「あんたの注文は簡単なようで難しいから困る」
苦笑とともにベックマンが言った言葉に、シャンクスは大袈裟に顔を顰めて見せた。
「失礼だな。簡単だろうが、誰が聞いても」
「言葉通りに受け取って、あんたという人間を知らなけりゃそうだろうさ。だがこちとら伊達に何年もあんたの仲間をやってるわけじゃあないんでね」
広い肩を竦め、煙草の灰を落とす。
「俺が楽しめる場所だと思っても、あんたにとってそうとは限らない」
「そんなことねェよ。いっつも楽しませてもらってる」
「嘘をつけ」
苦々しくも断定するのは、先日の件を忘れていないからだろう。シャンクスはその時のことを思い出し、思わず笑った。
「あれはあれで楽しめたと思うけど」
「記憶の改竄が激しい見たいだな、あんたは。それとも若ボケか?」
ベックマンはぎろりと恨みがましい目で睨むと「楽しめなかった責任はおまえが取れとか言いがかりをつけて、朝まで俺を寝かさなかったのは誰だ」と毒吐く。
言われてみれば、そんなこともあったような気がする。
「おまえが朝まで起きてたなら、オレだって起きてたに決まってるだろう」
「あんたはその後、昼過ぎまで寝てただろうが。こっちは交代で完徹だ」
これは根が深いかもしれない。
シャンクスは苦笑した。機嫌を直してやらねばなるまい。そうでなければ、今夜この部屋で眠ってやろうという目論見が破綻する。そうせざるをえなくなったことに関しては自分の責任ではないとはいえ、船長が甲板でキャンプというのは様にならない。
「まぁ、済んじまったことあれこれ言っても仕方ねェし、次のところではそうしないように努力するさ。とりあえずこれでも飲んで機嫌直せよ」
背中側の腰布から取り出したのは酒瓶だった。ラベルを見たベックマンが目を瞠る。たかだか酒ごときでこの男が表情を変えるのは珍しい。酒は飲めれば良いが、旨ければいっそう良い。ことにこの男は美食家ではないにせよ、旨い煙草と酒には滅法弱い。
それだけ価値のあるものだったかと、シャンクスは手の中の瓶に視線を落とした。――そうでなくては、酒でこの男の機嫌も取れないだろうが。宿代と思って持ってきたが、思わぬ効力を発揮してくれそうだった。
「あんた、どこでこれを?」
「その文句言ったとこから近い村に寄っただろう? そこで手に入れた。回して飲むにも量が少なすぎるし、酒屋の爺さんが極上で稀少な酒だって言うからさ。ほんとはもっと特別な時にでも開けようかと思ったんだけど」
五十年物のモルトウィスキーは、北の海のある村が生産地だとラベルに記されている。併記された年のその村から出荷されたウィスキーは歴史に残るほどの良い出来だったらしいが、生産された数は多くない。北の海でも最早『幻』と言わしめたウィスキーである。
それがまさか東の海でお目にかかるとは、ベックマンは思いもよらなかった。
「――高かっただろうに」
何十万、いや百万単位の金額がついてもおかしくはない。しかしシャンクスはあっさり首を横に振った。
「いや? 仕入れた酒に、ちょっと色を加えたくらいの値段だったぞ」
「…………偽造酒じゃないだろうな」
希少な酒だけに、市場に流通すればあっという間に何十万、あるいは百万ベリー以上の値がつくこともありえる。実際、過去にはこの酒を騙った偽造酒も多く出回ったと聞く。
買った当人は顔を顰めている。
「失礼だな。面白い話を色々知ってて、明るくていい爺さんだったんだぞ。悪く言うな」
だいたい、飲んだところでこの酒が偽物だとどうやってわかるのか。
シャンクスの言にベックマンは頷き、「飲んでから判定を下そう」と瓶の栓を開けた。色気の無いブリキのカップに注ぐと、まず匂いを嗅ぐ。深い芳香に、二人ともが無意識に溜息を吐いた。
シェリー樽の芳香だろうか。心を落ち着かせる香りだ。琥珀の色も深く、減らしてしまうのは惜しい気がする。
それでも目の前の酒を飲まないのは下戸か愚か者だけだと思い直し、カップをゆっくり傾け口に含む。口内に広がる、香りに負けぬ濃い味。これなら高値が付くのもわかると、シャンクスは一人頷いた。ベックマンはと目をやれば、なんとも言えぬ満足げな表情で飲んでいる。
「旨いな」
シンプルな言葉だが、言葉以上のものは感じ取れる。及第点をもらえたことより、ベックマンを喜ばせられたことのほうが、シャンクスには嬉しかった。
「当たり前だろ」
「それで、何の用があってここへ?」
また面倒事だろうと断定されるのに思わず苦笑した。頼み事を持ってきたのはたしかだ。
「今日はここで寝かせてもらえねぇかと思ってさ」
「自分の部屋はどうした?」
「ルフィとエースに占領された」
夕方遊びに来た兄弟はシャンクスの部屋に転がっている戦利品の一部――がらくたともいう――に興奮してはしゃぎ回り、ただでさえ片付かない部屋をいっそう混沌とさせてくれた。そうして夕飯前には帰ると言っていた二人はシャンクスが目を離した隙に、まるでネジの切れたゼンマイ人形のように、仲良く寝入ってしまっていたというわけだ。
広くはないベッドに子供ふたりが大の字に寝転がっていては、いくらシャンクスが細身であろうとも体を横たえることも難しい。
事情を聞いたベックマンはなるほどと頷いてくれた。
「起こすのもかわいそうだし、朝まで寝かせてやろうと思って。マキノさんとこには、連絡入れておいたぞ」
「それで、寝床を奪われたのを口実に、ここへ泊めろって?」
「正解」
さすがよくわかってるね、とのシャンクスの言葉に「わからいでか」と笑う。稀少なウィスキーのおかげか、機嫌はいいらしい。結局、シャンクスが部屋に泊まるのを了承してくれた。
互いの上機嫌に任せて杯を重ねると、一瓶しかないウィスキーはあっという間に空になる。飲み足りない気もしたが、たまにはほろ酔いだけで終わるのも悪くはない。
口付けたのはシャンクスだったが、ベッドへ体をもつれこませたのはベックマンだった。
「積極的だねェ?」
「たまには。――酒も美味かったし」
「理由がねェとやらねェのかよ?」
「そうやってこじつけるのも、嫌いじゃねェだろ?」
「……まァね」
でもおまえもう少し素直になったほうが可愛いよ。
首に回した腕でベックマンの顔を引き寄せると、ゆっくり口付けた。
大きく硬い掌がシャツの上を滑り、体を撫でる。首や鎖骨、胸元から脇、腰骨。腰帯を剥ぎ取ると、中心には触れず太腿や膝裏を撫でていく。
徐々に体に溜まっていく快楽を伝えたくて、シャンクスもベックマンの体を弄る。互いの口元に浮かぶ笑みは余裕からくるものばかりではない。
首筋を這う舌がどうにもくすぐったくて耐えられなくなる。手は相変わらず布越しの愛撫を続けていた。こちらもどうにももどかしい。苛立ちさえ覚えて自らシャツを脱ぎ捨て、ベックマンのカーゴパンツのジッパーを下ろし、中へ手を突っ込むと、軽く苦笑された。
「笑ってんじゃねェよ」
「ほんとに、堪え性がねェな、あんたは」
「ぬかせ。てめェがトロトロしてやがるからだろ」
「だから協力してやろうって?」
ベックマンの挑発的な言葉に、シャンクスは意を得たとばかりに口の端をつり上げる。言葉では答えず、無言でズボンを脱ぎ捨てるとベックマンを押し倒し、彼の体を跨ぐ。同じようにカーゴパンツを脱がせた。一方的にしてやろうというわけではなく、シャンクスの性器はベックマンの上にあるから「互いに」というわけだった。
体を両膝と右手で支えると、左手と口を使って愛撫を加えてやる。支えた裏側を人差し指と中指でたどりながら前面から舐め、先を舐め回す。ベックマンに自分の性器へ与えられた揺らぎは、シーツを握ることで誤魔化した。
「情緒は要らなかったか?」
「……今は、要らねェ」
「今は、か」
性器に唾液を絡ませ、縊れたところや先を舐めるが、同様に与えられる愛撫になかなか思うようにはいかない。先手必勝とばかりに先端を口に含み、舌の先で細かく、あるいは舌の全体で舐めると、わずかに息を飲んだ気配がして溜飲が下がる。
「……ッん、ぅ……」
シャンクスの性器の裏側を緩々と舐めていた舌が、弱い括れを舌先で突付き、指先は円を描くように先端を玩ぶ。徐々に腰のあたりに快感が溜まるのを証明しているように、少しずつ先走りが零れていく。
腰に回されていた手が不意に離れ、カタカタと何かを開ける音と閉める音、何かのケースを開ける音を立てる。行為の先を予感し、ベックマンの性器をいっそう深く銜えた。指は根元や陰嚢へ愛撫を施した。
「ッ……!」
濡れた指が後孔のあたりを這う。感触に体が震えたのは嫌悪からではない。
ベックマンの指は焦りも感じさせず、緩やかにシャンクスの後孔を犯す。指も舌も、憎らしいほどの余裕でシャンクスの熱を煽った。負けじと与えていた口腔での愛撫も、節くれた指が三本も入れられるようになった頃には中断せざるをえなくなっていた。
シャンクスが口を離したのを合図と受け取ったのか、ベックマンは後孔から指を抜くと体の向きを変えさせ、己の腰に跨るような態勢をとらせた。
己を見上げるベックマンに不敵な笑みを返すと、シャンクスは自ら性器を後孔へと銜えこんでいく。
シャンクスが自ら迎え入れる様を眺めながら、ベックマンの手はシャンクスの太腿、胸を滑り、悪戯な刺激を加える。睨み見下されようと、目元を赤く染めた表情では恐れることなどない。
「ン……ッ、あ……!」
ようやく深くまで銜えこんだシャンクスが、緩々と体を揺らす。動きを支援しているのか単に意地が悪いのか、ベックマンの掌はきわどいところまでは撫でても、肝心な部分に触れようとはしない。
もどかしさに小さく頭を振ると、ベックマンの手を取り、自信の性器を握らせる。
「見、て……っ、だけで……済まそうと、してんじゃ……ねェぞ……ッ」
「見られてるほうが、燃えるんだろ……?」
馬鹿を言うな。
反論は半ばで嬌声へと変わった。やおら下から突き上げられたのだ。そうそう思い通りにさせるものかと、負けず嫌いをこんなところでも発揮して中を締め、腰を揺らす。
激しさを増した律動に、浮いた汗がこめかみから顎へ伝い、ベックマンの腹へ落ちる。背筋を流れ落ちた汗すら刺激になり、嗜好はただ達したいだけへと変わってゆく。体が揺れるたびに性器を包んだ手が擦る刺激は、もどかしいばかりだ。
「ッあ、もォ……早、く……ッ」
いかせてくれと訴えたかったのか、いかせろと命令したかったのか。いずれにせよ最後まで言う前に、腰と背中を支えられシーツへ体を倒された。そうして片足だけ屈強な肩へと担がれ、足を開かされたまま動かされる。
抽挿を繰り返されるたび、ベックマンの足に性器が擦れる。先ほどまでよりよほど刺激が強い。
「あ、あッあ……!」
角度を変えて突き入れられるたび、体がシーツの上で踊る。その様を見られているばかりでは癪だとベックマンを見上げれば、荒い息を吐きながら熱に浮かされたように自分を見つめている視線と目が合った。
乱れた髪が額に張り付き、汗が滴る。
この男のこんな様は、誰も知るまい。低く囁かれる名にすら敏感に反応してしまうこの身を知る者もまた、誰も居るまい。そうしてこの男は、自分の反応にも感じてくれているに違いない。
握り締めていたシーツから手を放すと、ベックマンの背を掻き抱いた。つらい態勢のまま口付けると、どちらからともなく深いものへと変わる。
互いの口腔を貪ることにシャンクスが夢中になっていると、不意に性器を握られ、強く擦られた。
「――――ッ、ンンン……ッ!!」
唇を解放することすら許されず、高い喘ぎは鼻にかかり、指先はベックマンの背中に強く爪を立て、掻いた。達して過敏になった体はそのままにはされず、何度か突き上げられた後、腹のあたりにベックマンが吐き出した精を受ける。
ようやく口付けから解放された頃には、互いの息は戦闘後のように上がっていた。
ベックマンが体を布で拭ってくれた後、シャンクスは猫のように大きく伸びをした。
「……久々に、ヨかったァ……」
「……いつもはヨくねェと言いたいのか?」
「いつも以上にってことだよ」
カーゴパンツを穿いている背を素足で軽く蹴ると、ベッドの端へごろりと寝返りを打つ。
「酒が美味かったせいかな?……まァいいか」
眠くなってきた、と語尾を欠伸に滲ませるとシーツを被る。隣にベックマンが寝そべったのを背中で感じると「おやすみ「と呟き目を閉じた。返される言葉は穏やかで、先ほどまでの熱が嘘のように夜に溶けていた。