「だから…大丈夫だって言ってるだろ! オレが大丈夫っつったら大丈夫なんだよ!」
「その『大丈夫』には根拠がない。危険だとわかっていることをあえて犯すなんて馬鹿だと俺は言ってるんだ」
頭一つ分デカい所にある男の顔を、オレは睨んだ。どうしてこう、こいつの頭はいつも硬いんだ。なんかここ数日、いつもより激しく硬い気がするぞ。だからって、負けてやる気はサラサラない。
「カシラがやりてェって言ってるのを、おまえは止めるのかよ!」
「そのカシラの無謀無茶を止めるのが仕事だ」
さらりと言ってのけるのが憎い。ルゥが笑ったのを、オレは睨んで止めてやった。
もともと、理論的な言い争いでコイツに勝てると思っちゃいないオレは、救援の手を他に求めた。
「なぁ! おまえらだって、面白いって思うだろ? 行ってみてェだろ?」
オレが港で噂を聞いて「行きたい」と言い出したのは、古い島で、なんでも呪いがかかった古代の秘宝とか、その秘宝を守る数々のトラップとかがあるらしい。そんなものがあるって聞いたら、行きたくなるのが海賊だろ?!――たとえ、近くに海軍支部があってもさあ!
ちなみに情報の出所は、かなり胡散臭いという自覚くらいはある。何しろボケた爺さんの、どう聞いても戯言にしか聞こえない言葉だもんなァ…。でもオレは、その島のことを話す爺さんの、キラキラした目を疑う気にはなれなかったんだ。
「お宝に冒険だぜ?! これを楽しまなくて、何を楽しむって言うんだよ!」
オレの必死の説得(?)に、ヤソップと黄色いサングラスをかけたアディスンが笑った。失礼な奴等だ。オレがこんなに必死になるなんて、滅多にねェぞ?!
やりたいことをやるためなら、オレはいくらでも必死になるんだ。そのためには手段を選ばない。
「絶対ェ楽しいって! なあ! 行こう!」
…なんで船長のオレが必死になって説得しなきゃならないんだ。かすかな理不尽が頭を掠めたが、まァこの際なんでもいい。結果オーライならいいんだ!
何故だか全員が苦笑しつつ顔を見合わせている。代表で発言したのは、ヤソップだった。
「ま、最近冒険が足りなかったのは事実だし。お頭が言い出したら聞かねぇのはいつものことだし…なぁ?」
頷きあうルゥとアディスンとリック。…絶対こいつら、楽しんでるって顔なんだけど…まぁオレに味方してくれるならいいか。ベックの様子をちょっと窺ってみると、案の定、苦い顔をしてる。でも、これって多数決決定だよな?
「おっし! じゃ、進路は南南東に決定!! 文句ある奴、いねェな!」
わざわざベックの顔を見てやる。苦――い顔して煙草吹かして、忌々しそうに一つ頷いてくれた。
消灯時間前、オレはベックの部屋を訪れてみた。
会議の後、奴は一言も口を利かなかった。……まァ、奴の反対を振り切って島に寄るって航路を変更したから、当然といえば当然なんだろうけどさ。でも、だからって船のトップ二人がいつまでも険悪状態に陥ってるわけにはいかねェ。仲間への士気に関るからな。だからさっさと仲直るつもりだ。
ヤソップあたりには「あんたは何も考えちゃいねぇよなあ」って笑われるけど、冗談!オレだって結構色々考えてるんだぜ。仲間のことに関しちゃ、な。
ノックして、返事を待たずに副船長室へ入る。こいつの部屋は、オレの部屋よりよほど物が多い。いや、片付いてないのはオレの部屋の方なんだけど……なんていうか、『航海に必要なもの』が多いような気がする。海図とか、本とか、資料とか…。きっちり物をしまって、かつ何がどこにあるのか正確に把握している辺りが、こいつらしいというか。オレは自慢じゃねェが、自分の部屋のどこに何があるのかもわかんねェぞ。
一見して、あまり海賊の部屋らしくないが、これが結構落ち着くんだよなあ。
オレが入ってきても、ベックは無表情で(或いは無表情を装って)何かの本を読んでいた。広い机は本来は船長室(つまりオレの部屋)に置く物だったが、邪魔だったからこいつの部屋の机と取り替えたものだ。右側の脚に、いつだったかオレが暴れた時につけたでっかい傷跡が残ってる。
いつもなら「どうした」とか「何の用だ」とか聞いてくる所、何も言ってこないってことは、何かに怒ってるってことだ。よくもまあ、そんなに怒りが続くものだと感心するよ、オレは。怒ってる時間が勿体無いと思うんだけどなあ。
それにしても、煙草吸いすぎだよ、こいつ。この部屋、白く煙ってやがる。こいつの死亡原因、間違いなく肺ガンになるだろうな。思いながら、オレはベッドを背凭れ代わりに、床に座り込んだ。
「…なあ…なんでおまえさあ…あんなに反対するんだよ」
心配してるにしたって、度が過ぎてるよなあ?こういう喧嘩になった時、いつも思ってたけど。
言ってやると、ベックは短くなった煙草を灰皿に押しつけて消した。本を閉じる音がして、こちらを振り返る。
「……言わなきゃわからねぇか」
ベックの瞳が、真っ直にオレを射った。恐いくらい直向きで、視線が――反らせなくなる。視線に力があると、こういう時にも思う。いつもは負けないんだけど…ちょっと、油断した。
沈黙したままのオレを見て、ベックは自嘲を口の端に浮かべた。そしてそのままゆっくり近付いてきてオレの前に立ち、片膝を付いて、視線は逸らさないままで耳元に囁いてきた。
「…心配だからに決まってるだろう」
「……ッ」
うっ、わ…!
こいつの、この声ッ。
背筋というか腰というか…そのあたりを、何かが駆けていった。
こ…こういう声にオレが弱いのわかってて使ってやがるな。畜生、その通りだよ。どうせオレはおまえの声に弱いよ!
固まってしまったオレの肩を抱き、ベックは更に耳元で喋る。わざわざ、オレの弱い声で!
「この前一戦した時もそうだった。あんたはちっとも人の話を聞かないで、一人で先頭切って敵船に乗り込んだ。挙句、怪我負って」
「み…耳、舐めんな…っ」
ベックの体を押し退けようとしたけど、こっちは腕一本だし、もともと体格差と重量差がかなりあるし、何より…弱い所攻められてて、力なんか入るか!
こいつは勿論、人の話なんざ聞いちゃいねェし!
「俺が、どれだけ心配していたか…あんたは知らねぇだろうな」
大きな掌が、シャツの袷から肌に触れてくる。冷たさに、思わず体が逃げた。が、腰に腕を回され、そのまま床に押し倒されちまった。気付いた時には、腰帯も解かれていた。いつも思うけど…いつの間に解いてんだよ。
「し、るわけ…ねェだろ!」
「…だろうな」
だから余計に腹立たしいと言いながら、ベックはオレのズボンの中へ手を差し入れ、もう片方の手は腰をしっかり抱え、耳を舐めていた舌は、今は胸の敏感な所を這っている。体が勝手にビクッと跳ね、左肩に引っ掛かったままのシャツと床を擦る。
引き剥がそうとした指は、木の床に爪を立てた。それに気付いたんだろう、腰に回していた手でオレの指に触れ、
「傷がつく…」
指先にキスしてきた。
「じゃあ…、床で……するなよ」
言うと、ベックは目線を上げてオレを見た。オレに抵抗する意思がないのを理解したのか、ふっと笑ったかと思うと体を起こし、
「了解」
オレを抱えてベッドへそっと下ろしてくれた。決して寝心地がいいベッドではないけれど、床よりは遥かに柔らかい。
左の頬を包むように手を当て、そっと唇を触れさせてくる。その後は、息する間もなくなるほど、激しいキスを仕掛けてきた。顎が疲れ、舌が痺れ、目に涙が滲む頃にようやく解放される。
「……ッあ、…っ」
あまり覚えていないが、ズボンはどうやら、キスの最中に脱がされていたらしい。大きな手が膝を割り、ベックが体を割り入れてくる。
「ゃ、ぁ…っ」
膝を割った手が、一層脚を左右に開かせる。余す所なく見下ろされ、オレは顔を逸らした。
「あんま…見るなよ…」
「無理なことを言う」
見ないと出来ない、とベックは言うけれど…そんなに凝視しなくても、いいと思う…。だって、恥かしいだろう!灯りだって点きっぱなしなんだし!
主張すると、手を止めずにオレの体を弄っていたベックは、オレしか知らないいかがわしい笑い方をした。
「じゃあ…恥かしくなくなるくらいのを、してやるよ」
ベックの目に宿った剣呑な輝きに、オレは思わず息を飲んだ。
「ベック…ッ、ゃ…も・ォ…ッ」
がくがくと腰を掴んで揺さぶられ、弱い所ばかりを確実に攻め立てられて、体はもう限界に達そうとしていた。
「もう…?」
揺さぶる動きが緩くなる。頂点が遠のいた気がして、それが嫌でベックの腰に脚を絡めた。オレの上で、ベックが笑う。頬に、まるで壊れ物にするように手を添える。
「どうして欲しい…?」
一瞬、オレは躊躇した。けれど詰ったり怒ったりするような余裕は、とてもじゃないけどなくて。まして、何かを考えるような余裕もない。
せめて、ベックの背に爪を立てる。言葉は体の求めるがままに紡いだ。
「はやく…っ、イかせろよ…!」
「人に頼む時は…?」
「お・ねがい…だから…っ、はやく・ぅ……!」
「よく言えました」
じゃあご褒美だ、と既に先端から雫を零していたオレを握り、擦り上げてくれる。衝動の出口が明確になり、オレは身も世もなく体をよがらせ、嬌声を振り撒いた。
「ッァ…ベック…、ベック、も……イッちまぅ…ッ」
「……シャンクス…」
ベックの手が、力加減を変えて翻弄してくるのに、オレはついに陥落した。
一際高い声をあげてベックにしがみつき、体を大きく震わせて欲を吐き出す。意識的に中をキツク締めてやると、ベックは低い声でオレの名を呼んで、抜いてから――イッたようだ。中で出さねェのは、こいつらしいオレへの気遣い…なんだろう、きっと。
呼吸を整えていると、ベックが汗の滲むこめかみに口付け、そして張り付いた前髪を払ってくれた。腕を動かすだけで体が軋む音がしそうだったが、構わずベックの顔に触れる。
「……機嫌…直ったか」
返事を返さず、ベックがオレの隣に体を横たえる。言葉の代わりに額に口付けてきたけど、声を殺しても笑ってるのバレバレなんだよ。癪に触ったが、殴ってやろうにもそんな力はもうどこにも残っていない。せめて睨んでやりたかったが、目蓋はどうにも重い。
ごつごつとした無骨な指が、さっきまでとは全然違うように――優しく、オレの髪を梳いてくれる。その感覚が気持ちよくて、ベックの片腕を枕に、首に抱きついて目を閉じる。吐息で、また笑ったのがわかった。
「まったく……あまり心配かけさせるなよ」
その後呟いた言葉は、もうオレには聞こえなかった。