ベッドにごろりと転がって、枕にしているのは副船長の胸。枕というより敷物というか敷き布団というか長椅子というかリクライニングシートというか…リクライニングシートが表現として一番近いだろうか。副船長の脚と脚の間に体を仰向けに伸ばして、一緒に本などを読んでいる。
コワモテで腕っ節も頭も体格もいい、海賊の見本のような男にそんな真似が許されるのは、彼らが乗る船では船長であるシャンクスだけ。「この世で唯一人」と言い切りたいところだが、生憎と近頃では子供が二人、副船長をリクライニングシートにするのを許されていた。
そして時に、それが小さな騒動になる。
ごくごくたまに起こる幼い兄弟二人とシャンクスによる副船長の奪い合いは、たいていシャンクスが兄弟に譲る、という形で決着がつく。何故なら、シャンクスは船に戻ればいくらでも(というのはいささか誇張ある表現だが)副船長といられるからだ。陸にいるときくらい、他の人間がベンを好きにするのもいいだろう。
また、シャンクスは兄弟と遊んでいるベンを見るのが嫌いではなかった。むしろ好きと言っていい。兄弟を気に入っているから、というのもある。けれど、大きな理由は別。本人は気付いているのかいないのか、兄弟と遊んでいる時のベンは、船の上や仲間がいる時や自分と二人きりでいる時には見せないような表情をするから。そんな、小さいけれど新しい発見をするたびに嬉しくなるのだ。
ぱらり、ぱらりと頁をめくる音だけの、静かな空間。
今日村であった出来事に思いを馳せながら、ベンの体温を感じる。暖かくて…心地いい。これほど落ち着いて過ごせる夜は、沖に出てしまえば皆無に等しいかもしれない。
しかしシャンクスは本など読んではいなかった。なんとなく大人しくはしていたが、文字を追っていると思われていた目は、この態勢に落ち着いてしばらくしてからずっと、副船長の手を見ていた。大好きな、ベンの手を。
この手が、指が。頭を撫で、頬を撫で、首筋を伝って鎖骨を撫で、胸をまさぐり、腹筋から更に下へと降りて感じやすいところや熱い内部を弄び、嬲り、昂ぶらせ……愛撫は時に激しく、時に優しかった。
この男が自分にどう触れ、どう扱うかを思い出しただけで、衝動がこみあがる。
一応悩んでみたが、十秒もたたないうちに吹っ切って、本からベンの手を取り上げた。無言でまた本に手を伸ばそうとするのを許さず、彼の手を口許まで運んで甲に軽く口付ける。
―――大人しくしてると思ったらコレか…。
胸にすっぽりおさまっている船長にはわからないように、小さく細く溜息をついた。
ベンがベッドで本を読み始めて一時間。シャンクスがやってきて猫のように乗っかってきて40分。まあ今までよく黙って大人しくしていた、と言えなくもない。しかし、その程度の事がなぜこの人はフツウにできないのか…村のそばかすの少年ですら、それくらい出来るというのに。9歳のガキ以下か、アンタは。心の中でこっそり笑う。
きっと誰より強い分、そういう所をマイナスとしたんだろう。誰がしたって?そんなの神様に決まってる。長所だけ、いい所だけの人間なんて、絶対にいないのだから…。
深く考えてまた溜息をつきかけたが、不毛なので即思考を切り替える。
さてこの人は、先程から何をしているのか。人の手を取って軽くたたいたり甲や掌にキスしたり撫でたり持ち上げて落としたり。わざと力を抜かずに手を落としてやらなかったりすると、甲をはたいて落とそうとするから面白い。幼児還りでもしているのだろうか。
こちらからは余り反応を返さないようにしていると、そのうち指先を甘噛みされたり舐たりし始めた。
「…くすぐったいんだが…」
子猫に指先を吸われているような感じだ。舐められている、のではなく。あるいは本当に吸っているのかもしれないが。
「理解不能なんだが…」
何がしたいんだ?と優しく聞いてみれば、言葉による答えはない。けれど言葉の代わりのように―――指先に伝わる感覚が、舌の動きが、変わった。
ワカンネエ?
体の位置をずらして見上げる瞳が誘う色に輝いて。わざわざ見せつけるように、指を、少しだけ出した舌に付け根から舐められる。それは到底「子猫」などとかわいらしい表現が似合う姿ではない。
やれやれ、と肩を上下させるほど深くため息をついて、褐色のうなじに鼻先を埋める。昔からこの人の行動の突飛さと不可解な思考回路だけは読めない。まるで難解なパズルのよう。まあそんな所も好きだけどな、とは口中に留めた言葉。
「…誘うなら、もっとわかりやすく誘うんだな…」
「オレだって別に最初からサカッてたわけじゃねェよ?」
オマエの手がオレの目の前にあるからいけないんだよと子供のように笑って、恭しく掌に口付けた。