Secret mission in 地底魔城 〜お嫁ちゃんを確保せよ〜

ホルキア大陸にある魔王軍のアジト、地底魔城———。

リニューアルした軍から新しく着任した若い青年、さらに人間という異例の大抜擢に当初は驚愕と戸惑いを隠せなかった不死騎団軍であったが、その力量を肌ならぬ骸等で体験した途端あっさり感服し、改めて魔王軍が種族に関係なく実力社会なんだとしみじみ実感させられていた頃。一時は世界征服を企む魔王ハドラーの根城として繁栄を極めた魔城も勇者アバンとその仲間に、例えるなら根元からぼっきりと砕かれた野望の為に閑古鳥のように寂れていたのだが———魔界の神とも称する大魔王バーンをバックにつけ復活したハドラーにより、地上攻略のため各地に6大将軍が派遣されると、折りしも根っことしてしぶとく残っていた野望は再び息吹始めていた。

すでにパプニカ王国の中枢核とも言える王城は陥落し、ホルキア大陸は攻略したのも同然。遠ざかっていた栄光が再び宿ったこの魔城において浮かれるならまだしも、人間なのに人間嫌いという変わった主に仕える羽目になったモルグは、地底奥深〜い場所でさらに深〜〜いため息を吐いていた。ギルドメイン山脈にある魔王軍本部の鬼岩城から『よくやった!魔軍指令殿近い内参上するかも』などと、上司嫌いな彼の主(あるじ)が知ったら荒れそうな悪魔の目玉による伝達のこともあるのだが、ここ地底魔城における、ある重大かつ極秘任務が一向に進展していない割合の方が大きかった。

「は〜……今日も収穫はなしっ……と…」

分かりきった答えなのにそれでも今日こそはと、希望が激薄でも賭けてみたくなるのは種族の壁を超えて共通する思いであり、僅かでも抱いてしまった後の現実はやはりつらい。

「モルグ殿………やはりムリなのでは……」
「こんなトコロに好き好んで暮らすなんて、あっしらでも出来ることなら願い下げですからね〜」
「もっと明るい所で仕事したいよな〜」

と、周囲でミイラオトコや骸骨剣士が好き勝手に頷き合う中、モルグは焦心モードで日記も兼ねたシステム手帳にハートブレイクのマークを書き込んだ。

「ハートのエースはまだこない……」

呟きながらがっくり項垂れるモルグに、周囲も慰めようもなく、トボトボと主の元へ向かうのを見送るしかなかった。

チリリ〜ンという鈴の音に、玉座に身を沈めていた青年は気だるそうに瞳を開いた。

「———モルグか。……何か変わったことは?」

ロモスに派遣されていた将軍クロコダインが、魔王軍にとって脅威の星となりつつある勇者ダイに敗れてから三日。彼らが次にやってくるのはこのパプニカという情報を入手し、ともなれば迎え撃つ準備に大忙しのはずなのだが、どこか余裕かまして待ちかまえる主の自信たっぷりな様子も実は先刻の溜め息の2割を占めている要因であった。

「いいえ、特にありません……」
「どうした?……顔色が良くないぞ」

アンデッドなんだから当たり前だっー!!とつっこんでやりたいところをぐっとこらえ、若き団長とまじまじと対峙する。暗い魔城で一際だって映える銀の髪に加え、戦士というごっつい職業とは思えない端整な顔立ちと均整のバランスがいい肉体———その精悍さを感じさせる容姿と魔剣戦士としての超一流の強さは、モンスターの彼等から見ても惚れ惚れしちゃう漢前だったが………。

寡黙で冷静かと思いきや、いきなりヒートアップする破天荒ぶりな性格に、て〜んでウルトラ朴念仁ときたもんだから一筋縄ではいかないのは、重々身に染みている。それでも、それでもどぉーーーーーーーしてもモルグは願って願ってやまないものがあった。

「私の事などお気遣い無用です。ところで………ヒュンケル様…」

己の顔を穴が開くかという程見てたかと思えば、突然肩をすくめた執事の態度にヒュンケルは不可解そうに視線だけで「何だ?」と投げかける。

「その……例のもの方は————見て、頂けましたでしょうか?」

控え目というよりは、どこか怯えたような口調でおそるおそる訊ねたモルグに、みるみる不機嫌そうに眉間にしわを寄せたのも一瞬で、ふんっと鼻を鳴らしてこれが応えだと残骸となったものを背後のテーブルから放り投げた。

「今度こんなくだらない真似をしたら……次はお前がそうなると思えっ!!!」

立派な脅迫をし、常に傍らにある魔剣を手に取ってばさりとマントを翻すと、闘技場方面へとヒュンケルは去っていた。それは彼が剣のトレーニングをする合図であり、その間に飯の用意をしておけという無言の指示であったのだが、モルグの視点はぼろぼろになった冊子にわなわなと注がれていた。

「ううっ……泣けなしのお給料をはたいて購入したのに………綺麗にラッピングまでしてもらったのに……」

魔界天国という『童女から熟女までよりどりみどり〜♪』という可愛い子ちゃん美人さん大特集を組んだ、発売以降入手困難である希少な雑誌の変わり果てた姿には、彼でなくとも涙する輩は大多数だと思われた。命の危険を冒してまで彼、モルグが何故こんなことをしているのか?

それは————。

『ヒュンケル様にお嫁ちゃんを!!!!』

———ただそれだけが、哀れな執事の純粋な願いであった。

「はぁ〜バルトス殿。あなた様のご子息の将来………一体どうなるのでしょうか?モルグは心配で心配で今宵も眠れませぬ。この不出来な執事に何とぞお力添えを……」

チーンという音ともに小さな位牌を前にモルグは困り果てていた。

「あの若さでありながら、この由緒正しき偉大なる地底魔城の主としてヒュンケル様はご立派にお勤めを果たされております…………多少偏屈なところもございますが———」

ざぶとんにきちっと正座をして愛用の昆布茶をずず〜っと啜ると中断したグチを再会する。

「本当は不器用で寂しがりやで優しい純粋なヒュンケル様に良いお嫁ちゃんをお迎えできれば、このモルグ思い残すことはございません。亡きバルトス殿に代わって見届けなければ死んでも死にきれませぬ〜」

死にきれないなどとアンデットが言っていいセリフだろうかという疑問もよそにグチはさらに続いていた。

「たださえこんな陰湿でジメジメとしてカビキラーが欠かせない上にむさくるしい空気が隅々まで汚染しまくってるこんな魔城に華やかな存在が一つぐらいあっても良いと思うですが、ヒュンケル様はち〜〜〜〜っとも分かってくれないのです。光も届かぬこの地底に花があってもバチはあたらないでしょうに……それを興味がない!必要ない!の一点張りで。内密にお見合いをセットしてもすっぽかすし、こっそり隠し撮りしたブロマイドに『お嫁ちゃん!大募集〜vv』の広告を載せても中身があれじゃあ蟻んこすら寄り付かないし………」

それ以前にこんな広告を当人が見たときの覚悟をしておいた方がいいのではという周囲の心配をよそにブツブツ、延々と続くかと思っていたグチはモルグを探しまくって疲れ果てた仲間が現れトコロで終止符が打たれた。

「モルグさーん!!何やってんですか?勇者が上陸したとのことでお出迎えだとヒュンケル様、とっくに地上に行っちゃいましたよ」

「なぁぁぁあああにぃぃぃぃぃーーー不覚!!ヒュンケル様に遅れをとってしまうとはこのモルグ、執事失格だぁ。おっと、こうしちゃおれん!お前達〜準備はOKか?いざ地上へ」

参らんと長〜い長〜い螺旋階段をへっほへっほと上って気が遠くなりけた時とようやく頂上、即ち地上に出て廃墟と化した神殿に見慣れた主の姿を見つけモルグは執事のベルマークである鈴を鳴らして近づいた。もちろんバラバラになった骸達の収集も怠ってはいない。

「………モルグか」

どうやら怒ってはない様子———ほっとしたのも束の間モルグの目に信じられない光景が飛び込んできた。巨体なりザードマンが血まみれで倒れており虫の息という状態で、いや何故このお方がここに?………それより一体これはどういうこと??と疑問だらけな彼の頭上から低い抑揚のない声色が降ってきた。

「………手当てをしてやれ」
「し…しかし、どう見ても助かりませんぞ……」

鋼鉄とも謳われた身体を貫かれ無念そうに力尽きた武人の様子を即座に判断し申告したモルグであったが、「武士の情けだ………」と言いながらも最善と尽せと言う隠された圧力を感じ応急処置を施そうとした時———クロコダインの心残りの原因を表すような先にもう一人、気を失って倒れているのが飛び込んできた。

着ているものからして勇者ダイの仲間の一人のようだがかすかに上下する胸郭の動きはまだ生きていることを示している。倒れこんで無防備全開のまだ小娘らしき若い乙女の姿に謎が深まるばかりのモルグであったが主の声に晴れて解消することになった。

「それからこの女を連れ帰れ」

モルグの期待が風船のように膨れ上がっていく。

「何ものです?」
「人質だ。牢屋に放り込んどけ」

最高超までパンパンに膨れ上がったモルグの胸のトキメキ———もしかして……もしかしてお嫁ちゃ〜〜〜〜ん????という心の叫びはその一言でプシューという音を立て盛大に萎んだ。

一度はへこんだモルグであったが転んでもただでは死なんというのがアンデット族である彼のモットーであり、誇りだった。ミイラ男が担ぎ上げても覚醒する気配のない少女に、主お得意の必殺技をぶっ放したのではと危惧するもこれといった外傷もなく、はむかってきた所をボディブローらしきものを当てられ気絶したのだろうと予想し、瀕死のクロコダインの処置を済まると指示通り地底魔城に連れ帰ることにした。まだどこかあどけなさが残る寝顔を見ると心が痛んだが、見方を方向変換するとまたとないチャンスである。

あのヒュンケル様に臆することなく戦う勇気があるなら、復讐という黒い炎を燃やす事しか頭にない主を変えられるかも知れない———さらに敵と人質という間にささやかなロマンスなんぞ生まれちゃったりする可能性もないと否定はできないし——となると彼の導きだした結論は一つであった。

(未来のお嫁ちゃんになるかもしれないし〜〜〜!!!!)

再び高鳴ってきた彼の高揚を察したのか「……う………ん……」という可愛らしい溜め息と共に大人しく担がれていた少女が意識をゆっくりと取り戻し始めた。暗くどんよりと揺れる風景が視界に入り、ハッとして自分の状況を確かめる。

「(私どうしたのしら……確かあの時………)ってなっ!何よこれ!!」

当身をくらった衝撃と同時に悔しいまま意識を手放したことまで思い出したトコロで身体の自由を奪われていることに第一段階の驚きが押し寄せ、さらに彼女の声に反応したモンスターの声があまりにも直にありすぎて第二段階はビクッと驚かされる事になりパニックとなった。

「はっ———放してっ!!放しなさいよ!!!」

自由の効かない身体でジタバタと精一杯の暴れる少女の抵抗を見てモルグは、それだけ元気があれば心配はなそうだとこっそり安堵の息をつくと長い螺旋階段を無事下る為やむえず脅しめいた言葉をかけることにした。死火山とはいえど火口の入り口もあるのだから騒がれてヤバイ事になれば大切な人質もとい未来のお嫁ちゃんの危機である。

千載一遇の訪れた機会をそんなことで潰されてたまりますかという思いが少女に伝わったかどうか知らないが、不気味に響き渡る鳴動と風の突き抜ける音の影響もあってか言われた通りに大人しく過ごしているも、不安気な面持ちを隠せないのはやはり囚われの身である自分の行く末が見えないことにあったであろう。

「心配いりませんよ。ヒュンケル様はお優しいお方ゆえ生命まではとられますまいて……」

無論、ここでちゃっかり主のアピールも忘れずしておけば最悪な印象も少しはましになるかもとフォローも欠かさず行っておく。だが、健気な主君想いの執事の苦労が報われるのはまだまだ遥か先のことであった。

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