「海兵サンってのは、ノンビリしたモンなんだなァ」
「誰だ」
振り向きもせず誰何し、咥えた葉巻に火をつけようとして――どこからともなく生じた小さな炎がスモーカーのライターに先んじた。
「…テメエか、ポートガス」
「コレでわかってくれるんだから、愛だな」
「ぬかせ。こんな芸当が出来るのがテメエ以外にいるか」
机の脇に置いていた十手に手を伸ばしかけたスモーカーより先に動き、十手を奪い取ってニヤリと笑う。
「…無粋だぜ?」
ふざけるな。低くスモーカーは吐き捨てた。獰猛な獣のごとき威嚇だったが、ポートガスと呼ばれた男は気にする風でもない。それがいっそうスモーカーを苛立たせた。
「忘れているなら思い出させてやるが、貴様ら海賊はことごとく海軍にとっ捕まる宿命だ。おれ達が貴様らを根絶やしにするからな。貴様らを捕まえるためなら、どこまでもおれは追いかける」
地獄の閻魔のごとき脅し声に、しかし海賊は不敵に笑む。
「…それってある意味、究極のプロポーズのセリフじゃねェか? 俺のこととか、メチャメチャ意識してるんじゃねェの?」
「ふざけるなッ」
怒鳴る海兵に、若い海賊は楽しげに目を眇めた。
「声を荒げれば俺が大人しくするとでも思ってる? 大人気ねェよ、大佐」
不敵に笑んで間合いを詰める。スモーカーがわずかに緊張したのを感じて更に笑みを深くし、太い首に腕を回して素早く口付けた。これはスモーカーの虚を突くのに成功した。
「…何の真似だ」
「なんだっていいじゃねェかよ。いちいち意味考えながらあんたは女抱くのか?」
「テメエは女じゃねェ」
「そうとも。別に女扱いされることを望んじゃいねェし」
悪戯を企む悪童のような表情を前に、悪い予感はいっそう濃くなる。この男の行動が掴めないのは昔からだが、酔狂にもからかいに来ただけが目的とも思えない。
何か、ある。――以前と同じだ。
嫌な確信を元に、海兵は海賊を睨んだ。
「何しに来た」
「ん?…丁度、この町を出ようと思ってた。そこに馴染みの顔をウッカリ見つけちまった。じゃあ挨拶しとくか。以上」
「…わからんな…テメエがそれだけのためにわざわざこんな所まで来る理由がそれか?」
「わかろうとするからわかんねェんだよ。解釈しようとするからさ」
「海賊が海兵に能書きをたれるか」
「そういう考え方するから頭硬いんだよ、あんたは」
だからいつまでたっても俺を捕まえられないんだよと嘯く。スモーカーは嫌そうに顔をしかめたが、それ以上は何も言わなかった。どうせ口ではこの海賊に負けるということはわかっている。
海賊の狙い通りになるのも癪だったが、捕まえる気力は半分ほど萎えていた。結局、まんまと海賊の思惑に嵌る。
「テメエの方がよほど素直じゃねェな」
「そぉ? 顔見に寄ったってのはホントだけどな? 俺、あんた嫌いじゃねェし…するしないは、まァ気分次第ってことで」
にしし、と笑った顔が捕まえなかった麦わらの少年と重なって見える。苛立たしく舌打ちすると乱暴に海賊の体を抱え、寝具へ乱暴に転がした。小さく抗議の声が返ったが、大して嫌そうではない。
覆い被さった時に何か言いかけた唇を五月蝿いとばかりに己の唇で塞ぎ、上着など着ていない素肌へ手を滑らせ、ベルトへ手をかける。エースはそれを止めず、代わりにスモーカーのジャケットを剥いだ。
「性急だねェ」
「恋人同士でもねェのにチンタラやってられるか」
「はっは! 恋人同士じゃなきゃヤッちゃいけねェって決まりもねェもんな。でもどうせするなら、ちょっとでも好きな奴とした方がいいと思うんだけど?」
「海賊のクセに、可愛らしい事言うじゃねェか」
揶揄の言葉にエースは小さく苦笑した。右腕でスモーカーの顔を引き寄せ、唇の横に軽く音を立てて口付ける。
「船乗りってのは、それが海賊であれ何であれ、ロマンチストが多いんだぜ?」
「ハッ、海賊なんてのは所詮は犯罪者の集まりだ」
「犯罪者がロマンを語っちゃダメだって、誰が言った?」
「口の減らねェ…」
「ヤレりゃイイって思ってるわけじゃないってのが解ってもらえれば、俺はどうでもいいんだけどね」
にやりと笑い、スモーカーの肩を掴んで上下をひっくり返す。臆するでもないスモーカーのズボンを寛げて半端に脱がせると、大人しいままの彼を取り出して、先ほどしたように口付ける。
乱暴に青年の奥を貫くと、背筋を矢をつがえた弓のように張らせ、歯間からは堪えきれなかった声が漏れた。
海賊と、海賊を捕える海軍軍人という立場であれば、そう何度も顔を合わせたり、まして体を重ねる事など普通はない。ありえない。にも関らず、彼とは過去にも情を交わした。海賊は全て捕えると豪語しているはずの自分が、だ!
(何を躊躇っている?)
こうしている間にも、海楼石を仕込んだ手錠なり十手なりで取り押さえれば、容易く捕まえる事は出来るはずだ。なのに過去数度、した事はない。
この若い海賊の言葉を借りれば、彼は多少なりとも自分を好きだと言う。その言葉を信じているわけではない。
相手は海賊だ。捕まらぬためなら嘘もつくだろう。偽りの言葉も吐くだろう。自分の身が可愛くて仲間を売るような外道もいるのだ。
まして言葉などいくらでも取り繕える虚ろなもの。信じるに値する確たるものではない。
「…な、に…考えてる…?」
顔を上げると、辛いだろうに首をこちらに向けて見つめている。漆黒の双眸は潤んで艶を増していた。
刹那見惚れたが、考えを気取られるなど、プライドが許さなかった。
「――テメエには関係ねェ」
言い捨てると、腰を掴んで引き寄せ、深くまで穿つ。海賊は短い悲鳴を上げたが、さして辛そうではない。
「…あんたも、相当…溜まってんな…」
「無駄口を叩く余裕があるのか」
「睦言って言ってほしいね」
「はっ…甘いこと言うな」
「知らなかったか? 海賊ってのは大概、ロマンチストなんだぜ…」
「…所詮は犯罪者だ」
「否定はしねェよ。やりたいことやって生きてるからな。後悔はねェ」
「……なら、今殺されてみるか?」
「ヤッてる最中に? 笑い話だな…」
肩を揺らして笑いかけて、中にいるスモーカーに擦られてすぐに顔をしかめた。
「…俺には、あんたも海賊が似合うと思うけどね」
「巫山戯るな」
「本気さ。あんたにココは狭そうだ」
「海賊は嫌いだ」
「食わず嫌いは、よくねェな」
「言ってろ」
俄にまた動き出したスモーカーに合わせるように、エースも腰を揺らめかせる。
生産性のない行為に、何の意味があるのか、少なくともスモーカーは分からなかった。ただ――この瞬間だけは苛立ちを忘れられた。
よもや、この男がそんなことを計算してここに来るわけがないだろうが(第一そんなことをして彼に何の得があるというのか)――思っていると、苦しげに呻いた海賊が、こちらを見て意味ありげに笑ったような気がした。気に入らず、体勢を変えて背後から突き上げてやると、断末魔のような声を上げ、シーツを指が食んで皺を寄せた。少しだけ気が晴れた。それだけでこの時間は意味のないものではないのだと、スモーカーは思うことにした。