徒恋8
「……政宗殿…」
「にゃあ」
人の俺が姿を消した後の、アイツの意気消沈っぷりは酷かった。
奥州へ向かう街道まで探しに行って、当然ながら何の収穫もなく帰って来た時は、猫の俺のことさえ目に入らないくらい愕然としていた。
飯の時もぼんやりしていて、いつもなら少なくとも五回はするおかわりを、二回程しかしなかった。
間食の団子も、半分に減ってしまった。
暇があれば俺の名を呟き、情けなく眉尻を下げて悲痛な表情を浮かべている。
以前より重症なのは明らかだ。
「すまぬ。政宗殿は政宗殿でも、そなたとは別の政宗殿なのだ」
「にゃ?」
「……俺が望んだが故姿を現して下さったにも関わらず、斯様な態度をとってしもうた故…泡のように消えてしまわれた」
「………」
「それなのに、この幸村は未だ浅ましく彼の御仁を求めておる」
奴の膝の上に居る俺の額に、水滴が落ちた。
また、大きな眼を揺らしながら泣いてやがる。
俺の背を撫でる手は前と変わらず温かいが、その心は痛く軋んでいるのが伝わってくる。
俺だって、出来ることならまた人型でアンタに逢いてぇよ。
それでも人になる方法さえわからない今は、この小さな舌で涙を舐めてやることぐらいしかできねぇ。
それが、もどかしかった。
俺が猫に戻ってしまってから数日後の夜。
いつも通り真田の寝室で眠ろうとしていた俺は、何故か廊下へ出されてしまった。
アイツは少しここで待ってて下され、なんて言ってたが、一体何なのだろうか。
猫になった俺でさえ、遠ざけたくなる理由があるのか?
俺は四つ足で立ち、三角の耳を障子へとくっつけた。
「政宗殿……」
何だ、また泣いてるだけか。
アンタの泣き顔なんざこっちはもう何回でも見てるんだ。
別に外で待つ必要なんざねぇじゃねぇか。
俺は呆れたように隻眼を細め、ほんの僅かに開いた障子の隙間へ前足を差し入れた。
しかしその時、真田の様子がおかしいことに気付く。
「はあ、っ……政宗殿…お美しゅう、ござります…」
「!?」
俺はここなのに、何見て言ってんだ。
しかも、何だか奴の息は少々荒い。
障子の間から、俺は中の様子を窺った。
真田はいつも通り白い夜着を纏い、布団の上に胡座をかいている。
そして目を瞑り眉を寄せて、右手を下腹部にて忙しなく動かしていた。
そう、つまりマスを……。
「に゛ゃっ!?」
「く……そなたの中は、大層熱く、潤んでおりますな…」
「……ッ……っ…!!」
顔にかあっと血が上るのを感じる(黒い毛のおかげで見た目は変わってないのだろうが)。
アイツは、空想の中で俺を犯しながら、自慰に耽っていた。
ご丁寧に口にまで出しているんだから、間違いない。
本人に見られているとも知らず、真田の空想は加速する。
「もっと速くですか?政宗殿は誠に淫らだ…」
「にゃ!にゃあにゃあ!」
「奥が悦いのですな…承知した」
「フーーーッ!!!」
アンタ!頭ん中で俺に何言わせてんだよ!
俺は背中の毛を逆立てながら抗議を述べた。
しかし空想に夢中な真田にそれが届くことはなく、真田は頭の中の俺に覆い被さるように四つん這いとなり、右手の動きを素早くしていく。
「ま、さむね殿…、っ……う…!」
ぶるりとアイツの身体が震えたかと思うと、それまで絶え間なく上下していた右手の動きが止まる。
どうやら、果てたようだ。
荒い吐息が俺の聴覚を支配して、鼻には青臭い精の匂いが届く。
一人で何してんだよ、あの馬鹿。
―――そういうことは、俺とすべきだろ。
俺は狭い隙間から、柔らかく小さな体を室内へねじ込んだ。
「………にゃ」
「…政宗、入ってきてしまったのか……と。すまぬ、今は撫でてやれない」
虚しく放たれた精液塗れの手。
潤んだ眼。
悲しそうな笑顔。
全て、俺の胸を締め付ける。
見ていられなくて、俺は顔を伏せ、アイツの腿へ体を擦り寄せた。
今まで行為に耽っていただけあって、その肌は普段以上に熱い。
「同情してくれるのか」
「にゃあ」
同情なんかじゃねぇよ。
俺だって、人に戻ってアンタとそういうことがしてぇんだ。
「……久方ぶりの戦場の気にあてられ、彼の御仁に近付けば今にも犯してしまいそうで遠ざけた結果がこれとは……愚かの極みよな」
「………、……にゃ?」
………、……Ha?
聞き捨てならない台詞に、俺の両の耳はぴんと立つ。
―――こいつ、今何つった?
つづく