胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ

 妙だと気付いたのは単独行動をとってすぐの事。
 つけられている。気のせいではないと断定出来るほど、赤髪海賊団の副船長は人の気配に敏感だった。
 身の程知らずな賞金稼ぎなら、どんなに気配を殺しても肉食獣のように獰猛な視線を感じるからわかるのだが、そういう類の視線でもない。ただ見られている。桟橋で仲間と別れてからこの森に入ってもずっとだ。害はないのかもしれないが、いい加減うっとうしい。
 5分後、とうとう口を開いた。
「…いい趣味をしているな。どこの誰かも俺に何の用があるのかも知らないが、やましい所がないなら姿くらい見せたらどうだ?」
 数秒の沈黙の後、
「やましい事がないわけじゃあないんだけどね」
 悪びれない声が頭上から目の前へと降ってきた。鮮やかなオレンジのテンガロンハットにまず、視界を占領される。
「声をかけるタイミングを外しちまったからさ。ストーカーみたいな事をするつもりはなかったんだけど…」
 お互い元気そうで何よりだよね、と笑うそばかす顔には見覚えがあった。そう…あれは8年ほど昔。小さな村の、元気なふたりの兄弟。
「…エースか」
「わっ、やっぱり覚えててくれたんだ?」
 嬉しそうに笑う顔には幼い頃の面影がはっきり残っている。首もとからマントにすっぽり隠されているが、むき出しのニノ腕から、その体がどれほど鍛えられているのかは容易に想像できた。
 だがにわかの再会にも、ベンは表情を緩めるような事はしなかった。その意図を感じとったエースは、やだなあと言いながら手をひらひらさせた。
「そんな警戒しなくてもいいじゃん?俺、そんな悪い奴に見える?」
「…うちのお頭だって顔だけ見れば海賊っぽくないさ」
 三本傷がなければだけどな、とようやく微笑した表情は、エースがよく見知ったもの。大好きな顔。8年前と同じ。
 へへへ、とテレ笑いして鼻の頭を掻く。
「…まだあのオッサンの船に乗ってるんだよね?」
「下りるつもりは当分ないからな」
「そっか。…この島には補給で?」
「まあそんな所だな」
 煙草を吸う仕草も、記憶にある吸い方と寸分違わない。自分はあれから色々な所が随分変わったと思う。成長した、とも言う。だからきっと副船長も変わったところはあるに違いない。
 …一番変わったのは髪かな?あの頃よりすごく短くなってる。じろじろ見るのは不躾だとわかっていても、視線をそらすことはできなかった。8年前と変わらない煙草、変わらない吸い方が懐かしかったのもある。
「あのさ」
「なんだ」
「…再会のハグをかましてもいいかな」
「…は?」
 目が点になったベンに、「だから、」と笑う。弟と顔は全然似ていないのに笑顔だけそっくりだった事をふと思い出した。そしてそれはシャンクスに似ていた事も。だが次にエースが言った言葉で、シャンクスに似ていたのは笑顔だけではなかった事まで思い出させられた。
「抱きついてイイ?」
「……断りを入れる所がオマエらしいな、エース」
「だってイキナリ抱きついてポイッてされたらショックじゃん?」
「………そんなもんか?」
「オッサンとかルフィなら、聞く前に抱きつくかもだけどさ」
「そうだな」
 たやすく想像できるだけにエースの言葉はベンの笑いを誘う。
 そうしてかつて小さかった少年は帽子をとって、ゆっくりとベンの胸に抱きついた。厚い体に両腕を回し、胸に頬を摺り寄せる仕草は猫を連想させた。
「へへへ…やっぱ副船長はでっかいなァ」
「お前だってずいぶん大きくなったじゃねェか」
「早くオトナになりたかったからね」
 いっぱい牛乳とかカルシウムとか摂ったんだよ、早く追いつきたかったから。
 見上げる顔は幼い日そのままで、ベンは懐かしさに目を細めて笑い、クセのある黒髪をくしゃりと撫でた。
「オトナってのは身長で決まるもんじゃねェだろう」
「そうなんだけどね…ね、副船長。約束覚えてる?」
「約束?」
「そ。村を出てく前の夜にした約束」
「村を出てく前の夜…」
 キィワードひとつで容易に思い出せる八年前。最後の出港前というと、美人の店主が営むあの酒場での宴か。たしかに、この兄弟もいた。カウンターの指定席、船長の隣にルフィ。少し離れたテーブルに自分とエース。色んな事をしゃべった中に、確かに約束という項目もあった…ような気がする。
 ベンにしては珍しく曖昧な表情をしていると、腰に回されていたエースの腕に少し力がこもって猫のように微笑う顔がすぐ間近になる。
「俺が、副船長をオクサンにするッて約束♪」
 一瞬触れた唇の感触よりも発言内容に驚かされた。だから刹那の口付けは、口付けとして認識されなかった。少なくとも、ベンの中では。
「はぁッ?」
「あ。さすがにこれは覚えてなかったか」
 やっぱりな、そんな予感はしたんだよ、とこぼしながらも腰に回した腕をほどく様子は見せない。それどころか更にキスしそうな勢いで背伸びして、
「今はさっ、まだダメなんだ。まだ海賊キャリア浅いし、そりゃあ俺は強いけど、まだまだまだだと思うんだよね。なんていうか、発展途上?俺若いし、これからまだまだ絶対強くなるからさ。今のままでもけっこーイイ男だとは思うけど、副船長に見合う男になるのはもーちょい先だと思うワケ。副船長カッコよすぎだからさ。今日はたまたまこのへんの偵察に来たら副船長見つけちゃって思わずつけちゃったけど、迎えに行くのはまだもうちょっと先だから。それまではシャンクスに預けておくけど。待っててくれよ」
「………」
 氾濫した川のごとく怒淘に一方的に語るエースに、口を挟む余地はない。
 じゃ、そうゆうわけだからコレ持っててね、と鼻面に差し出してきたのは小さな箱。
「…何だこれは」
 ようやくそれだけ言えた時には、既に箱を握らされていた。すっかりペースに巻き込まれたらしい。巻き込んだ方はそんな自覚などさらさらないのか、にこにこと上機嫌だ。
「また必ず副船長に会えるように、オマジナイ♪」
「…………」
 大のオトナの男、しかもコワモテの海賊にオマジナイというのはギャップがありすぎて変じゃないのか。思ったが、子犬とカブるエースの嬉しそうな表情を見たら何も言えなくなってしまった(というかツッコミ所はそこではないはずだがベン本人は気付いていない)。
 持っておくだけならいいか、とアキラメのため息をつく。諦める方が楽だということを、約二十年の海賊生活で学んだベンである。
「じゃあ、またなvシャンクスのヤツに耐え切れなくなったり、いじめられたらいつでも連絡くれよ。もー即行迎えに行くからさv」
「迎えにって…」
「俺、白ひげ海賊団ってトコにいるから。いつでも連絡くれよ。じゃあなっ!」
「白ひげって…エースっ!」
 言いたいことだけ言って行ってしまうあたり、本人は嫌がるだろうがルフィやシャンクスとよく似ている。
 しかしまァ…
「…けっこうイイ男に育ったもんだな…」
 抱きついてきた時にわかったが、筋肉もかなりしっかりついていたし、何より表情がいい。フーシャ村で会った、あの頃とちっとも変わらない笑顔。イキイキとしている。きっと海賊生活が楽しくてたまらないのだろう。噂でしか聞いたことはないが、白ひげという海賊はエースに合っているようだ。
「俺を迎えに、ね…頼もしい事言ってくれるじゃねェか」
 知らず、笑いが零れる。

 子供の成長を見守る親の気持ち、ってのはこんなモンなのかねェ?

 束の間の再会を思い出しながら、笑みが零れる。
 次に再会する時にはさて、なんと言ってエースの申し出を断ろうかなどと考えながらまた歩き出した。
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2900hitはha-na様でした。
リクは「副A(兄は大きい方で。かっこよく。)」デシタ。
…すいませんカッコよくないです兄(トホホ)。
しかもなんでこんなに副スキーなんでしょう兄。
…私が副スキーだから…?

あ、タイトルはサザンですが内容とは無関係のような関係してるような。
ともあれ、ありがとうございました!