――── いつからだろう……
――── いつからかね……
――── 好きになったのは……
出会いは在り来たりなものだった。
一度、が上忍になる前に、同じ部隊になったよね。
それまでは只の会釈だったのが、何処かですれ違うと、笑顔で挨拶してくれるようになって、俺も返してたっけ。
の周りの空気が温かくて、すれ違う度に心の温度が上がっていく、そんな感じがしてたんだよ。
運命的な一目惚れとかじゃなくてね、自然と心に住みついた。
最初はカワイイ子。
でも今じゃ、心にある四つの部屋は、全部に占領されちゃって、大変な事になってるわけよ、分かってる?
昇格して、紅に初めて連れて来られた時は、流石に緊張してたよね。
それがまたかわいくて。
次の日も待機所で会って、紅が任務だって分かったら、少し心細そうな、寂しそうな顔をして。
にそんな顔をさせる紅が、羨ましかったなんて事は、今は秘密にしておこう。
でもその後から、アスマが居なくても、ガイが居なくても、少しがっかりした顔をするが居た。
――── オレが居なくても、そんな顔してくれるの?
問い掛けるように、まるで盗むみたいに、の頭を撫でた。
の隣は俺の物と言わんばかりに隣り合うように座った。
突っ込めば少し怒ったような顔をして、はオレを叩いてくる。
態とそうさせるようにしてた。
青臭いガキみたいに。
が触れた箇所の細胞が活性化してきて、全身に回る感覚。
人と触れ合うだけで、こんなにも喜びを感じた事は今までなかった。
抱きしめたい、キスしたい、そう思うオレは不謹慎?
でもその前に、この気持ちを伝えなくちゃね。
オレを特別な男にしてって。
そうが言う前に。
だってオレ達、同じ気持ちでしょ?
だから男のオレから言わせてよ。
続・境界線
第一話
カカシが待機所を出て、ガイの待つ顔岩へと向かった時には、高い位置に太陽が居た。
けれど今はそれから数時間経ち、何の勝負に負けたのか、カカシと対決をしたガイが満足そうに里内を逆立ちして歩いている。
「ガ〜イ」
が親しみを込め声をかけると、緑の野獣はそのままの姿で首をもたげた。
「おう」
その様子じゃカカシに負けたんだね───などと、態々言わなくてもいい事は言わないでいれば、ガイの方からへカカシの居場所を告げて来た。
「カカシならまだ顔岩に居るぞ」
「そうなんだ?」
「ホラ」
見てみろとガイが片手で顔岩を指せば、の首はそちらへと向く。
「な、居るだろ?」
「…あ、うん……」
言われてみれば、顔岩の上に何かゴミみたいに小さな黒い点がある。
それがカカシだと、いや、人間だと言われればそう見えない事もないけれど、の視力ではそこまで見通せない。
いや、通常の人間ならば、と言った方が正しいだろうか。
「ガイは見えるの?」
「勿論」
「さすが」
視力も野獣並なのね───これまた余計な事は言わず、は称賛しただけだった。
「私これから任務なの……少しの間、カカシを借りて良い?」
「おう、いいとも」
まだ待機が明けるまでに少々の時間はあるから、カカシと約束をしているガイにそう聞いてみれば、勝負は終わり、今は自分で決めたルールに則った修行をしている最中なんだと、彼は短めの言葉で説明をした。
「じゃ、行ってくるね」
「ああ」
ガイに行先を告げ、頷いたガイと視線を交わす事で別れの挨拶とし、はカカシの居る顔岩へと向かった。
カカシが待機所を出てから少しして、は連絡係から任務要請が入ったと告げられる。
同じく待機中だった仲間と火影の元へ行けば、上忍にとって最早当たり前となった国外任務を命じられた。
そして急いで自宅に戻り、装備を整え、現在に至っている。
神様も、火影様も、の願いは受け入れてくれなかったようだ。
それでも少々の時間が取れるのが幸い。
今回の任務は移動も含めて数週間は掛かる予定だ。
想いを伝えたい、今日告げよう───そう思ったら、もう後には回せなくなっていた。
きっと、いや絶対、自分達は通じ合い、想い合ってると確信が持てるから余計に。
頬を撫でる風は爽やかに。
それでもカカシの元へ早く着きたいという気持ちが先走って、心臓が早鐘を打つ。
このスピードで駆け抜けても、普段ならばそうなりはしないのに。
ふわりと靡く髪とは裏腹に、肌という肌が粟立つようだ。
興奮と期待とが交りあったゾクゾクする感覚に、お尻の筋肉が強張ってくる。
屋根を跳び、風に乗って、はカカシの元へと急いだ。
足裏にチャクラを込め岩を登る事は、もう意識せずも出来る。
垂直に崖を駈け上がり、今度は意識して足の裏にチャクラを込めた。
カカシの所へ飛んでいけるように。
そして鳥のように高く舞い上がり、はカカシの元へ飛んだ。
気配を感じていたのか、カカシもの方を向き、両手を広げている。
フワリ───と。
腕の中へ舞い降りてきたをカカシは受け止めるけれど、少々位置が高い。
大人が子供を抱き上げるように、カカシはの太ももに腕を回し、はカカシの肩に両手を置いた。
「顔岩に居るのに、上から降ってくるなんてねぇ」
皮肉めいたセリフだけれど、全くそうではなく。
むしろ嬉しそうにカカシは言う。
「だって……」
早くカカシに逢いたかったから────
のその言葉は、見つめ合い、どちらともなく重ねた唇に込められた。
ゆっくりと降ろされたはカカシの腕の中。
触れ合うキスから、深くなり、また浅いものへ深いものへと変わる。
そのキスの合間合間に、カカシはへの想いを伝えた。
「好きだよ」と何度も、何度も。
は軽く頷く事で返事を返すのが精一杯。
耳に届く筈の声なる返事は、カカシのキスによって掻き消され、吐息に変わった。
真横から真っ赤な光が伸びて来て、二人は一つの大きく長い影。
唇が離れると、はカカシの心臓に「私も好き……」と小さく告げた。
「……」
愛しい人の名前を呼んで、カカシはまた腕に力を込めて。
もまた愛しい人の名前を呼び、カカシの背中に回す手に力を込めた。
「あのね……」
「ん?」
が話始めれば、カカシはの頭にキスをしながら聞き返す。
「これから任務なの……」
「うん」
さっきまではの胸に入っていなかった複数の巻物。
背中に背負ったリュック。
忍具の量が待機中のそれと違っていたから、カカシは既に悟っていた。
自分達の想いを伝え合い、通じ合った今、離したくない、離れたくないという気持ちがお互いに強い。
でもそれは許されない事。
更に帰る日も、帰る時間も分からない。
この場所に帰って来れるのかさえ約束は出来ない。
それでも────
「帰ったら会おうね」
「あぁ」
この約束は今までと同じように会うのではない。
恋人同士として会うのだ。
その時は離さないと、カカシはの耳に囁き、頷いたとまた深い口付けを交わした。
大きな影が二つに別れ、が旅立つ。
顔岩から飛び降り、所々に着地ポイントを取り、屋根の上を走って行く。
その姿をカカシは顔岩の頂上から見送っていた。
が帰って来たら、色々な話をしよう。
もっともっと、の事が好きだと囁こうと、カカシは普段なら思い描かない明日の日を思い浮かべていた。
だけれど──────
心から愛する女性の口から、一番聞きたくない
あんな言葉を聞くなんて、この時のカカシは想像もしていなかった。
──── カカシ………お願い………
──── 私を
──── 殺して………
2009/08/03 かえで
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BGM 大地の神子