時はテッペリン陥落から7年余。 月の衝突を食い止めたシモン達が地球へ戻り、最終決戦前の束の間の休息の最中。 そんなある日、リーロンの科学局を、シモンが訪れた。



「なぁリーロン、ヴィラル見なかったか?」

「見てないわよ。…あ、もしかして…アレのこと?」

「あぁ、アレだ」



シモンの抱えた大きな紙袋を見に、二人は通じ合ったようににんまりと笑む。



「ふふ、どういう反応するのかしら。後で教えてね」

「絶対喜んでくれると思う!なんたって、俺がたっぷり愛を籠めて作ったんだからな」

「あらやだ惚気ちゃって」

「惚気られる…とこまで、まだいってないんだけどさ…」

「頑張って!男は気合いなんでしょ〜!!」

「…あぁ、そうだな!じゃ、俺はアイツ探しに行くから!」

「いってらっしゃーい」



白いツナギを纏った背中を眺めながら、リーロンは手元のマグカップを持った。 そして中を満たすブラックコーヒーから上り立つ湯気を吹き、ぽつりと漏らす。



「ん〜………春ねぇ…」





















俺が結婚するって言ってんだ!





















「ヴィラル!」



シモンは漸く、カミナシティの外れの市場で目的の彼らしき後ろ姿を見つけた。
賑わう人ごみの中に見える、破損だらけの赤い衣装、ぼろぼろの茶色のマント、同じくぼろぼろの深い紅のマフラー。 間違いない。
大声でその名を呼べば、彼は長い金色の髪を揺らし振り返った。



「……シモン」



肉屋の前で己の好物を物色していたところ声をかけられ、ヴィラルはあからさまに眉を寄せた。 そして人よりも太く大きな腕を組み、溜め息を吐く。



「何だよその態度。酷い奴だな!」

「フン。…何故こうも、お前と一日に何度も顔を合わせなければならない」

「偶然…いや、運命に決まってるだろうが!」



会いたくなったらひたすら探して、それでも見付からなかったら螺旋力で近くに飛んで偶然を装って遭遇しているなどと、シモンは口が裂けても言えなかった。
これが知れれば、ストーカー扱いされるだけでは済まない。
時間と螺旋力の無駄遣いを、ロシウにこっぴどく説教される羽目になるだろう。
シモンはそ知らぬふりで、ヴィラルの腕を引く。



「なぁヴィラル、すっげぇいいもんやるから俺と来いよ」

「断る」

「早っ!何でだよ…ほんと酷ぇ」

「…お前と必要以上に二人きりになる義理は、ない」

「チッ……」



まるで悪質な人攫いのような誘い文句に対しきっぱりと断りを入れ肉の選定を再開させるヴィラルに、シモンは小さく舌打ちをする。
そしてその腕から手を放し、ヴィラルへ背を向けた。



「……あーあ、残念だな。エンキに関係することだったのに」

「………、……何だと」



シモンの口からわざとらしく漏れた単語に、ヴィラルはぴくりと反応した。
それは、とうに破棄されているであろうと彼が思っていた愛用ガンメンの名前。
螺旋王に仕えていた頃から反政府活動の最中取り押さえられるまで、ずっと一緒に居る相棒だった。
テッペリンが陥落して以来まともなメンテナンスさえ施せず、それでも己の我儘に付き合ってくれた、大切な相棒。
今更その名が出るということは、まさか、まさか。



「本当残念だ。そんなお前の姿を見たら、エンキも悲しむだろうな」

「…待て。エンキが何だというんだ」

「あれ?断るんじゃないのか?」

「……っ…」

「………あーほんとこんな相棒を持って、エンキも可哀相だよなぁ」

「……待て!わかった、お前と行く。だからその話、詳しく聞かせろ」











































その獣人は、人の嘘を見破るには余りに純粋だった。
もっともそのようなところを含めシモンは、この獣人のことを気に入っていたのだが。

二人は、カミナシティを一望する総司令室へ戻って来た。
ヴィラルの腕には先程品定めをしていた肉の入った袋、シモンの腕には相変わらず大きな紙袋が抱えられている。
シモンが総司令室の鍵を閉める一方で、ヴィラルは広いその部屋を見渡す。



「ここにエンキがあるのか?無いぞ?」

「ある、甘いぞヴィラル。探してみろ」

「………、…あぁ」



不服げに眉根をぴくりと揺らしたヴィラルではあったが、かつての相棒の名を出されては言う通りにするしかなかった。
机の下、引き出しの中、カーテンの裏と、ヴィラルは目的のそれを探す。
馬鹿正直なその姿に、やがてシモンは盛大に吹き出した。



「っははは!お前、ほんと素直過ぎ…!」

「!……騙したのか」



シモンの様子にヴィラルはぐっと拳を握り、眉間へ深く皺を刻んだ。
しかしその金色の瞳には、悲しげな色が浮かんでいる。
それに気付いたシモンは、踵を返し部屋を出て行こうとするヴィラルの肩を慌てて掴んだ。
だが遊ばれたと考えたらしいヴィラルは、思い切りその手を振り払う。



「お前には呆れた…」

「ま、待て!違うんだって!」



シモンは慌ててヴィラルの前へ回り込んだ。 そして、抱えていた大きな紙袋を彼の方へと差し出す。



「…ごめん、可愛いからって意地悪し過ぎたな」

「目が腐っているのか。………何だこれは」

「開けてみてくれ!」



ヴィラルが紙袋にご丁寧にかけられたピンクのリボンを解き中を覗けば、そこには全長30センチメートル程で、重さのある茶色の物体が入っていた。
不審そうな目でシモンを見遣るも、その期待の籠もった目線に急かされ、ヴィラルは紙袋の中に入っている物体を外へと取り出した。
それは全体は灰色で、触り心地と重さからして石の塊のようである。
上の部分には、銀色の輪が付着している。
最初はやはり解せぬという目でその物体を眺めていたヴィラルであったが、やがて何かに気付いたよう、その左目が見開かれた。



「これは…!……エ、エンキなのか…?」

「あぁ、俺がドリルで作ったんだ」



ヴィラルは懐かしげに目を細めながら、大きな手でエンキのミニチュアの各部位を撫でる。
色は違えど、そのデザインは精巧に出来ていた。
滑らかな肩のライン、凛々しくも何処か愛嬌のある顔、グレンラガンに奪われた兜。
よく資料も無しに再現出来たと感心する程の品であった。
ヴィラルは7年前を思い起こし、表情を和ませながら眼へ少しばかりの輝きを灯した。

だが兜の色がやけに明るいシルバーなのが気にかかるのか、人よりも太いその指は円をやわやわと辿る。
すればシモンは待っていたとばかりにヴィラルの背後からその身体を抱き締め、耳元へ唇を寄せた。



「…その兜な、エンゲージリングなんだ」

「………、……な………何だと!?」

「お前の指に合わせて作った」

「………!!」

「これは俺なりのプロポーズなんだ。……結婚しよう、ヴィラル」



ヴィラルが手元で改めて己の指とリングの大きさを比較してみれば、なるほど確かにシモンの言葉は真実のようであった。
シモンがプロポーズの言葉を囁きながら、ヴィラルの少しだけ尖った耳へ唇を寄せれば、一瞬固まったヴィラルはその直後シモンの顔を拳で殴り、腕の中から脱兎の如く脱出した。
贈られたエンキも押し返すように返却し、腰に装備していた鉈を前に構えながら部屋の隅まで後退く。



「いってぇ〜…」

「ふっ…ふざけるな!何故お前と結婚しなければならない!」

「何でって……俺がお前のこと、好きだから?」

「冗談は大概にしろ!俺はお前のようなハダカザルと結婚する気など、無い!」



髪の毛を俄かに逆立たせながらシモンへ鉈を向けるヴィラルを見に、シモンは痛みの残る己の頬を撫でつつ眉尻を下げた。
ヴィラルの視線が時折、無理矢理返したエンキへ未練がましく向けられているのを確認すると、シモンは改めて自作のミニチュアエンキを手に持ち直す。



「…そっか……残念だ。お前のこと考えながら、一生懸命作ったんだけどな」

「………」

「ヴィラルがもらってくれないなら、粉々に砕いて処分するしかないな」

「!…何も粉々にすることはないだろう!頑張ったのなら、お前の机にでも飾ってやればいい!」

「いや、ヴィラルを喜ばせるために作ったんだ。ヴィラルがもらってくれないなら、意味がない」



容赦のないシモンの言葉に、ヴィラルは戸惑った。
大切なかつての相棒が、ミニチュアとはいえ、目の前で壊されてしまう。
しかしそれを阻止すれば目の前の男と結婚なんてさせられてしまう。
またしても、相棒を救うことが出来ないのか。
己はエンキに、何度も何度も助けられてきたのに。
どうしたら、一体どうしたらいい。

ぐるぐると考えを巡らせ静止しているヴィラルの傍ら、シモンは首から下げたコアドリルを手に持ち、エンキの腕へと宛がった。
その所作にヴィラルの目が大きく見開かれる。
ドリルの先端がその腕へ突き刺さろうとした、その時。



「エンキを壊さないでくれ!」

「……プロポーズ、受けてくれるのか?」

「あぁそいつが無事なら何でもいい!」



かかった。

シモンは顔を伏せヴィラルには見えぬよう、にたりと笑みを浮かべた。
そして素早くヴィラルに近寄り、その肩へと腕を回す。
エンキを救うことに夢中であったヴィラルは腕の感触によって我に返り、顔を紅くしたり青くしたりしている。
だが、時既に遅し。
シモンはそんなことなどお構いなしにヴィラルの手へエンキを持たせ、たった今許婚となったそのケモノの頬へちゅっとキスをした。











「…式はカテドラル・テラの中で挙げればいいよな。もう、俺らが新婚生活するための部屋も準備させてある」



















爽やかな笑みを浮かべるシモンに、ヴィラルは意識が遠退いていくのを感じた。






































初!グレンラガン小説です!
シモヴィラでーす!
健全でーす!!
そしてこのお話は…大好きなM殿との合作?合同?のようなものです。
許可とってあるとはいえ、ここまで似せたら流石に怒られるかな(笑)
でも、凄く凄く可愛かったんだ!

よく考えればエンキの兜だけ千切って捨てればいいのですが、ヴィラルにはエンキの一部でも壊すことなんて出来ないと思うんだ。
エンキ大好きだもんね!
でもこのまま指にはめるわけにはいかないので、結局シモンさんが千切ります。
エンキはエンキドゥに加工されます。



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