「オマエの背中なんか、そんなしみじみ見たことないけど、」
シーツの海に埋もれて寝転んだまま、ベックマンの肩甲骨の辺りを指先で触れる。潮風で幾分荒れた肌の上、斜めに走る4本の傷が目に付いたのだ。
「なんか、結構デッカイのがあるじゃねェかよ。古傷みてェだけど」
こんなのいつつけた?
問う言葉に、ベックマンは少しだけ微笑んだ。ただし、背後のシャンクスには見えない。
陸に住んでいた頃のことを思い出すのは、やはりまだ胸が軋む。いつか――時が解決してくれるだろうか?
そんな感傷を表に出さないようにするのは己の矜持のためだ。今更シャンクスに隠す事などないだろうに、それでも取り繕ってしまうのは既に癖なのか。
「…ガキの頃、弟達と森で遊んでたら熊に襲われた。その時、弟をかばったら熊にやられたのさ」
「へぇ!その熊はどうした?」
「弟を探しに来た大人たちが倒してくれたさ。帰ったらこっぴどく族長に叱られたよ。子供だけで森へ行くなと言っただろう、弟達まで危険な目に遭わせるな…まァどれもこれも至極ごもっともなだけに、黙って聞いてたけどな」
「バッカだな、何言ってるんだよオマエ」
体を起こしたシャンクスが、背中からベックマンに抱きつく。いや、抱きしめる。素肌の温かさが、冷えた皮膚を暖めた。
「ガキなんてのは、ダメって言われたらダメって事をしたくなるもんだ。行っちゃダメって言われりゃ、そこに行きたくなる。そこで怖い目に遭って、ようやく大人が言ったことを身をもって理解するのさ。そういうことは身をもって体験しないと、わかんねェもんなんだよ。
…ま、あのオッサンならそういうアタマカターイ事しか言わないだろうけど…」
身体を離し、四本の傷が走るそこへ指を辿らせて、慈しむように唇を触れさせた。背は微かに震えたが、シャンクスは気付かない事にしておいた。
「…怖かっただろ?」
優しく囁いて、頭を撫でてくる。子供じゃねェぞと反論したかったが、喉に声が詰まってみっともなく震えた。握った拳も声同様、小刻みに震えている。右手で左拳を包み、祈るように額に押し当てた。シャンクスは頭を撫で続けている。おそらく、小さな子供にするように。
「よく、弟を守ったよ。オマエじゃなきゃ多分、守れなかった。…オマエが今生きてて、よかった」
吐息が湿り、目蓋の奥が熱くなる。
何故そんな言葉で自分が動揺しているのか、ベックマンにはわからない。
シャンクスは腕に抱く男が珍しく動揺しているのを知って、何度も何度も頭を撫で、頬に「いい子だ」と口付ける。
自分にはわからないが、この男の心に巣食う闇は、相当深いのだろう。
何もかも癒しきれるとは思っていないし、そうするつもりもまったくないが、この男の心が少しでも軽くなるのなら、自分に出来る事は何でもしてやりたかった。ただし、どうすればいいのかわからず他に方策も浮かばなかったので、シャンクスはベックマンの頭を撫ぜ、抱きしめてやってキスをした。男の心が落ち着くまではそうしてやろうと決めた。