耳がおかしくなりそうな程の喧噪。
様々な種類の音が混ざり、どれが何の音なのか判断出来ない。

生まれて初めて入ったそこに、もう30分もいる。

ここで一日を過ごす人の気が知れない。



もう今日は帰ろうか・・・。


そう思った時、目の前のパネルが『777』と表示された。














ターゲットはキミ













『おめでとうございます!!本日最初のスリーセブン!
 この調子でジャンジャンバリバリ出して出して出しまくって下さい!!!
 ラッキータイム、スタート!』


ただでさえ、耳を塞ぎたい気分なのに、その騒音を遥かに超えたボリュームで、
マイク越しの声が店内に響く。

しかし、頭を劈(つんざ)くかと思う程のその声に構っていられる余裕が、にはなかった。
目の前のスロットマシンのパネルはくるくると景気よく回り、
コインがじゃらじゃらと飛び出てくる。


「あ、わ、これどうしたらいいの〜!」

さん、何やってんすか」
「あ、ゲンマ君!ちょうど良かった!これ何とかして。止まらないの!」

ゲンマは箱をいくつか持って来て、それに溢れたコインを入れてくれた。
しかし、回り続けるパネルは、またも『777』を表示する。

再び店内に轟くマイクの声。


「ちょっと、ゲンマ君。いったいどうなってるの?何でこれ止まらないの?」
「そりゃ、さんが連続でスリーセブンなんて出すから・・・。って言うか、すごい事ですよ」
「え?そうなの?」
「ええ、まぁ、羨ましいっつうか・・・」




気付けば、箱は20個にもなっている。

やっとマシンが落ち着いた。


「はぁ〜・・・びっくりした〜」
さん、良く来るんですか?ここ」
「ううん。生まれて初めてよ、スロットマシンなんてやったの」
「マジで?それじゃ、ビギナーズラックってやつですね」
「ビギナーズ・・・?」
「初心者に訪れるラッキーで、それで溺れていくんですよ、この世界に」
「溺れる?冗談じゃないわ。もう二度と来るもんですか。さ、帰ろ」
「え、もう?」
「そうよ。もう用はないもの。行くわよ」
「・・・って、俺もですか?」
「だって、どうやって持って帰るの?このコイン」


ゲンマは銜えていた千本を落としそうになり、
しばらく唖然としていたが、やがて大声で笑い出した。


「な、何よ!」
「だって・・・さん、このコイン家に持って帰ってどうするんですか?」
「知らないわよ。でも、これは私の物なんでしょ?」
「本当に何にも知らないんですね。これは、あそこの景品交換所で好きな物に交換してもらうんですよ」
「え?あそこってコンビニじゃないの?」


が指さしたそこは、食品からおもちゃ、バッグや靴、宝石、CD、オーディオ、書籍、忍具まで、
ありとあらゆる物が綺麗に棚にディスプレイされている。
コンビニと言うよりは、小さなデパート並みだ。


ゲンマが台車を持ってきて、コインが入った箱を積んでいく。

さん、こっち」

と言って、連れて行かれたのは、交換台。
そこにコインを流し込むと、金額が表示される。

「ほら、これがさんが交換出来る金額。品物をそこのコンビニみたいなところで選ぶんです」
「へぇ、そうなんだ。すごいね!何にしようかなぁ・・・」


眼をきらきらと輝かせ、子供の様な表情で商品を見て歩く
そんなを、ゲンマは『・・っとに、あの女(ひと)は・・・』と、
心の中で呟きながら、優しい眼で見つめていた。



はゲンマより2歳年上の特別上忍。
ゲンマが特上になった時に、最初に指導をしてくれたのがだった。

デスクワークにも、戦闘にも、常に積極的で、任務に対する姿勢を徹底的に叩き込まれた。
特に、最初に計画を立て、それを元に綿密な作戦を練る事が最も重要だと教わった。
今でも尊敬出来る先輩だ。

しかし、それ以外の気持ちも持っていた。

憧れ・・・と言いたいところだが、自分の年を考えると、そんな甘ったるい言葉は通用しない。
もっと邪(よこしま)なモノが渦巻いている。

を自分のものにしたい。
奪う様に抱きしめて、俺のものだと叫びたい。

だが、『尊敬する先輩』と位置づけてしまっている以上、どうにも動く事が出来ないのも事実。


仲間に信頼されていて、彼女の回りにはいつも人が集まる。
男でも、女でも。

今はその中に特定の男はいないみたいだが、いつかそんなヤツが突然現れて、
掻っ攫われるかもしれないと思うと気が気じゃない。




『今日ってすっげぇチャンスなんじゃねぇの?もしかして・・・。
 あのスリーセブンに賭けてみるか』


そんな事を胸に秘め、ゲンマはの方に歩み寄る。



「決まりましたか?」
「う〜ん・・・どれもあんまりパッとしないなぁ。
 ・・・そうだ!ゲンマ君、ヒマでしょ?これから家で宴会しない?」
「宴会って・・・まだ昼ですよ?」
「いいじゃない。昼に宴会しちゃダメなんて忍の心得には書いてないわよ?」
「そりゃそうだけど・・・」
「じゃ、決まりね。コインはお酒とおつまみに交換するわ!」


ふたりで、あーでもない、こーでもないと物色して、『幻の吟醸酒』とか
『産地直送・山海の珍味』など、ふだん手が出ない物を片っ端からかきあつめた。





ゲンマは両手いっぱいの袋を抱え、の後ろを着いて行く。

「ねぇ、ゲンマ君ちって炬燵(こたつ)ある?」
「ありますよ」
「じゃあ、ゲンマ君のお家に行っていい?やっぱり、吟醸酒には炬燵がなくちゃ・・・ね?」
「ね?って・・・。・・まぁ、いいですよ、俺んちで良ければ」
「ほんと?嬉しい!初不知火家だ〜」


うふふ、と嬉しそうに笑って、ゲンマの手から袋を一つ取る。
急に軽くなった腕に、の腕が絡んできた。


まるで恋人同士の様に歩くふたりに、柔らかな日差しが降り注ぐ。
吹く風は南風。
乗ってくるのは沈丁花の香り。

春がちらほらと顔を覗かせる、うららかな晩冬の昼。




の楽しそうな様子に、つられてゲンマも笑顔になる。

時折ゲンマの肘に、の柔らかな胸が当たる事には、気付かない振りをして。

















「男のひとり暮らしなんで、あんまり綺麗じゃないかも知れないですけど、どうぞ」
そう言って、ゲンマは先に入って行った。

は、小さな声で「オジャマシマス・・・」と言って、
パンプスを脱ぎ、ゆっくり入って行く。

ゲンマの匂いに混じって、微かに煙草の香りもした。 

玄関から短い廊下を経て、リビングに通じる扉がある。
それを開けて中に入ると、左手に大きな窓。

ゲンマが草色のカーテンをいっぱいに開けて、緩やかな太陽の光を流し込む。
ベランダが広い。
その片隅に、きちんと洗濯物が干されていた。

 
部屋の真ん中に炬燵。
ソファもある。
その横には本棚。
ソファに座りながら、ゆったりと本を読むゲンマの姿がの瞳の裏に映し出される。


右手奥に、ダイニングキッチン。
正面の扉は、寝室へと続いているのだろう。



「あんまり見ないで下さいよ。家宅捜索しに来たんじゃないんですから」
「綺麗にしてるのね。掃除に来てくれる彼女・・・いたっけ?」
「そんなのいませんよ」
「ふうん。ゲンマ君って、まめなのね」


が脱いだコートをハンガーに掛けて、炬燵を勧める。


「俺、適当につまみ作って来るんで、炬燵にでも入ってて下さい」
「ゲンマ君って何でも出来るのね〜。あ、でも、私も手伝う!」



ふたりでキッチンに並んで、コインと交換した食材を料理する。
ゲンマから借りたエプロンからは、やっぱりゲンマの匂いがした。





居酒屋よりも立派なつまみが数品出来上がった。
が炬燵に入ると、ゲンマがグラスをふたつ持って来た。
向かいにではなく、角を挟んで隣に座った。


「そのグラス、綺麗ね!キラキラしてる」
「旅先で一目惚れして買ったんです。キラキラに見えるのは、ほら、この気泡ですよ」


藍色と、浅葱(あさぎ)色。

のこぶし大のグラスを、両手で色々な角度から見つめる。
厚いガラスの間に、大きさも形も並び方も、全て不規則に浮かんでいる気泡。
ただそれだけなのに、どうしてこんなに綺麗なんだろうと、
不思議な気持ちで魅入っていた。


「あの、さん?」
「ん〜?」
「吟醸酒、呑まないんですか?」

やっとグラスから視線を外し、
「あ、ああ、そうね。ごめん」
と、ゲンマの前に、それを差し出した。


そこに、実際にはもう二度と買う事も出来ないかもしれない、幻の酒をそそぐ。


「乾杯しようか」
「何に?」
「そうね〜、ゲンマ君が私に敬語を使わなくなる記念に」
「何ですか、それ」
「結構傷ついてるのよ?普通に話してよ」
「でも、先輩だし・・・。俺、言葉使い良くねぇから」
「それがゲンマ君なんだから、いいの。・・・ね?」
「あ〜・・・はい。じゃ、そう言う事で・・・」


『乾杯』とグラスが合わされた。


微笑み、見つめ合ったまま口に含む。
ふたり同時に、眼が見開いた。


「お」
「わ」
「うまい」
「何これ!すごいおいしい」
「さすがは幻」
「本当ね」

しばらく無言で酒の味を堪能する。




さん・・・」
「ん?」
「休日の朝から、何で普段やりもしないスロットなんてやってたの?」
「ふふ〜ん、知りたい?」
「ええ、まぁ・・」
「・・・ナンパされに行ってたの」

げほげほ、とゲンマが咳き込んだ。

「あらら、大丈夫?」
「ナンパ?」
「そう、ナンパ。ほら、気付かない?今日の私、おしゃれでしょ?」


そう言われてを見ると、確かにいつもと違う雰囲気だ。

髪の毛は緩くカールされて、色も少し茶色い。
睫毛はくるりと上を向き、化粧もやや濃いめ。

ほっそりとした体にフィットしている、髪の毛よりやや薄い色のニットのワンピース。
少し大きめに開いた胸元には、小さな四つ葉のクローバーのペンダントが光っていた。


「そうだけど・・・」
「何よ。似合わない?」
「いや、似合ってるけど、そんな小細工しなくても、さんは充分魅力的だよ」
「え・・あ・・あり、がと」

強気な態度だったが、照れくさそうに下を向いた。

手の中のグラスで、透明の液体が揺れている。
そこに自分の顔が映った事にびっくりして、眼を瞑った。


「で?ナンパされてどうするつもりだった?」
「え?・・ああ、そうね、あとは成り行きよ」
「でも失敗したんだ」
「だって・・・スロットがスリーセブンなんて出すから・・・」





ったく、冗談じゃねぇ。
スリーセブンが出なかったら、誰かにお持ち帰りされてたって事かよ?
誰でもいいなら、俺でもいいじゃねぇか!





急に不機嫌そうにつまみに手を伸ばすゲンマに、は言葉を続けた。

「ねぇ、ゲンマ君、誤解しないでね。・・私、誰でも良かった訳じゃないのよ?」
「標的にした男がいたってことか?」
「そうなの。私の片思い」
さんが、片思い?」
「何よ、私だって、恋する気持ちくらいあるんだから」


ちょっと拗ねたが幼く見える。
『片思い』なんて甘酸っぱい言葉を、から聞くとは思っても見なかった。

ゲンマの眼に映るは、いつも自信たっぷりで、勝ち気な瞳を輝かせていた。
欲しいと思うものは、何でも手に入れて来たと思わせるその美貌。
それに加えて、忍としてのスキルも上々。

しかし、今目の前にいるは、少女の様な幼さを覗かせて、
片思いしている相手に思いを馳せている。


ゲンマは見えないその男に嫉妬の気持ちを隠せなかった。


さんに振り向かない男なんてやめちまえよ」
「ゲンマ君・・・」
「見る目ないんじゃねぇの?そいつ。待ってたって無駄だよ」

は、少し驚いた様な表情をすぐに消して、弱々しい笑みを見せる。

「あは・・そうよね。私を選ばない男なんて、見る目・・ないわよね?」


泣き笑いのの眼から、涙が零れた。


さん・・・」
「ありがと、ゲンマ君。あー、何かふっきれた。さあ、今日は呑むわよ!最後まで付き合ってね」


目尻に涙を残したまま、がグラスにお酒を注ぐ。
ゲンマの作ったつまみを口にして、感嘆の声を上げ、自分の作ったものをゲンマに勧める。

急に饒舌になったが、その裏で泣いている様な気がして、
ゲンマはいたたまれない気持ちになった。



の体を引き寄せる。
炬燵の角越しに抱きしめた。


「ごめん、さん。・・俺、勝手な事言って。
 好きなら諦めるなよ。まだ振られた訳じゃねぇんだろ?」
「そうだけど・・・でも、あんまり期待出来ないの。だから・・もういいの」
「でも、そんな悲しそうな顔で笑うさんを、見ていられねぇ」
「ゲンマ君・・・」


炬燵の角と脚が邪魔をする。
ゲンマはそれらを向こうに押しやり、もっと強くを抱きしめた。
グラスに残っていたお酒が、ゆらりと揺れる。


「何で・・・!何で、そんなヤツに惚れんだよ。・・・何で俺を選ばねぇの?
 俺なら、そんな悲しい顔させねぇし、泣かせない。
 ずっと傍にいて笑わせてやる」
「ゲンマ・・君・・?」
「好きだ。好きなんだ、もうずっと前から。
 俺はあなたにとって、いつまでもかわいい後輩以上にはなれねぇのかよ?
 もっと俺を見ろよ。・・・俺の女になれよ・・・!」


ゲンマの想いが、体中から溢れていた。
は持っている全ての感覚でそれを受け止めている。


肩を抱く腕。
背に回された指。
左耳に届く、乱暴だが真っ直ぐな言葉。
右耳には、少し早い鼓動。
息苦しいほど近くに感じる芳香。
目の前のシャツの襟から覗く鎖骨。

はその鎖骨に指を這わせて話し出した。


「ゲンマ君。・・・私ね、休みの日にあそこでスロットしてる彼を、いつだったか偶然見かけたの。
 だから私・・・」
「そんな話、聞きたくねぇ!」
「だめ!聞いて。・・・ね?」
「・・・・・ああ・・解った・・」


ゲンマは、抱いていた腕を解いて、ぶっきらぼうに言い放つ。
寄り添っていた体が急に離れて、ぬくもりを奪われた所が冷えていく。


「彼がそこに今日行くって解ったから、おしゃれして出かけたの。
 今日こそ素直に気持ちを告白しようって。玉砕覚悟でね。
 スロットなんてつまんないから、真剣にやるつもりなんて無かった。
 退屈そうにしてたら、きっと彼が見つけてくれて、
 声をかけてくれるに違いないって、そう思ってた。
 彼が『つまらないならどこか行こうか』って言って連れ出してくれるって。
 そして、ふたりでデートして、彼は私がいつもと違う事に気付くの。
 私は『あなたのためにおしゃれしたのよ』って言って・・・。

 だけど・・・こういう事は任務と違って計画通りには行かないのね。
 彼は来なくて・・・私は自棄(やけ)になってスロットにコインを入れたの。
 そうしたら・・・」
「777で俺が現れちゃったって事だろ?」


ポケットから煙草を取り出し、ライターを探すゲンマに、は話を続ける。


「そうよ。ゲンマ君が現れて、本当はすごくびっくりした。
 その事に動揺しちゃって、スロットなんてどうでも良かったけど、
 利用しちゃおうって思ったの」
「利用?スロットを?・・・それとも俺を?」


の方を見ないようにしていても、訝しむ表情を隠せない。
ゲンマの眉間に深いしわが寄る。

つまみの皿の向こうにライターを見つけ、煙草に火を点けた。

長く綺麗な指に挟んだそれが、細い煙を上げている。
その指も、煙に細める眼も、どこか苛立ちを含んでいた。


「もちろん、スロットよ。ゲンマ君を利用なんてしないわ」
「ふうん。それで、どうやってスロットを利用した?そいつ・・・近くにいたのか?」


煙草を深く吸い込む。
はき出された紫煙は、ゆっくりと部屋の中に流れて、ゲンマの匂いと溶け合う。


「近くに・・・いたわ。彼ね、『さん、何やってるんですか』って言って、
 溢れたコインを箱に入れてくれたの」
 

ゲンマは思考を駆け巡らせる。


あの時、そんなヤツが俺の他にいたのか?
いや、いない。
ひとりで慌ててた彼女に声をかけたのは俺だけだ。




煙草の灰が長く落ちそうになっているのに気づき、灰皿に押しつけた。


「彼ったら、『二度もスリーセブン出して羨ましい』って言ったのよ?
 ・・・私が・・あんなに・・・困ってた・・の・・に・・・」
さん・・・」


やっとゲンマがの顔を見た。
涙が今にも零れ落ちそうに、睫毛の上で揺れている。


「俺・・・?・・俺の事・・か?」


が頷くと同時に、決壊した眼から、涙が流れた。
そのままゲンマの胸に飛び込む。
止まらない涙は、シャツを通してゲンマの胸の奥まで染み込んでいく。


「何・・だよ、それ。・・・見る目のない馬鹿は俺かよ・・・」
「ゲンマ君・・・好き。・・・・・好きなの」


ゲンマの腕が再びを包み込む。
さっきとは違う、煙草の匂いの混ざった腕で。


さん・・・俺も、好きだ」
「嫌。さっきみたいに呼んで」


涙の瞳で、訴える様に見つめるが、かわいい。


ふ、と小さく笑って、
」と呼ぶ。

その声があまりにも優しくて、ぞくり、と何かがの背中を走った。


。こんなにも近くにいたのに、気持ちに気付いてやれなくて悪かった」
「私だって、同じよ。ゲンマ君の気持ち・・ちっとも解ってなかった。ごめんね」
「ゲンマ・・・そう呼べよ」
「あ・・・・・」


見つめ合っていた眼を誤魔化す様にゲンマの胸に埋めたが、
消え入りそうな声で、ゲンマ・・・と言った。


「聞こえねぇ」
「・・ンマ・・」
「もう一度」
「ゲン・・マ」


ゲンマの手がの頬を滑り、胸に埋めていた顔を自分の方に向かせる。



「・・ゲンマ」
「もう、逃がさねぇ」
 

ゲンマの顔が降りてくる。
は腕をゲンマの首に回して、自分からも近づく。


自然に合わせられる唇。
煙草の匂いが残るキス。


どちらからともなく舌を絡める。
しかし、すぐに主導権はゲンマに持って行かれた。

の薄い小さな舌を、自由自在に操る。
吸って、自分の口内に誘い入れ、軽く歯を当て、舌先でつつく。
今度は、自分の舌をの唇に這わせ、ゆっくり中に入り込ませる。
暴れて、余すところ無く蹂躙した後、唇を何度もこするように合わせて離れる。

唇は耳に移動した。
細く尖らせた舌を、耳に入り込ませて、水音を響かせる。
耳たぶを噛みながら、、と甘くささやくと、
びく、と肩を震わせたのがゲンマに伝わった。

「あ・・・」
「感じた?」
「・・ん・・・」
「・・・止まれねぇよ?」

ゲンマが唇を首筋に這わせながら言う。

「あ・・ここじゃ・・ダメよ・・」
「どうして」
「だって・・・」


の視線の先には、あの大きなベランダに続く窓。

忍仲間は遠慮無く窓から訪ねて来る事が多い。
いや、むしろ玄関から来る方が珍しい。

こんなまだ日の高い午後に、この明るい部屋で事に及んで、
のあられもない姿を誰かに見られるなんてとんでもない。



「危ない所だった・・・。ってか、意外と冷静?」
「ゲンマよりはね」
「そんなセリフ、二度と言えない様にしてやるよ。あっちの部屋でな」


そう言うと、ゲンマは軽々とを抱いて寝室に向かう。






ドアを開けると、リビングより濃いグリーンのカーテンが掛かっている。
東に面したその窓は、朝日が差し込むせいだろう。
カーテンの生地は重厚に織られ、午後の太陽の光もシャットアウトしている。
部屋全体がほの暗い。


小さな机と大きな本棚。
タンスがふたつ並んでいた。


そして、何よりも目を引くのがキングサイズのベッド。
部屋の半分以上を占めているそれは、ひとり暮らしにはおよそ不釣り合い。


「ね、ねぇ、どうしてこんな大きなベッドがあるの?」


何人もの女の子が出入りして、ゲンマと共に夜を過ごしたのだろうかという不安は、
胸の奥底にしまって尋ねた。


「すごいだろ?スロットで馬鹿勝ちして、そん時にあそこで交換したんだぜ」
「え!スロットで?」
「あん時ぁすごかったなぁ・・・」
「ゲンマ・・・そんなに通ってるの?」
「いや、年に数回。たまに行くから勝てるんだよ。のめり込むと嵌るだけって事だ。
 でも、もう少し通ってやってもいいかもな」
「どうして?」
「今日もあの店でと会えたし、何か縁があるのかも」


ゲンマはを腕から降ろす。


「今度は、の欲しい物と交換しようか」
「いらない。一番欲しかったのはゲンマだから」

真っ直ぐにゲンマを見上げてが言った。


嬉しさを顔いっぱいに広げて、ゲンマのキスが降ってきた。
最初は優しく。
次第に深く。


ゲンマの指が、のニットのワンピースのボタンを外していく。
胸から裾までいくつも付いているボタンを、ウェストの辺りまで外した時、
ワンピースは、すとん、と床に落ちた。


「もしかして、勝負下着?」
「知らない」

ぷい、と顔を反らすのほっそりとした体を捉え、そのままベッドに押し倒した。

「かわいいぜ。でも、下着よりも中身の方がきっと俺好みだと思うけど」


背中のホックを外し、肩紐に指をかけ、ゆっくりとそれを外す。
零れ出た双房に、そっと手を添える。

「ん・・・」
「ほら、やっぱり中身の方がかわいいだろ?」
「私に聞かないで」


胸をやわやわと探りながら、首筋に唇を這わせる。
舌が、喉元の脈を探り当てた時、の甘い声が漏れた。

「あ・・ふぅん・・」

ゲンマは堪らず、抱きしめる。

・・・やっと俺のものになってくれるんだな」

艶めいた吐息と共に、ゲンマが耳にささやいた。

すると、はゲンマの肩を押して、すこし体を離し、顔を見ながらきっぱりと言った。

「あら、違うわ。ゲンマのものにはならないわよ」
「・・・?」


「ゲンマが、私のものになるのよ」


悪戯っぽく微笑を浮かべた
ちょっと驚いた様に、眼を見開いたゲンマの顔が可笑しかった。


「今日はゆっくりと、俺の愛をその体に刻み込んで教えてやるよ。
 言った事、後悔すんなよ」


文句を言おうとしたに、キスの雨が降りそそぐ。


ずっと望んでいたものが、すぐ傍にある幸せに酔いしれる。

厚いグリーンのカーテンが、午後の明るい光を遮り、明度を落としてふたりをくるむ。

帳が降りるまでは、まだ暫く。
どこからともなく漂ってくる沈丁花の芳しい香りは、甘い夜への導き手。


始まったばかりのふたりの時間は、宵越しへと続く。











FIN

花酔回廊の緋桜さまより頂きましたー!ゲンマ夢!!
ゲンマに口説かれたい!というリクエストを、こんなに素敵に書いて下さいました。
感謝、感謝です。

踏ませて頂いた番号が、777だったんですよ。
なんだかゲンマっぽいでしょ?
ご報告したら、書いて下さるっていうので、遠慮なくお願いしちゃいました♪

年下のゲンマがかわいいーー!!
とっても楽しくて、甘〜いお話ですよね。

緋桜さん、ありがとうでしたーー!!

かえでより


2008/03/03 サイトアップ