11、碁盤攻め











「煩ぇ!暫く頭冷やせ、それまでアンタとは話したくない」


喧嘩をした。
何が原因だったか今となってはわからない。
きっとそれは、顧みるのも馬鹿馬鹿しくなる程些細な事情であった。
しかし膨大な政務による苦痛が溜まっている最中の出来事に、政宗の怒りは頂点に達してしまったらしい。
政宗は幸村を無視して、部屋の端にある卓上の書状に目を通している。
対して幸村はといえば、その後ろで眉を寄せ政宗の背中を眺めていた。


「政宗殿」

「…」

「政宗殿」

「………」


幸村が呼び掛けても、だんまりを貫くと決めたらしい政宗からの反応はない。
不本意な諍いに思わず幸村まで頭に血が上ってしまったが、己がいないかのように政務をこなすその姿を見ていれば、見る見るうちに後悔が湧いてきた。
己とそう年の違わぬ国主の精神的肉体的負担は相当のものであることは承知しているはずだったのに。
それなのに、疲れた彼を甘えさせるどころか己まで負担になってしまってどうするのだ、と。
幸村は後悔と共に唇を噛み締め、膝の上に乗せた拳を強く握り締めた。


「……申し訳ござりませなんだ」

「………」

「某の考えが足らぬばかりに、そなたを怒らせてしまった…」

「………」


常より落ち着いた低い声にて、謝罪が紡がれた。
しかし政宗はそれに取り合う気もないのか、視線は書状へ向けたまま頬杖をついている。
こうなると長期戦に縺れ込むことは、恋仲にある幸村は承知している。
それでも、幸村はこの状況を捨て置けなかった。
何故ならば、幸村は明日奥州を出立しなければならなかった。
折角奥州に来ているのに、想い人の傍に在るのに、つまらない喧嘩で話すこともままならないなど。
下手をすれば喧嘩をしたままここを去らねばならないこととなってしまうと、焦りも生じた。


「政宗殿、如何したら許して頂けるだろうか」


幸村は明るい色の畳に膝を擦って政宗との距離を詰める。
だが、やはり政宗は幸村を見ることさえせず、今度は書状に筆を走らせ始めた。
暫くそのまま待ってみても、返答はない。
今はきっと何を言っても安っぽい言葉にしか聞こえないだろう。
どうしたら彼に伝わるだろうかと幸村はぐるぐると考えを巡らせた後、背後から政宗の体へと腕を伸ばした。
脚は政宗の腰を挟み込むようにして、初夏という季節柄薄く白い小袖と青い袴を纏ったその体を、やんわりと抱き締める。


「どうか、お美しいお声を聞かせて下され」


耳元で囁けば、それまで反応のなかった政宗がぴくりと肩を揺らした。
しかし未だ折れる気のないらしい政宗の視線は動かない。


「……政宗殿」


幸村は両腕に力を足し今まで以上に強く政宗を抱き締め、その項へと顔を埋めた。
薄く焚かれた香の匂いと政宗の匂いが混じり、その香りは昨夜の情事の記憶を呼び起こす。
久方ぶりに抱いたその体は大層心地よく、夢中になった。
政宗も幸村の体へ腕や脚を絡ませて、自ら淫靡に白い体を揺らしていた。
目を瞑り昨晩の恋人の姿を思い起こしていると、やがて幸村の体に変化がみられた。


「!」


幸村の雄は濃茶の袴の下、半ばまで勃起していた。
体が密着していることから、当然政宗にもその感触は伝わっているだろう。
幸村は少々頬を染めて戸惑いを見せるも、政宗を抱き締めたまま、耳先へ唇を寄せ少しばかり熱くなった息を吹きかけた。


「政宗、どの…」

「っ」


すれば政宗の唇からは、短く息を詰めるような音が漏れる。
だが、やはり幸村のことを構う気はないようで、すぐに何事もなかったかのようにさらさらと腕を動かした。
それを見た幸村はしゅんと眉尻を下げ少しの間気落ちした様子を見せるも、やがて踏ん切りがついたのか、ままよ、とばかりに政宗の小袖の上からその胸元を弄り始めた。


「鳴かぬなら、鳴かせてみよう…とは何処で聞いた言葉だったか」

「…?」

「明日からまた暫しお逢い出来ぬのだ……、某はもっとそなたのお声を聞きたい。こうなれば力ずくで聞かせて頂く!」

「!」


政宗を煽るような言葉を紡ぎながら、幸村は布越しに政宗の片側の乳首を摘む。
挑戦的な台詞に益々声を出すことが出来なくなった政宗は一瞬幸村の側を振り返ろうかと首を捻りかけたが、それさえもしたくないのか再び下を向き、悪戯を仕掛けくる幸村の手を掴んだ。
しかし幸村はそれにめげることもなく、空いた片手を袴の横から内へ忍ばせ、政宗の腰を擽るように撫ぜる。
十分な筋肉が付きながらも引き締まったそこが政宗の特に感じる場所であることは、熟知している。


「あっ」


不意に弱点を責められれば、政宗はそちらの手も掴み制止を訴えながらも、唇から小さく声を漏らした。
低くも少々艶の混じる甘い響きは、幸村の雄を更に張り詰めさせる。
甲斐へ戻る前にもっとこの声を聞いておきたい。
己の手によって乱れる彼の姿、声、熱を焼き付けておきたいし、彼にも己を焼き付けたい。
幸村は耳の縁へつう、と舌を這わせながら急くような手つきで政宗の袴の腰紐を解き、その腰から太腿にかけてを幾度かなぞる。


「…ふ」


昨夜幸村が重点的に唇で愛でた箇所に触れると、その口からは切なげな吐息が漏れた。
正面を向いている彼の表情はわからないが、少なくともその耳は常のそれよりも色付きが良い。


「…そなたはここを嬲られるのが誠にお好きだ」

「……っ」


指の腹で敏感な場所を撫でながら吹き込まれた囁きに、政宗の体温が少し上がった。
股間へ触れてみると、その陰茎は下帯の下で僅かに勃起していた。
膨らんだそこをトントン、と指先で軽く叩けば、政宗は咄嗟に腰を引く。
それでもそれを追って雄を指で叩き刺激して、幸村はゆっくりと政宗を追い込んでいく。


「く……あっ…」


円を描くように男性器を撫でると、政宗は片手で口許を覆い、堪らないといった風に身を捩り唇を引き結んで快楽から逃れようとする。
爪の先が幸村の手首に食い込むが、それすらも幸村の加虐心を煽る所作でしかなかった。
この負けず嫌いな恋人を、一体どう料理しようか。

















「ンぁっ……あ!」

「政宗殿…大層気持ち良さそうだ。誠にお可愛らしい…」


昨夜の余韻から、政宗が幸村を受け入れるのは容易かった。
昨晩使った香油に己の唾液を足して中を殊更丁寧に解し、もどかしい快楽で追い詰め、それでも尚幸村を見ようとせず薄い抵抗を試みる政宗の腰を高く持ち上げ強引に立たせ、後ろから貫いた。
止めて欲しいのならそのお口でそう仰って下され、無言ということはそなたも某の逸物が欲しいのだな。
制止や反論したくて仕方がなくなるような攻め句に政宗は下唇を噛みながらも、結局さしたる抵抗も出来ぬまま幸村の性器を迎え入れてしまった。
幸村の手管や言葉に逐一反応する自らの体が憎らしいが、いくら今は怒りを覚えているとはいえ、想う相手に卑猥な言葉や性感を与えられてしまえば、若く瑞々しい体は流れに抗うことなど出来ない。
せめて幸村から意識を逸らすよう卓に両手をつき下を向いているが、後ろから好い場所を亀頭で抉られる度、嬌声が漏れ生理的な涙が滲んだ。
人よりも一回り大きな幸村の魔羅は硬く熱く、政宗の肉筒を押し広げた。


「そなたのおまんこもこの上なく気持ち良うござります。斯様に嬉々としておちんちんへ絡み付いて…」

「う、っ……クソ……」

「何か仰いましたか」

「…ッ……うあ!」


じゅぷじゅぷと水っぽい音をたてながらゆっくりと律動され、政宗は頭を横へ振り髪を乱す。
幸村は腰を前後へ動かしながら、政宗の上体を辛うじて覆っている小袖の内へ手を忍ばせ、指先でその背をつう、となぞった。
すると政宗はひく、と喉を反らし、幸村の男根をきつく締め付ける。
前から彼の端正な顔を眺めながら交わるのが一等好きな幸村であったが、こうして後ろから己の思うままに抱くというのも、征服欲の充足に繋がる堪らない行為であった。
今日は己は着流しの裾から外に覗く局部以外露出せず、更に政宗が常以上に声や反応を堪えていることから、無理矢理犯しているようで、より興奮や性感が高まる。
事実、強引な行為ではあるのだが。


「んッ……は…」

「政務は、よろしいのですか…?」

「…っ……」

「某のことはお気になさらず、続けて下さっても構いませぬ」

「……テメェ…」


小さく怒気の含まれた言葉が聞こえたが、幸村はそれを掻き消すように政宗の媚肉の奥を突く。
すれば政宗のその後続くべき台詞は、艶声に変わった。


「あっ…、は……!」

「某とは話さないのではなかったのですか?」

「……ぐ…っ…」

「…それとも、許して下さるのだろうか」

「ん、うっ……」


幸村は腰を折って政宗の両手首をそれぞれ掴み、後ろへと引っ張った。
そして反動をつけ、再び腰を前後させ始める。
律動は一層力強くなり、更に荒々しく扱われる屈辱と羞恥から、政宗の肉筒はきゅう、と窄まった。
細かく熱い襞が、幸村の陰茎へ逃さんとばかりに吸い付く。


「ん、あ、ァ、あっ…」


反動を用いながらの規則的な律動に合わせ政宗の口からは嬌声が零れ、抗う様子も徐々に消え去っていった。
髪をふわふわと揺らし、隻眼を瞑り性感を受け入れる。
幸村は白い手首を引き絶え間なく粘膜同士を擦り合いつつ、熱い吐息を吐き出す。
媚肉の内で性器を擦ることによる快感に目を瞑ってしまいたくなるも、乱れた小袖から覗く白い背中や互いの繋がる部分が見えなくなるのが惜しくて、幸村は薄目を開いたまま腰を動かす。
政宗の形の良い尻から勃起しきった男性器が覗いては内へ押し入る様は何度見ても官能的で、ずっと眺めていたいとさえ思う程であった。
しかし幸村の雄は最早限界に近く、それを訴えるが如く鈴口からは先走りが溢れていた。


「うあ、ッ、あ、あ、あ!」

「は…政宗殿、っ……政宗、どの…!」


幸村は夢中になって腰を一層素早く政宗へ向かって繰り出し、最後にぱん、と肉同士のぶつかる大きな音を響かせた後、媚筒の奥へと精液を放つ。
びくびくと跳ねながら欲液で己の内を蹂躙する肉棒やざり、と押し付けられる陰毛を生々しく感じつつ、政宗も内腿を震わせながら卓や畳へと精子を吐き出した。
暫しの間二人の荒い息遣いだけが、静かな部屋の中に響いた。














「……申し訳ござらぬ…!」

「………」


少しの後。
そこには潔く土下座をする幸村と、取り敢えず小袖の合わせ目だけを直し腕を組んだ政宗の姿があった。
政宗の髪はまだ乱れたままで、その表情は明確には伺えない。


「怒らせてしまったにも関わらず散々意地の悪いことを言い……」

「…中出しまでしやがったなァ?」

「仰る通りにござるぅううあああ!!」


幸村は更に頭を畳へと擦り付けた。
それを見た政宗は、顎先へと手をあて逡巡した後、はあ、と大袈裟に溜め息を吐く。


「……歯ぁ食い縛れ」

「承知!」


幸村は勢いよく上体を起こし、言われた通りに歯を食い縛り目をぎゅっと瞑った。
そして政宗の鉄拳を待つ。
しかし、それはいつまで待っても飛んでくることはなかった。


幸村がそろりそろりと目を開けば、丁度その瞬間政宗の唇が一瞬重なる。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す幸村に、政宗は眉を寄せて困ったように笑った。


「もういい、色々と馬鹿らしくなった」

「え……?」

「ダリィし政務やる気もなくなっちまったな…どうせなら、このままもうone roundといくか?」

「わんらうん…?……ぬおわぁっ!?」


政宗が幸村の小袖の内へ手を差し入れて剥き出しのままの逸物を握れば、幸村は裏返った声を発する。






怒りの色の消えた隻眼に胸を撫で下ろす幸村であったが、その後泣くまで絞り取られ虚ろな状態で奥州を追い立てられたのは、また別のお話。











―解説―

・碁盤攻め
碁盤攻めとは、立ちバックのこと。政宗は立った状態で碁盤(または碁盤状のもの)に手をつき、腰を突き出す。そこへ幸村が背後から突き上げる体位。






碁盤で書き始めたのですが、紆余曲折を経て碁盤ではなくなりました。
あと途中から手をついてないけど、後ろから腕引っ張るというのがとても好きだからです…。






戻る