00. 怒られる


 うちの局長が入院した。
 想い人に殴られ意識不明の(ある意味)重体改め重傷(主に心)。
 できれば嘘であって欲しい厳しい現実に、重い溜息を吐き出して土方は額を押さえた。

 「で、見舞いですかィ?」
 「ああ。って、総悟ッ!?」
 一人で来たつもりだったが、どうやら後を付けられていたようだ。
 悪びれもせず隣に並んだ男を一瞥して、今度は諦めのため息を吐き出した。
 「何号室ですかィ」
 「…303だと」
 懲りもせずに惚れた女の尻を追いかけるこの上なくダメな上司ではあるが、それでも命を預けれるくらい信頼をしている。
 だからこうして見舞いにも来ているのだが、正直いい加減にして欲しいとも思っていたりする。
 「おお。トシ!総悟!」
 病室に入るなりこちらを見つけた近藤はいつもの屈託のない笑顔で手を上げた。
 「近藤さん、どうだ?具合は?」
 なんだかんだ言っても心配していたので、思っていたより大分元気な様子にホッとしながら近藤に近づくと、怒鳴り声が病室に響いた。
 「ダメ!!!!」
 「っせえ!病気じゃねえんだから良いだろうが!」

 「ありゃりゃ。こりゃあ、また」
 楽しそうに沖田が笑う。
 「アアン?」
 見れば二つとなりで看護士がミイラ男と言い合いをしていた。 
 フン。と両手を腰にあてて鼻息をつく女を土方達は知っている
 そういや彼女が勤めていた病院だったな。と思い当たり、どおりで近藤が喜んで入院したのかがわかった。
 「いやー。ここは退屈しなくて良いぞ!」
 などと病院にあるまじき感想を言っている。

 とことん女性に弱い大将に土方が頭を抱える間も看護師 とミイラ男の言い合いは止まらない。
 詳しい事はわからないが、どうやら何かを禁じている事がミイラ男は気に入らないようだ。
 「なら、屋上にでも行っちゃって」
 ビッと扉を指差され、男は大げさに舌打ちをして無言で手を伸ばす。
 「知りません」
 しかし、それを無視してはそっぽを向いたままだ。

 「大分大怪我みたいですねェ」
 コソリと囁くように言った沖田は近藤と土方を見て小さく笑った。
 さすがにあの剣幕に立ち向かう勇気はないらしい。
 「タバコでも止められてんじゃねえのか?」
 実際、土方も今現在喫煙欲と戦っている。
 「昨日はまだ良かったんだがな。さすがに辛くなってきたんだろう」
 大人しく要求していたと近藤は二人に話した。
 「病気じゃないにしろ、あれだけの怪我じゃ止めたくもなるんだろう」
 看護師として、当然だ。

 「…アレか、八つ当たりか?」
 そうするうちに、論点がずれてきたらしい言い合いはとうとう口喧嘩になっていた。
 「ち、違ッ!」
 「だいたいお前こっちに巻くのは出来んじゃねえか」
 そう言ってミイラ男は自分の左目の辺りをパシパシと軽く叩く。
 へえー。
 と、そこにいた全員が心の中で同じ声をあげた。
 聞いてはいけないと思いつつ病室中の人々は耳を側だててしまっている。
 暇で平穏な日常に起こったトラブルに食い付いてしまうのは人間の性だから仕方がないのかもしれない。

 「実は、そんなに大怪我じゃないのよ」
 その時、ちょうど近藤の検温にきていた看護師が先ほどの沖田と同じく小声で三人に話した。
 「そうなんですかィ?」
 「ええ、さんの知り合いみたいで、彼女が担当して処置する事になったんだけど…でも、彼女アレだけは出来ないのよねえ」
 「?」
 全員が頭に?マークを浮かべていると、笑いをこらえる彼女が続けた。
 「頭部に包帯を巻くのが苦手なの…」
 「「「…ああ」」」
 その一言で病室にいた人々が一様に頷いた。

 「何でちょっと範囲が広まっただけで、こうなるんだよ」
 はあ。と、落される諦めの溜息。
 「あれだっていっぱい練習したんだから…」
 拗ねたように言い返す
 それを見て、形ばかりの怒気を垂れ流していたミイラ男はとうとう、くくっと喉の奥で笑ってしまった。
 決着がついたと、やはり全員が思った。
 「じゃあ、もっと練習しろ」
 その優しい音色は赤の他人が聞いても、二人の関係を想像させるに十分で。
 「してる!」
 「しててどうしてこうなるんだ」
 「…だって」
 途端に口ごもる尚の頭をそっと男の指が撫でた。
 既に男は言い合いを止めをからかい始めている。
 その事にこの病室の中で彼女だけが気づいていないのだが。
 「晋さんのイジワル…」
 恋人同士なのだろうか?
 ふと下世話な考えが土方の脳裏をよぎったが、たしか彼女には万事屋のダメ侍が言寄っていたと思い出した。
 …あっちの方は一方通行か。
 いわゆる天敵と認識しているあの男には出来れば幸せになって欲しくないとの勝手な理由から出た結論だったが、アレよりクソな男もいないだろうと土方の頭がファイナルアンサーを出す。

 「…面倒くさいんだ?」
 隣のベッドの少年がぼそりと呟いた。
 はっと、顔を上げ慌てたように少年を見るに耐えられず近藤が吹き出した。
 「!?」
 「かったりーんだ?」
 そのうえ更に沖田の呟きが乗せられ。
 「っちがッ!」
 くすくすと笑いが溢れる平和な病室で、一人だけがあたふたと首を振っている。
 「そんなんじゃないのよ!」
 「…おおざっぱなのよねえ?」
 そして、検温を終えた同僚の呟きにトドメを刺され顔を赤らめ項垂れるその頭を、もう一度ミイラ男が撫でた。
 それはそれは、愛しげに。





 「チッ」
 我慢出来ず屋上に喫煙にきた土方の隣で舌打ちが聞こえた。
 見れば、先ほどのミイラ男が煙草の付いてない禁煙パイポを銜え手すりに寄りかかっている。
 同類を見つけた嬉しさと、先ほどのやり合いを見せてもらった(一方的だが)お礼に土方は黙って煙草を差し出す。
 突然差し出された煙草に男は隣に立った土方に目をやって、ほんの一瞬だけ間を置いてから受け取った。
 「…すまねえ」
 包帯の隙間から受け取った煙草を銜え男は肺一杯に煙を満たしている。
 「病でないんなら、これを止められる筋合いは誰にもねえからなあ」
 よほど我慢していたのだろうと思った土方はその様子を見て小さく呟いた。
 「ああ、全くだ」
 笑いながらミイラ男も同意する。

 「…いや、まあ、ある意味病んではいるがな」

 それを土方は男が彼女に想いを寄せているからだと思った。
 そんな事を思いながら、その言葉の真意に気づかぬまま隣の男と二人。黙って煙草をふかし流れる煙を目で追っている何も起こらない平和な昼下がり。

 だから、その時土方は考えもつかなかった。
 その男の事が彼の頭の中からすっかり忘れ去られる数ヶ月後。










 まさか自分が、同じミイラ男にされるとは。






2007.01.07 ECLIPSE






アトガキ

新年一発目はなんかビミョーな感じで…すんません。これ楽しいのってアキラだけですよね?(号泣)
高杉氏とさんを傍から(しかも副長目線)見たある日の午後でした。
お兄ちゃんとダメな妹。みたいな感じで読んでいただけると良いかなあ。と。
そんで、結局ギャグおち。柳生編後、副長のミイラは貴女のせいだった。とかどうです?(笑)
ああでも、お題があまり役立ってないような…(死)