30/And that's all...?

※前回「ただいま」の続きです。
ほんのりエロ注意。


 肺と胸に穴を開けたシャンクスが船医からの完全復活を取り付けたのは、意識を回復させてから一ヵ月後のことだった。
 常人より数倍早い回復は、船医のケアとシャンクスの細胞組織、そして船医の言い付け通りに養生をした成果だった。ルゥなど「赤髪海賊団史上、一二を争う平和な一ヶ月」と評したほどだ。実際、嵐にも遭わなかったので、副船長も滞りなく日々の仕事を処理できたものだ。中には「お頭が静かだと物足りない」という輩もいたが、幹部の厳命でシャンクスの耳にその言葉が届くことはなかった。
 船医の許可が下りた夜。仲間を相手に軽いトレーニングをし、仕事の途切れた副船長と剣を交え、食事の後も自主訓練をしていたシャンクスの背後から、副船長が「消灯だ」と声をかけた。
 声はあるいは届かないかと思ったが、彼は振り向いてくれた。
「もうそんな時間か」
「水くらい浴びてこい」
「そんな汗なんてかいてねェよ」
 笑いながら、後甲板に下りてくる。
「お前が拭いてくれるならいいけど?」
 戯言に頷いてやる。どうせ今日の仕事は終わっているし、押し問答するより叶えてやった方が早い。
 彼はといえば、腰に収めた剣を撫でながら「動き足りねェ」と不満そうに呟いている。それでも大人しく部屋へ戻ってくれたのは有り難かった。この上「剣の相手しろ」と言われれば、明日は確実に起き上がれないだろう。
 タオルと水の張った桶を持って、シャンクスの部屋へ行く。脱ぎ散らかされたシャツやズボンに溜息をつき、椅子の背に掛けてから、ベッドに転がった船長の体を手早く拭いてやる。
 久方ぶりに体を動かし、火照った筋肉に水気が心地好かったのだろう。目を閉じたシャンクスは仰向けからうつ伏せて背中を拭いてやる頃には、規則正しい寝息を立てて寝落ちてしまった。
「……よく大人しくしてたもんだ」
 体を拭き終えると、ベッドに腰掛けて赤い頭を撫でた。明日からまた賑やかになるなと声も立てずに笑うと、髪に口付け腰を浮かせた――が、引き戻されてしまった。
 振り返ると、いつの間に起きたのか、シャンクスが腰布の端を握って笑っていた。
「眠ったんじゃなかったのか」
「タオル、気持ちよかったからさ」
 でも、終わったし。
 じっとベックマンを見上げる瞳に浮かぶ色が、徐々に変わっていく。視線を逸らせなくなった。
「体拭いただけでお終い、なんて言わないよな?」
 せっかく船医からの許可も下りたんだから、しよう?
 囁きと眼差しは、抗えない強さでもってベックマンを誘う。来いよと呼ぶ指に操られるようにシャンクスへ覆い被さり、視線を絡めたまま口付けた。
 互いの躯を性急に弄り、服を脱がしあう。所かまわず噛みつきたくなる衝動は、一月ぶりの体熱のせいだろう。誰にともなく言い訳し、熱を高めてゆく。
 忙しない息遣いの合間に荒い引き攣った声、湿った不規則な音が混ざり、部屋の淫猥な空気を濃くしてゆく。
 追い上げ、追い上げられて互いに精を吐くと、頭の中の雑念が取り払われる。心地好い倦怠感ではあるが、まだ足りないと躯の芯が疼いているのがわかる。
 抱き締めてくれる男の肩や頬を撫で、顔を上げさせて口付けた。この男も満ち足りたわけではないと、紫紺の瞳の奥に煤ぶる火を見付ける。
 唇を、男だけが知る形に歪めた。煤ぶる火を焚き付ける台詞を紡ぐ。
「それでおしまい……?」
 燎原の火に燃やされても構わないと挑発し、再び躯を重ねた。
>>> back