好きでもない男に身体を預けて。

愛してもいないのに、愛を囁いた毎日。


やっと、この責務から解放された。






Jack-o'-Lantern







店を飾るのは、黒とオレンジ。
アンデッドにウイッチ、そしてカボチャの提灯が悪戯な顔で笑ってる。

死者の門。
そこの選定人である聖ペテロを騙した男は、
「お前はもはや天国へ行くことも、地獄へ行くこともまかりならん」と言われ、漆黒の闇を漂う事となった。
それを哀れんだ悪魔が、明かりとして渡した火種。
それがジャックオーランタン。


友達だった彼から貰った心と身体の火種は、この二年間消える事はなく、の中で灯り続けた。






──── 二年前


火影からの主命を受けたが建物を出ると、木の幹に寄りかかって待つゲンマが居た。
木の葉が月明かりを遮り、普段は金色に輝く彼の髪も光を失って、取り巻く空気すら暗く感じさせる。
反対に、が立つ道の先。
賑わいを見せる街並みからは、遠巻きに聞こえる人々の声と明かり。
黒に浮かぶオレンジが目を引き付け、思い思いの仮装をした子供達が陽気に街を歩く。

「出発は?」
「明日早朝よ」

一瞬、目を伏せたゲンマの瞳が、寂しげにを映す。

「どうしたの、ゲンマらしくもない。落ちてる物でも食べたのかしら?」
「あのなぁ」

笑いながら歩き出すを追いかけるように、ゲンマも歩を進めた。

「諜報部のお役に立てるように頑張るわ」
「・・・・・・すまん」
「なんで謝るの? 木の葉の男は“色”の任務に付いたくの一を、軽蔑でもするの?」
「そんなわけねぇだろ」
「だったら気にしないでよ。上が決めたんでしょ」
「ああ」

肩を並べて歩くゲンマは前を向いたまま、短く返事を返した。


会議で決まったの任務は、終了未定の諜報活動。
と言っても、殆ど決定事項の報告だけだった。

一定の年齢を超えた者の中で、幻術及び影分身の使える者が“色”という任務に付く事が多い。
中でも影分身の術を有する者は、優先的に派遣される事となる。
幻術のみでは、ターゲットの欲を解消しきれず、肉体を使うのはリスクが高いからだ。
それでもくの一の負担は大きい。
影分身の経験した事は全て、本体へと繋がるのだから。


「これで明日から、気持ちの良いセックスとも縁がなくなるわね」

悲しげな苦笑いを浮かべたは、サラリと言葉を放つのだけれど。
その軽さが逆に重い。

「後学の為に聞いとく。お前の“気持ち良いセックス”ってなんだ?」
「そんなの好きな相手とするセックスに決まっているじゃない。愛は最高の媚薬よ」
、お前、男いねぇだろうが」
「いないわよ。ゲンマも彼女・・・・・・いなかったわね」
「付き合ってる女はいねぇな」

友達の先を望む相手ならば、居ると。
互いの反応を伺い、曖昧な時期を楽しむ。
柄にもなく石橋を叩いていたら、明日には叩き合う事が出来なくなるのだ。

「ねぇゲンマ。・・・・・・セックスしない?」
「俺で気持ち良くなれるのかよ」
「させる自信は?」
「ある」
「だったら、なれる。・・・・・・何処のホテルにしようか?」
「そんなトコには行かねぇよ。俺ん家へ来い」

言うが早いか、ゲンマがの腕を掴んで空へと跳び上がると、彼女の短い悲鳴が地面に落ちた。








何時までも、消える事のない灯火を───



『頭と心と身体、全部に刻みこんでやる』
『そうして・・・・・・』

音にはせず、重ねた唇で交わした会話。

『愛してる』
『私も』

口には出来ない二人の想い。

今それを、言葉で伝え合うには、辛すぎるから。


だから、違う言葉で。


「んっ、あぁっ、あッッ・・・・・・ゲンマっ!!」
「気抜くと、簡単に持ってがれちまいそうだっ。くッ・・・・・・はぁっ・・・・・・」

迫る射精感に堪えるように、ゲンマは律動を緩めた。

「悪ぃ・・・・・・初めてのガキみてぇだな」
「・・・・・・ゲンマ」
「人は二度生まれるか・・・・・・よく言ったもんだ」

一度目は存在するために、二度目は生きるために。

存在する価値と、己の為に進む道。

、お前はどうだ?」
「そんなのっ、わかるでしょ。あッ!!あッぁっ・・・・・・」
「だな。全部で喜んでる」

口元を上げたゲンマは、浮いた腰を一気に沈めた。

「アッッ!!はぁっ、んっ、ゲンマ・・・・・・すごッ・・・・・・イイ。んあっ、んっっ」
っっ!!」

女の肌に愛された赤い痕跡はなく、男の肌には細い爪痕が幾つも残った。




ゲンマの腕の中で暫しの眠りに付いたは、そっとその甘い束縛から抜け出し、身支度を始める。
全て整った所で振り返り、ゲンマを映す瞳が細められた。

キスを一つ贈ろうと身を乗り出したところで、ゲンマの瞼が開く。

「黙って行くつもりだったのか?」

ゲンマは起き上がると、片膝を立てて、自分の前髪をかき上げた。

「だって・・・・・・」
「兎に角、気ぃ付けて行って来い。全部はそれからだ」
「何言ってるの?ゲンマまさか」

待っているつもりなのかと、問いかけてしまいそうになったは、慌てて口を噤んだ。

予め潜伏している草も居る。
それでもターゲットに接近し、目的を果たすまではかなりの時間を要する。

“待っていて”などと、都合の良い事は口が裂けても言えない。
それを問うのも同じ事。
答えを望んでいるのだから。

「俺は俺のしたいようにする」
「・・・・・・それを聞いて安心した。じゃあ元気でね」

そのまま立ち去ろうとするに、ゲンマは言葉を投げた。

「オイ。忘れもん」
「・・・・・・?」
「キス。してくれるんじゃなかったのか?」

悪戯っ子のような笑みを浮かべたゲンマに、微笑みを返したは、そっと唇を重ねて。
そのキスが深まる事も、ゲンマの腕が彼女を抱く事も出来ぬ間に、は姿を消した。



─── ・・・・・・



空を掴み握られたゲンマの拳は、己の額を叩き、弾けた一滴と共に、流れ落ちる金色の髪の中へ消えた。








任務が順調に進むという事は、檻の中へ閉じ込められるのと同じ。
ターゲットの屋敷内。
そして、腕の中。


「オレに弄られたら気持ち良くてたまらないんだろ?」

影分身の身体は水音を立てて、男の指を飲み込んだ。
卑猥な音をわざと響かせ、好き勝手に暴れる二本の指。
肌の上を行き来する唇。

影分身の利用法は様々。
本体と意識を完全に切り離し、一個体として行動をする場合。
最終的に経験値だけを本体が吸収する。
これは戦闘の際、本体へのダメージを蓄積させない為。
そして今回のように、細部の情報までも得たい場合はシンクロ率を高める。
影分身は依り代。
たとえ濡れ事の場においても、本体が正確な情報を得なければ、その後の任務を円滑に進める事は出来ない。


が捉えるのは、嫌悪感と、認めたくない快感。
肌の裏側を弄られ、舐め回される、そんな感覚に女の身体は防御の姿勢を示す。
快楽で潤うというよりも、これ以上の苦痛を味合わぬ為に潤うのだ。

天井裏で一人それを受け流す。
声を殺し、唇を噛んで。

彼からもらった、心と身体の火種。
それが何時終わるか分らない、暗闇の中に居るの灯火。


─── ゲンマ


愛する者が居た幸せか。
それとも不幸か。

それはにも分からない。
だけど、唯一の支えである事は確か。

悪巧みを思い付いた子供のように笑うゲンマを思い浮かべていると、男は白濁を放ちゴロリと横になった。


「オレの傍を離れる事は許さん」

何時でも傍に居ろと。
言葉通りに男は片時もを離さず、暫くの後任務は無事終了した。








あれから二年。

流れの止まったとは違い、ゲンマには生きた時間がある。
季節が変わるように、人の心が変わっても不思議ではなく。


交わした心と身体。
反対に、交わしていない言葉と約束。

あの時のままのゲンマを思い浮かべる自分と、変わったゲンマを思う自分。
人が人を好きになり、実らせるには、十分な時間。

もし変わったゲンマが居たとしたら、当然傷つくだろう。
悲しくもなる。
でもそれは仕方の無い事。
その時は。
諦める覚悟は出来ている。



二年前と同じくが建物から出ると、そこにゲンマの姿があった。
違うのは、任務の授受ではなく報告であった事。

そして。

街明かりを背にしたゲンマ。
歩道の中央に立ち、オレンジの光を背に受け、眩く光る金の髪。

とろけるような極上の笑みを見せた後、安堵の笑みに変わり、今はからかうような笑顔を浮かべている。
彼の笑顔は多種多様だ。

「おかえり、
「ただいま、ゲンマ」

いつもの悪戯っ子な笑顔を見せて、ゲンマは手を差し出す。

「土産は?」
「そんな物ないわよ。遊びに行ってたんじゃないんだから」
「ったく、気が利かねぇな。名物の菓子とかあんだろ」
「ゲンマ・・・・・・子供みたい」

は呆れたように、でも穏やかに笑った。

「今は街中がゲンマの好物で溢れているじゃない」
「あれは食用じゃねぇだろう」
「それもそうだけどね」

クスリとが笑い、次にゲンマが話し始めた所で、二人の横を子供達が通り過ぎた。

「なんて言うんだっけ?」
「トリック・オア・トリートだってば」
「こんな時間にアカデミーなんか来て、先生達怒らない?」
「だいじょうぶだよー。今日は特別」
「お菓子の袋持ってきた?」
「うん。バッチリ」

小さなお化けに魔法使いや悪魔がアカデミーの中へ消えて行った。

二分化されたの意識が無意識に、聞こえたゲンマの言葉を聞き返す。
耳には届いたゲンマの声。
理解した言葉。
だけどそれが本当なのかと、聞き返してしまったのかもしれない。

『あれから南瓜見る度に、疼くんだぞ、こっちは。それだけじゃねぇし』

「・・・・・・なに?ゲンマ」
「なんでもね」
「そう?」

里に居れば、ゲンマが三日と空けずに食べている南瓜。
デザートだったり、おかずだったり。

南瓜を見る度に思い出したと言われて、普通ならばふくれるのかもしれないけれど。
は小さく声を立てて笑う。

「お前聞こえてただろ」
「さあ、どうでしょう。悪ガキにはお菓子をあげないとね。悪戯されちゃうし」

がポーチから取り出した一粒の丸い玉。

「こんなのしかないけど」

笑みを浮かべて、摘んだそれを自分の目線まで上げた。

「・・・・・・こんなモン俺に食わせたら、お前死ぬぞ」

そう言いながらの摘んだ丸を口に含んだ。

「殺さないでよ。でもこれから一か月の休暇だし」

ガリっとゲンマの口の中から音が聞こえ、引き寄せられた身体と唇が重なった。
送り込まれた半欠をは飲み込んで。

「俺だけ食ってもな」

含みのある笑顔で、「兵糧丸」とゲンマは付け足した。

一粒食せば、三日三晩寝ずに行動が出来る丸い薬。
それを二人は分け合い飲み込んだ。

「毎日だ・・・・・・。お前を忘れた日はない」
「・・・・・・ゲンマ。私も、ゲンマの事ずっと想ってた。ゲンマがずっと傍に居てくれてたのよ。そんな気がしてた」

そうかと照れくさそうにゲンマが笑う。

「さてと、俺ん家帰るか。夜は短けぇぞ。それにあんなもん食わせたんだからな。どうなっても知らねぇ」
「私も食べたから平気」
「流石俺の女だな。覚悟は出来てるってわけか。」
「そうよ。それにこらからは直属の上司になるわけだし。ね、ゲンマ」
「そうだな。」

諜報部の規定。
一度、色の任務に付いた者は以降の選考から外される。
性質上、長期化する事が多く、精神面においても負荷が多いからだ。
だれも仲間を餌になどしたくはない。
手を尽くし、それでも致し方の無い場合のみとすると。

その思想は三代目の頃からあったのだが、叶わぬ戦乱の世であった。
(のち)、四代目、三代目へと受け継がれ、一年前に就任した五代目火影と、諜報部特別上忍不知火ゲンマの手により、実ったものだ。

「ホラ、行くぞ」

頭で進む先を差したゲンマは、背を向けて歩き出す。
真っ直ぐに伸びた背中、ポケットに突っ込んだ両手。
光の中に入って行くゲンマをは追い掛けて、腕を絡めた。

これから先の時間は二人のもの。
焦る事はない。

二年前よりも、幾分派手さを増した店の飾りを楽しみながら、二人は街を歩いた。





ゲンマの家に着いた二人は、立ったまま引き合うように唇を合わせ、お互いの着衣を剥ぎ取る。
寝室の床に落ちた忍服。

襟足から髪の中に潜り込むゲンマの手。
頬に添えたもう片方。
の両手はしっかりとゲンマの首筋にまかれ、激しい口付けを何度も繰り返した。

離れたゲンマ唇が、の額と瞼に触れて、また唇へと戻った。
深く絡め合う度にの指先はゲンマの肌を強く捉える。


あの日隠した言葉のピース。

、愛してる」
「私も。ゲンマ・・・・・・愛してる」

やっと声に出す事が出来た二人の想い。


抱き合いながらベットに沈み、ゲンマは残りの着衣を全て剥がすとの上に自分を重ねた。

ゲンマの愛しむような丁寧な愛撫に、全身の細胞までもが喜ぶ。
熱を上げ、蜜を齎し、は綺麗な歌声で啼いた。


が二回目の高みに登って弾けた後、ゲンマは先端をの其処に宛がい、ゆっくりと埋め込んだ。

「・・・・・・んっ」
「わりい、ちょっとタンマ」

根本まで沈んだ所で、ゲンマは動きを止め、の髪をかき上げる。

「二年ぶりなんだ、勘弁してくれよな」
「なに? えっ? 一回も?」
「本気の女抱いちまったら、遊びはもう無理だろ」

濡らす為の愛撫じゃない。
口付けたいから、触れたいと思うから行う。
その愛撫に、喜び、啼き、濡れてくれる相手。
一つになりたいと願うから、抱く。
抱いたらこの世の天国。
その味を知ってしまったから、花街など行く気には到底なれなかった。

「シミュレーションはしたぞ」
「シミュレーションって・・・・・・」
「あ?お前相手に一人寂しく」
「ばかっ」
「しょうがねぇだろ。溜まるもんは溜まるんだ」
「・・・・・・正直嬉しかったりするのよね。ありがとう、ゲンマ。でもそんな暴露しなくてもいいのに」
「これでどれだけ俺が、寂し〜く過ごしてきたか分っただろ」
「はい、はい。十分過ぎるほど分りました」

ゲンマの背中に回した手が、ポンポンと彼を宥める。

「ったくよ」

の返事にゲンマは短く文句を言うと、噛み付くようなキスをして。

「動くぞ」
「・・・うん」

返事と同時に頷いたはそのまま瞼を閉じた。



一人で彷徨う筈だった漆黒の闇を照らしたゲンマの灯火。

深い霧の中を彷徨うゲンマを照らしたの灯火。

窒息しそうな程の息苦しさの中、消える事はなかった火種は、今燃え上がる────。



永久に。





2007/10/31 かえで




「人は二度生まれる」・・・・・・ジャン=ジャック・ルソー

影分身に付いては、原作と異なる部分もあるかと思います。
任務、規約などは勿論捏造です。(笑)

ジャックオーランタンに付いても別角度だったり、もっと詳しいお話がありますが、(カブの中に入れたとかね)
ここでは短く、代表的なものを。

全てにおいて、ご注意とご理解をお願いいたします。

カンフル剤を投入してくれた、ゆきさんのお名前をお借りいたしました。
(書こうか迷っていたのです。 笑)
ありがとうございますv


BGM 幽明