歪な情、滲む声

3

 叶の手は澱みなく桜内の肌を滑ってゆく。同じ指なのに、先ほどとは動きが異なるように感じるのは、気のせいだろうか。心構えの違いだけで、違うと思うものなのか。
 耳朶を食まれ、舌が辿る。指は戯れるように胸元で動き、乳首を擦った。腰のあたりに熱が集まるのがわかる。あがりそうになる声を、歯をくいしばってどうにか吐息で誤魔化し、シーツに皺を増やした。
「声、殺さないほうが楽だぞ」
 知らない声で囁かれる。二人のほかに誰もいないのはわかっているのに、声をひそめてしまうのは何故だろう。
 しかしそんなことを言われても、出したいとは思わない。――叶が漏らした声にはそそるものがあったとは思うが、自分が出すとなると話は別だ。
「できるか……っ」
「我慢できなくなったら、遠慮なく出してくれ」
 そのほうが張り合いがあると寄越す男を睨むが、そんなことをしても威嚇にならないことは自分でわかっていた。
 そんな元気があるなら大丈夫そうだと言い、叶がオイルを手に取る。居たたまれずに目を逸らすと、横顔に口付けられた。
 腕を引かれるがまま、四つ這いの格好をとらされる。肩甲骨のあたりに口付けられた。振り向けば、叶は口元だけで笑んでいた。眼は、見たことがないほど鋭い光を帯びている。
 この男の生業を思い出させる眼光。知らず、息を飲んだ。気付いたのか、目元を和らげてくれる。
「最初だから、こっちのほうが楽だと思うんだが……できるだけ力抜いててくれよ」
「努力は、しよう」
 どうにでもなれと目を瞑る。半ば以上は自暴自棄だった。ぬるついた指が、後孔の周りを徘徊する。
「……ッ!」
 体が跳ねたのは、前にも触れられたからだ。後ろに意識が集中していたので、完全に不意討ちとなった。
 先端を親指と人差し指の腹で触れられている間に、長い指が入れられる。少しずつ入れては出され、徐々に奥まで分け入る。
「っ、ぅ……、ン……!」
 後孔の刺激は痛むような気がするのに、巧く前を弄られ、快さへとすりかえられる。巧みな動きに翻弄されつつあるのを、桜内は自覚した。
 一本だった指はいつのまにか二本に増やされ、内壁を擦りながら押し広げるように蠢く。
 背中に叶がのしかかり、体温が伝わる。冷えた背に、この男の体温はひどく熱い。
「あ、あ……ッ!」
 ふたたび体が跳ねる。声を抑えられなかったのは、中を弄る指にあるところを刺激されたからだ。
 桜内の反応でわかったらしく、叶の指は執拗なまでにそこへ触れてくる。精器を嬲っていた左手は脇や胸を撫で、乳首を責めた。
 己でも信じがたいほど、今の刺激をきっかけにどこもかしこも感じてしまう。叶の与えてくれる所作はどれも的確に桜内の体も理性も乱した。
 指は浅く深く後孔を出入りし、オイルを注ぎ足しながら内部をほぐしていった。
「ドク、腰上げて……」
 卑猥な言葉の代わりに低い声でそう寄越すと、腕で腰を掬う。
 こいつの声は犯罪だ。
 同じ男の声で、肌を粟立たせてしまうなど、信じられない。慣れだけの問題だろうか。
 考えている間にも叶は桜内の腰を掴み、先ほどまで指を入れていたところへ自身の精器を押し込んでゆく。
「ッぁぁ・ア……ッ!」
 シーツに爪を立てて掻くようにし、後孔を押し広げられる圧迫を堪えた。声を抑えることなど、できるはずもない。
 前に回された叶の掌に精器を擦られ、後孔の苦しみをやりすごす。叶は無理に入れてしまうことをせず、桜内が慣れるのを待ちながらゆるゆると腰を進めた。
「つらいか?」
 気遣われると、かえってこの男には余裕があるのだと思い知らされる。悔しさが湧くのは否めない。
 それより、すっかり収まってしまった叶の精器を感じてしまうことのほうが問題がある。
「思ったよりは……、平気だ」
 減らず口ではない。実際、もっと痛いだけのものかと思っていた。叶が先に受けるところを見たから、それだけではないというのは頭ではわかっていたが――この男の手管に感謝すべきなのだろうか。
 叶はしばらく動かず、桜内の肌を撫でていた。掌の感触はかたいながら、触り方は悪くない。身の内の熱を冷めさせぬよう、ぬるい刺激を与え続けてくれる。
「動くから、」
 そのまま楽にしててくれよと言葉の最後を聴くより先に、咥えこんでいたものが引かれ、押し込まれる。
「ッぅ、ア……っ」
 腰を捕まれ、逃げることもできないまま精器が出入りするのを受け入れる。再び桜内の精器へ絡められた指に、落ち着いていた熱が再燃してゆく。
 先ほど指で感じたところも擦られ、背筋から震える。堪えがたい波に襲われ、声を抑える余裕は完全に失せた。
 自分の声ではないような声と、叶の息遣い。それらに興奮を覚えることも不思議だ。けものが食らい合うのに似ているからかと、馬鹿な考えが浮かんだ。
 したことはあってもされたことのない体位に屈辱すら覚えない。己が性に関して無節操だという自覚はあったが、こういう意味にも無節操になりえるとは考えたこともなかった。
 どうでもいいと思うほど翻弄されているなどとは、できれば認めたくない。
「ッ、かの……も・ぉ、……」
 訴えれば、桜内を弄んでいた指の動きは達するのを促すものへと変わった。奥を刳る動きもきつくなる。逆らわず委ね、シーツを引き裂かんばかりに掻き寄せると、白濁を吐き出した。直後、苦しいほどの突き上げを食らう。叶も達したらしい、と間をおいて気付いた。
 粘膜を押し広げていた精器が抜かれると、たまらずベッドへ突っ伏した。叶の指が、優しい動きで乱れた髪を梳いてくれる。
「どうだった?」
 にやにやと笑っているが、双眸は熱を強く残している。けだもののような瞳だ。
 呼吸を整えると、口元を笑みの形に歪ませる。
「……悪くない」
「どっちが?」
 さらに問われ、咄嗟に言葉が出ない。
 その表情を叶はなんと読んだのか、背けた顔を手で覆う。肩を震わせているから、笑っているのだ。
「からかってるだろう」
「そんなことはない。嫌じゃないなら良かった」
 言い出しの責任は全うしたとばかりに立ち上がると、部屋から出て行く。シャワーを使うのだろう。
 桜内はサイドテーブルに手を伸ばし、ソフトケースから煙草を一本取り出す。銜えてうつ伏せに転がったまま火を点けると紫煙を吐き、無意識に頭を抱えて唸った。
 あの官能的な快楽は当分忘れられそうもない。
 そんなことをあの男に言えばどうなるかは知れたものだ。当分の間は黙っておくことにしようと、心にかたく誓った。
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