子供

 叶は優しい。
 客観的事実・主観的事実の双方を合わせ、坂井はそれを知っている。叶が一番に向ける優しさが誰に向けたものであるのかも、よく知っていた。
 己に向けられる優しさを履き違えたことはない。友人としての優しさを越えていないと断言できる。
 それでもやはり、与えられる優しさがあまりに居心地が良いので、時には錯覚もしたくなる。
「坂井」
 呼ぶ声が好きだ。
 少し低い声。二人きりの時はわずかに響きが変わる、とは思い込みたいだけだろうか。呼ばれると心音が跳ねる。
 ソファに座る叶の足元に座り込み、膝に頭を預ける。大きな手が髪や頭を撫でてくれ、その感触にうっとりと目を閉じた。
「猫か犬みたいだな」
「何とでも言って下さい」
 笑われても、心地好さを犠牲にするつもりはない。
 頭を預けたまま見上げると、髪だけでなく頬も撫でられた。
「珍しいな。触って欲しいのか」
 軽い調子の言葉は、案外核心を突いている。上手い誤魔化しも浮かばず沈黙してしまった坂井の額に、叶は唇を押し当てた。
「誘われていると受け取るぞ」
 奥に暗闇を湛えた眼差しは鋭く、獲物を狙う野性の獣にも似ている。誰かと同じ、どこか人ではないものの眼。惹かれるのは自分が獲物だと認めているから、だろうか。
 性を同じくする二人。確かにその二人ともに捕らわれている自覚はある。
「……叶さんの手、好きですよ」
 唐突に何だ、と叶が眉を跳ね上げる。そんな妙なことを言っただろうか。切り出しは突然だったかもしれないが。
「手の形、すごく綺麗でいいなあと思ってたんです。銃を扱うのに向いてる、っていうと何かおかしいかもしれませんけどね。手の動きも綺麗だし」
「手の動きなら、おまえや藤木の手の方がよほど綺麗だと思うが」
「藤木さんに比べれば、俺なんてまだまだですよ。とてもじゃないけどおっつかないや」
 叶の手を弄びながら、憮然とした声。まるで拗ねた子供だと、叶は口の端だけで笑った。
「……感じ悪いっすよ、叶さん」
「膨れるとますます小僧だぞ」
「どうせ小僧ですよ」
 でも。
「ホントの小僧とは、こんなことしないでしょう」
 にやりと笑うと、伸び上がって素早く叶に口付けた。不意を食らった叶は坂井をそのまま膝へ抱き抱える。
「本当の小僧なら、相手にもしてないさ」
 シャツを剥ぐ手はやはり優しく、暖かかった。