苦いお話。
ジリリリリリリリリリ。
けたたましく鳴り出した目前の黒電話を、ジャンプ越しにじっと見つめながら
万事屋の旦那はふと考えた。
そろそろの仕事が終わる時間だ。
それならば待ちに待った【帰るコール】の可能性が高いと踏んで銀時は受話器
を持ち上げた。
「はーい。万事屋 銀ちゃんでーす」
『あ、銀時?ワタシ』
逸る気持ちを必死にこらえ、いつもと同じようにけだるい声で電話に出れば、
案の定の声がする。
「アアン?ワタシワタシ詐欺ですかァ?」
思わずニヤリと笑ってしまった顔を見られなくて良かったと心底思いながら、
ワザと とぼけた返事を返した。
『もう ふざけないでよ。 ねえ、新八くん居る?』
「…新八ィ?」
聞き返す声が、思わず上がる。
『いいから早く』
だがしかし、抗議を含んだ声はちっとも効果がなかった。
「ハイ。お電話代わりました。どうしたんですか?」
銀時から受話器を受け取った新八はくるりと家主に背を向けてしまったので、
その表情は伺いしれない。
けれど、何やら楽しそうに話しているのだけは十分すぎるほど分かる。
むすっとした表情を微塵も隠さず机に頬肘をついた銀時は、ついでにその背中
を睨みつけながら話が終わるのをじっと待った。
たった一言、なんでも良い。
「疲れたー」とか、「早く帰りたーい」とか。
ちょっとでも頼ってくれれば、今すぐ彼女を迎えにいけるのに。
楽し気なダメガネは一向に話を終える気配がない。
「あ、ええ。ハイ。…えっ?本当ですか!?ありがとうございます!!!」
子供じみてると言われようと、ムカつくもんはムカつくし、電話の内容もよく
分からない。
「ええ、それだけお願い出来ますか?」
何か頼んでいるようだから、大江戸マートにでも買い物に寄るのだろうか。
「ハイ。じゃあ、待ってますね。あ、銀さんと代わりますか?」
「ッ、!」
「ああ、ハイ。分かりました。それじゃあ」
「……………!」
急に自分の名を出されて、即座に反応した銀時が慌てて手を伸ばすが、間一髪
間に合わず、あっけなく新八は電話を切ってしまった。
「こんのダメガネがー!!!!!」
「うわっ!?なななに怒ってんですかっ!?」
「うっせえ!が良いって言っても代われよっ!」
噛み付きそうな勢いで迫ってくるその顔はあまりにも情けない。
しかも、ちょっと目が潤んでいる。…大の大人が。
「泣かないでくださいよっ!子供じゃないんだから!」
「泣いてなんかないやい!」
ぐすりと鼻をすすりながら本当の子供のようにそっぽを向いた銀時に、新八は
心底呆れて溜息をつく。
「…良いじゃないですか、もうすぐ帰ってくるんだから」
「そういう問題じゃねえんだよ!」
バンッと机を叩く大きな音に思わず新八が耳を塞いでいると、大きな駄々っ子
はそのまま立ち上がり玄関へと歩き出した。
「あーうるさい。…って、銀さん?ドコ行くんですか?」
「……散歩」
ぼそりとぶっきらぼうな返事が一言だけ返って来た。
「そうですか。いってらっしゃい」
「おう。」
ただそれだけで、彼が何処に行こうとしているのかが分かってしまった少年は
大人のように寛大な心で微笑むと、彼女の行き先を教えてあげる事にした。
「さん大江戸マートで買い物して来てくれるって言ってましたよ」
「………………おう」
玄関の扉がぴしゃりとしまって「カンカンカン」と、いつもより早めの階段を
下りる音が聞こえてくる。
「あーボクってばホント親切だなあ」
暫くはこの件で銀時に言うコトを聞かせようと考えながら、新八はソファに
座ってゆっくりとお茶をすすり、暫しの休息を満喫するのであった。
その頃は予定より大幅に時間をとられて急いでいた。
店内でうっかり(?)桂に遭遇してしまったのだ。
銀時の所に行くなんて一言も口にしていないのに、野生の感でも働いたのか、
ねちねちとしつこくて、長いお説教が始まった。
「…全く小太郎さんたら、最近ホントお母さん化が激しいんだからー」
そこからようやく脱出して店を出ると、またもや知り合いをみつけてしまう。
この寒いのにずいぶん薄着で……と思うとほんの少し可哀想で、結局は、
見て見ぬ振りも出来ず、暖かい缶コーヒーを買って彼に近づいた。
「こんにちは」
「あ、…こんにちは」
急に声をかけたからか、相手はかなり驚いているように見える。
「お仕事ですか?大変ですねぇ」
「え、…ええまあ…っ」
慌てふためいているその様子を不思議に思いつつも、持っていた缶コーヒーを
手渡した。
「これ、良かったら召し上がってください。少しは身体が温まると思うんです」
「あ、ありがとうございます」
しかし、その男はの差し出した缶を受け取り、涙を流している。
缶コーヒーがそんなに嬉しいのだろうか?
首を傾げてると後から声がかけられた。
「それくらいにしてやってくれないか…」
振り返ると、彼の上司が複雑そうな表情で立っている。
「副長さん。こんにちは」
ニコリと笑うに「おう」と小さく答えた土方は、ギロリと彼女の隣の男、
山崎 退を睨みつけた。
あまりに哀れ。と思うより先に、一般人にこんな簡単にバレてんじゃねェよ。
後で ボコボコ 決定。と、真選組副長の目が光る。
「え?あ、…ああ!やだ!ワタシったら…」
それを見ていたは、ようやく山崎が隊服ではない理由に気づいた。
きっと潜入捜査中なのだろう。迂闊に声をかけて、捜査の邪魔をしてしまって
いたのだと分かった彼女はしゅんと項垂れる。
「山崎さんスイマセン。お仕事なのに…」
「えっ!? 良いんですよ!気にしないでください!」
一方、土方の睨み光線で硬直していた山崎はそのの申し訳なさそうな姿に
復活したのか、ヘラリと笑って鼻の下を伸ばしている。
「買い物ですか?凄い量ですねえ。…ああ、万事屋の旦那のとこかー」
「ええ、ほんとによく食べるんですよ、神楽ちゃんたら。 だから、作るのも
凄く張り合いがあって楽しいんです」
「へえ…」
ふふ。と楽し気に笑うとは裏腹に、男二人はあの少女の食欲の凄まじさを
思い出し、はは。と引きつりながら笑って誤魔化した。
「それじゃあ私はこの辺で…」
一頻り二人と世間話をした後、相手は仕事中なことだし長居は無用だろうと、
歩き出すと、土方の声に呼び止められた。
「ああ、帰るなら送ってくぞ」
「え?大丈夫ですよ」
「そうは言ってもな。…テロリストがいるかもしれないんだ」
一般人の手前か、言い辛そうにしている土方の様子に、は曖昧に頷く。
「…そうですか」
そのテロリストと思しき男は先ほどに つらつら と小言を言ってから颯爽
とキャベツを買って出ていきました。と言ってあげた方が良いのだろうか?
もちろん言える筈もなく。その上持っていたスーパーの袋を土方にあっけなく
取り上げられてしまい、そのまま連れだって歩く事になってしまった。
「あの、すいません…」
「かまわねェよ。こんな重いのを一人で持って帰るのは大変だろう?」
「え、……まあ」
たわいない話をしつつも、は心底 困りながら辺りを伺った。
こんなとこ見られたら、真選組に迷惑がかかってしまう。
きっとあの人、バクダンしかけるに決まってる。
それで済めば良い。…もう一人にも知れたりしたら、ちょっとした殺人事件が
起きるに違いない。
それくらいはにも自覚があったらしい。
「あの、この辺でけっこうです」
考えれば考えるほど悪い事ばかりが思い浮かんで、居ても立っても居られなく
なってしまったは持ってもらっていた荷物を受け取ろうと手を伸ばした。
「そうか?」
「はい。ありがとうございました」
「まだ万事屋まで大分あるぞ?」
「ええ、でも人気のない道は危険ですよ」
真剣な顔でそう言って見上げてくるに、土方は可笑しそうに笑った。
「それは俺の台詞だ」
「あ、そっか」
たしかに普通に考えればそうだろうが、この場合 命の危機に曝されているのは
目の前の男の方だ。
…もちろん口には出せないが。
「アンタ、ホントに面白いな」
「そうですか?」
面白い事なんてひとつもない。
人一人の命がかかっているのだ。そりゃ必死にもなる。
しかし、その必死なの内心を知る由もない土方は、楽しそうに くすくすと
笑っている。
しかも何故か、荷物を放してくれなくて、困って途方に暮れていると、一台の
バイクが近くに止まった。
「」
それからすぐ知った声に呼ばれ、が呼ばれた方を向くと、案の定、銀時が
立っている。
「銀時」
「万事屋」
二人の声が重なり、男は不機嫌そうに近づいてきた。
「…何してんだ」
「何って、…帰ってる途中」
それ以外に何があるのだ。と、首を傾げるの顔を、土方が持っていた荷物
を奪うように取り上げた銀時が覗き込んでくる。
「せっかく荷物持ちに来てやったってのに、マヨ男と仲良くデートですかァ?」
それから、ギロリと視線を持ち上げ殺気をたっぷりと含ませ、自分の女の隣に
太々しくも立つ男を睨みつけた。
「銀時!」
そういえばこの二人は事ある毎に喧嘩をする仲で大変相性が悪かった。
「なに言ってんのよ。副長さんに失礼でしょ」
なにもこんな所で突っ掛からなくても良いだろうにと、は窘めるように、
言い返すが、既に二人は睨み合っていて聞く耳持たない。
「心の狭い男は嫌われるぞ」
ハッ、と嘲るように土方が笑う。
「うっせえ! テメェ、人の女にちょっかいかけてんじゃねえよ」
それに対し、明らかに余裕のない銀時は珍しく眉を吊り上げている。
「身の程に合ってない女を捕まえると大変だなァ」
「ったりめーだろうが!こちとら毎日、朝から晩まで気が気じゃねーんだよ」
があああああああっ!と、食い付かんばかりに声を張り上げた銀時がぐるりと
首を回しこちらを向いた。
「ッ!」
「…なあに」
なにをそんなにムキになっているのか、さっぱりわからないは、ため息を
付きつつ適当に返事をする。
「帰るぞ!」
「きゃ…ッ!?」
しかし、そんな彼女の態度にもお構いなしの銀時は、その細い手を掴んで歩き
出した。
が、引っ張られた方のは、急な動きに合わせられず、バランスを崩して、
前へとつんのめる。
このまま顔からアスファルトとご対面かと思われたが、ポスンと柔らかい布地
の感触にぶつかり、顔を上げると黒い腕が目の前にあった。
「と、…大丈夫か?」
どうやら、間一髪の所で土方が支えてくれたらしい。
「あ…り、がとうございます」
思いきり打ってしまった鼻を擦りながら涙目で礼を言えば、小さく唇を上げた
その腕の持ち主からは「ごちそーさま」と、わけのわからない返事が返った。
「チッ」
その光景を見てしまった銀時は、自分の所為とはいえ、苦々しい顔で舌打ちを
して、すぐさま他の男に支えられたままのを取り戻す。
「ぎッ?」
そのまま軽々と抱き上げられ慌てて首を巡らすが、男の顔は伺えない。
「世話んなったな」
それだけ言うと、を抱き上げたまま歩き出した。
「ちょ…、やだ!銀ッ下ろして」
公共の場での恥ずかしい行為にが頬を染め、じたばたと暴れているうちに
側に止めてあった銀時のバイクに下ろされて頭にヘルメットを被せられる。
「つかまれ」
有無を言わせぬ様子に、疲れてぐったりと力を抜いたは、小さくため息を
つき、仕方なしに前に座った男の腰に腕を回した。
「オイ、二人のりは禁止だぞ」
「有事だ。大目に見ろや」
呆れたように見ていた土方が、さすがに警察らしくそう言ったのだが、銀時は
事もなげに言い返し、エンジンをかける。
「スイマセン副長さん」
「いや、…まあ頑張れよ」
「え?は、はい?」
やはり訳が分からないは首を傾げるが、土方の返事を待たずに、バイクは
走り出してしまった。
「あいつが惚れるのも、わかる気がするな…」
小さく呟いた声は、きっと聞こえなかっただろう。
「……銀?」
「なんだよ」
「怒ってるの?」
「怒ってねえよ」
「嘘」
「ねえよ」
「じゃあなんで、こっち見てくれないの」
振り返らない背中に顎を付けるように上向いて問う。
「………運転中だからですぅー」
そう言ううちにもバイクはすぐに万事屋に着いてしまって、いつも止めてある
路地へ入った。
「やきもち妬いてるのね、坂田さん?」
止まってもなお、振り向かないその背中にそう囁けば、ぶっきらぼうな返事が
返る。
「…妬いてねえ」
「妬いてるんでしょ」
「ねえって!」
「るって」
「っせえなあ!妬いてるって言う方が妬いてるんだ!」
どうやら本当にやきもちを妬いていたらしい。
二人で歩いていただけで?
普段めったにに対して執着を見せない男の些細な嫉妬が、もの凄く嬉しく
思えてしまうのは惚れた弱みだからだろうか。
「ふふ…」
「ったくよー」
なんだかわけのわからない屁理屈を捏ねているが、そんな姿も、もうには
可愛くてしかたなくて、くすくすと笑いが止まらなかった。
「そうやって、誰彼にもニコニコと愛想いいのはわるくねえけど、忘れんな」
「なにを?」
「…お前は俺のモンだって事をだよ!」
一向に男は振り返らない。
「ちゃあんッ、お返事は!?」
けれどその耳の辺りが薄らと紅く染まっているのが見えて、たまらずは
ぎゅっと、銀時にしがみついた。
「はあい。…大好きよ。銀時」
その後しばらく、二階に上がって来なかった二人が何をしていたかは、ご想像
にお任せします。
おまけ
その後、副長を狙った原因不明の襲撃事件が多発して、真選組はテロリストの
対応に不眠不休の日が数日続いた。
結局、犯人は捕まらなかったのだが、本気で命を狙うようなものから、明らか
に嫌がらせのような小さなものまで多種多様に揃っていたため、某一番隊隊長
の仕業が最も有力だろうと落ち着いたらしい。
しかし、後に沖田はこう語った。
「数件ほど身に覚えのないものもある」と。
真実は、犯人のみぞ知る。…?
2009.04.13 ECLIPSE