十月十日

 カンカンと階段を上る音がやけに大きく響いた。
 出来るだけ急いだつもりだったが、途中あれこれと買い物をしているうちに
ずいぶん時間を取られてお昼を過ぎてしまった。
 それでも夕食にはじゅうぶん間に合うだろうとは抱えた荷物を持ち直し
階段を上がりきる。



 「こんにちはー」
 戸を開けて声をかければたいていある筈の返事がない。
 「アレ?」
 誰もいないのだろうか?
 いやいやそんな筈はないだろうと思いつつも、そろりそろりとは廊下を
進んだ。

 なんで?

 ふと疑問に思う。

 だって…

 「おう、。お帰ェーり」
 事務所を覗けば、ソファにだらしなく横たわった足と、ひらひらと降られた
手が見える。
 「…銀時。ただいま」
 それを見たはひとまず安心した。
 そりゃそうだ。こんな日に万事屋総出でいないなんて、よっぽど急な依頼か
置いてきぼりにされたかしかないだろう。
 「ねえ、新八くんも神楽ちゃんもいないの?」
 「ん?…ああ」
 冷蔵庫に買って来た物をしまいながら尋る。
 それを聞いたは二人は買い物にでも出てしまったのだと思った。
 きっと銀時には内緒で出かけたのだろう。
 子供二人の気持ちもわかるが、仲間に入れてくれれば金銭的にも援助出来た
のに。
 出かける前に間に合わなかった自分を悔やみつつ、探しにいこうか迷った。
 「今日は泊まるって言ってたから志村家にでも行ったんじゃねーの?」
 来てすぐに出かけたりしたら拗ねるだろうか?と心配になりつつ銀時のいる
事務所へと戻ればとんでもない一言が聞こえた。
 「え!? なんでっ?」
 焦って近寄りソファに寝転がる男を覗き込みながら聞き返せば、ジャンプを
放した手がそろりと伸びる。
 「知らねェ」
 「…知らないって」
 呆れたような声しか出せないの頬を撫でた銀時は何やら満足げに頷き、
身体を起こした。
 「それよりよー も昼まだだろ?二人分だけ飯作るのも面倒くせェし、
何処かに食いにいこうぜ?」
 「え、いいけど、…ねえ、それよりホントに二人共いないの?」
 「ん? ああ」
 「なんで?」
 「だから知らねーんだって」
 「…知らないの?」
 「さっきからそう言ってるだろ」
 「ホントに?」
 「ああ」
 その、いまいち噛み合ない会話ではようやく一つの結論に至った。
 「………今日、あなたの誕生日だって…知らないの?」
 おそるおそる聞いてみる。
 一番あり得なそうなその一言が口に出した途端真実みを帯びてゆく。


 それから一瞬の間。


 「ああ」


 「って…、 信じらんない!」
 耳元で大声を出され銀時は顔をしかめる。
 「なんで?そういう話ししないの?」
 「あーもういいじゃねえかよ。そう怒んなって」
 宥めるようにいわれても納まるものではない。
 「…怒ってないわよ。呆れてるの!」
 どれだけ無頓着なら気が済むのだろうか、この男は。
 「まあ、神楽ちゃんや新八くんの誕生日はちゃんと祝ってるからそれだけは
良いけど…」
 二人の誕生日には、いつもよりほんのちょっとだけ豪勢な夕食に、ケーキを
付けてみんなで食べた記憶がある。
 もちろんの誕生日もこの万事屋で三人が腕をふるってくれた。
 それなのに、この家主の誕生日は誰も知らないというのだろうか?
 「もう、誕生日って歳でもねえだろうが」
 「そうかもしれないけど…たぶん知ったら二人とも怒ると思うよ?」
 あれだけ慕ってるのだ。きっと怒るだろう。
 「いいって。ほっとけ」
 しかし、当の本人は気にした様子もなく玄関へと歩き出した。
 仕方なしに後を付いて歩きながらは二人が帰って来たらちゃんと話して
遅めのお祝いする事にしようと自分を納得させる。



 「歩いてくの?」
 「今日は質問攻めだな」
 階段を下りきり、そのままスナックお登勢の前の道をすたすたと歩いていく
銀時に慌てて並びながら見上げれば、ほんの少し困ったような笑いが返された。
 「だって…」
 今日は調子が狂う事ばかりなのだ。
 本当なら昼食は軽く済ませて新八と夕食の支度をしている筈だったのに。
 「バイクで行ったら飲めなくなるだろ」
 昼間から飲むつもりなのだろうか?
 「たまには私が運転しようか?」
 「ア? まあそれも良いけどな。お前も付き合えよ」
 「そだね」
 一応誕生日だ。祝い酒を付き合わないのは可哀想だと素直に頷く。
 「疲れてんのか?」
 銀時がそう問えばは首を横に振った。
 「ううん そんな事ないよ。ただ後ろに乗りたかっただけ。
  …そういえば、この前カワイ子ちゃんと2ケツでデートしてたらしいね」
 ふと思い出してそう言えば、何の事かわからないらしく訝し気な目がこちら
を見た。
 「アア? ナニ言ってんだ?」
 しかし、すぐ思い当たる事があったようで、珍しく慌てていいわけを始める。
 「………!?あ、あれは たま だぞ!!」
 焦る姿が、なんだかちょっと可愛い。
 「知ってるよ。休みの日に付き合ってあげたんでしょ?」
 目撃証言は職場の人からだが、その後 彼女に街でたまたま会った時に、本人
の方から話された。
 別に誤解していたわけではなかったのだが、気を使わせてしまったらしい。
本当に心根の優しい良い娘だ。
 「ちゃんと聞きましたから」
 そう言って笑えば、収まり悪そうに銀時は頭をかく。
 「つーか機械だから!」
 機械だ何だと言いつつも、一度自分の懐に入れた者には意外に面倒見が良い。
この男のそんな所も堪らなく好きなのだから、別に嫉妬してるとかではないが
ほんの少しやきもちを焼いたのも事実で…。

 あんまり私以外の女子のに優しくしないでね。
 そんな貴方だから、みんな好きになっちゃうのよ?

 「銀時」
 「アン?」
 「今度は私とバイクデートしてね?」
 そんな想いを込めて、はにこりと微笑むとすぐ側にある銀時の腕に自分
のそれを絡めた。



 「かしこまりました。お姫様」








2007.10.10 ECLIPSE






アトガキ

ハイ。一足お先に銀時ノーマルでした。
なんか銀時さんの場合盛大にお祝いって感じじゃなくて、普通の日と同じように過ごしそうだったので。
こんな感じでさんと二人きりが嬉しいかなあと。…まあこの後は大人の時間という事で。