アレ?ってことは、これ夢か?
そんな事を思ったその時、細い指がそっと頬を撫でた。
「センセ? …他のコト、考えちゃイヤ…」
「…………ッ!!!!」
がばりと跳ね起きた銀時は慌てて辺りを見回す。
しかしそこには見慣れた己の部屋が広がっているだけで、いつもと何ら変りは
ない。
「…やっちゃったよオイ…やっちまったよ…」
願望が夢に出るって言うけど夢ってのは元々願望の固まりなんだよ。
最近、銀時がおかしい。
「ね、ホント どうしたの?」
せっかくの休日二人きりでいるというのに、そわそわと落ち着きなく目の前の
ソファに座る恋人に声をかけた。
最近銀時の所に行こうとすると、何故だか用事が入って、なかなか会う時間を
取れずにいたので心配になってしまう。
「なんでもねえよ」
しかし男はそう言ったきり、ちっともこちらを見ようとしない。
なんか後ろめたい事でもあるのだろうか?
じっと見つめれば居心地悪そうに態とらしく視線をそらして、ジャンプで顔を
隠す始末。
しかもそのジャンプは上下が逆。
と、くればこれはもう何かあるとしか思えない。
そう判断したは持っていた湯のみをコトリとテーブルの上に置いて会話と
いう名の尋問を始める。
「何したの?」
「…んにもしてねェよ」
ジャンプ越しに男はそう言うが、胡散臭いこと山の如し。
「ちょっと銀時さん? ココ来て正座して?」
「……」
ポンポンと座っているソファを軽く叩いたを、明らかに挙動不審な銀時の
濁った目が本の上からチラリとこちらを見た。
「悪さしたの?」
「してねーよ」
そう言って右へ左へと不自然に泳ぐ視線。
これはもう、絶対何かした目だ。
「借金?」
とりあえず、一番可能性の高いものからあげてみる。
当たってたらとりあえずマグロ漁船に乗り込ませよう。
は固く心に誓った。
「してません」
「…じゃあ、浮気?」
ひとまず安心して、次に結構重要なものをあげた。これは個人的に絶対に無し
であって欲しい。
「するかァ! ボケエエエ!!!」
これにはさすがの銀時も怒ったのか、二人の間にあるテーブルに手をついて、
身を乗り出した。
「おつゆ飛んでるよ、銀時。汚ーい」
「浴びとけ!! !!お前そんなに俺が信じられねえのか!?」
「…ええまあ」
かーっ!!! 俺ァお前をそんな娘に育てた覚えはねえよ。などと、鼻息荒く
捲し立てている。
「育てられた覚えないし」
そう、素っ気なく言ってみたが、納まりきらないらしい銀時はまだネチネチと
呟いている。
しかしその姿はなんとなしに胡散臭い。
別に本気で浮気を疑ってるわけではないのだが、そのまま逆切れの勢いで根底
から有耶無耶にしてしまおうという魂胆が見え見えだったから。
「じゃあ、もういいよ」
それでもワースト1、2は共にクリアしているようなので、それ以外であるの
なら少々静かで返って良いかもしれないと考え始めてしまった。
「バッカ お前。ちょっともういいから仕事着もってこい!」
会話を終わらそうとするとは正反対に、銀時は少しも納まらないようで、
ワケのわからない事を言い出した。
「ハア?」
仕事着とはもしかして、アレの事だろうか?
の仕事着と言えば、男性にはもっぱら人気の高い制服だが、最近の病院は
スカートではなくズボンが増えている。
もちろん松本医院もその一つで、近々制服が新しくなるらしい。
…などというのは、どうでも良い話しで。
ようやく事の成り行きが見えてきたは、心の底から呆れた。
要は、有耶無耶にしようとしていたのではなく、あえて話しをそっちの方向へ
持っていく為の附箋だったのだ。
その証拠に、銀時は何処からか突然ピンクの制服を持ち出してきて、目の前に
に突きつける。
「あー。 …バカ?」
自分が毎日職場で着ている物と似てはいるのだが、どうも変なコトに使う為と
しか思えない感じがありありと出ているそれを見ながら、眉間にしわが寄って
いくのをひしひしと感じた。
やっぱりマグロ漁船にでも、放り込んだ方がイイかもしれない。
何処の世界に、マニアックなプレイの為だけに3ページも使って回りくどい事
をする奴がいるのか。
「良いから着ろ!」
ただ残念な事にの目の前にいる男こそがその類いのようで、まだ白々しい
逆切れを必死に装っている。
鼻息も荒く、今にもヨダレを垂らさんばかりのエロオヤジぶりに、いっその事
百年の恋を醒ましてしまおうかという気にもなってきた。
「そういう変態チックなコトがしたいの?」
「バカ言え! 俺がどんだけオメーに…、アレだ!」
「なによ?」
「ッ、とにかく着やがれ!証明してやる!」
「何の」
その制服を着たとして、何のどの辺がわかるというのか。
「だから…」
「だから?」
「…ああ、浮気だ、浮気してねーって証明してやる!」
きっぱりと言い切った、その顔がやけに晴れ晴れしくて憎たらしい。
「や、そんなんじゃ出来ないし」
「出来るか出来ないかはやってみねーとわかんねェだろうが」
「わかるわよ」
「わかんねーよ」
「で? やっぱそういうプレイがしたいん…」
もう、どう考えてもそれしかないだろうと、は決断を下したのだが。
「違ェ!」
一際大きな声での言葉を遮った銀時は苛立ちを露に頭をかきむしった。
「…ったくよー、大体なんだってんだ! どいつもこいつも俺の邪魔ばっかり
しやがって!」
「え?」
「俺がいつお前をイヤらしい目で見たっつーんだよ!」
何時もじゃないのだろうか?
それは置いといても、話が見えなさすぎる。
「ぎんとき?」
「バカヅラの言うコト真に受けやがって、あんのクソジジイ…」
「小太郎さんに、…良純先生?」
「制服変えるとかの半径500メートル立ち入り禁止とかわけわからん
コト言い出しやがるしよ!」
つまりは、桂と松本が銀時との邪魔をしていると言うことだろうか。
「…そんな事で? 大人気無いコトしないでよ。みんなしてもー」
ぐったりとしたをどう思ったのか、細い腕をつかんで立ち上がった銀時は
そのまま和室へと歩き出す。
「そんなコト言われると余計意識しちまうし、そしたら長谷川さんがちょうど
良いモンがあるからつってお宝を貸してくれるし、しかもそれ見たからなのか
変な夢まで見ちまうし…」
などと、には全く理解出来ない事を ブツブツ と呟きながら、敷いたまま
だった布団へとその身体を転がした。
「ちょ、ヤ 銀時ッ?」
慌てて声を上擦らせると、パサリと先ほどのピンクが落ちてきた。
「せっかく二人きりなんだから、楽しーくイケナイコトしようや」
にやにやと笑ういやらしい顔を、きっと睨むが少しも効いてないようで、腹が
立つことこの上ない。
「サイテー!」
転がったまま、気丈にも自分を睨みつけてくる女に銀時の欲情が呷られる。
「サイテーで結構ー。せっかくだから、お望みのマニアックなプレイで存分に
鳴かしてやる」
「いーやーっ」
「制服はイヤか。なら素っ裸なら文句ねーな?」
本気モードのスイッチがオンになった男にはボケのボの字もない。
「バカ! 結局なんでも良いんでしょ!?」
多い被さって近づいてくる顔を必死で押し戻しながら抵抗するに、銀時は
愛しくて仕方がないというように小さく笑った。
「…なんだって良いか」
「ッ、きゃっ?」
突っ張っていた両手をつかまれ、頭上に持ち上げられて固定される。
「そのとーりだな」
「…ぎ ん…?」
上からを覗き込む男の目がすうっと細められた。
「要は が食えりゃあそれで満足なんだって、今 思い出したわ」
そう言った瞬間の銀時の満足げな顔といったら。
「……!」
欲のこもったその表情に、ぞくりと鳥肌が立った。
パァン!
なんだか酷く素敵な音を聞いた気がして、戯れ合っていた二人の動きが一瞬に
して止まる。
気のせいでなければ、銃声のような…。
じっと無言で見つめ合った後、ぎぎぎと錆びた玩具の様に二人してゆっくりと
顔を動かせば、壁に何かがめり込んで微かに煙が立っているのが見えた。
「ッ!!!?」
それを目にした瞬間、銀時はを己の腕の中へ引き寄せてものすごい早さで
窓から死角の部屋の隅に避難する。
あっ という間に、壁と銀時の間に挟まれたの頭が事態を処理する前に、
帯締めに挟んでいた携帯が鳴った。
「………」
電話をかけてきた相手が誰なのか、ものすごくわかる気がするのだが、出ない
わけにもいかず、仕方なく携帯を取り出す。
ー【着信 晋さん】ー
「ハイ…」
そして案の定液晶に映った名前に、思わず漏れそうになったため息をなんとか
飲み込んで、小さく返事をした。
『…銀時に代われ』
怒りを押し殺した声がそれだけを発する。
その声の通りにしたらどうなるかなんて事も十分わかりきっている。
だがどう考えても、逃げ場はない。
ズキズキと痛みだした米神を抑える事も出来ないままに、諦めの境地で自分を
抱きしめる男の耳に携帯を押しあてた。
『次は当てる。 この天然変態くるくるパーが…!』
プッ、 ツーツーツー。
「「…………」」
ぴったりと身体を寄せ合っていたにも、もちろん聞こえたその声。
激しく呆れて、声も出ない彼女とはまた違う意味で黙っていた銀時だったが、
とうとう怒りが頂点に達したらしく、ブルブルと肩を震わせながら静かに立ち
上がり窓から身体を乗り出す。
「ダメッ、 ぎ、銀時ッ!」
慌ててが止めようと身体を動かしたが間に合わなかった。
「テメーもか!!!!高杉イイイイイ!!!!!
人様のセックスライフに首突っ込むんじゃねええええええ!!!」
外に向かって…多分狙撃してきた方向だろう…に、これでもかというくらいの
大声で怒鳴り散らす。
「ちょ、大声で叫ぶのやめてよ!」
血管が千切れそうな勢いで絶叫する男を必死で止めるだが、しがみついて
いるのには他にも理由がある。
多分、彼女が銀時にくっついていなければ、高杉はもう何発かは平気で銃弾を
撃ち込むに違いない。
当てはしないと思う。…多分。…もしかしたら。…ダメかもしれない。
「は身も心も俺様のモンなんだよ!!! バーカ!チービ!」
どうしてこうの周りにはちょっとイキすぎた残念なのが多いのだろうか。
叫び続ける銀時にも、また容赦なく鳴りだした携帯にも頭が痛いばかりで。
「もー!!!落ち着いてよお!銀時ー!! …晋さんもー!!」
。
こんな特殊な人々に愛されている自分の不運をほんの少し憂う。
そんな午後でありました。
2008.04.04 ECLIPSE