シャンクスがおかしい。
そう感じるのは自分だけなのだろうかと、ルフィは訝った。彼の仲間たちは相変わらずの陽気さで酒盛りをしている。シャンクスとて先ほどまでは面白おかしくルフィやエース、マキノに今回の冒険話を聞かせてくれていたのだ。
ルフィの隣でシャンクスが溜息をついた。まったく、いつも陽気な海賊頭らしくない。
「シャンクス、病気か?」
ストレートな質問に、海賊頭はきょとんとした表情でルフィを見下ろす。麦わら帽子もあいまって、そんな顔をするととても大人とは思えない。
エースも同じことを思っていたのか、深く頷いている。
「いつも馬鹿な奴が静かだと、明日雨が降るじゃねェか」
いつまでも素直にシャンクスの心配ができないエースの言葉に、彼を窘めながらマキノが口を挟む。
「でも本当に、どうかしたんですか、船長さん。いつもの元気がないみたいですけど……」
「マキノさんまで。オレはそんなにしょぼくれちゃってますか」
顎のあたりを左手で撫でると苦笑した。大人らしい表情なのかもしれないが、シャンクスにはまったく似合わないと兄弟は同じことを考えた。
「しょぼくれっていうか、恐い」
「いつも馬鹿ばっかりやってるくせにな」
「お酒を飲むペースも、いつもより早い割にあまり酔ってないみたい」
三者三様の意見に、シャンクスは腕組みする。
「別に何かあったってわけじゃないし、話すと愚痴になっちまうんだが……」
シャンクスが愚痴!
エースとルフィは目と口を丸くし、マキノは内心だけで驚いた。これが他の人間、例えば副船長やヤソップ、黄色いサングラスをかけたアディスンやお洒落な帽子をかぶったリックだったなら、主に彼らの船長が引き起こした事件について愚痴ることもあるのだろうと納得がいく。しかしこの船長に愚痴とは、まったく似合わない。明日は雨どころではなく、嵐になるだろうか。エースは真剣にそんなことを思った。
船員たちに愚痴を零されることはあっても船長自身が愚痴を零すことはまずあるまいと、勝手に思っていた。シャンクスに元気がない時点で充分、大事件ではあるのだが。
「何があったんだよ?」
「実はな……副船長の所に、引き抜き話が来たんだ」
「引き抜き?」
弟の疑問に素早く答えたのは兄だった。
「他所の海賊団から、シャンクスのとこなんて辞めてこっちに来いよって誘われたんだよ」
「ええっ! じゃあ副船長いなくなっちゃうってことかっ?」
「馬鹿、いなくなるもんか! 副船長は俺が仲間にするまでシャンクスが預かってるんだからな」
「あ、そうか。でもエース、狡いぞ。おれも副船長を仲間にする!」
「馬鹿、副船長は一人しかいねェだろ」
「じゃあエースが諦めろ」
「ふざけんな」
二人の雲行きが怪しくなった所でマキノが口を挟んだ。このままではシャンクスの話が終わらない。つまみのオニオンフライを出してやった。
「副船長さんは船長さんの船を下りたりしないんでしょう?」
「ありがとう、マキノさん。――勿論そうだ、と言い切りたい所なんだが、こればっかりはなァ。いくらオレが格好良くって魅力的で強くっても、立て続けにあいつン所にそういうのがきたらショックだぜ」
「しょうがねェだろ、副船長なんだから」
「カッコイイよな。頼りになるし」
「そうそう。頭いいし腕力あるし力持ちだしな。オレを軽々と運ぶのは気に入らねェけど、楽だしなァ。手もでかいし無口だけど優しいし。モテるのはわかるし、たまァにホントにオレでいいのかよとか思うけどな」
説得力のない顔で言うが、先ほどよりよほど元気は出たようだ。エースが身を乗り出す。
「シャンクスも、やっとオノレを知るようになったんだな! 安心しろ、副船長は俺が貰うから」
「誰が渡すか!」
「なんだよ、シャンクスでいいわけないなら、俺が貰うしかねェじゃねえか!」
「二人とも落ち着いて……」
マキノに止められて黙ると、再び箸が動き出す。
「……まあ、でも実際、あいつはオレの船以外には乗らないと思うけどな」
「そんなのわかんねぇだろ。俺がシャンクスよりイイ男になったら、俺の仲間になってくれるって言ったし」
「そんなの、なれるわけねェだろ」
「「なんで?」」
兄弟揃っての問い返しに、シャンクスはにやりと笑った。
「他人じゃなくて、あいつが自分で相手のことをオレより上かどうかを判断するからだ」
だからあいつはオレの船を下りねェ。
断言に幼い少年二人はぽかんと、マキノは思わずといった様子で笑いを漏らした。
「船長さん、それ……すごい惚気ですよ?」
副船長の一番は常に自分だと言っているようなものだ。
マキノが指摘すると、シャンクスは底意地の悪い、けれどもどこか憎めない笑い方をしてエールを飲み干した。