8. 口説かれる


 真選組 監査【山崎 退】
 いつもは潜入捜査を主とする彼は、本日祭りの見回りの勤務で珍しく隊服を着込んで街を歩いていた。
 が、先ほどから人待ち顔で佇む女性を見つけ、陰ながらその人の護衛に任務を変更している(勝手に)
 もちろん、こんな事が知れたら「鬼」と称される副長にどやされる…いや、ボコ殴りにされるのは目に見えているのだが、初めて会ったときからどうしても放っておけないのだ。
 このかぶき町の病院の看護師をしている彼女は、誰かと待ち合わせて祭りにでも行くのだろうか、浴衣を着込んでいつもよりほんの少し多めに見える項が色っぽい。
 しかも待ちきれなかったのだろうか。
 一足先に買ってしまったらしいリンゴ飴を手にして、それを時折齧っている姿が子供っぽくて、また堪らない。
 「可愛いなァ」
 佇まいは淑やかで艶のある大人の女性なのに、そのくせ何処か頼りな気で、微笑みが少女のようにあどけなくて可愛らしい。
 目が離せなくなるのも仕方のない事だと諦めて見ていると、いやらしい笑いを浮かべ彼女に近づく男たちが目に入る。
 ほらまた、悪い虫が。
 ため息をついた山崎は行く手に立ち塞がるように男たちの前に出た。
 「お兄さんたち、何処行くのー?」
 この町で真選組を知らないものはいない。
 しかも、どこぞの「一番隊 隊長」のおかげでとても素敵な印象も持たれている。
 「ひっ!!?」
 案の定、今回も男たちは自分の姿を見た途端顔を引きつらせて逃げていった。
 実力行使に出なくて済むのはありがたいが、こうも恐れられているとちょっと警察としてどうなんだろうと心配にもなってくる。
 まあ、今更言ったところでどうなる事でもないのだが。





 「そこの綺麗なお姉ェさん」

 その声に山崎が振り返るといつの間にやら彼女の前に一人の男が立っていた。
 通算9回目の邪魔者を追い払ってるうちに次の刺客が目標にたどり着いてしまったようだ。
 焦った山崎は慌てて二人の間に割って入ろうとしたが、その人物を見て足が止まる。
 ヘラリと笑う一見だらしのない男。
 万事屋を営んでいるその男、いつもは独特の服装なのだが今日は珍しく彼女と同じように浴衣を着ている。

 「浴衣が似合うねェ。どう?俺と夜店でも素見さない?」

 気の利かない使い古された台詞だが、それを聞いた彼女はこれ以上ないくらい綺麗に笑って嬉しそうに男の腕にその白い手を絡めた。

 「よろこんで」





 二人が知り合いらしいと知ったのは確か去年の冬の事だった。
 指名手配されている攘夷志士が現れたとの情報で張っていたところに旦那が現れ偶然そこに居合わせた彼女と話していたのを見たのが最初。
 聞いてもはぐらかされるだろうが、たぶん男の方は偶然ではなく故意に彼女に逢いに来たのだろう。
 その時はまだ傍目にはよそよそしく他人行儀な感じに見えたのだが、暫くして街で見かけた時には上手くまとまったらしく、まとう空気が違って見えた。
 どういった経緯で付き合い出したのかは皆目見当もつかないが、幸せそうに笑う彼女を見て心底安心してしまった。
 あの、普段ちゃらんぽらんで何を考えているか到底理解出来ない万事屋の旦那があんなにも真剣な顔で見つめていたのだ。
 おせっかいだと言いたければ好きなだけ言えばいい。
 幸せになってもらいたいと思って何が悪い。
 「なんだかんだいって、あの二人お似合いなんだよなぁ」
 寄り添い歩き出す恋人たちを見つめながら、山崎はため息をひとつついて、見回りに戻った。








 「なんでわざわざ待ち合わせなんてすんだよ」
 ちらりと視線をやれば、それに気づきこちらを見上げてくる大きな瞳が見えて、くらりと視界が揺らいだ。
 「いいじゃない。たまには」

  …危険だ。こんな色っぽい女、ちょっとでも目を離したら攫われる。

 を見ながら銀時は自分の不安が確信に変わるのを感じていた。

  なんだってコイツはこう、ヒトの理性を試すような顔すんだ…。
  その色気。何処かに捨ててこい。イヤ捨てるのはもったいねえか。
  隠しとけ!

 などと、葛藤している男の内心など気づきもしない女が名を呼ぶ。
 「銀時?」
 「…っ!? む、迎えに行ってやるって言ってんだよ!」
 焦りなんとか誤魔化すように言葉を並べる銀時を気にした様子もなく、はにこりと笑った。
 どうやら、相当ご機嫌のようだ。
 「デートだったら待ち合わせが必要不可欠じゃない?」
 「そうかァ?」
 「そうよ」
 呆れながら聞き返せば、やけに自信満々に言い切ったが、持っていたリンゴ飴を口元に押し当ててくる。
 糖分で口を塞がれ言い返す事も出来なくなった銀時は赤い飴と一緒にそれを飲み込んだ。
 「ね!ね!輪投げする??」
 口ごもる男の事などお構いなしの女は辺りをきょろきょろと見回してから、目に止まったらしい屋台を指差す。
 「あー? が商品ならやるゼ?」
 「もう!…あ、花火が始まるまでまだあるよね?」
 一向に低い平行線を辿る銀時のテンションに呆れつつも、この後始まる花火を一緒に見る為に神楽たちと待ち合わせしている事を思い出し、聞いてみた。
 「あー。それな。…終わってからでいいだろ」
 「え?なんで?」
 しかし、銀時は無表情でしれっと言い放つ。
 「終わったら新八ん家に行くって言ってある」
 「……。」
 なんとなしに事態を理解して、窘めるように見つめるとようやくこちらに視線を寄越した男がニヤリといやらしい笑いを浮かべた。
 「この人ごみだろ?…待ち合わせは容易じゃねえよなー」
 …確信犯か。
 こんな事にばかり頭が回る恋人に激しく呆れていれば、いつの間にか離れた銀時の腕がの腰に回り引き寄せられる。
 「あーしかし混んでるよな」
 「うん…」
 いかがわしい目的も在るのだろうが、実際人ごみが酷くなって来た事も事実なので、とりあえずその腕から逃げずにいる事にした。
 「これじゃあ、いつ新八ん家につけるかもわかんねーな」
 しかし、それをどう勘違いしたのか、残念な方向にテンションを上げたらしい銀時がの耳元に囁いてくる。
 「え!?」
 思わぬ刺激にびくりと震えてしまい、慌てて逃げようとするが、細い腰をしっかりと抱き込んだ強い腕は放れる事は無い。
 「ン?疲れたか?」
 「そんな事一言も言ってないんですけどー!?」
 「疲れたんなら休憩すっか!」
 焦るを他所に話を聞いてない銀時が指差す先にはピンクのネオン街とか、…何故か人気のない林とか。

 ラブホはまだしも野外か!?

 ぎょっとして見上げれば、いかがわしい妄想の世界に足…もとい頭を突っ込んだ銀時のだらしない顔が目に入る。
 たらりと冷や汗が伝うのを感じながら、はその隙にそっと身体を放した。
 「遠慮しときます!」
 「まあまあそう言うなって」
 「…たこ焼きとか買ってくる」
 「って、オイ! とかって何だ!あきらかに会話を逸らすな!」
 「じゃあ糖分買ってくる。一人で」
 一人歩き出した女の腕を慌てて掴む。
 「っと、離れんじゃねーよ」
 「なんでよ」
 「……悪い虫がつかねえか心配してんだよ」
 警戒しているのか、伺うように見上げてくるを再び引き寄せながら銀時はぶっきらぼうに言った。
 「大丈夫よ。周りにもっと若くて可愛いコ沢山いるじゃない」
 「そんなのよりの方がイイ女だろうが」
 トン と、広い胸に抱き込まれ頬が熱くなるのを感じる。
 「…そんなの銀時だけよ」
 その上、自分だけのような言われ様をして、さらに紅くなってるだろう顔を見られないようにそっぽを向けば、頭上に落ちてくる呆れた声。
 「そうじゃねェの、気づいてないのか?」
 「なにが?」
 「まあいい。わかんねーでも」
 どうやら自分が来るまでは余計なお節介野郎が馬鹿共を蹴散らしてくれてたようだが、こうして二人で歩いていてもを見る男共のあからさまな視線が刺さる。…だというのに、コイツは少しも気づいていないのだろうか。
 相変わらずそういうところは鈍いままだと、銀時は秘かに苦笑いをした。
 「ヘンなの」
 「ヘンじゃねーの」
 隙を見ては放れようとする小柄な身体をしっかりと捕まえながら銀時は器用に人ごみの中を歩く。
 「とにかくまあ、お前がイイのは俺だけで十分だってことだ」
 「……そ?」
 「そ。……って、嬉しいんか?」
 ようやく大人しくなったの顔を覗き込んで、その頬が紅く染まっている事に気づいた銀時はにやりと笑った。
 「ッ、ばか!」
 「嬉しいんだろ?」
 「ううう嬉しくない!」
 引っ付いたままで顔を寄せあい歩く姿は全く持ってこっ恥ずかしいバカップルなのだが、ニヤニヤと笑う男はもちろん必死で誤魔化す女も気づく筈もなく。
 「またまたぁ! アレー? ちゃんお顔が紅いですよー?」
 「うるさい!」
 恥ずかしさが頂点に達したらしいが銀時から離れようと身体を捩った。
 「ダメだっつーの」
 笑っていた男の顔がふと一瞬だけ真剣味を帯びる。

  もう二度と離さねェって、いっただろうが。

 胸の中で繰り返す想いはダレにも覚られないように。
 けれど、決して違えないように。

 「…おめェはちっせえからすぐ人ごみに紛れちまって厄介なんだよ」
 これ以上なく慎重に触れた身体を壊してしまわないよう、そっと自分の方を向かせる。
 「一緒に行ってやっから、ちゃんとつかまってろや」
 じっと見つめれば、珍しくも大人しくコクリと頷く小さな頭。
 「…銀時」
 「アン?」
 どうせつかまるのなら手をつなぎたい。
 とは恥ずかしくて言葉に出せないから。じっと銀時を見つめた。
 そんな真剣な顔で見つめられると、大切にされてるようで、甘えたくなる。

 黙って見上げてくるを見て、銀時はなんとなしに彼女の言いたいだろう事に気づき、自然に身体が動いた。
 
 「  」

 そっと手を出した銀時を驚いたように見上げたが一転して嬉しそうに笑顔を浮かべる。
 「ウン!」
 差し出された手に躊躇いがちに自分の手を乗せれば、やんわりと指が絡められた。
 泣きそうなくらい嬉しいとは癪で言えない代わりに「アリガト」と小さく言えば「どーいたしまして」とこれまた小さな声が返る。

 去年この祭りで逢えなかったら、二度とこんなにも幸せな気持ちになる事など無かっただろう。
 ふたたびこの想いに命を吹き込んでくれた運命と銀時に感謝しながらが隣の恋人を見上げると、その背後に ドーン と、大きな音をたてて花火が上がった。

 大きな炎の華は昔ともそして去年とも変わらず美しいままに。
 そしての手を握る大きな手も変わらず温かいままに。


 「…たこ焼きじゃなくて糖分にしとけ」
 「えー」
 戯れあい手をつなぎ歩く二人は、その夜空に咲く華を見上げ、どちらともなく視線を合わせそっと口づけをかわした。








 しかし、その後あっけなく神楽たちに発見されてしまった銀時とは、ネオン街にも人気の無い林にもしけこむ事なく志村家へと連行される事となる。
 その際、かつてないほど万事屋の旦那は不機嫌な顔をしていました。

 …と、その日の山崎の報告書には書いてあったとか、なかったとか?








2007.10.10 ECLIPSE






アトガキ

はいどうも!
一周年記念という事でこんなん出ました。
山崎さんちょっと出ばり過ぎですか?そうですか。
使いやすいんですよこの方。勘弁してください。
さて始めた時には一年後なんて想像もできなかったし、この二人も寄りを戻せるかどうか
全くもって漠然としていたわけですが、こうして無事くっつきなおしまして(笑)
なんだかバカップルへと変貌を遂げてしまいました。
それもこれも読んでくださる貴女の暖かい拍手や優しいお言葉があっての事です。
ホントにありがとうございました。

えと、これ欲しい方とかいますかね?
もしいらっしゃいましたらお持ち帰り自由という事で。どうぞもらってやってください。