徒恋 7











退屈を持て余して。
想いを持て余して。
何度となくアイツの熱い視線と言葉の先を想いながら、俺は待った。
今日こそは帰って来るのではないかと思い、厨を借りて料理なんかもした。
生前は趣味でよく作っていたこともあり、我ながらうまいもんだ。
芋の煮っ転がし、椎茸の吸い物、茄子の浅漬け。
思い立った日は日替わりで色々作ってみたがアイツは中々戻って来ず、だからといって他の野郎に食わせる気にもならず、二人分食ったりもした。
怠惰な生活に鈍りそうになる体を竹刀握って鍛えても、浮かぶのはアイツのことばかりだ。
一人じゃ物足りない。
やっぱりアイツと手合わせがしてぇ。
刀の方も、別の方も。


そんな日が続き無意識に伏せていた耳が大きな馬の蹄の音を拾ったのは、アイツが戦へ出てから一月余り経った日の、夕方。
アイツが寄越した竜胆の花はとうに枯れちまって、窓際で情けなく萎れている。
捨てるに捨てられない俺も俺ではあるが………、遅ぇっての。馬鹿野郎。
ここ最近足音や馬の蹄の音が聞こえる度に耳やら尾やらを反応させていた気がするが、よく考えればアイツ忍の鳥にぶら下がって帰って来るんじゃねぇの。
女々しい期待はやめよう。
そんなことを思いつつピンと立った耳から力を抜いた、その時。



「ただいま〜」

「!忍か!!」

「も〜…名前……ってまぁいいですけどね。そう、忍でーす」

「真田は?」

「……あー……うん、玄関の方に…」



忍は迷彩のふざけた忍装束を、赤黒い血で大いに染めていた。
飄々とした様子からすれば、返り血なのだろう。
ということは、幸村も無事に違いない。
ま、俺の宿命のrivalがこんなとこでくたばるとは思ってねぇが。
あぁ、やっと会える。
退屈で堪らなかったんだ、その責任をとれよ?honey。
しかしいざ本人が帰って来ると聞けば、俺は何だか気恥ずかしくて、出迎えにも行けなかった。
まぁ、アイツなら見えない尻尾振りながらすぐ部屋に飛び込んで来るだろう。
そう、思っていた。

しかし半刻待てども一刻待てども、アイツは来なかった。
いい加減何かあったのかと聞いた方向に足向けてみたりしたら、廊下を進むにつれ血の匂いが濃くなった。
さっきの忍も相当なものだったが、その比ではない、噎せ返るような禍々しい香り。
生前は慣れていたが、何倍にもなった嗅覚にとってはきつい。
俺は曲がりそうになる鼻を押さえながらどうにか足を進め、漸く幸村を視界に捕らえた。
こちらに背を向け、うなだれたように玄関に座っている。



「………おい」

「!」



その肩がびくりと揺れた。
だが、こちらを向こうとはしない。
草鞋も未だ履いたままで、やはりアイツは下を向いている。
何だ、人が折角来てやったのに。
いつもの犬っぷりはどうしたんだ。



「Ah〜……どうかしたのか?」

「………な、何でもござらぬ…」

「…嘘だな。おい、どっか怪我でもしたのかよ」

「………」

「〜……、何とか言えっての」



黙り込む幸村に苛ついた俺は、その肩を掴んだ。
すると、アイツは凄まじい勢いで振り返り、そして。



「触れるな!!」

「っ!」



俺の手を叩き払った。
今まで俺に触れてきた優しく温かかったのと、同じ手で。
俺は少々赤くなった自分の手を、ぽかんと見つめる。
幸村は一瞬目を見開き険しい表情を浮かべたが、また下を向いて草鞋の紐を解き始めた。



「………」

「………」

「……真田?」

「……申し訳ない」

「………、……」

「今は一人にして下され」



何があったか知れないが。
何で俺がこんな扱い受けなきゃなんねぇんだ。
放置の埋め合わせをするどころか、またほったらかしかよ。
腹立たしい。
腹立たしいのに、耳や尾はやっぱり正直で、垂れているのを自分ではどうこう出来ない。
そんな俺の隣をすり抜けて、アイツは奥へと行ってしまった。



久しぶりに共にする飯の最中も、アイツは何も喋らなかった。
俺も、何も話してなんかやらない。
今朝作った三色団子も食わせてやらねぇ。
何処か虚ろな顔をしながらも、完全に俺を避けてやがった。
あの約束はどうしたんだ。
アンタのcuteな恋心、伝えてくれるんじゃなかったのかよ。

閨も、疲れているとかいう理由で忍づてに別に与えられて。
文句を言うにも言えず、客間に敷かれた布団に転がってみる。
今まではただただ疑問に思うだけだったが、一人考えてみれば様々な理由が浮かんできた。

変なモンを拾い食いした。
大切な部下を失った。
………戦地で女が出来た。













わからないまま、退屈で気まずいまま数日が過ぎた。
そんな、俺の気分に反してにくったらしいくらいに晴れた日。
俺は意を決して、稽古終わりのアイツを廊下で待ち伏せた。
理由を問い詰めるような女みてぇな真似は出来ないと思っていたが、我慢の限界だ。
俺は気が短ぇんだよ。
腕を組み不機嫌を隠さぬまま待っていれば、アイツがやって来た。
この数日そうであったように、幸村は一瞬俺を見遣った後、ふいと視線を逸らし、無言のままに俺の隣を通り過ぎようとした。
バレバレな態度とりやがって。
子供のようなその所作が愛しくもあり、今は忌々しくもあった。



「………なあ」

「………」

「…苛つくんだよ。何なんだその態度……前とえれぇ違うじゃねぇか」

「……面目ない。しかし、今暫く……某に近寄らんで下され」

「理由は」

「………」

「………」

「………」

「……OK、わかった。もういい。前に何やら伝えたい事がとか言ってたが、それももう聞いてやらねぇ」

「そ、それは!!」

「煩ぇ!!アンタにとやかく言われたかねぇ!!」

「っ……!」



俺が踵を返して歩き始めても、アイツは追って来なかった。
あぁ、馬鹿らしい。
大人しく帰りを待ってた俺が間抜けみたいじゃねぇか。
気が変わったなら気が変わったと言やぁいい。
したら、すぐにでも出てってやるよ。
バーカ。

俺は与えられた自室に籠もって座布団を枕に横になった。
忍に奥州との連絡をさせよう。
こんな姿にはなっちまったが、野郎共なら別に問題なく対応するだろう。
あんな幸村と暮らすぐらいなら、あっちに戻る方が万倍良い。


















目を閉じ帰郷の手はずを考えていれば、俺は何時の間にか寝ていたらしい。
部屋の外から誰かが俺を呼ぶ声が聞こえ、目が覚めた。



「……政宗殿」

「………」



何だ、アイツか。
漸く何か話す気になったのか。
だが残念だったな、俺はもうここを出るんだ。



「その、お話したいことが……」



………………………ま、言い訳ぐれぇなら聞いてやっても良いけどよ。



「……にゃあ」



………、………?



「………にゃ…」

「政宗殿?………政宗?」



真田は控え目に俺を呼び、そろそろと襖を開けた。
すれば奴は数秒静止した後、大きな眼をうるうると揺らし、飛びかかるようにして俺を抱き締めた。



「政宗!政宗ぇえ……!!!」

「何処へ行っていたのだ!!?心配したのだぞ!!ちゃんと飯は食べていたのか!?」

「佐助!!政宗の飯を用意するのだ!!」



「………、………時に、政宗殿は……?」



猫の次かよとか、猫には変わらず優しいんだなとか、色々言いたい文句はあったはずだ。
だが俺は、その時は真田の胸元で固まっているしかなかった。





────、戻っちまった──…。











つづく





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