時々、視線が絡んだ彼と、言葉を交えるようになり、肩を並べて歩くようになった。


花信風



吸い込まれていくような空の青さと、暖かな日差し。
一面の青を背にした木々たちの、寒々とした姿に、不自然ささえ感じる。
初雪もまだだというのに、春の風が吹いた如月は、会話の糸口も運んできてくれた。

「今日は風が強いですね。春一番じゃないかって話ですよ。」
「まだ二月なのにねぇ。もう少し冬眠してたかったけど。」
「あ・・・そうでした。退院おめでとうございます。」

本日めでたく退院の運びとなったカカシさんと、門前の出会い。

「最後までオレの担当にはなってくれなかったね、ちゃん。お願いしといたハズなんだけど?」
「私、一般病棟勤務ですから無理なんですよ。担当している患者さんもいますし。」
「じゃ、これからはオレの担当してくれる?」
「カカシさん・・・。入院は、しないに越した事ないですよ。」
「ま、そうだケド・・・ねっ。」
「・・・もしかしたら、そういう日も来るかもしれないですね。来月移動になりましたから。」
「そう。」

目を細める彼が悪戯に笑って。
一般から忍への移動には、彼が関与しているのではないかと疑ってみたり。

「これから仕事?」
「はい、準夜勤なんです。」

その時、そよぐ風に交じって時折吹く強い風が、砂埃を舞い上げて私に触れた。
瞼を閉じ舞い上がるであろう髪を押さえて、体を強張らせれば。
取り巻いたのは強風ではなく、暖かな空気。
恐る恐る瞼を開けると、立ち位置の変わったカカシさんが、傾く陽を背にして微笑んでいた。
「大丈夫?」その言葉と共に。

「ありがとう。」
「ん?なにが?」

恍けた顔をして笑う彼が眩しくて、目を細めると。
一瞬丸くなった彼の瞳がまた弧を描いて。

「ここでそれは反則だよ?」
「・・・へ?」
「オレ再入院しちゃうから。」
「元気になった患者さんは受け付けませんよ。」
「そう?ざ〜んねん。じゃ、仕事がんばって。」
「はい。行ってきます。」

病院に入る一歩手前で振り向くと、片手を上げたカカシさんが笑ってて。
私も同じようにそれに応えた。


担当になんて、なれません。
毎日近くで見ていたいけれど。
そんな事をしたら、私の病気が悪化してしまうでしょう?
だから無理です。
お薬をくれるのも、あなただけれど・・・。



それから数日が過ぎて。
退院した忍者さん達が外来に来る事は滅多にないし、あっても病棟勤務の私とは出会うはずもなく。
彼がいなくなった病院に少しだけ馴れた。
馴れたとは違うかな。
彼がいない事を自覚した。

この所とても忙しくて。
三交替の筈なのに、一日の半分は病院に居る。
家に帰る時間も、仕事に行く時間もバラバラ。
曜日の感覚と、患者さんに対しての日付の感覚はあるけれど、今日が自分の誕生日だと気づいたのは、ナースセンターに置いてある卓上カレンダーを見た時だった。

今日中に上がれるのだろうか?
特に予定もないけれど。

だって同僚達からは、今月初めに行なった飲み会で、既に私の誕生日は祝われている。
「おめでとう。」と言われた傍から、

「二十代は早いわよ。」
「そうそう、坂を転がるようにねぇ。」
「ホントあっという間に三十代。」
もすぐよ〜。」

祝っているのやら、いじめられているのやら・・・。
でも「だから大切にしなさい。」と付け足してくれた。

だけれど。

今日は日勤なのに、窓が黒くなってからしばらく経つ。
『誕生日くらいゆっくりしたっていいじゃないっ』と心の中で毒を吐いてみた。
誰にも気づかれないように、こっそりと。

ペンをくるくると回してカルテを見直す。
すると救急の応援に呼ばれていた先輩が一人帰って来た。

、ありがとう。」
「患者さん達、落ち着いてましたから、平気ですよ。」
「そう、良かった。」
「救急の方は?」
「う〜ん、まだ暫くかかりそうね。とりあえず私は戻ってきたけど。」
「そうですか。」

って事は、日勤+準夜勤決定?
ま、これも私の選んだ道だから、しょうがない・・・。

「日勤だったのにごめんね。もう上がって。」
「でも・・・夜勤交替までには時間ありますよ?先輩こそ何時間病院に居るんですか?」
「さあ?」
「さあ?って・・・。私が残りますよ。」
「いいわよ。あと数時間しかないけど、誕生日プレゼントだと思って、ありがたく受け取りなさい。」
「ですけどね・・・。って誕生日?」
「素直な後輩の方が可愛いわよ、今はね。」
「はい・・・。ではありがたく・・・。」

開いたファイルを閉じて、先輩にお礼を言う。
本来残業で、早上がりをするわけではないのだけれど。
先輩は私より長くここにいるのだから。



家に帰ったら何をしようか。
本を読むのもいいし、撮り溜めた映画を観るのもいい。
私にとっては最高の時間だけど、どれも今ひとつ。
もっとステキな時間の過ごし方を、覚えてしまったのがいけないのよね。

頭に思い描くのは彼の顔で。
カカシさんと居ると胸がドキドキして大変なんだけど、元気が出てくる。
でも風の日に貰った電池は残り少ない。

「カカシさんに会いたいな・・・。」

ぽつり呟きながら、アパートの階段を上がると、部屋のドアに寄りかかるカカシさんの姿があって。

「カカシさん・・・。」
「急患で〜す。看護師さん?」
「急患って?」
「オレ。」

っと自分を指差して。

「この所おかしいんだよね。熱くなったり、寒くなったり?」
「へっ?風邪ですか?」
「胸が痛くなったり、苦しくなったりしてね〜。劇症型心筋炎に不整脈と心筋梗塞?それに睡眠障害のオマケ付き。」

「どうもここがやられちゃったみたいでね」って、カカシさんは笑いながら自分の胸を叩いた。

「お薬くれる?ちゃんしか処方出来ないんだけど。」
「私、薬剤師じゃないですよ。」
「ん?が傍にいてくれれば治るから平気。特効薬はこれかな?」

冷たい指先が唇にそっと触れて。

「初めて目が合った時からすきなんだよね。やっぱオレの担当じゃなくて、専属になってくれない?」
「・・・カカシさん。」
「だ〜め?」
「・・・いいですよ。私もカカシさんの事が・・・すき・・・ですから。でも・・・したら、カカシさんも私専属ですよ?」
「当たり前でしょ。じゃ、契約成立って事で。」

いつの間に外したのか、病院にいる間も隠していた口元が見えて、ゆっくりと唇が重なった。
頬に当たるカカシさんの冷えた指先と、唇の熱さが反比例する。
唇が離れて、額に軽くキスされると、私はカカシさんの腕の中にいた。
外気に晒されてひんやりとしたベストが、外に居た時間の長さを物語る。

「カカシさん・・・冷えきってますよ?本当に風邪引いちゃう。」
はあったかいね〜。」

そう言いながら私を抱きしめた。

「兎に角入ってください。」

体を離して、急いで鍵を開けていると、

「いいの?」

と彼が問い掛ける声が聞こえた。
・・・。
女は度胸です。
アレ?違ったっけ?

「どうぞ。散らかってますけど。」

ドアを開けて、彼を招き入れた。
掃除しといて良かったっと、昨日の自分に感謝して。



「あ、そうそう。コレね。早くしないと手遅れになっちゃうよ。」

カカシさんが私の目線まで上げた白い箱。
さっきはそんな物、持っていなかったのに。

「・・・?」
「誕生日、今日でしょ?一緒に祝わせて。」
「カカシさん・・・。」
ちゃんが教えてくれないから焦っちゃったよ。」

そう言って笑うカカシさんに飛びついた。
「おっと」って口では言っているのに、体は揺るぐ事なく私を抱きしめて。

「誕生日おめでとう。」

と低い声が私の耳元に響いた。




箱の中身はシャンパンシャーベット。
そのままテーブルに放置したにも関わらず、形を変えていなくて。
開けた途端に、渦を巻いて消えていった白い靄は、氷遁の術だと教えてくれた。

「寒い日に暖かい部屋で食べるアイスは美味しいでしょ?
 これならオレも食べれるし、火照った体も冷めるかもよ。」

今までに感じた事のない熱さを経験したベットで、カカシさんと二人、それを食べた。

ん?暖かい部屋?オレも食べれる?火照った体?
・・・深く追求するのはやめておこう。


                     END


 

BGM merry xmas


DONKUNさん、お誕生日おめでとうございます。
遅ればせながらですが、お誕生日にお祝いの品を贈りたく、このようなモノを書かせて頂きました。
えっと、医療従事者ではないので、突っ込みはなしで(笑)
花信風とは初春の風、花が咲く時期の到来を告げる風です。
これからもよろしくね♪
                かえで