「あんた、また何か変なこと言ったかやらかしたかしたでしょ」
甲板の隅で寝転がっていたら、逆様に映ったナミがアップで言った。
「ああ…?」
ナミを避けるように右手を枕にして転がる。ゾロのそういっためんどくさそうな様子を気にもとめず、ナミは腰に手を当てたままの姿勢で見下ろしている。
「ウソップやチョッパーやビビのはずがないわ。だからあんたしかいないのよ。一体今度は何やらかしたの?」
「別になんもやらかしてねェ」
大体、俺じゃなくてルフィかもしれねェだろ、と言い訳がましく言うと、ナミは細い肩をすくめた。
「ルフィ相手だったら何日も引きずったりしないでしょ。あいつが言う事やる事、いちいち気にしたって仕方ないんだから」
だからあんたしかいないのよ、と決め付けられても、ゾロは目を開けて応じる気にはならなかった。
ゾロの様子にナミは大袈裟に溜息を吐く。この男もこの男だが、こんな男を好きなあの男もどうかしてる。
彼らだけではない。自分もどうかしていると思う。犬も食わぬ喧嘩の仲裁を、頼まれもしないのにわざわざやるなんて。自分にそうさせる衝動の原因をナミは知っていたが、あえて目をつぶった。
緑頭を見下ろして腕を組む。
「今までの喧嘩だって、たいていあんたの鈍さが原因なのよ。わかってんの?あんたは鈍い上に言葉が足りてないの。今回の原因がなんなのか知らないけど、どうせまたそのあたりが原因じゃないの?」
「…うるせェ。仮にそうだとしたって、おまえらにゃ関係ねェだろうが」
「あんた…集団生活の原則ってもんを、まるでわかっちゃいないわね」
凄みのある声言葉と一緒に、サンダル(勿論ヒール付)を履いた足で、思い切り横っ腹を踏みつけた。ぐえ、と間抜けた言葉を吐いて、ゾロは体を折り曲げる。
「たとえ一人の憂鬱でも、同じ空間にいれば伝染するのよ。空気が重くてウザッたいったらないわ。空気が悪いと食事も美味しくないし、消化にだって悪いんだから。
あたしたちができるのは、甘やかしてなぐさめるだけよ。根本解決にはならないわ。だからさっさと仲直るなりなんなりしなさい!いいわね!」
それだけ言ってさっさとキッチンへ引き上げる後姿を、ゾロは止めなかった。踏みつけられた横腹を軽くさすって、
「チッ…言いたい放題言いやがって…何様だあの女…」
また甲板に転がって目を閉じる。
目蓋の裏に浮かんだのは航海士の子憎たらしい顔ではなく、今にも泣き出しそうな、情けない顔をしたコックだった。不意に数日前のやり取りを思い出し、また軽く舌打ちして、俺は悪くねェ、と無理矢理意識を手放した。
折れてやるつもりはこれっぽっちもなかった。