなのかァ〜〜ッ?!」
 オレに断りもなく許さねぇぞッと喚かれる。
「…………」
 日本海溝よりも深い溜息をついて、赤髪をベッドに押し倒す。
「寝ろ! この酔っ払い!」
 絡む上に暴れるなんて、手が付けられない。こんなことならもっと早く酒を取り上げればよかった。などと後悔しても遅い。
「ひでぇな〜〜なにすんだよ〜〜〜っお頭だぞォ、オレはぁ〜〜〜っ! もっと優しく扱え〜〜〜っ」
「お頭なら、そんなへべれけになるまで飲んでヒトの家の客室に厄介になるようなマネするな! 一体いくつだ?!」
「だぁ〜〜ってさあ〜〜、雪が積もってたんだぜ〜〜? 雪見で一杯しなきゃ嘘だろ〜〜?」
 会話になってない会話に、黒髪は大げさに溜息をつきながら、ポケットから煙草を取り出した。
「…あんた、そう言って昨日は”雪が降ったから飲まなきゃ嘘だ”って飲んでたじゃねぇか…」
 ベッドに腰掛けて煙草をふかす。
「男が細かいこと気にすんな〜!」
 言いながらがばぁっと抱きついてくる赤髪を引き剥がそうとすると、存外強い力で抵抗される。
「あんたな…大人しく寝ろ!」
「や・だ・ね! こんな気分イイのに、ヤラずに寝られっかっての!」
「酒飲んだ後にヤッたらどうなるかぐらい、わかってんだろうな?」
「後のことなんか今気にしてどうするよ!」
 黒髪のサッシュに手を伸ばしながら上機嫌。対して黒髪は頭痛を押さえながら、半分ほど残っている煙草を灰皿に押しつけた。
 赤髪が一度言い出したら聞かないタチだとわかっていても一応止めようとするのは、黒髪の方に理性が多くあるからだろう。
「…ココはあんたの大好きなマキノさんちの客室だぜ?」
「やだなぁ、ベンちゃんったらヤキモチやいてるゥ?」
「誰がそんな食えないもんを焼くか」
「心配しなくてもなァ、オマエとマキノさんは別腹なんだよォ♪ 全然別の次元で大好きなんだよ♪ 安心しろってv だから、なぁ〜〜v ヤロv」
 ゴロゴロゴロ〜と甘えてくるようにしなだれかかる赤髪の頭をおさえながら、
「その”だから”は何処にかかってるんだ…」
 やっぱり会話になってねぇ、と溜息しながら諦める。
 酔っ払いにはやっぱり何を言っても無駄だ。
「どこでもいいだろっ! やろうってば〜」
 本当に、どうあってもヤル気らしい。
 また深く、溜息をついた。
「…ベッドが汚れるだろうが」
「じゃ、床でやろーぜー♪ 床なら拭きゃいいだけだろ〜? ホラホラ、早く〜♪」
「…………」

(………さっさと落としてやった方が早い、か…)

 諦めの溜息をついて、キスをねだるシャンクスに口付ける。

++++++++++

 午前10時のフーシャ村に、今日も元気な少年の声が聞こえる。
「シャンクス―――!」
 なじみの酒場まで息せき切って走って、店内にバタバタと走ってくる。
 酒場はふつう夕方からの開店で、夜分遅くに(時には暁時まで)閉店するため、店主が起きるのは昼過ぎと相場は決まっていたが、フーシャ村唯一の酒場の女主人はよほどのことがない限り、毎朝10時前には起きていた。
 だから少年――ルフィが駆け込んで来た時も、朝食を食べ終えて身支度を整え終わっていた女主人・マキノは笑顔で迎えたのである。
「シャンクスいる?!」
「あらルフィ、おはよう」
 全力で走って来たに違いないルフィに、笑顔を返す。
「おはよ、マキノ! なあ、シャンクスいるか?!」
「2階にいるわ。でもまだ寝てると思うけれど…」
「ありがと! 2階だな!」
 止める間もあればこそ。ルフィは弾丸のように、2階へと駆け上がって行った。
「…いつ起こそうかと思っていたけれど…ルフィが起こしてくれるなら、ちょうどいいわ」
 ああ3人分の朝食を作らなくちゃ、と呟いて、マキノは店の奥へと消えた。
 間もなく聞こえてきたルフィの大声に、自然に顔が弛む。



 ―――時間は少し遡る。

 物音で目を覚ましたのはベンだった。
 数度瞬きし、上半身を起こす。軽く頭を振ってみるが、なんとなくまだスッキリしない。さすがに飲みすぎたか、と思いながら伸びをすると、隣で眠っていた赤髪がこちらへ寝返りをうってきた。
 顔でも洗おうかと思っていたところに、シャンクスは寝返りをうったままもぞもぞとベンの方にすり寄ってきて、引きとめるように体に腕を回してきた。
 起きているのかと赤い髪をかきあげてやって顔を見てみたが、どうやらそうではないらしい。眠っているが、無意識でも寒いのだろう。当たり前だ。彼は何も身につけていないまま眠っているのだから。とはいえ、ベンも上半身にはなにも身につけてはいなかったが。
 ふとんを肩までしっかり掛けてやると、ほにゃりと微笑った。赤ん坊みてェだなと思いながら左手で頭を撫でてやる。
 腰に回された左腕をどかして起き上がることも出来たが、年齢に不相応の寝顔を見てその気も萎えた。右手でサイドテーブルに置かれた水差しからグラスへと水を注ぐ。
 一息に水を飲み干してグラスをサイドテーブルに置くと、ベルト通しを後ろから引っ張られた。降り返るとシャンクスが目をこすっている。
「……起きたのか?」
「んー…今目ェ覚めた…オレにも、水ゥ…」
「ああ」
 先ほど自分が空にしたグラスをもう一度水で満たし、上半身を起こそうとしているシャンクスに渡そうとすると、
「……飲ませてくれねぇの?」
「バカか。病人でもあるまいに」
「バカでもいいから〜、飲ませろ〜〜」
「あんたな…今いくつだ」
 昨晩と同じ質問をすれば、
「27ァ」
 ほにゃらっと笑うシャンクスの顔を見て、また頭痛を覚える。
「いい年した大人が、朝っぱらからがガキみてぇなことでゴネてんじゃねぇ。起きるならさっさと起きろ」
「ベンちゃんが口移しで水飲ませてくれたら起きる〜」
「…ずっと寝てろ」
 冷たく言い放つと、あからさまな不満顔で口を尖らせる。
「いいじゃんかよ〜〜! ケチ〜〜〜ッ」
「ケチで結構。さっさと飲め」
「ちぇ〜〜〜〜…」
 ブツブツと文句を言いながらも水をすっかり飲み干し、口許を手の甲で拭う。そしてこちらに背を向けて煙草を吸う男に後ろから抱きついて、
「じゃあ、…おはよ、副」
 ちゅ、っと。軽く音をたてて薄い口唇にキス。
 煙草の甘い匂いと苦い味。
 毎朝の習慣。
「…ああ、おはよう、お頭」
 溜息をつきながら、お返しにキスしようとして―――ベンの動きが止まった。
「…なんだよ。早くしろよ〜」
「……今、ルフィの声が…」
「気のせいだろ、こんな朝っぱらから」
 そう言ってシャンクスはあからさまに不満げに頬を膨らませ、
「なあっ、オマエからのキスはッ?」
 あんたには朝っぱらかもしれないが、フツウの人間には朝じゃねえ、などとツッコミながらごねるシャンクスを押さえて、
「だから、ちょっと待て…」
「今更逃げんなっての! 男らしくねーぞッ」
「そういう問題じゃねえだろうが!」
 押しのけて、シャンクスの体を引き剥がそうとした時―――
「シャンクス〜〜〜ッ、起っきろ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
 バタァンッ!!! という破壊的な音とともに、扉が大きく開かれた。


「朝だぞ〜〜〜〜〜〜〜!!!!……あれ?」
 大声を出しながら客室のドアを開けたルフィが見たものは―――
「……シャンクス? なにやってんだ?」
 後ろから副船長を羽交い締めにして顔をくっつけようとしているシャンクスと、それに抵抗して引き剥がそうとしている副船長だった。
「……………………」
「……………………」
「……シャンクス?」
「…ッわ!? ルフィ?!」
 ルフィに訝しげに呼ばれて、固まっていた時間が動き出す。
「……だから言っただろうが…」
 ベンは苦い表情で、首に絡んだ腕をつかんで外させる。
 平静を装っている内心は、定かではない。
 ドアを閉めたルフィはとことことベッドまでやってきて、ベンの膝に登る。
「もう起きてたんだ?…なんでふたりともハダカなんだ??」
「あ〜〜〜う〜〜〜〜〜、それは、だなァ…」
 目を泳がせながら、なんとなく決まり悪げにシーツで腰を隠す。
 肘で副船長の背中を小突いたが、これはルフィには見えない。
 副船長は溜息混じりに煙草を咥え、ルフィやルフィの兄がいつもカッコイイなあ、と思う仕草で火をつける。
「………ベッドがひとつしかなかったからな。一緒に寝て、親睦を深めていたんだ」
「しんぼく??」
 言葉の意味がわからず首を傾げるルフィの頭を、大きな手で撫でる。
「仲良くする、ってことさ」
「シャンクスと副船長、仲悪かったのか??」
「”今よりもっと仲良くしよう”ってことだ」
「へ〜〜〜〜〜! じゃ、なんでハダカなんだ?」
「お頭はハダカで寝るのがクセでな…言っておくがな、ルフィ。俺は少なくともズボンは履いてたぜ?」
「ふ〜〜〜〜ん…じゃ、二人は昨日より仲良しなのか?」
「……………」
 ルフィの言葉に少しの沈黙の後、
「……そういうことに、なるな」
 声を揃えた二人の返事。それに対する答えはといえば。
「ズルイぞ〜〜! おれも仲良くなる〜〜〜!!! おれもシャンクスと副船長と寝る〜〜〜!! そんで二人と仲良くなるんだ〜〜〜!!」
 ベンの膝の上でジタバタジタバタ。仲間はずれにされたと思ったのだろうか。
 ズルイズルイと言い続けるルフィに、シャンクスはようやく笑う。
 まったく、子供は素直で単純で面白い。
「ああ? ガキは10年早ェよ」
「ガキ扱いすんなよッ」
 ぶぅっと膨れるルフィの頬を人差し指でつつく。
「どう見たってガキだろうが。ちったぁエース見習ってみろ」
「無理ッ」
「胸張って断言すんな。威張れたことじゃねぇぞ」
「なにをっ」
「お、やるか?」
 ベンは自分の肩越しにシャンクスに掴みかかろうとするルフィを軽く押さえて、小さな頭を撫でる。
「ああこら、ベッドの上で暴れるんじゃねぇ。お頭も煽るんじゃねぇよ。
 ルフィ。マキノさんとこに行って、朝食の準備を頼むように言ってきてくれないか?」
「え〜〜〜〜」
「なんでも好きなモン、おごってやるぞ」
 ベンの言葉に、ルフィは正直に満面に笑む。
「しししっ、じゃ、ハンバーグな! あとオレンジジュース!」
 ぴょん、と膝から下りて部屋から駆け出して行く。
 それを見送って、ベンは昨晩から何度目になるかわからない溜息を吐く。
 背中からまたシャンクスが抱きついてきた。
「…ったく、よくもまァしれっとした顔で嘘がつけるもんだなぁ?」
 笑いを含んだ言葉とともに、背中にのしかかってくるシャンクスの頭を、後ろ手で撫でる。
「嘘は言ってねぇぜ? 本当のことも言ってねぇけどな」
「口が巧いヤツはこれだからな〜」
「褒め言葉として受けとっておこうか。…ほら、あんたもさっさと支度しな」
「支度はするけどよ。…その前に、することあんだろが」
「っと……!」
 煙草に手を伸ばしかけたところで後ろに引き倒されて、シャンクスが覗きこんでくる。
 その顔が何を言わんとしているのかを理解して、微苦笑。
「…ったく…」
 口癖をつぶやき、右手を伸ばして赤髪を引き寄せる。
「……おはよう、お頭」
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湊屋さくらさん、旧900Hitありがとうございました!!
リクエストは「朝二人でベッドにいるところをルフィに見られて慌ててごまかす」でした!
個人的にかなりモエなリクで…色々なパターンを考えていたのですよ…。
最終的にはなんだか……えらくこっぱずかしいものになったような…(汗)
リクエストありがとうございました!