沈黙を聞け

 建て付けの悪い窓が、堪えられないとでも言いたいかのように涼風を受けて落ち着きなく泣いた。しかしその部屋をかりそめのねぐらと定めた二人には、敵襲ほどの感慨も与えなかったらしい。窓を顧みることもなくまぐわいに熱中し、やがて気怠い空気の底に沈む。
 逞しい体格の男がベッドから身を起こし、一糸纏わぬままその端に座る。サイドテーブルに手を伸ばすと、シガーケースから細身の葉巻を取り出した。ゆっくりとした動作で火を点け、香りを部屋に満たす。乱れた灰色の髪を欝陶しそうな仕草で後ろへと撫で付ける。どの所作も、うらぶれた部屋には似合いである。
 シーツに埋もれていた相手も緩慢に上体を起こした。なだらかな胸のラインに薄く筋肉の張った肩や腹は男のものである。何より目を引くのは、闇に溶けようともせずに存在を主張する赤い髪だろうか。ある者は不吉と言い、ある者は勝利の象徴だというその髪は海賊団の名にも、彼の二つ名にもなっている。
 赤髪は、まばらに髭の生えた口許を吊り上げると灰髪の男・ベックマンの背中を掌でぺたりと触れた。やや汗ばんだ、しっとりした触り心地。真っすぐな背筋と肩甲骨がはっきり浮いたライン。引き締まった腰は長身と体格に見合ったように太い。
 触りながら何かを確認しているような手の動きに、ベックマンは思わず笑みを零した。
「楽しいか?」
「楽しいとも」
 そうでなければ男の体など触れもしないだろう。シャンクスの表情は見えないが、まさか真顔ではないだろう。揶揄が声に滲んでいる。彼の行動は突拍子もなく、常人であれば行動原理が理解できずに首を捻るだろう。昔はベックマンもシャンクスの理性では理解しかねる行動について考えたこともあったが、付き合いが長くなった今では思考を放棄した。子供の好奇心だと割り切ってしまったのだ。
 しかしシャンクスの扱いに慣れたベックマンですら、彼が次に何を言うのかまではわからない。色々な意味で常識が通用しない男なのだ。理性を至上と考えるような連中からは当然、疎まれているがそれを気にするはずもない。
「ちょっとは元気が出たか?」
 吸い込んだ煙に危うく噎せる所だった。
「何を――」
「違ったか?」
 オレはてっきりそう思っていたが。
 声音は表情ほど底意地が悪くはなかった。気遣ってくれているのだろう。常人にはわかりづらいが、時折そうやってシャンクスはベックマンを甘やかした。甘やかしとはベックマンがそう思っているだけで、本人にその意思があるかどうかはわからない。
 ベックマンは笑い泣きのような表情で溜息をつくと、紫煙をゆっくり壁に吐いた。彼が言っているのが何かわからないわけではない。昼間のことだろう。
「なんでオレのことでおまえが落ち込むのかさっぱりわかんねェけど。オレはもう、気が晴れたからさ――今度はおまえの気晴らしに付き合ってやるよ」
 シャンクスは男の顔が見えないので、代わりに背中に向けて喋る。そしてベックマンの背に覆いかぶさるように抱き着くと、細い葉巻を取り上げて灰皿に押し付けた。
 特に抵抗もせず葉巻を無駄にされたくせに、ベックマンは反論を試みた。
「決闘の申し込みか?」
「ある意味な」
 歌うように言うと、ベックマンの首に一本きりの腕を絡めたまま、耳に口付けた。
「目には目をって言うだろう」
 ――だから大人しく返されてろ。
 その理論は失笑ものに違いない。しかしシャンクスの考えることであるなら更なる反論はすべて無駄であり、だとするなら彼に付き合ったほうが精神的にも肉体的にも疲労は減る。
 考え方はさておき、この男が男なりにベックマンを思いやっているのは確かなようだった。やや上体をのけ反らすと、ベックマンは後ろ手でシャンクスの髪を撫でた。
「ありがたく返されてやるさ」
「おう」
 シャンクスがこんなふうにベックマンの相手をするのは珍しいことではある。
 ――気まぐれに過ぎなくとも気は紛れるか。
 ずいぶんシャンクス的な考えではあるが、いつまでも鬱々とはしていられない。何にせよ当人はとっくに立ち直ってしまっているのだから、副官たるベックマンがいつまでも陰鬱ではおかしいだろう。
 口付けながらシャンクスの体を再びベッドへ押し付けると腰のあたりに溜まっていたシーツを剥ぎ取った。肌をすっかり晒し、掌で撫でる。シャンクスの右腕もまた、ベックマンの肌に触れた。
 合図したわけでもないのに、素早く態勢が入れ代わる。シャンクスはベックマンの脚の間に体を割り込ませると、ベックマンの体に口付けながら体をずらしてゆく。
 逞しい胸筋、腹筋と唇を滑らし、臍の脇を軽く噛み、跡を残す。ちらりとベックマンの顔を窺えば、かすかに戸惑ったような色が見える。されるのは初めてでもあるまいに、何故そんな表情をするのか。まったく――そんな感情とは普段は無縁であるのに、これでは愛おしくなってしまうではないか。
 精器に口付け、咥えてやる。舌と口腔でねっとりと愛撫する。腹筋の引き攣れた反応に気を良くし、さらにねぶる。えづかない程度に深く咥えてやりもした。
 硬度を確かめると口中の圧迫から解いてやり、ベックマンの腰に跨がった。大きな手がさりげなく支えてくれる。
「慣らさなくていいのか?」
「さっきおまえが散々慣らしてくださりやがったからな」
 大丈夫だろうと気安く言ってのけると、器用にバランスをとりながら後口にあてがい、焦らすように飲み込んでゆく。ベックマンは圧迫に微か眉を寄せた。見下ろすシャンクスの表情は悪童のそれである。
 ベックマンの手がシャンクスの精器に触れると、彼は猫のように目を細めて体を揺らす。
 与えられているのか、喰われているのか。
 こんな時にまで頭を使う必要はないかと思い直すと、目の前の享楽に溺れることにした。シャンクスがしてくれることを素直に受け取らねば――日常ではともかく、この時ばかりは――後できっと倍返しを要求されるに違いなかった。
 
 
 
 再び室内に気怠い空気が下りたのは、空の端が白み始めた頃だった。
 互いにベッドに体を横たえ、情事の名残は皮膚の上に残るばかり。
 俯せに転がったシャンクスは、大きく伸びをすると喉を鳴らして笑った。ベックマンが聞き咎め何事かと問うと、機嫌の良い言葉が返される。
「オレにつられておまえまで落ち込むとは思わなかったよ」
 馬鹿だなとシャンクスが笑むのにつられて微笑する。
 ベックマンとて、落ち込むつもりはなかったのである。船長の憂鬱が続くようであるなら、なんとかして気分転換をさせようと思っていた。生来明るい船長の鬱が長続きはしないとも、長年の付き合いで承知していた。
 いつの間に、とも思う。だがおそらくは、彼同様の衝撃を自分も受けたということなのだろう。自分で気付かなかっただけだ。
「――俺もだ」
 自嘲めいた言葉にシャンクスは「ホントに馬鹿だな!」声をあげて笑った。
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旧カウント59999hitはみほりんさんでした。
リクは「副シャンでエロ」デシタ。
えーと……エロ書くのが久しぶりで、どこまで書いていいのかわからず、やや抑え気味です。
リクエストありがとうございました!