pianissimoサンプル(冒頭1ページ)
深夜。
セブンマッチの会場であるスタジアムにて、ジェイク・マルチネスは暇を持て余していた。
HERO TVのプロデューサーであるアニエス・ジュベールの説得でセブンマッチの続きは朝まで持ち越すことになったものの、久しぶりの外の空気、そしてシュテルンビルト市民の命運を掌握しているという興奮から、彼に睡魔が訪れることはなかった。
ソファで退屈そうに足を組む彼の肩では、その配下、そして恋人であるクリームが頭を預けうつらうつらと舟を漕いでいる。
ジェイクは帽子を外した彼女の黒髪を片手で撫でながら視線は宙を彷徨わせ、何かを考えているようであった。
やがて思い至るところへ近付いたのか空いている手で顎髭へ軽く触れ、その唇に人の悪い笑みを浮かべる。
ジェイクの脳裏に浮かんだのは、先程ハンス・チャックマンに擬態してジェイクのアジトへ潜入していた、折紙サイクロンこと、イワン・カレリンの姿であった。
最初から心の声が聞こえてはいたが、敢えてアジトまでヘリコプターを操縦させて自分の手の内へ招き入れた。
ハンスでないことが露見していないと考えていたらしい彼は、追い詰めてみると元の姿に戻って歯向かってきた。
その時ジェイクが聞いた、彼の心の声のこと。
「いいねぇ。忍者キャラだから手裏剣ね」
「くっ……」
『もう駄目かも…僕、死ぬのかな。……―――スカイハイ、さん』
「………ん?」
『最後に、貴方を一目見たかった……』
雑誌を見てみるとヒーロー時は珍妙なマスクを被っている彼は、意外にもプラチナブロンドの髪の眩しい、整った青年で。
『好きでした…生きていても伝えることなんて出来なかっただろうけど。………スカイハイさん、スカイハイさん……』
しかも彼は、同じヒーローであるスカイハイとやらに想いを寄せているようだった。
同性同士、ヒーロー同士でけったいなこともあるものだと、ジェイクは思った。
その時は単にそういった感想を抱いただけのジェイクであったが、暇つぶしには使えるかもしれないと。
ジェイクは確信めいたように笑みを深め、クリームの肩を人差し指の先でとん、と叩いた。
彼女はハッと体を揺らし、瞼を持ち上げて最愛の男の顔を見上げる。
「す、すいませんジェイク様。私ったら…」
「なあクリーム、お前のNEXTってよ……」
ジェイクがクリームの耳元で愉悦混じりに企みを囁いてみれば、クリームは少しだけ頬を淡く染めた後、漆黒の眼を細め楽しそうに笑って見せた。
「流石ジェイク様ですわ!」
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