正義は我にあり

 どうも、あの人はいまいち理解しきれていない。
 自分の怒りがどれほどのものなのか、わかっていない。
 先ほど謝罪に来たのをすげなく追い返したのもそのせいだ。
 嫌々謝られたって、許せるわけがないではないか。

 既に冷戦状態から5日――ベックマンは半ば意地になっていた。
 この間抜けた冷戦がもたらした被害は、船員の神経性胃痛や食欲不振、士気の低下、ベックマンの煙草の消費量増加――など、多方面に渡っている。
 ベックマンとていつまでもこんな馬鹿馬鹿しい状況を続けるつもりは毛頭ない。だが、肝心のシャンクスが悪びれもせず、反省の色も見えないのでは意味がないのだ。
 船医のギーフォルディアに説教されるまでもなく、指揮が下がりまくった今、どこかの船や海軍とやりあうハメに陥ったら非常にまずいのはわかっている。何より自分自身、不本意な現状を維持し続けたくはない。
 仕方なく、ベックマンは船内随一の頭脳を「どうやってシャンクスに謝らせるか」という命題に使用した。非常に時間と脳細胞の無駄遣いだということは自覚しながら。


 ふてくされ指数MAXで、シャンクスはベッドに身を投げ出した。
 舌打ちして呪いの言葉を吐きながら、天井の一角を睨む。
(謝ったっていうのに、何が不服なんだよ?!)
 第三者から見ても反省のない謝罪だったが、シャンクスはそんなことまで気を回さなかった。相手がどう思おうと、自分は謝った。その事実だけしか捉えていない。
 ベックマンが機嫌を直さずにいるならば、まだ当分この状況は続くのだろう。そうすると否応なく、苦情はシャンクスに集中する。誰も不機嫌指数MAXの副船長に苦情を言う勇気は持ち合わせていないからだ。唯一こんな状況でもベックマンに意見できるのは、年上でもあり物怖じもしない船医のギーフォルディアくらいのものだろうが、ベックマンに説教する前にこちらにも説教を食らわすだろうことが予測できるので、気が進まない。だからといって自分自身で状況を打破できるほどの名案が浮かばないのも事実だった。
 物に八つ当たりするのは憚られたので、イライラした気持ちは内に篭るばかりだった。
 シャンクスの堂々巡りの思考を中断させるように、ノックが入室を請うた。また船員の誰かか、とお座成りに返事を返すと、入ってきたのは驚いたことに、ベックマン自身だった。ただし忌々しいことに、髪型はあくまで縦ロールだったのだが。
「…何の用だ」
 先ほど冷たく部屋から追い出されたことをまだ根に持っている声で、ベックマンの方を見向きもしない。彼が機嫌を直したわけでもなくここを訪れたのは、空気でわかる。
 ベックマンは答えるでもなく無言でベッドへ近付いてきて――シャンクスに覆い被さった。さすがに予想外のことに、自分の立場も忘れて険の篭った眼で睨む。
「なんだよ?!」
 しかしベックマンは答えず、シャンクスに口付けた。反射的に抵抗したが、腕は頭の上に縫いとめられる。
 怒りの見える目がシャンクスを見下ろし、無理矢理膝を割って片手でサッシュを解く。
「てっめ…何しやがるんだ!放しやがれ!」
「何って、この状況で聞くか?」
 無表情で言い放つ男に、更に苛立たされる。普段では考えられないほど、シャンクスは全力での抵抗を試みた。しかし真剣になればなるほど、この状況は喜劇にしかならない。
 シャンクスを組み敷き、抱こうとしている男は――縦ロールなのだ。
 これが笑い話にならなくて、何だと言うのか。
 シャンクスの制止も聞かず、ベックマンはズボンを寛げさせて手を滑らせ、中心へ指を絡める。
 戒められた腕の力は固く、蹴ろうにも膝の辺りにベックマンが乗り上げているのでそれも出来ない。時と場合によっては、或いはそれなりに燃えるシチュエーションではあるのだが…今は最悪だ。

 何しろ相手は縦ロール。

 笑えないはずの状況なのに、頭のどこかで爆笑している自分がいる。
 そして状況をまったく無視し、ベックマンの指は勝手知ったるシャンクスの弱い所を確実に責め上げ、熱を高めていく。
 快い刺激に流されるのは構わなかったが、微妙に、その気になりきれない。

 何しろ、目を開ければ縦ロール。

 そしてシャンクスは思い至った。
 仮に、この男の機嫌がこのまま直ることがなければ――自分はずっと縦ロールの男と寝るのだということに。

 寒い。

 縦ロールの厳つい男に押し倒され抱かれ、喘いでイッてイかされるのは――この上なく寒い。目を閉じればいいとかそういう問題ではなく、縦ロール男と寝るという事実そのものが寒いのだ。
 そのことにようやく気付かされ、慌てて制止する。
「ま…待て、ベックっ。ちょ、…や、めろっ…やめてくれって!」
 今までの抵抗と雰囲気が違うことに気付いたのか、ようやくベックマンは弄る手を止めた。
「悪かった。オレが悪かった。心の底から理解した。本ッ当にすまない。許してくれ」
 そうしないと笑い死ぬ、とはさすがに言わなかったが、寒い状況を改善するべく、シャンクスは生まれて初めて必死に謝罪を繰り返した。
 もう絶対しねェから縦ロールは止めてくれと言うに至って、ようやく腕を解放された。シャンクスは体を起こし、ヘッドボードにずり上がって息を整える。見上げた男は満足げに頷いている。
「わかってくれたか」
「わかった。すごくわかった。…だからシャワー浴びてきてくれ…」
「あン?」
 ベッドに腰掛けたベックマンが不思議そうにこちらを見るのを、なるべく縦ロールは見ないようにしてぼそりと呟いた。
「…してェけど、オマエがその頭じゃ萎える…」
「自業自得だろうが」
 赤い頭に拳骨を落として、苦笑しながら立ち上がった。
 シャンクスの理由はともかく、自分でもこの頭はもう見たくないとベックマンも思っていた。



 そうして、以後の赤髪海賊団では、シャンクスが再びベックマンに何かを仕掛けようとする時には「縦ロール」が戒めの言葉になったとかならなかったとか。
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6666hitは暮林水乃さんでした。
リクは「旧4444hit(「Trick or Revenge?」)の続き」デシタ。
よもやあんな馬鹿話の続きをリクられるとは!(笑)
何が起こるかわかりませんねカウントゲット。これだからやめられないんです。
とはいえ、遅くなりまして申し訳ありません。
そしてやっぱり馬鹿でオチが見えたような話ですが…どうぞお納めくださいませ。