そして新たな名残を辿る

 仲間の誰も気付いていないようだったが、シャンクスは気付いていた。
 我らが赤髪海賊団の頼もしい副船長ことベン・ベックマン氏。
 今日は殊の外、機嫌が悪いらしい。
 何故他の誰も気付かないのか不思議でしょうがなかったが、ベックマンは至って外面のいい男。かつプライドが高い人間。そうそう簡単には自分の本心を晒したりはしないだろう。
 オレ以外には、とシャンクスは口の中で呟いて、忙しく働きまわるベックマンの姿をメインマストの見張り台から望遠鏡で観察していた。ああいう怒り方をしているということは、原因は十中八九、自分にあるのだろう。以前もそんなことがあった。ああいう人間を不貞腐れさせると、後が長引いて大変だということも、その時に学習した。
 朝、ベックマンと顔を合わせた時は普通だったように思う。昼もまあ、いつも通りだったか。その後…一緒にここへ上った後からだったか?
 後で直接本人に聞くか、と夕焼けに髪をいっそう燃えさせて、見張り台を下りていった。

 ベックマンの居室をシャンクスが訪れたのは、就寝時間を少し過ぎた頃だった。例によって前触れなどは一切省いた。
 部屋の主は、突然の来訪者に驚くでもなく、悠然と机に向かって何か書き物をしていたようだったが、キリのいい所まで書けたのか、はたまた来訪者が来訪者なので仕事にならないと諦めたのか、ペンを置いてシャンクスを振り返った。
「ノックしろといつも言ってるだろう」
「したよ。気付かなかっただけじゃねェの?」
 嘯く言葉に返す溜め息も、いつもより苛立っているように感じられる。
 シャンクスはこの部屋の定位置となっているベッドに腰掛けると、わざとベックマンから視線を外して天井を仰ぎ、部屋に入ってきた時と同じように前置きを省いた言葉を使った。
「何怒ってんだよ?」
 そうして、ベックマンの表情を窺う。彼ははっきりわかるほど、苦い表情をしていた。
「……怒ってるわけじゃ、ねェ」
「じゃあ何だってそんな機嫌悪いツラしてるんだよ? おまえ、今日一日中ずっと不機嫌だっただろ」
「……」
 ほんの僅かに揺れた視線を見、シャンクスは確信犯の微笑を見せる。ベックマンは悟られぬよう、深い息を吐いた。
 他の仲間達には絶対に悟られなかった。その自信があるだけに、シャンクスの言葉はベックマンを多少なりと動揺させた。そしてその動揺すら見て取ったシャンクスは、自分の言った言葉が間違いでない確信をすると、少しばかり語気を強めた。
「黙ってたらわかんねェだろうが。オレには知る権利があると思うけど?」
 言え、と圧力をかけてくる眼差しを間近から浴びせられて、ベックマンが抗えるはずもなかった。弄る手を止める。小さな溜め息がシャンクスの肌を滑った。
「ここ……」
 ベックマンが、諦めたように指先でシャンクスの胸元に触れた。鎖骨のすぐ下あたりだ。見えにくかったが、苦労しつつも何とかして見ると、花弁のような形をして、うっすら色が違っている。
「…あー…」
 思わず、ばつの悪い声が漏れた。
 ベックマンによる痕跡ではない。
 彼は人が見えるような場所に跡を残したりはしない。ならばこれは。
(……夕べのねーちゃんか…)
 それ以外の人間は考えられない。とすれば、最中ではなく自分が寝ている間だろう。さすがにそんな時につけられた跡に関しては、どうすることも出来ない。
 苦笑しつつ、不機嫌そうに黙っている男の手を取り、甲に口付ける。
「それで、何? もしかして……妬いてる、とか言うか?」
「……」
 ベックマンは不機嫌な顔をいっそう憮然とさせて黙り込んだが、それがかえってシャンクスの言葉を肯定していた。
「……信じらんねぇ…それで妬くか?」
 ベックマンはシャンクスが怒るかと思ったが、予想に反して彼は肩を揺らして笑った。ほっと安堵の息を漏らすが、腹を抱えてベッドを転がるほど笑うのは、笑いすぎだろう。
「……いいかげん、笑いを抑えろ」
「だって…おまえ、可愛いこと言うから」
「何が可愛いことだ」
 こちらは見えない所にだけしか残さないというのに、別の人間にそんな派手な跡を付けられ、あまつさえ隠しもせずにいるものだから、腹立たしいことこの上ない。
 恨み言を言われても、シャンクスは苦笑するしかない。
「寝てる間につけられたんだから、仕方ねェだろ」
「油断しすぎなんじゃねェか?」
「あのなあ……」
 苦笑を通り越して呆れながら、じっと男の瞳を覗き込んだ。こんな妬き方をするとは、夢にも思わなかった。
「オレはおまえのもんだろうが。小さなことなんざ気にせず、でーんと構えてりゃいいんだよ」
「……あんた、前『おまえはオレのもんだ』って言ったんだろ」
「おう。だから、『オレの物はオレの物、おまえの物もオレの物』だ」
「……」
 わからない。
 どうしてそこで「だから」で繋がるのかわからない。なんだか頭痛がしてきたような気すらする。
「おら、また難しく考えてんじゃねェよ」
 脚で、すぐ傍に立っていたベックマンの脇腹を蹴る。
「今はオレはおまえのもんだろうが。それでなんか不服かよ?」
 シャンクスはベックマンの顔を両手で掴み、噛み付くようなキスをする。
 不服というより不満だなとベックマンは思ったが、誘う舌に誤魔化されてやることにした。どの道、シャンクスのそういった意見を覆すのは容易ではないのだ。

 脚を押し広げられ、下肢の隅々を――普段人目に晒さないような所まで見下ろされ、シャンクスは身じろぎし、斜めにベックマンを見上げた。よもや、意趣返しというわけでもあるまい。
「……なんだよ……見てるだけで満足してんじゃねェぞ……?」
「まさか」
 シャンクスの挑発的な笑みを受け、煽られながら彼を煽る笑みを返す。
「どう滅茶苦茶にしてやろうか、考えてたのさ」
 膝から内股を中心へと掌で撫でる。シャンクスは色の滲んだ溜め息を吐いた。
「おまえ……たまに素でエロいよな」
「あんたに言われたくねェよ」
 ベックマンの、汗が滲んだ厚い胸に指を這わせ、喉を鳴らすように笑う。
「そこも、好きだろ?」
「あんたもな」
 視線を交わし、密やかに笑いあう。互いの肌に触れながら、深い口付けを交わした。
 節くれた指が、しっとりした肌を胸から肋骨、腰を辿って下肢を撫でる。唇は胸の先で尖っている所を舐め、左手はシャンクスの右手を捕えていた。
 急かすように背に立てた爪で掻けば、指はすぐにシャンクスの快楽を捕える。そうして、焦らすように中心ではなく内股や下腹を撫でるのだ。
「早く…ッ」
 性急な願いは、しかし聞き遂げられない。じりじりと、しかし確実に熱を集めてはいるのだが、もどかしくて仕方がない。
 自然、左手が自身へ伸びる。だがベックマンはその手すら封じ、両手をまとめて頭上で押さえた。
「な、に、しやが…っ」
「あんたは、俺の、なんだろう?」
 耳に低く囁かれ、内耳を弄られるのに首を竦める。ベックマンの左手は、体の側部や腰を撫で、
「たまには、俺の好きなように抱かれてみろ」
 凶悪なまでに甘く蕩けさせる声音で、悪魔のように囁いた。



 ぼんやりと覚醒する。視界はほの暗く、未だ夜が明けてないことを示していた。
 目蓋や頬に温かい感触を受け、シャンクスはくすぐったそうに赤毛を揺らした。自分が何故目を覚ましたのか、その理由に微笑する。
「もう少し眠れるぞ」
 寝ろ、と優しく頭を撫でられ、目を細めると伴寝した男の太い首へ両腕を巻きつける。横を向いている男の肩口へ頭を落ち着けると、不明瞭に「オヤスミ」と呟いて目を閉じてしまった。
 どうやら寝ぼけた頭では、昨晩のことは思い出さないままらしい。その方が平穏で有難いのだが。
 男は目を細めてシャンクス以外の人間は見たことのない顔で微笑むと、紅い髪に口付けを落とし、腕の中の温もりを引き寄せ、隙間がなくなるくらい密着させた。
 この男が、自分の腕の中で安らかな眠りについていることを誇りに思う。
 この肌の温もりが独占できることを、愛しく思う。
 自分でなければ、こんなにも無防備に、穏やかに伴寝できはしないだろう。
 思い上がりだろうか? いや、事実だ。
 この、ぬるま湯のような時間の中では、互いしかいない。
 自分だけのものだ――嘯いて、ベックマンも目を閉じた。
 朝、シャンクスを起こすのはきっと骨が折れるだろう。さてどうして起こしてやろうか。
 起きてからの「仕事」が一つできたと思いながら、ベックマンも温いまどろみに包まれていった。
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17000hitはおーしんさんでした。
リクは「副ちゃんの物なお頭。バカップルな感じで」デシタ。
なんか…「お頭の物な副」な気がしてしょうがない…。(汗)
そしてジャイアン理論。
…バカップルっていうか…単にラブ?
そして原稿からずっとエロモード引きずってたので、微エロですいません(汗)。
途中はしょった所を書こうとすると、お題からズレるので止めました…。
書いてて楽しかったデス。ありがとうございました。