9. 叱られる


 「ねえ、いいじゃない」
 先ほどから後を付いてくる男がうるさい。
 チャラチャラした格好で、男なら袴を下げてはくな。と、心の中で罵倒する事数回。
 空は今にも雨が降り出しそうな雲が覆っていて、余計気分が悪くなる事山のごとし。
 「無視しないでよー。ちょっとおしゃべりしない?って言ってるだけじゃん」
 「…」
 しゃべる事はない。
 あえて言うなら、哀川翔を見習え。デッドオアアライブの時の。
 すたすたと幾分早足で歩きながらはこの後の予定を考える。
 せっかく仕事が早く終わって、お気に入りの茶屋でゆっくりしようと思っていたのに、変更してこの男を撒かなければならない。
 「なあ!」
 黙ったままのにとうとう苛ついたらしい男が、その肩に手をかけた。
 「…ッ!? グアアッ!」
 が、その一瞬後には、遥か後方に吹っ飛ばされてしまう。


 「…、怪我はないか?」
 さすがに驚いたが立ち止まり振り返るとそこに立っていたのは、背の高い女性。…っぽい人。
 「小太郎さん」
 「小太郎さんじゃない。ヅラ子だ」
 しかも、良く知ってる人にそっくりだった。と、一応言っておこう。
 「…ハイハイ」
 どうでも良い事ばかりに細かい兄貴分に、呆れたように返事をした。
 説明を求めるだけ無駄だし、小難しい理屈を延々されても退屈なだけだ。
 それより、この人には機嫌良くいていただいて、たっぷり甘やかしてもらう方が何倍も嬉しい。
 「ハイは一回にしなさい」
 「ハイハイ。ありがと ヅラ子サン」
 聞いているのかいないのか、ニコニコと笑いながら返事をするに、桂は一つため息をついてから、その細い肩に手をやって歩き出すように促す。
 「…まあいい。さあ、帰ろう」
 呆れたような、でも優しい表情のその顔を見てはもう一度微笑んだ。

 いつも、何があってもの味方でいてくれる人。
 本当に兄の様に頼れる存在なのに、それでいて目の離せないお茶目な処もある。
 今だって、わざわざ女装なんてして。
 お尋ね者だとは言え、昼間でもかまわず街を歩いているのに。きっと、自分に会うために来たからだろう。
 が疑われる要因はミジンコ一つでも作りたくないらしい。
 昔も、銀時がいなくなった後、桂は真っ先に坂本に連絡してを彼の元へと送った。
 側にいてくれなかったのは、銀時の事をなるべく思い出させないようにするためだと、暫くしてからやっと気づいた。

 そうやって、昔から変わらず遠回しに自分を大事にしてくれる。

 「今日は早く終わったんだな。病院に行ったらもう帰ったと言われて慌てたよ」
 「え? こ…ヅラ子さん、迎えにきてくれたの?」
 家とも、行こうと思っていた茶屋とも、違う方向に歩き出す桂に何の疑いもなく素直に付いて行くは、横の人物を見上げちょこんと首を傾げる。
 その上向いた頬に雨粒が落ちたのを見て、桂は持っていた傘を広げた。
 「ああ、ここんとこは銀時の所に入り浸りだっただろう?」
 つまらなそうに言うのはワザとだとわかっていても、ついムキになってしまう。
 「そんなことないもん」
 拗ねたように顔を逸らしても、歩調を早めて傘から出る事が出来ないのを知っている桂は笑いを噛み殺し、宥めるように彼女のお気に入りの友だちの名を出した。
 「エリザベスが寂しがっている。たまには寄ってやってくれまいか?」
 「…小太郎さんは?」
 「ん?」
 その意味を汲み損ねて聞き返すと、桂の愛して止まない可愛らしい笑顔が向けられた。
 「小太郎さんも寂しかったって言ってました?ヅラ子サン」
 「…!」
 そしてそれが己に対して大層分が悪い事だとわかると慌てて話をそらす事にする。
 「そ、それより!」
 「ナニ?」
 ニヤニヤと笑う顔は相変わらず可愛らしいが、どうやら最近はまたあの男に似てきたように思う。
 大事な宝物が毒されるのは腹立たしい事この上ない。
 やはり定期的に邪魔が必要だと、万事屋への潜入を画策する。
 「お、男はみんな狼だ!何時いかなる時も気を抜いてはならんぞ?」
 隙を見せれば、先ほどのように付きまとわれると力説しても、わかっているのか?
 特に注意して欲しいのはお前の隣にいつもいる男だと言外で訴えてみた。
 「ハーイ」
 「本当に危険なんだぞ!?」
 いないのか?
 とは言え、笑顔のままそっと肩口に頭を添え見上げるように視線が寄越されれば、どうでも良くなってくるのも事実で。
 「ハーイ」
 「ハイは伸ばすな」
 「ハーイ!」
 「…」
 諦めたようにため息をつけば、細い指が家の軒先に咲いている雨の日に似合いの花を指差した。
 「ね、小太郎さん。あれキレイだよ」
 どうにもこうにも上手く丸め込まれた気がひしひしとするが、それもこれも普段より華やかな夕食のためと手を打つ事にする。
 「…そうだな」
 何より、この笑顔を傍らで見られる幸せは、何物にも代え難いのだから。



 雨がシトシト。
 日本の夜明けはほど遠いし、大事な妹分は鳶に油揚げだし、良い事は限りなく少ない。
 でも、紫陽花が咲いて、が笑うならいくらでもその恵みを降らしてくれ。








2007.06.26 ECLIPSE






アトガキ

やったよ!おかーさん間に合ったよ!!
桂さんお誕生日祝いでございます。
実は、なんでか日にちを間違えていて、うっかり間に合ってしまいました(笑)
↑ や、笑ってる場合じゃない。
えー さんは桂さんには甘えまくりということで。
もちろん桂さんもさんを甘やかす事に命をかけてると言っても過言ではないのです。
たぶんどっちも少し(や、桂さんはかなり)天然はいってるので、似たもの兄妹みたいな
空気を感じていただけるとうれしいです。
…でも、なんで23日だと思ってたんだろ?不思議(爆死)
まあ、勘違いのおかげで間に合ったのだから良しとしましょう!
とは言え、次も上手くいくとは限りませんので(笑)期待しないでください。
…次、杉様ですよね。これこそ間違えたり遅れたりしたら殺されるなー。