独房にて、二人

「…何も、あんたまで捕まる必要はなかったんだ」
 ベックマンは鉛で出来たような溜息を吐いた。じゃらり、と金属の擦れる重い音がした。姿は見えないが、恐らく苦い表情をしているのだろう。容易く想像できて、シャンクスは声を漏らさず笑った。
「おまえ一人に、ンな楽しい経験させたくねェんだよ」
「……海軍に捕まるのが楽しい経験か?」
「滅多に経験できることじゃねェだろ? だったら楽しいじゃねェか」
「あんたの判断基準がよくわからん」
溜息をつき、右手の壁を見遣る。その向こうにシャンクスがいる。姿は見えないが、きっと麦わら帽子を揺らして笑っているに違いない。  能天気にも、度が過ぎると思う。悲観的で自暴自棄になられるよりマシだが、せめてもう少し、緊迫感というものを持って欲しい。
「だって、どうせ一週間だし」
 楽しまないと損じゃねェか。
 屈託のない言葉に、色々考えているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
 自分達がいるのは、仮にも――海軍の船の、それも独房だというのに。
「おまえ、本当に考えすぎだよ。オレ達の仲間はそんなに頼りにならない連中じゃねェし、そもそもおまえが立てた計画じゃねェか」  確かにシャンクスの言うように、自分で立てた計画だが――その計画には、『シャンクスも一緒に』捕まるなどという項目はなかったはずだ。抗議した所で言いくるめられてしまうだろうから「そうだな」と投げ遣りに返してやって黙った。
 計画の遂行に関して、不安はない。シャンクスの言う通り、仲間は信頼できる。ただ、海軍に捕まっている以上、どのような取調べが行われるか知れたものではない。無駄な怪我をシャンクスに負わせたくなかったのだ。
 人の心も知らずに、シャンクスは隣の房で調子ッ外れの鼻歌など歌っているらしい。何かの旋律が聞こえてくる。
「しっかし…なんにもねェ所にいるのも、退屈だなァ」
 勝手についてきておいて、その言い様。
「……たまには大人しくしておけ」
「しりとりでもしようか」
「……御免だ」
「ちぇっ、つれねェんでやんの。…煙草吸ってねェからってイラついてるだろ」
 子供のように落ち着きがないと思ったら、洞察力は侮れない。
 確かに海軍に捕まってから、まだ一度も喫煙していない。忘れていただけなのだが、気付いたら吸いたくなるから不思議なものだ。
 両手は手首に木製の枷を嵌められてはいるが、何も出来ないわけではない。苦労してズボンのポケットを漁り、油紙に包んだ煙草と燐寸を取り出した。器用な手つきで燐寸を擦ると、咥えた煙草に火を移す。溜息ともつかぬ紫煙を吐き出して、薄汚れた壁に背を預けた。
 シャンクスは鼻歌を歌い続けている。暇だと愚痴りながらも、機嫌はどうやら悪くはないらしい。
 半ば無心で煙を吐く。半分ほど灰にさせた時、何かが軋む耳障りな音が聞こえた。どうやら誰かが入ってきたらしい。靴音を響かせて入ってきた人物は、恐らく二人。隣の、シャンクスの房の前で止まったようだった。
「ほう。とっ捕まえた海賊ってのは、この麦わら帽子の小僧か」
 檻の前に立ったのは、海軍の上級官僚の制服に身を包んだ男だった。「小僧」に反応して、シャンクスは顔を上げる。
「小僧じゃねェ。シャンクスだ。……おっさん、面白い帽子かぶってんなァ」
 男が被っていたのは、シャンクスの言葉を借りれば帽子だが、帽子と断定するにはしがたい代物だった。犬が丁度口を開けている、その中に顔が収まっているのだ。犬好きにしても、これはどうだろうと思うが、そういうセンスをシャンクスは嫌いではない。隣にいる男は、見ればきっと顔を顰めるだろうけれど。
「おう、これか。ワシの気に入りだ」
「イカす帽子だよなあ。それ、買ったのか?」
「いや、作ってもらった」
 どんな帽子だ、と隣の房でベックマンが内心で激しいツッコミを入れているのも知らず、しばらく互いの帽子談義に花が咲いていた。とても、房でする話とは思えない。
「…随分呑気な小僧だな」
「だから小僧じゃねェって」
 シャンクスの抗議に耳を貸さず、男は話を変えた。
「お前さんの船、副船長までとっ捕まったんだろう」
「ああ、隣にいる」
「トップ二人が処刑されちまえば、海賊団としてはもうお終いだなぁ?」
 笑う声は、揶揄するような響きではない。どちらかといえば挑戦的な言葉だと、ベックマンは思った。シャンクスもそう思ったのだろう。
「そんなことは、おっさんが決めることじゃねェだろ」
「ほう、小僧はまだ諦めてないか」
「だってオレ、まだ世界の全部見てねェし」
「海賊王になるんじゃねぇのか」
 じゃらり、と鎖の音がした。恐らく肩を竦めたのだろう。
「ワンピースがどんなモンなのかは興味あるけど、見るだけでいいや。海賊王になろうとは思わねェ。それより世界を見て回る方が面白そうだし」
「…つくづく、変わった小僧だ」
 とても一週間後に処刑が決まった人間とは思えねぇなと男が言ったのに、ベックマンは内心で僅かに動揺した。確かにそうだ。命の期限が決まった人間なら、普通はもう少し取り乱すものかもしれない。――とはいえシャンクスはいつもこの調子。もっと虜囚らしくしろと言っても、そちらの方がボロが出そうな気がする。
「とても大人しく死ぬようなタマじゃあなさそうだな。処刑日が楽しみだ」
 がっはっはと豪快な笑い声が響き、続いて足音がベックマンの房へと近付く。
 シャンクスが形容したように『イカす帽子』とは思わなかったが、海軍将校らしからぬけったいな風体の男だと、ベックマンは思った。勿論、身なりだけで人を判断できるとは思っていない。
「檻ン中で煙草が吸えるたぁ、お前さんも相当な度胸だ。七日後の報告を楽しみにしていよう」
 にやりと笑い、『正義』を背負ったコートを翻し、高笑いして出て行く。面白いオッサンだとシャンクスが評したが、喰えない男だという印象をベックマンは受けた。
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5555hitはMikaMakiさんでした。リクは
軍艦の船倉。シャンクス&副船長は海軍にとっ捕まって別々の牢に入れられた。
 互いの姿は見えないが、声は聞こえる。
 1週間後船が港に着けばふたりとも極刑の身である。そんな彼らのもとにある人物がやってくる。続。

デシタ。
ガープ中将は、個人的にとても好きな海軍軍人さんです。
ひょっとしたらスモーカーやヒナより好きかも(…扉連載にしか出てないのにね…)
」という限りには、後に続くようにしてみようと思ってみたンですが。