L I F E
〜キミを包むすべてに〜
【一周年リクエスト作品】
はたけ上忍と呼ばれるようになってから数年の月日が流れたある日。
カカシは三代目の呼び出しを受けた。
態々火影邸に呼び出すのだから、また厄介な任務に違いない。
―― 今回はどんな任務だろうねえ・・・。
そんな厄介事も回数を重ねれば、然程驚かなくもなってくる。
扉の内側から聞こえてくる「入れ。」との声にカカシは従った。
「待っておったぞ。」
影の称号を持つ者だけが許された独特の装束を身に纏い、煙管を燻らす里長。
「お主の活躍には日々感謝しておるぞ。でな・・・」
「はい。」
飴の後はムチですか?等と思った事はおくびにも出さず、火影の話に耳を傾けその後に続く言葉を疑った。
「暫く通常任務から外れて、忍者学校に通ってもらう。」
「それはどういう・・・。」
意図があっての事か。
カカシは繋げる筈だった言葉を濁して、火影の言葉を待った。
「この先上忍師としても働いて貰う。カカシ、お前にはその才があるからのう。」
「上忍師ですか・・・。」
「そろそろ、良い頃合じゃろう。部隊長として日頃良く指導しているお前の事だ、そう難しく考える事もあるまい。」
只、右も左も分からんヒヨっこ達じゃ、珍しくお前の困惑する顔が見れるかもしれないのう・・・
火影はそう付け足すと豪快に笑った。
カカシは乾いた咳を一つ落として、火影を諌める。
が、たしかに。
隊長として、上忍師の元を巣立った仲間達とチームを組んできた。
面子もそれぞれ、任務によって異なる場合もある。
それなりの技術を持ち、かなりの経験を積んで来た彼等は、カカシの様に動かなく共、
足手纏いと思ったことはなかった。
少し足りない所を補い、指南してやれば、紙が水を吸い込むように吸収していく。
だが上忍師ともなれば、それを一から教え込む。
忍者学校を卒業したとはいえ、所詮紙の上での出来事。
忍の世界、実践を踏んでなんぼのもの。
「良いか?」
「分かりました。ですが何故忍者学校に?」
まさか今更、子供達と机を並べるなんて事はないだろうと。
彼等を知る為には、それも大切な事なのかと一瞬考え、自分の思考に引いた。
子供達に混ざり授業を受ける姿など恐ろしすぎる。
「お前には臨時講師として教壇に立って貰う。下級生を受け持つ海野イルカという教師が長期任務で里を離れる。
その間の代役じゃ。予行練習にもなるじゃろ?」
「はあ・・・。」
カカシが力なく、返答したのは言うまでもなく。
自分が教壇に立つという姿さえ想像出来ないのに、受け持つのは下級生。
それこそ、手取り、足取り、一から教えなければならない。
年頃の女の子を仕込むのとは訳が違うのだ。
「明日からは判で付いた様な生活になるぞ。遅刻は許されん、示しが付かぬからな。心して励めよ。」
「分りました。」
意味深い笑みを浮かべながら自分の顔の前で手を組む火影に、カカシは力無く応えこの部屋を後にする。
その日、いつもより丸くなったカカシの背中を、幾つもの瞳が不思議そうに見つめた。
戦火に散った、仲間の葬儀が行われたのは、それから暫くして。
一滴の涙を零して花を手向けた彼女は、少し大きくなったお腹を気遣いながら元の集団の中へ戻って行った。
友の肩に縋り、咽び泣くその姿が、周りの涙を誘う。
幾月も経たぬ間に産声を上げるであろう我が子を、抱く事の出来なかった男の葬儀はしめやかに行われた。
夕暮れが近づき、いつも賑やかな里内も、一層慌ただしい気配に包まれる。
そこから少しづつ離れて。
垂直にそびえる山には歴代の彫刻。
いつもは遠い、黄土色の山肌を間近に感じながら、ゆっくりと階段を登る。
不安定な自分の身体を気遣い、宿った命に話しかけて。
息が上がり、下腹に若干の硬さを感じて来たら少し休んで。
忍なら、こんな所に来るのも簡単なのだろうけれどと、さっき街中を飛んでいた忍を思い出した。
辿り着いた其処は、顔岩の天辺。
里内を見渡せる場所。
空が近い場所。
星に手が届きそうな場所。
動いている風は初夏の匂いを含んでいて、それでも夕暮れになるとまだ少し冷たい。
里内を見渡していた一人の忍の首が、登って来たにゆっくり向けられた。
警備中なのだろうかと、そこに留まる事を躊躇するけれど、向けられた瞳が受け入れてくれている、
そんな気がしたから、軽くお辞儀をして少し離れた隣に並んだ。
暫くぼんやりと里を見下ろしていると、先に話しかけて来たのは男の方。
「さん?」
「はい。はたけさん。」
お互い直接会話をした事はないのだけれど。
名前は知っている。
「オレの名前、知ってるの?」
「はい、勿論。これでも忍の妻ですから。・・・でした、かな?私の事は・・・やはりご存じですよね。」
「・・・・・・。」
カカシは少し黙って、軽く頷いた。
殉職した忍。
その妻。
カカシの中で、今も鮮明に残る葬儀の映像。
それが頭の中に映し出されて、に向けていた視線を前に戻した。
「もしかして私、お仕事の邪魔ですか?」
「任務中に見える?」
言葉の最後でゆったりと微笑み、カカシの瞳がまたを捕らえた。
夕焼けに染まる全てのもの。
色取り取りの里も、ここに居る二人も、紅いベールに包まれて、黒く影を落として。
微笑むカカシの顔は穏やかに。
けれどポケットに差し込まれた両手は、“手の内は見せない”という意思の表れなのかと考えてみたり。
忍の殆どが外出時、忍服に袖を通すから、服装だけでは判断出来ず。
でもそのゆったりとした物腰は、任務中のそれではないだろうと。
「・・・・・・見えないです。」
「そ、今日のお仕事は終わり。オレにしては珍しい任務でね、肩凝っちゃってるの。だから気分転換。」
「はたけさんにそう言わせる任務って、凄そうですね。」
「多勢に無勢でね、オレ滅多滅多。ところでさんは?」
こんな所に来て何をと、音の無い言葉が風に運ばれた。
「妙な事でも考えていると思いました?」
「いや・・・思い詰めてる様には見えないけど。」
段々と濃くなる空を見上げて、は話し始めた。
「任務から帰ったら此処に来ようって、話していたんです。」
「・・・・・・。」
「この雄大さを見せてあげようって。おかしいですよね、まだ見えないのに。」
「おかしいとは、思わないよ。見えなくても、感じるでしょ。」
かけられた言葉に、は微笑んで。
想像通りの人だと。
何度か夫の口から聞いたカカシの名前。
任務の内容は話さないけれど、夫が好意的に思っている事は容易に窺い知れた。
「やっぱりそう思いますか?ありがとう・・・。はたけさんも将来、親バカさんになりそうですね。」
「オレが?」
「はい。」
自分の頬を指差すカカシに、は微笑みを投げかけて、辺りを見回しながら言葉を続けた。
「ここから広がる里と、近い空。あと出来たら、手が届きそうな星も見せてあげたいねって。
そしたら勝手に約束してたんですよ、この子に。帰ったら見せてやるって・・・ね。」
最後の音は二人に向けられたもの。
はお腹を摩りながら、まだ見ぬ我が子にも語りかけて。
彼女の夫。
上忍の強さが、想う気持ちの深さが、カカシに感じ取れた。
任務に就いた忍はその度に思う。
生きてこの地に帰れるのかと。
だから、守れるか分らない約束はしない者。
反対に彼のように、その為にと希望を失わないで戦う者。
自分は前者であると。
不確かな約束はしない。
それが男と女の次の約束でも。
「上忍は凄いね。・・・そしてキミも。その約束、叶えに来たんだ?」
「はい。」
は元気に微笑んで。
地平に沈みゆく太陽が一際濃い紅を放ち、流れる風がひんやりと二人の頬を掠めた。
「冷えて来たね。」
「そうですね。そろそろ帰ります。」
「オレも帰るから。」
ただ“帰る”と告げられただけなのだけれど。
待って・・・一緒に。
そんな声が聞こえたような気がして、の足はカカシが近づくまで、その先を踏む事はなかった。
「あっ・・・」
二人の影が重なった時、小さいけれど驚いたような声が聞こえて、カカシはを覗きこんだ。
「どうかした?」
「いえいえ、思い切り蹴られたんで、びっくりしただけですよ。」
「子供?」
「はい。今もなんだかボコボコって。」
そうなの?と自分のお腹を見つめるカカシに、の口は考えるよりも先に言葉を伝える。
「触ってみます?」
「それはねぇ・・・いくらなんでも。オレそんな顔してた?」
もしかしたら、出ていたのではないかと。
無意識に。
やましい気持ちなんて何所にもないけれど、感覚がその感触を欲した、そんな感じがした。
はそんなカカシの言葉を笑いで濁して。
「お腹をね、沢山の人に触ってもらうと、良い子が生まれるって言い伝えって言うんでしょうかね?
そんな迷信があるんですよ。はたけさんも一口乗りませんか?安産祈願。」
そう言われても、むやみやたらに女性の身体を触るのはどうかと、悩むのだけれど。
「あ・・・今、動いてますよ。ぐにぐにって。ほら!」
なんだか、けし掛けられて。
カカシの手は静かに、のお腹に添えられた。
「分りました?今、ポコンって。」
「来たね。」
「来たでしょ?」
元気な子が生まれるよ、カカシはそう言って、添えた右手を離した。
その後で、自分の右手をゆっくり握りしめて。
「じゃ、そろそろ行く?」
「あの・・・。」
「流石にね、この階段を一人で帰す訳にはね。暗くもなって来てるし、下まで送るよ。」
「・・・すいません。ではお言葉に甘えさせて頂きます。」
カカシは何段か先を歩いては振り返り、はその後を手摺りを掴みながらゆっくりと降りた。
「焦らないでいいからね。」
「はい。」
丁度中腹まで来た辺り。
折り返しの踊り場まで降りて来ると、が立ち止まった。
「はたけさん、ちょっと休んでいいですか?お腹が張って来て。」
張るという意味を理解していないカカシには、手摺りに捕まり下腹を押さえるがとても辛そうで。
「大丈夫なの?」
「妊娠中はよくある事だから・・・。長時間立ってたりするとお腹が硬くなって、く〜ってなったりするんです。」
「対処法は?」
「休む事かな・・・。」
「そう・・・。それなら安心だけど。」
暮れのこる陽。
太陽の名残は其処彼処にまだあって。
カカシは静かに、のその波が引くのを待った。
「お待たせしました。もう平気です。」
僅かな時間、そう感じた。
「ホントに平気?」
「はい。」
の顔から、さっきの辛さは消えている様に見えるけれど、なんせ経験も知識も無い。
「じゃ悪いけど、連れて帰らせてもらうよ。最初からこうしようと思ったんだけどね。触られるの、いやだと思ったから。」
「え?」
「またお腹が張っちゃったら辛いでしょ?変な事は考えてないから、びっくりしないでよね。」
静かにカカシはの体にふれて、ふわりと抱き上げた。
「嫌だろうけど、我慢してもらわないと。背負う訳にはいかないしね。医療班だとでも思って。」
「あ・・・の・・・イヤとかそういのじゃなくて。すいません・・・重くないですか?」
「ん?重いよ。二人分の命の重さ。」
今は、目に見える一人と、感じるもう一人。
けれど、きっとこの先も、繋がる命がある筈。
それを含めたとしたら、その重さは計り知れない。
振動が伝わらない様に。
驚かせない様に。
そう気遣いながら、忍の足にしてはかなりゆっくりと階段を駆け降りた。
「その時が来たら頑張ってね。」
「はい!ありがとうございました。」
丁寧にお辞儀をするに微笑みを投げかけて、カカシの体は白い煙に包まれる。
消えた姿に驚く事もなく、のつま先は里の中心へ向けて動き出した。
カカシはその姿を、近くの木の上から静かに見送った。
それから数回、偶然に出会った。
お互い見かければ、声を掛け合って。
この里の者達は下の名前で呼ばれる事を好むから、何時しか“カカシさん”“”と呼び方も自然と変わって。
歩くとお腹張らないの?と、問うカカシに、歩かないのも体に悪いんですよ、とは答える。
いつの間にか、妊娠後期に詳しいカカシの出来上がり。
その時が近づいて来たある日。
アカデミーの図書室には、カカシの姿があって。
分厚い書物を捲るその姿は、誰の瞳にも映る事はなかったけれど。
木々の隙間から漏れる光の粒はキラキラと揺らめいて、地面には木の葉達が濃い影を作る。
高く澄んだ青空に、湿度の低い風がそよぐ。
そんな夏の午前中。
演習場にひっそりと建つ慰霊碑。
それを、時が経つのを忘れる程眺めたのは、今回が初めてではなく。
ふわりと、自分の領域に入って来た二つの気配。
一つはやらかく、もう一つは、そう、純白。
「生まれたの?」
人から聞いて知ってはいたけれど。
「はい、生みました。女の子。」
はカカシの隣に立つと、にっこりと笑ってその顔を見上げた。
腕にしっかり我が子を抱いて。
「お陰さまで安産でしたよ。今日退院して来たんです。」
「そう。良かった。・・・報告?」
カカシは、に向って傾げた首は動かさず、瞳だけを慰霊碑に送って、また戻して。
「さっきお墓にもして来たんですけど、こっちにも一応。ちょっといいですか?」
抱いた子供をカカシに託そうとする仕草をは見せた。
反射的に腕が意識するけれど。
「あ、あのね…。」
「首がグラグラするから、気を付けてね。」
徐々にが腕を抜いていくから、受け止めないわけにも行かなくて。
次にはもう、腕の中に。
やわらかく、温かく。
自分の力加減で、ポキンと折れてしまいそうな頼りなさ。
小さくて、軽くて。
けれど、重い。
これが命。
命を抱くなど、自分の腕には不釣り合いな事だと。
この手が、沢山のそれを奪ってきたから。
仲間の為、里の為、依頼主の為。
正当化する理由なんて山ほど有る。
でも自分の腕がそれを抱く資格なんてないと、自虐的な想いが頭を掠めた。
けれど。
―― 。
そんな事を言ったら、キミはこう言って、きっと笑うんだろうね。
『それがカカシさんの守ってきたものですよ。』
心で問いかければ、心が返ってくる。
その言葉はカカシを優しく包んで。
何かを溶かして。
何かを置いて行った。
刻まれた名前に目線を合わせて祈りを捧げたは、ゆっくり立ち上がって振り返った。
に手を伸ばしたい。
想いの言葉を伝えたい。
自分を強く飾ったりしてない?
無理してない?
何度も口から零れそうになったけど。
のすべてを包みたい。
この想いは高まるばかりだけど。
押したら倒れてしまいそうだから。
そんな事はしたくないから。
―― いつの日か、オレに・・・・てね。
カカシは越しに慰霊碑を見つめて、心でそっと囁く。
そんなカカシに、どうかしたの?と、彼女は首を傾げて。
柔らかく上がった視線をカカシは腕の中に戻すと、の影が先に近づいた。
「カカシさんにはお嫁に出しませんよ。」
「ちょっと???」
「冗談ですよ。」
ホッと肩を落としたカカシを視界の端に感じながら、我が子を覗きこむ。
「名前は決めたの?」
「ん〜まだ迷ってて。」
「でも、時間はあるんでしょ?」
「あと一週間ですよ。すぐ経っちゃいそう。だってもう夏なんですもん。早いな・・・。」
は青空に向って体を大きく伸ばし、肺いっぱい空気を送り込んだ。
「でもこの里は、四つの季節を感じられるから良いですよね。」
この子はまだ夏しか知らないけれど。
これから幾つも・・・。
「ねぇカカシさん。ハルとアキ、この子にはどっちが似合うと思う?」
「春と秋?」
「そう、ハルとアキ。」
「絶対、春でしょ。」
空には、青に立ち上がる白。
―― またね・・・。
南から吹く風が、音には出来ない二人の言葉を一緒に連れて行った。
数年後――
ジリジリと音を立てるトースターの中には、食パンが二枚。
自分の為に淹れたコーヒーの香り。
流しに置かれたフライパン。
家のよくある朝の風景。
「遥菜。今日お母さん、仕事でちょっと遅れちゃうんだけど・・・。」
はコップに牛乳を注ぎながら、娘の答えに耳を傾けた。
「ふ〜ん、平気。」
「ごめんね。」
「って言うかさ、なんでお迎えっていうのがあるのかな〜。」
「新入生はそうするって、決まったらしいのよ。」
「それが納得出来ないっていうの。アカデミー生なのに。」
平穏に見える里の裏事情は分からないけれど。
忍になる為に勉強をして、体を鍛えてる。
里内くらい一人で歩けなくてどうする、と遥菜は思うのだ。
「ブツブツ言わないの。なるべく早く行くからね。」
「いいよ、カカシ先生に何か習ってるから。」
朝食の準備をしていたの手が一瞬止まった。
それを見逃す遥菜ではなく。
これでも忍を目指す身。
そして、こうもあからさまな反応を見せる相手も、自分の周りには珍しい。
まあ、ずっと一緒にいる相手だから分かる、というのも有るけれど。
「お母さん、分りやす〜い。」
「な、なによ?」
「だって、イルカ先生の代わりに来たカカシ先生見た時、かなりねー。それにすぐ分ったよ。」
「・・・なにが?」
「カカシ先生が名付け親ってヤツなんでしょ。」
「あ・・・。そうそう、そうなのよ。」
遥菜がもっと幼い頃に聞かせたカカシの話。
覚えているとは思わなくて驚いたのと、心の内がばれていなくて安心したのと両方だった。
「ソレね。カカシ先生に昨日話したから。」
「え〜!」
「そんなにびっくりしなくてもいいじゃん。何か問題あるの?」
あると言えばあるような。
ないと言えばないような。
遥菜と明菜、どちらにしようか悩んで、カカシに聞いた。
『ハルとアキ、この子にはどっちが似合うと思う?』と。
カカシがハルだと言ってくれたから、そう名付けた。
「問題は・・・ないと思うけど・・・。カカシさ・・先生、何か言ってた?」
「あの時のねって、笑いながら言っただけだよ。」
「そ、そう・・・。」
は少し安心した面持ちで、こんがり焼けたトーストを一口かじった。
「ねえ、お母さん。」
「なあに?」
「いい加減分かるよ。見てれば。」
「今度はなに・・・よ・・・もう・・・。」
幾日か前。
玄関には脚絆を履きながら話す遥菜と、その背中を見守る。
「今日からね、イルカ先生特別任務なんだって。だから他の先生が来るってさ。」
「そうなの?」
「うん。じゃあ行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
朝は近所の子供達が集まって、集団登校。
帰りの時間は各学年毎異なるから、一番小さい学年の子供達は保護者に引き渡す事になっている。
だけどここは、忍の隠れ里。
誰もが皆、時間通りに来れる事なんてなく、教師達もそれは十分過ぎるほど理解している。
だからそれなりの体制は整えてあるのだ。
一般人のにも、そんな日があり。
今日は何事も無く帰れるだろうと思った矢先に、発生した仕事のトラブル。
それを片付けて、月と追い駆けっこしながらアカデミーに向った。
「こんばんは。遅くなりましてすいません。遥菜の母です。」
扉を開けた職員室の中から、同じく“こんばんは”と返す声が聞こえた。
見まわしてみるけれど、娘の姿はなくて。
問いかけようとしたその時に、後ろから懐かしいけれど、ずっと思い出していた声が聞こえた。
「?」
なぜその人の声が聞こえるのかと不思議に思うけれど、それはまず置いておいて。
その人でありますようにと、願いながら振り向いて。
「カカシさん・・・。」
「久しぶり、。」
相変わらずの風貌で。
笑い方も変わっていなくて。
カカシの顔を見た途端、体の力が抜けて行った。
思い出は色褪せる事なく、
想いは・・・あの時のまま。
いや、それ以上かもしれない。
「遥菜ね、疲れて寝ちゃったよ。覚えが早いからって、みんな面白がってね。医務室のベットで寝てるから、行く?」
後方を指差すカカシに、コクリと頷いて並んで歩いた。
あの時は今のように臨時講師をしていた事。
あれから上忍師になった事。
自分の生徒達が今、それぞれの道に居る事。
ただ待機させとくのは勿体ないと、綱手がニヤリと笑って此処へ行くように命じた事。
そんなカカシの話を聞いて。
自分は里から少し離れた両親の元に行っていた事。
遥菜の事。
はそれを話して。
ふわり、ふわりと体が軽くなって、顔が熱くなった。
「遥菜、大きくなったね。にそっくりだし。」
「似てる?」
「一目で分ったよ。それに優しい子に育ってる。忍としても将来有望だ。」
「・・・ありがとう。」
心が動く。
心が揺れる。
今まで繋ぎ留めていた何かが、その時カチャリと外れた音がした。
遥菜は空になったコップに牛乳を注いで。
「私の事は気にしないでよ。言いたい事、分かるでしょ?」
「・・・・・・。」
「まあ、そういう事。そろそろいいんじゃない?お父さんだって、生まれ変わって楽しんでるよ、きっと。」
そう言い終わると、一気に飲み干した。
「ねぇ・・・遥菜?あなた幾つだっけ?」
「ちょっと自分の子供の年、忘れたの?」
「・・・だって・・・5歳児と話してる気がしないんだもの。」
アカデミーの庭に、並んで立つ教師と生徒は、同じ方向を見つめて。
そろそろ、仕事を終えた母親が迎えにくる時間。
今日の修行はここまで。
「カカシ先生?」
「ん?」
「今までさ、お母さん、頑張ってきたんだよね。」
「知ってるよ。」
―― 自分を支えて、遥菜を支えて、知らずにオレも支えられていたっけ。
「そろそろ、肩の力を抜いて貰いたいんだ。今朝ね、お母さんに言っといたよ。カカシ先生が動き易いように下準備。」
「・・・・・・。」
「私がいるからなんて、思って欲しくないし。・・・あっ、障害がある方が燃えるって言うなら、少しお手伝いするけど?」
「あのね、遥菜?」
「だからね、お母さんのこと・・・」
「守るよ。これからずっと、の事。・・・・・・遥菜、お前もだ。」
自分の腰までしかない遥菜の背。
カカシはその頭をくしゃりと撫でた。
「えへへ・・・あはは・・・お母さんに言う前に、あたしに言ってどうするのよ。」
「頑張ってきたのは、遥菜も同じでしょ?」
この大人びた物言いが証拠。
「そんな事ないもん。」
耳を赤くして、遥菜はプイッと横を向いた。
「ま、そういう事にしときましょ。って事は、アカデミーの履歴は間違ってるのかね?」
「どういう事よ。」
「年齢詐称してない?お前。」
「はい??・・・そんなわけないでしょー!それにね、あたしに名前くれたの、カカシ先生じゃん。名付け親のくせに。」
「ん〜〜?そうでした。」
「この名前・・・結構気に入ってるんだから。」
遥菜は照れくさそうな瞳を一瞬カカシに見せて、前を向くと遠くに見えた母の姿。
“お母さ〜ん!”大きくそう叫ぶと、駈け出した。
その後をカカシはゆっくり追って。
やはり、春だったと。
花を咲かす春。
立ち止まったカカシはあの頃と同じ、立夏の夕空を見上げた。
そして一歩踏み出して。
向うも一歩歩いて。
二人の距離が縮まって。
遥菜は少し離れたブランコに一人。
「カカシさん、お迎えが遅くなりまして・・・。」
「仕事は?平気?」
「はい、落ち着きました。」
良かったねと笑う瞳は、空に浮かぶ三日月のようで。
その唇がの耳元に近づいて。
「話があるから、今夜行くね。」
と囁いた。
リビングとベランダを仕切る大きな窓。
そこから、コツコツとガラスを鳴らす音が聞こえた。
は読みかけの本を閉じてカーテンの内側に入り込むと、ガラス越しにはカカシの姿。
急いで窓を開ければ、冷えた空気が先に出迎えた。
「ごめんね、こんな夜遅くに。」
「大丈夫・・・。」
「遥菜は?」
「今頃、夢の中かな?」
「そう。」
「入ります?」
「いや、今夜はこれから任務でね。」
「そうなんですか?」
「そ、さっき決まった。だから遅くなっちゃったんだけど。待った?」
「・・・ん〜・・・うん。」
は一回視線を上にあげて、言葉と同時にコクリと首を縦に振る。
恥ずかしそうに、だけど素直に笑って。
「ありがと。」
それにカカシも微笑んで。
「オレがの事愛してるのは知ってる?もう随分前からなんだけど。」
声に出さなくても、心で感じてた。
自惚れなんかじゃなくて。
でもそれを口にするのがとても照れくさくて、カカシのベストを見つめて、また小さく頷いた。
「じゃあ、は?教えて。」
カカシの言葉がゆっくり降ってくる。
これには、声で答えようと。
「私も、好きです。ずっと前から。」
蒼い瞳に向って答えれば、彼の瞳が見えなくなって。
そこに広がるのは、深緑。
そしてきつく抱かれた感触と温もり。
「・・・帰ったら、プロポーズしに来るよ。」
「え・・・?」
「これからはオレに守らせて?の事。勿論、遥菜もね。・・・だから待ってて。」
もう堪える事は出来なくて、の瞳から涙が零れて落ちた。
震える肩を抱き、その頬に口付けて。
待ってます、と小さく返ってきた言葉に、きつく抱き締めて。
額にまた一つ唇を落とすと、腕を解いた。
「ここはね、帰ってから。」
の唇に指先をそっと押し当てて、優しくなぞった。
「じゃ、行ってくる。」
「気を付けて、いってらっしゃい。」
一歩、そしてもう一歩。
の姿を目に焼き付けながら、後ろに下がって。
失うものが無いから強いんじゃない。
守りたいものがあるから、強くなれる。
その瞳にの姿が焼き付いた時、カカシは風を呼んだ。
そして戦地へと旅立つ。
かならず帰ると、その胸に誓って。
Congratulations
2007/05/27 かえで
ゆらさん、お持ち帰り下さいねv
一周年リクエスト作品、 LIFE いかがでしたでしょうか?
何かと突っ込み所は満載なんですが、ここはおめでたいという事で、
広い心で受け止めて頂けると、うれしいです。
私らしくなかった?
でも、一周年記念には相応しい作品になったのではないかな?と思っています。
読み手さんが限定されるような作品になってしまいましたが・・・。
それがとても不安な所です(笑)
あと・・・萌え所がありませんね;;あらら;;
頂いたリクエスト内容は。
ヒロインは4歳前後の子供を持つお母さん。
旦那さんは忍として殉職。
現在子供と二人暮らし。
アカデミーの特別講師などで講師をしているカカシと、生徒の母として出会う。
どちらかといえば・・・別の館・・・。
かなり方向がずれてしまいました。
生徒の母として出会ってないし・・・。
(ゆらさ〜ん、ごめんね〜)
でも、私が楽しんで書いてくれれば嬉しいですvとのお言葉を頂き、全力で取り組みました。
ゆらさん、ありがと〜う。
でね、子供は娘にしようと、まず浮かんで。
名前をリク主のゆらさんに考えて頂きました。
そして4つ頂いて。
その内の二つを使わせていただきました。
この時点では名づけ親なんて事は頭になかったんだけど(笑)
漢字は何となくです・・・。アハハ;;
今回も、色々なお話が浮かびましたよ。
旦那さんの事は吹っ切れてて、元気なヒロイン。でも時々少し弱くて。カカシとアカデミーで出会って、お互い一目惚れ〜それからvvとか。
(原作との関連や好みの事を考えると、これが一番良いかもですけどね;;)
傷心のヒロインを優しく包み導くカカシ。(このカカシはね、よく喋ってた 笑)
・・・昼ドラ並の重〜いお話。(これはな・・)
その中から私が選んだのは、このLIFE。
書きたかったんだものv
書きたくなったんだもの。
こんな二人。
そして、カカシの意識改革・・・。
これが感じ方、受け取り方によって様々な危険な所で。
こういうお話はむずいですな。
ですが気持ち良く、楽しんで書きました。
ゆらさん、ありがとう。
ここまで読んでくれたみなさんに、
そして一周年のお祝いのお言葉と、リクエストを下さった渋川ゆらさんに捧げます。
かえで
※ お腹の張りは場合によって早産にも繋がります。不安を感じたら自己判断せず、医師の指示に従って下さい。