00. 止められる
「ちょ!もうダメですって!!」
新八は悪戦苦闘の末、銀時から奪ったそれを戸棚へと仕舞う。
「あ!何すんだ新八!!返しやがれ!!」
しかし、ドタバタと荒々しい足音をたてて追ってきたその男は少年が必死に立ち塞がるのも、ものともせず目的のモノを手に入れてしまった。
「ああっ」
「へへーん。 銀さんに勝とうなんざメガネには百万光年早えんだよ」
身長も体重も(たぶん脳ミソ以外は)成人男性の平均をクリアしている銀時との体格差に悔しさを覚えつつ、せめて精神年齢だけでも上をいってやろうとチョコバーを貪る糖尿予備軍をじっと睨みつける。
「アンタそんな毎日毎日甘いものばかり食べてて飽きないんスか…」
「むあ?」
その間にも消費されていく糖分。…一体幾つ目だと思うと胸焼けが。
「…うっ…」
「ちょっとちょっとー、新八くん?それは失礼なんじゃないのー?」
そう言って嫌そうに目を細めるが、それはこっちの台詞だと新八は思う。
この尋常じゃない光景を僕やこの話しを読んで下さっているお嬢さんたちに見せてるお前の方が百万光年失礼だ。
と、喉元まで出かかったのだが、もっと効果的な一言があったと思い出して、そちらに切り替えた。
たぶん、今…いや今年からはコレが一番効くだろう。
「どうせ明日になったら本命から愛情たっぷりのがもらえるんだから、それくらいにしときなさいって言ってんですよ」
「…エ?」
しかし、意外な反応が返る。
「え? って…」
そんな、きょとんとした顔をされると、なんだか的外れな事を言ってしまったように思ってしまうではないか。
「いや、だから…さんに…」
「に?」
ここまで言ってもまだわからないのだろうか?
「チョコを…」
これでわからなければ、もうそっとしといてあげようと思ったのだが、
「え?あ?…ッ、あ!!」
ガタガタガタッ
ようやく思い当たったように銀時は持っていたチョコバーを放り出して、駆けていく。
とりあえず追いかけてみると、便器に今にも首を突っ込みそうな勢いのバカが一人。
「おええええー!!」
「…ナニしてんスか?」
その、情けないを通り越していっそ哀れな背中に声をかければ、涙目で振り返る大バカ。
「え、と、吐いてマス?」
「…………」
かける言葉も見つからず、新八は今日幾度目かの大きなため息をついた。
「…という事が昨日あったんですよー」
そして、バレンタインデー当日。
万事屋にやって来たに、新八はさっそく先日の銀時の行動をチクった。
少しは怒られれば良いと軽い気持ちで言ってみただけだったのだが、彼女は曖昧に小さく笑った。
「さん?」
「私、銀時にチョコあげた事ないのよ」
だから、今年が初めてなの。
と、なにかのついでのように話す目の前の女性に意味を理解し損ねて、思わず聞き返してしまう。
「え?」
「…昔はね、甘いものとか全然なくてね。食べ物は近くの村から運んでたから我が侭言えなかったし」
「あ…」
気まずそうに黙ってしまった新八を気遣うようにが優しく笑った。
「たまーに塩ビのビニールのジュースが入っててね。それを凍らせて棒アイスにするんだけど。 私が怒ったり拗ねたり泣いたりしてると、小太郎さんがくれるのが楽しみで…」
おまんじゅうとか下手すると奪い合いだし。と、くすくす笑う彼女が注いでくれたお茶を飲みながら、新八はようやく思い出した。
普段、すっかり頭の中から抜け落ちてしまっているから忘れがちだが、この人たちは戦争を、自らの身を以て体験していたのだと。
「あの、今日僕ら帰りませんから…どうぞお二人でゆっくりしてください」
「えっ?」
すっと立ち上がったかと思うと、出かける準備をし出した新八に、が慌てていると、少年はにこりと笑った。
「僕、今夜はお通ちゃんのバレンタインライブなんです。神楽ちゃんは姉上とゴリ…いや、近藤さんの排除に忙しいみたいでうちに泊まるって言ってましたし」
「新八くん…ありがとう」
気を使ってもらって申し訳ないという思いと嬉しいと思う気持ちで、ぺこりと頭を下げれば新八も嬉し気に頷く。
「へへ。じゃ、行ってきます」
「ハイ、いってらっしゃい。気をつけてね」
玄関まで見送ってくれたには、声に出さず付け加えておいた。
『さんこそ、気をつけて…』
「そういうわけでね、沢山あるけど全部食べても良いよ?」
夕方帰ってきた銀時を迎えたはそう言って風呂場へと消えていった。
「…そういうわけって、どんなワケよ? っつーか前半部分、全然俺ら絡んでねーじゃん。ってまたいねーじゃねーか!!?」
叫ぶ銀時の声に「お風呂入ってくるー」という呑気な返事が返った。
「あり得ねえ…」
何だこの放置プレイは。
目の前には糖分の山。どう少なめに見ても数十人分はある。
けれど、一番欲しい糖分は風呂に行ってしまったらしい。
別にチョコが欲しかったわけじゃない。
いや、チョコも欲しかった。すげえ欲しかった。そりゃあもう欲しかった。
駄菓子菓子…もとい、だがしかし。
それよりなによりが今、こうして自分の隣にいてくれるってことが大切なのだと…。
「声には出せねーけど、思ってるわけなんですよ銀さんはさー…」
小さく呟いて目の前のチョコをぱくりと食べた。
甘いそれが口の中で広がり、やはりのようだと、にんまりする。
「…アレ? コレって一緒に入ってくれってことか?」
そして、数十分後ようやく自分に都合のいい考えにまとまったらしい男はいそいそと彼女の後を追う事にした。
気合い十分の銀時が脱衣所でバッサバッサと着物を脱いでいると、ドサッという軽い音が中からした。
「オイオイッ? 俺まだ襲ってねーぞ?」
脱ぐのをやめて扉を開けて除いてみれば、が倒れている。
「ッ!?」
「…の …た…」
慌てて駆け寄り抱き起こせば、真っ赤な顔で苦し気に口を開く。
「どうした!?」
「の、…のぼ…せた…」
「…………ハア?」
その後の銀時はもう、看護婦の自分がいうのもなんだが…迅速でした。
濡れた身体と髪を丁寧に拭いて下着とキャミだけ着せて布団に寝かす。
それから何処かに行ってしまったが、姿が見えない事に不安になる間もなく戻ってきたその手には氷水の入った桶とタオルがあった。
そっと、冷えたタオルを額に当ててくれた指が離れて、顔を覗き込まれた。
「…寝不足だろ?」
呆れたような表情に、どうやら自分の行動は見透かされきっていたのだとわかって、はぎこちなく頷く。
「う…う、ん」
「浮気してっからだ」
「してない」
だって普通の量じゃ足りないかと思って一生懸命作っただけなのだ。
それが、ちょっと徹夜になってしまっただけで。
「…神楽ちゃんたくさん食べると思って」
「俺の分だけで良いだろうが」
「…別に作ったじゃん」
それでも、銀時のチョコだけはちゃあんと別にして、ラッピングもした。
「他の奴のを作るなっつってんの」
「だって…」
「もういい。…ホレ」
怒られてしまって眼に見えて落ち込むに、銀時はため息をついてペットボトルを差し出す。
「あ ありが… んっ…」
それに気づいた彼女が身体を起こす前に自分の口に中身を含み、そっと唇を重ねた。
熱い舌でこじ開けられた隙間から注ぎ込まれる水分をがこくりと飲み込むと、銀時はようやく甘い彼女の唇を解放する。
「…ま、お約束だな」
「そうだね…」
ほのかに色付いた頬を見て満足そうに笑った男は、それ以上は意地悪をする気は無いようで、持っていたペットボトルにストローを指してあっけなくに持たせた。
「ほれ、後は自分で飲め」
「ありがと。 …優しいね?銀時」
「バッカ お前、銀さんの半分は優しさで出来てんだぜ?」
「ふふ」
こくこくと、水を飲んでいるの頭を銀時の大きな手がそっと撫でる。
「ね、後の半分は?」
それが思いもよらず嬉しくて、甘えるように側にある着物の裾を引っ張れば、ちょっと考えたように視線を泳がせてから、ぎこちなく銀時はこちらを見た。
「…糖分?」
思いついた「何か」は、言葉にするのをやめてしまったようだったけれど、には伝わったような気がしてくすくすと笑う。
「みたいだね」
その笑顔を見て、彼女がなんとなしに気づいた事がわかった銀時は、気まずそうに立ち上がる。
「風呂入ってくるから寝てていいぞ」
こんな時はもう誤魔化して寝てしまうのが一番だ。と思ったかどうかは知らないが、呑気には首を傾げた。
「良いの?」
「ああ。 …って、抱いて欲しいのか?」
そういえば真っ赤になって布団を被ってしまうだろうと思っていた。
だが、この天然女は一筋縄ではいかなかったのだと改めて思い知らされる。
「…どうかな?」
にやりと笑う男が、その言葉を聞いて一瞬のうちに固まった。
どうやらマズい事を言ってしまったのだと、が気づいた時には、時既に遅し。
「銀時?」
「…朝…」
「え?」
ぎらりとその眼孔が鋭く輝いた。
「朝になったらヤル。」
「……銀?」
火照った身体がさっと冷えきっていくような感覚を、は久しぶりに体感した。
「夜明けとともに、必ず襲う」
「いや…あの、銀?」
「の望み通りな。 だから、とりあえず今は寝とけ」
そういい残して寝室を出て行った銀時に向かって、虚しくも伸ばされたの手は暫く固まったままだったという。
2008.02.14 ECLIPSE

アトガキ
去年、バレンタインを書いてないので、今年がお初ってことにさせてください。
ちなみにさんが徹夜で作ったチョコは他に高杉さん家と桂さん家にも郵送されてます。
ので、一番早く食べれたのは銀さん?
どうだろう?
坂本さんはチョコをあげる方。何故か反対になっててホワイトデーにさんがお返しのお菓子をあげてます。
そこら辺もいつか詳しく。…できたらいいなあ。
なんだか最後の方がドタバタになってしまったのが心残り。後で直そう…。
駄菓子菓子。の元ネタわかる方、お友達になってください!!(切実)