おもいのつよさ

 だいたいさあ、と顔にそばかすのある少年は続けた。
 シャンクスは彼がその後に続けて言った言葉の一言一句を間違いなく覚えている。シャンクスの記憶力は時折ベックマンの予想を遥かに上回るが、何もそんな無駄な使い方をしなくても良さそうなものだ。
「シャンクスがなんで副船長より偉いんだよ。副船長のがしっかりしてるし酔っ払ってもクダ巻かないしかっこいいし男らしいし背が高いし頭いいし頼り甲斐があるしオトナじゃねェか」
 海賊頭に対し、恐れを知らぬ発言ではある。彼の前に居るのが気の短い海賊だったなら、あるいは斬られていたかもしれない。しかし相手はシャンクスである。こちらも一筋縄ではいかない男だ。
 蒸した鶏肉が入っているサラダにフォークを突き刺しながら、シャンクスは暢気に笑った。
「仕方ねェだろ。オレがこいつを仲間にしたんだから」
「副船長、なんでこんな奴の仲間になったんだよ!」
「あ、ひどい」
 心無い言葉に傷付いたわと女言葉を使って白々しく泣く真似をしてみせる。無論そんなことで怯むエースではない。
「こんなのが頭だったら、副船長も苦労ばっかだろ? 俺、早く海賊になる。そしたらすぐに副船長を迎えにいくから!」
 この発言に、その場にいた赤髪海賊団の者は皆、口にしていた物を噴き出した。エースの隣で話を聞いていたベックマンすら、吸った煙草に噎せる始末だった。エースの発言は公平に見て引き抜き宣言、一歩間違えればプロポーズである。
 わかっていないのは、発言した当人だけだ。
「なんだよ皆。海賊は食べ物を粗末にしないんだろ? つーか行儀悪いぞ」
 兄弟の年長らしいことを言うと、自分のオーダーしたオレンジジュースをごくごくと飲む。
 ただ一人、噴き出すよりは唖然としていたシャンクスは、にやりと悪党らしく笑うとエースの髪を乱すように撫でてやった。
「わ! 何すんだよ馬鹿シャンクス!」
「おまえなんかにゃ、うちの副船長はやらねェよ」
「何言ってんだ。貰うったら貰う!」
「いいかァ、エース。おまえが副を仲間にするためには、壁がある。このオレっていう壁がな。オレよりイイ男にならねェと、副はおまえについていかねェよ」
「そんなもん、」エースはこともなげに言いのけてくれた。「海賊王になるよりは簡単じゃねェか」
 これには一同爆笑である。シャンクス自身も笑っていた。
「違いねェ!」
「大物になれるぜ、エース!」
 エースには何故この海賊達が笑うのか、理解ができない。彼にしてみれば大真面目な問題なのである。
「シャンクスより俺にしなよ、副船長。絶対にシャンクスより面倒かけないし、俺は飯だって綺麗に食べられるし、字だってシャンクスより綺麗に書けるし、計算もできるし、これから海図だって読めるようになるし、お宝だって副船長には一杯あげるし! 俺だって強くなるから!」
「熱烈な口説きだねェ」
 ヤソップが人の悪い笑顔でシャンクスとベックマンを交互に見遣る。シャンクスをおとしめながら自分を売り込むあたり、エースは商才もあるのかもしれない。だとしても、なかなか難しい商売には違いない。今までも他の海賊団から副船長への引き抜き話は多くもたらされたが、その一度も成功した海賊はいないからだ。
 今までの引き抜き話と毛色が違うのは、引き抜きをかけてきているのが子供であり、彼は自身の純粋な好意でもって――あるいはシャンクスへの対抗心もあったかもしれない――副船長を仲間にしたいと言っているのだ。その一生懸命さは、いつぞやの誰かを彷彿とさせるのではなかろうか。
 とはいえ、勿論それとこれとは話が違うということくらい、ヤソップとて承知している。ベックマンが私情を優先することは(船長が絡まない限りは)ありえないし、彼がどれほど船と仲間を愛しているか、赤髪海賊団の者なら知っていることだ。
 ベックマンは苦笑混じりながら、煙草を持っていないほうの手をひらひらさせた。
「お陰で、魅力的な申し出に惑わされそうだ」
「おいおい……」
「副船長、ホントッ?」
 目を輝かせて身を乗り出したエースをシャンクスが指差す。
「おら、子供が本気にしちまったじゃねェか。どーすんだよ副」
「馬鹿シャンクス、副船長は嘘つかないぞ!」
 丸きり弟と同じ罵倒だと、はたしてエースは気付いているだろうか。
 ベックマンはエースとシャンクスの視線を涼しい顔で受け止めると、紫煙を吐きながら余裕たっぷりに言った。
「今すぐに答えを出す話じゃあねェな。十年後に必ずしもエースが自分で宣言した通りに成長してるとは限らねェし」
「うん、俺が一人前の海賊になってからでいいよ」
「一人前の海賊になるのは決定か」
「当たり前だろ。酔ってない時でも人に迷惑かけるシャンクスなんかと一緒にするなよ」
「言ってくれるねェ」
 じゃあオレも楽しみにしておいてやるよ。
「まあ、副はオレにメロメロだから無理だと思うけど? 頑張って上を目指しな」
 笑って、エースが嫌がるのも構わず頭をくしゃくしゃに撫でてやった。そこまで覚えている。
 
 
 
「――で?」
 ベックマンは紫煙とも溜息ともつかぬ白い息を吐いた。冬島では溜息がごまかせて便利かもしれない。
「なんでまた突然に、昔話なんだ?」
「エースがさ、白ひげのオヤジの所を離れたってな」
「ああ……裏切り者を追い掛けてるらしいな。別に白ひげ海賊団を辞めたわけじゃねェだろうが」
「一番隊隊長だっけ? ルフィといい、あいつもまあ、でっかくなったもんだよなあ」
 よっぽどおまえを迎えに来たかったのかねェ。
 揶揄混じりの斜めからの視線を頬のあたりに受けながら、ベックマンは平然と煙草を吸う。
「そうだとしても、迎えに来ないってことは、まだまだあんたに及ばないってわかってるんだろうさ。まあ、それがわかるくらいに成長したとも言えるか」
「もしかして、エースが迎えに来るのをさりげに楽しみにしてねェか、おまえ」
「あんたがルフィと再会するのを楽しみにしてる程度にはな」
「……なるほど」
 上出来の答えに笑みが漏れる。あたりを素早く見回し誰もいないのを確認した後、一本きりの腕をベックマンの首に回して口付けてやる。初心な恋人のように、額を擦り付けた。
「そんじゃあオレも、若いモンに負けないように頑張りますかね」
 おまえを引き止めておけるのが体だけってのも虚しいし。
 視線を交わすと、ひっそり笑い合った。
「よく言う……」
 そんなこと、かけらも思ってないくせに。
「そんなこと、どうしてわかる?」
「わかるさ。俺があんたの船を下りるなんて、本気で心配してないくせに」
 シャンクスは答えず、口許で笑ったまま薄い唇にもう一度口付けてやった。まったく、ベックマンの言う通りである。
(エースが本気なら、オレも本気で応じるけどね)
 奪いにこられても、うかうかと渡してやるほどお人よしではない。海賊なのだ。来る時にはエースもそこをわかって来るのだろう。ならばなおさら、手加減は無用だ。
 いい男を捕まえておくのも楽じゃない。
 苦労とも思っていないのにそう一人ごちると、シャンクスはベックマンの腕を引っ張りながら仲間の元へ戻って行った。そろそろ宴の支度ができているはずだった。
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19191hitはビスコさんでした。
リクは「シャンクスとエースの話。エースが強気で、シャンクスをこき下ろしているような話。大人サイズでも子供サイズでもどちらでも。」デシタ。
シャンクスとエース! シャンクスとエース!
好きなキャラ二人を一度に書けて嬉しかったです。
年単位でお待たせしてしまい、ほんっとうに申し訳ありませんでした。
最後のほうはやっぱり副シャンになってしまいました……