「父上様…まだ、お許しを頂けませんの…?」
上目づかいにすこし悲しそうな瞳でのぞきこんでくる愛娘の表情に、承彦は息をつまらせ、わずかに視線をそらした。
(あぁ…我が娘ながら、なんと可愛いのだ綬よッ!!!)
もし月英( 名が綬)が今幼子だったなら、承彦はそのまま抱きあげ、ホオズリのひとつやふたつや十や二十くらいかましているに違いなかった。
たぎる娘への熱い想いを多少なりとも押さえるため、わざと咳をする。これでも娘の前では父親としての威厳を保っていたい承彦なのだった。
「…うむ。許すわけにはいかんな。断じてワシは許さんぞ」
「どうしても…お許し頂けませんの…?」
小動物のように上目でじぃ…っと見つめられ、内心はかなり心臓バックバクのスパーク状態。
(こ…この目には弱いんじゃ……)
ヤバイ親父である。それでもありたっけの見栄をふりしぼり、首を横に振る。
「どっ、どーーーーしてもじゃ!」
実の父の頑固さに、月英は今にも泣かんばかりの表情で訴える。
「父上様…どうしてそのように、いつも問答無用で反対なさいますの…? わたくし、もうじき22になりますのよ…? 結婚するのに、早い歳では…ありませんわ…」
「…………」
そのとーり。承彦だって娘の言っていることくらいわかっている。頭では。だがしかし。
超愛してた妻に先立たれ、残された娘は愛妻に激似で気立ても好い。ただでさえ十年は男手ひとつで育ててきたというのに、ほいほいとたやすく嫁に出せるかってんだ、ってのが本心。単に子離れしていないわがまま親父、とも言える。
とはいえ誰も求婚してこないならしてこないで、それも腹立たしいことなのだが…まったく、勝手な親心ではある。
月英の訴えは続く。
「それに…孔明さまだって、誠心誠意をこめて、しょっちゅうこちらへ通ってきてくださっているのに…父上様はいつもつれない、すげない態度…。いくらなんでも…あれは、あんまりですわ…」
「……………」
やんわりなじる娘のあまりのラブリーさに、厳格な父を装った表情が崩れそうになる。なお、とっくに崩れているのではないかという疑問には応じられない。
(ぬをををををををををををッ!!! 月英ッ!! 超かわいいおまえに、そんなにまで言わせる諸葛の次男坊がワシャ憎い!!!! 心底憎いぞ!!!!!)
などと承彦が内心で暴走し、「諸葛の次男」への熱い怒りをたぎらせていると。勢いよく開かれた扉から、突風が吹きこんできた。
そして吹きこんできたのは風だけではなく。
「あぁ月英! 今日も君は美しい!!」
「きゃ…?」
「ぬぅ?!」
空間からわいて出てくる悪魔のごとく、気配なく現れた大男が承彦の一瞬の(?)隙をついて月英を抱きしめた。そして…………語り始めた。
「五分咲きの桃花の花弁にも似た淡い色のつややかな唇…冬の夜空に散りばめられたあまたの星たちよりもなお輝き、深い知性をたたえた瞳…そして白百合が絶ッ対に似合うかんばせ、風にそよぐ柳よりも華奢でたおやかな肢体。
あぁ月英、私のために生まれてきてくれてありがとう…! 生まれてから一度も天になど感謝すらしたことない私だが、このことだけは感謝する…!」
脳ミソわいてんのか? とツッコミたくなるが、この変質者的大男こそ、承彦が敵のように思っている諸葛の次男、すなわち−−−諸葛孔明だ。
どうやら、その性格は……承彦と同類らしい。そして同類嫌悪なのかなんなのか、承彦は孔明の手を憎しみを込めてつねりあげた。
「貴様ッ、孔明! ワシのことを大無視ぶっこいて、綬に触れるな!! 綬が穢れる! 病気が伝染るわ!!」
仁王のごとき形相で怒り狂う承彦だが、神経が電柱並に太い孔明は一向にこたえない様子。月英を胸(位置的には腹かもしれない)に抱きしめたまま、
「病気が伝染するような下手なことを、この私がするわけないでしょう。何を言ってらっしゃるのですか」
と言い返し、つねる手を振り払う。口では誰にも負けない孔明だった。
「ッかーーーーーーーーーー!!! 最高ムカつくわ、諸葛の放蕩息子が!!!
大体、ワシは綬を貴様なぞに嫁にやるなどとは一ッ言もいうとらんわ!!!!」
「……あのー………」
「承彦どのに許可をわざわざ頂かなくても、月英は絶対に私の妻になります。運命だとか宿命なんか知ったことではない。何故なら月英がこの私の妻になることは、すでに定まったことであるからです。たとえ神でもこれは変えられない。だから月英は私の妻になる。この諸葛亮の名にかけて、そうしてみせる!!」
「その根拠のない自信がますますムカつくんじゃ!!!」
「ふッ…頭脳・容姿・身長・体格・性格。これらすべてが理想的な形で揃っている好い男など、天と地の果てまで探し回っても、私を大幅に上回るような男は存在しないでしょう。私はただ、存在するだけで世界遺産なのですからね。
なにより! 宇宙のどこを探しても、私以上に月英を愛するものなど存在しない!」
「言ってろ、この自意識過剰野郎が!!」
ちなみに孔明は言外に「承彦どのよりオレの方が月英を愛してるんだよ!」と言っています。が、承彦はそこまで気が回っていません。
そしてふたりとも、どこからともなく聞こえるはずのか細い声に気付いていません。
「………あーのーーー……」
「承彦どの、いいかげん正直になってください。
本当は、少なくとも荊州一頭の出来がよく、農耕で鍛えた体は武将になってもひけをとらない。仕官すれば当然VIP待遇になるだろうこんなお買い得なこの孔明を…婿にしたいと、実は心のかたすみでひっそり思っていらっしゃるのでしょう? そう…それはまるで乙女の秘めたる恋のごとく、ひっそりと…」
「…………オマエにはまず、人の話を聴くという基本的な能力を身につけて欲しいものじゃな…」
心の底からの深ーーーーーーい溜息。がっくり肩を落とす。
何を言っても馬耳東風。のれんに腕押し。豆腐を撲殺の凶器に使おうとするようなもので、まったく効果がない。自分のいいように物事を受け取るその図太い根性はいったい、どのようにして形成されたものなのだろう。
疑問に思ったその時。
「あのぉーーーーッ…」
「うん?」
「ん?」
口喧嘩に熱中していた二人の耳に、か細い声がやっと聞こえた。声の出所は、どうやら孔明の懐…というか、胸元だった。
見れば、月英は孔明の腕の中で、
「孔明さま、あの…少ぉし、腕を…緩めてくださいな…」
「ああ、すまない月英! 私としたことが…!」
あわてて腕をゆるめ、頬に口付ける。
決して「離す」わけではなく「ゆるめる」だけというあたりに、この男の月英への愛がうかがえる。そしてどれほど彼女を独占したいのか、その一端が見えたというもの。
…ラブラブオーラが見えます。世界は二人のもの、ってカンジです。
…とはいえ、場所を考えましょう。
仮にも娘激ラブな黄承彦の目の前です。いちゃいちゃもほっぺにちゅーもまずいです。まずいっていうか、殺されます。
「この阿呆ゥが!! 月英は貴様なんぞより数千倍は華奢なんじゃぞ! 折れたらどうしてくれる!! いや、それ以前に、月英の頬にチューなんぞかましおって! バイ菌がつくわ!!! 腐れたらどうする!!!」
案の定すでに承彦は怒り心頭でいらっしゃる。が、孔明はそんなことを気にする男ではないというのは前述のとおり。
にっこり笑って、余裕の表情。
「もちろんそんなことになりでもしたら…一生涯、いや来世・来来世に至るまで面倒を見させていただきますよ、お義父さん」
「誰が貴様のオトウサンじゃぁぁぁぁぁあ!!」
虫唾が走るわ! と言い放つ承彦に、孔明は「やれやれ」といわんばかりに頭を振る。
「嫌ですねぇ…月英は我が妻になるのですから、月英の父たるあなたは私の義理の父になる。こんなこと、世間一般では常識以前の事柄ですよ。お義父さんともあろうお方がそんなことを知らないはずがありませんよね?」
「ッたりまえじゃ! ワシがいっとるのはそーゆーことではない! ちったぁ話を聞かんか、このデクノボウめが!! ワシは綬を貴様の嫁にさせるつもりは微塵も、コレッポッチもない、と言うておるんじゃいッ!! ワシは貴様が綬といちゃくらこいたりラブラブしたりはおろか、話しかけたりするのも許せんのじゃい!! えーかげんにせんと、しまいにはあらぬ罪で投獄するぞ、嘴黄児めが!!」
「…………………………」
「……………あ……」
その時、月英には何かが切れるような音が聞こえたという。
とりなす隙もなく、
「………人が大人しく下手に出てりゃ…親戚に荊州太守の重臣がいるからっていい気になるなよ、ジジィ!!
権力を行使された所で負ける私ではありませんよ。月英と私の愛は、何人たりとも崩すことは出来ないのですからね!!!!」
「…言いおるな…未熟な儒子の分際で…!
だいたいワシはジジィなどと呼ばれる歳ではないわ! まだ37じゃ!」
「22の私から見れば、立派なジジィです。
心配なさらなくとも、老後の面倒くらいいくらでもみてさしあげますよ♪」
「ハッ! 二十歳もとーーーーーッくに過ぎたのに仕官先もない、仕官する気もない、将来が全ッ然見えない上に財産もない、収入もろくにない、女遊びも激しくて性格が極悪に悪いために友達が少ない!
こんなろくでもない男に、どこの親が可愛い可愛い我が子を嫁にくれてやるもんか!! 貴様の先祖も草葉の陰で泣いておるじゃろーよ!!」
「……………………」
不意に、孔明が顔をそむけた。
胸に抱かれたまま、月英は承彦の方を見る。視線に、ちょっと非難が加わっている。
「……………父上様……」
「……ム……」
どうリアクションしていいのか、困った。この時初めて、孔明は言い返さなかったのだ。
(…おろ? おろ?)
とまどう承彦。てっきりまた、二倍三倍の言葉が返ってくると思ったからだ。
ちなみに……散々な言われようだが、最後の一言以外はすべて当たっている(笑)。
司馬徽・水鏡老師の門下の中はトップクラスに出来のいい孔明ではあったが、交友関係はたしかに狭かった。−−ほぼすべて、孔明の性格に起因している。
同門の徒にどんなことをしていたのか、ここではとても書き切れないのでとりあえず省略するが…本人は相手を「いぢめている」意識がまったくないものだから、余計始末に終えないのかもしれない。どう相手をしているのかと言えば、「可愛がっている」なのだから……うーん。
そして同じ師に学ぶ弟子たちの間には「孔明の視界にだけは入るな! 100メートル手前で奴をよけろ!」が合言葉になったとか、ならなかったとか…。ああ、彼らはどんな扱いを孔明から受けたのだろうか…。
「……………」
「…………………」
気合が抜けたのは、承彦の方。肩透かしを食らったカンジだが…それを表面に出してはまた孔明がつけあがる。意地とプライドで表情を装う。
(こやつがあれくらいでめげたり傷ついたりするようなヤワな神経を持っているとも思えんが……さっきキレたしなぁ……)
だとしたら…これは、演技なのか? だが、真に迫りすぎていて…とてもそうとは思えないのだが。
(…ん?)
ふと、愛娘の視線がこちらにそそがれているのに気がついた。さっきの非難の視線は、バツが悪くてまともに受けとめられなかったのだ。
目が合うと、月英の瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。
「父上様…今のお言葉は、あんまりです…」
「……綬…」
やわらかく父親を責めつつ、今にも泣き出してしまいそうな表情で、孔明の衣をにぎりしめている。
「孔明さまは、本当は…すごくお優しくて…繊細な感受性を持つ方なのに…そんな言い方をなさっては、失礼ですわ…。
夜遊びの方も…わたくしに求婚してからは、一度も、されてませんし…蓄えも、父上様がご存知ないだけで…あるんですよ…?」
自分の耳と娘の目を疑ってしまうような発言を聞いてしまったが、とりあえずツッこむのはやめておく。
「仕官だって…荊州公が、孔明さまが仕えるのには足らないだけで…長江の流れのようにとめどなく、果てしなく広い知識を持っていらっしゃる孔明さまが仕えるに足る人物が、いらっしゃらないだけかもしれないではありませんか…。
それに孔明さまをかの水鏡先生に推薦なさったのも、父上様…。孔明さまが将来有望だからこそ、推薦なさったのでしょう…? それをそのように、簡単に…孔明さまご自身の意見も聞かずに、孔明さまのお人柄を決め付けるようなことを言わないでくださいまし…」
「………綬………」
「…月英、いいんですよ…」
そう言って、抱擁していた腕をようやくとく。
かすかに眉をよせ…悲しそうに、目を伏せる。
今度は承彦が、何も言えないでいた。
「承彦どのがそうおっしゃるのも…私の誠意がたりないという証明なのだろう。
…私の器がまだ小さく、承彦どのに受けつけていただけないだけなのでしょう…」
月英はふるふる、と首を振る。
「そんなことは…」
「いいんです、月英。ありがとう…やはり君は私には過ぎるほど、心優しい最高の女性。
…とりあえず、今日のところは…帰ります」
全世界の不幸を、幅のある双肩に背負い込んだような暗い面持ちで、振りかえりもせずにでていく。
予想外の展開に呆然としているのは承彦だった。ジェットコースターよりも終着が早い。
(お…おやおやぁ? こりゃまさか、本当に、ワシの言葉に傷ついたとかいうオチか?)
月英が孔明からの求婚を受けてから20日。承彦と孔明の口喧嘩大合戦も同じだけの日数を経ていた。
毎回毎回熾烈を極める大口論大会だが、いつだって最終的には孔明が月英をかっさらって出て行き、数刻後に月英が戻ってくる…というパターンが定着していたというのに。
今回に限って引き際があっさりして、かつヤツの負けっぽく終わったというのは、どういうことだ?
「父上さまの、バカァッ!」
「…あ?」
孔明を追いかけることもできなかった月英が、父親に向かって、涙目で。
−−−黄承彦(37歳)の記憶が確かならば、彼の愛娘が怒鳴ったり、ましてや父に対して「バカ」と言ったりするようなことは…月英が生まれてこの方、今日本日が初めてのはずである。
(じ…綬に、バカって言われた……!!!)
「言われた」という事実に心底から衝撃を受け、心は暗黒世界へ突入。
もう、何も考えられない。何も聞こえない。何も見えない。
だから月英が孔明を追って外へ出たのにも気付かなかった。
(…月英………そんなに……そんなに…孔明のことが……ッ!!!)
窓の外に目を向ければ、うららかな春の日和なのに、承彦の心中はといえば土砂降りの大雨の中、真冬の氷室もいい所であった。
やわらかな日差しの、春の日。
承彦は庭に出していた卓子で訪問者と飲茶をしていた。その表情はずいぶんと穏やか。
「そーかそーか、綬は今日も元気でやっとるか。
……ところで、子供のほうは、まだかのう?」
「…あいにく…それは、まだ…」
こらえきれず、ふきだす。承彦が不審そうな顔をする。
「なんじゃ?」
「いえ…あれだけ激しく私たち二人の結婚を反対しておきながら……孫のことなどお聞きになるから……ふ…ッ、ふふふふふ…くくくくく…ッ」
うつむいて、卓子につっぷして肩を震わせて笑う。こらえようとする気もないらしい。
遠慮のない仲だからこそ許されるのだが…本来なら年長者に対して、無礼もいいとこだろう。
対する承彦は鼻を鳴らす。
「ふん、おぬしの方こそ! あの時のおぬしの落ち込みようといったら、三代先まで笑われつづけるのは保証するくらい笑えたぞ」
「三代先は血のつながった身内ですよ、義父上」
「…………細かいことを気にするな」
(そうだった……)
可愛い可愛い月英と、クソ憎たらしい孔明が華燭の明かりを灯したのは、つい十日ほど前の話。あの派手な口論から五日後のことだった。
もっとも、承彦にとってみれば、月英が手元を離れてしまってから千秋もの月日が流れてしまったように思える。……二日とあけずに、月英は顔見せにやってくるのだが。
目の端の涙をぬぐいぬぐい、孔明が尋ねる。
「…もしかして…それで、結婚を許してくださった、とか…?」
返事の代わりに、サザエさんの「ンガッンンッ」と同じ音(声と言うべきか)が返ってきた。どうやら、飲みこもうとした胡麻団子が喉に詰まったらしい。
すばやく孔明が茶を注ぎ、承彦に渡す。胸をたたきながらゆっくり、その茶を飲み干した。
「…大丈夫ですか?」
「……ぁあ、大丈……」
言った端からむせている。もう一度茶を飲み、喉を落ち着かせる。
大きく溜息をついてから、顔をそらした。
「………綬が、三日も口をきいてくれなんだからな……」
「…!!」
「ッぅをゥ!! 汚いぞ孔明ッ!!」
飲みかけた茶を、少し吹いて。そして…腹を抱えて、大きな体を折り曲げて、大笑い。爆笑。…うけすぎである。卓子までたたいて、オオウケ。…卓子が壊れないかが心配だ。(バカヂカラだから)
「なんじゃ…おぬしのほうこそ、大丈夫か?」
「そうか…そうだったんですか…!!…はははっ!!…あ、涙が…」
再び眼の端をぬぐいぬぐい、それでも孔明の笑いは止まらなかった。
何がなんだかわからない承彦は、ただ胡麻団子を食べながら茶を飲むばかり。
(…笑い上戸か?)
酒も飲んでいないのに、めでたい男だ。…いや、新婚だからめでたいには違いないか。って、そーじゃなくて。などと一人ボケツッコミを心の中でしつつ、なんとも言えない表情で孔明の笑いがおさまるのを待つ。
「…いいかげん、笑い止めんか」
「あぁ…すいません、…いや、でも……そうか、月英が…」
茶を一口あおって、息を落ち着かせる。
「ふー。…それで、義父上はどう思ったのです? 私が世にも悲壮な顔で出て行くのを見て」
「いやぁ…本当のことを言っただけなのに、とか…ワシの言葉に傷ついたのか? とか疑問に思ったり…絶対縄くらいあると思っていた神経は、実は細いのか? とか思ったり……」
頬を人差し指でぽりぽり掻きながら答える。
……ちょっと、照れくさい。
質問者はといえば、
「…………そうか…月英だけじゃなかったんですね……」
笑っている。
ただし、さっきの大爆笑とは全然違う笑い方。
口の端をつりあげて…少し意地悪く笑う、その笑い方。
(……?…………あ……………・・?……!)
やっと、気がついた。
「…あ…、ぁあああああああああああああああああああッ?! おまッ、貴様ッ!!! あれ、演技だったのかぁ?!」
思わず椅子を蹴倒してたちあがる。孔明は不敵な笑みをそのまま、
「おや♪ 今ごろ気がつかれましたか♪ 承彦どのにしては遅いですねー♪ ま、私の演技力の賜物でしょうけれど♪」
ふふふん♪
得意そうに笑う、その小憎らしいツラと言ったら!!!!
「はらわたが煮えくり返る」という表現を実体験している。
「貴ッ様…! 月英を返せ!!」
「ご冗談を♪ 私は一度頂いたものは二度と返さない主義の人なので拒否させていただきます♪」
「こンの…卑怯者がぁ!!」
「おや♪ 引っかかる方がヌケていただけでしょう♪」
にこにこにこにこと笑い、茶をすする孔明の目の前で、承彦は顔はおろか首まで真っ赤に染め上げて、
「末代まで恨んでやるからなぁ!!!!!」
「……だから、私たちの子供から先はあなたの子孫ですってば」
「うっさいわ! この屁理屈小僧が!!」
承彦の怒り狂った声は、その後、日が没するまで聞こえていたという……。
不毛な喧嘩は、今日から再開するのだった。