相手に向けた切っ先が肉を切り裂く度に、
自分に向けられた刃が己を抉る度に、鼻を刺した臭い。
何度も赤い河を流して来たから、僅かでも間違う筈はない。
しかし。
なぜそれが自分の部屋にたち込めるのか。
それは自分以外の誰かの物。
自分の部屋に容易に入れる者など一人しかいなく、空気が振動する前に心が叫んだ。
―― !!
慌てて脚絆を脱ぎ捨てれば、隠す事の無い、の気配が辺りを包んで。
だけれど、のチャクラしか感じられない空間に、もう一つの気配。
絡み合う二つの影が、カカシの蒼い瞳に飛び込んで来た。
Please show it only to me 1
火花の如く飛び散った赤。
横たわる者から流れ出たそれは、じわりじわりと広がり、赤い水溜りを作り始めた。
「・・・っ。」
肉を引き裂かれた痛みと、湧き出る熱さに思わず顔が歪む。
左上腕部に突き刺さる一本のクナイを一気に引き抜くと、傷口から血液が噴き出した。
激しい痛みに噛み合わさった歯が、口の中で“ぎりり”と音を立てる。
握ったクナイは掌を滑り落ち、重力に逆らう事なく地面に転がると、は己を癒すかのように傷口を握りしめた。
ぶらりと下がる左腕からは、脈打つ度に流れる赤い血が肌を伝い、その指先からポタリ、ポタリと滴を垂らす。
「上忍!!」
呼びかけに振り向けば、部隊を組んでいる仲間が駆け付けた。
「すぐに治療を開始します。」
「・・・ありがとう。ドジっちゃった。」
木の幹に体を預けて、は真っ赤に染まった右手を傷口から離した。
「いいえ。すいません、すぐに駆け付けられなくて。」
「他に怪我人は?」
「上忍だけです。安心して下さい。今、後処理をしています。」
「そう・・・良かった。」
が部隊長の顔で胸を撫で下ろせば、若い医療忍者の彼女は、屍となり転がる敵忍に視線を送った後、
傷口を癒しながら再び口を開く。
「サポートに付く事が出来なくてすいません。あのクラスの敵に、お一人で向かわせてしまって・・・。」
「ううん。私が指示した事なんだから。それにドジったのは私だしね。」
笑みを零して見せるけれど、へまを遣らかしたのではなく、向けられた切っ先を変えるのに精一杯だった。
反応が遅れれば、喉元をかき切られ、横たわっていたのは自分の方。
生命の活動を停止した相手を見据え、は一つ溜息を落とした。
「傷が深いですね。」
「あ、うん。根本までグッサリ入ってたからね。」
青白い光に包まれた自分の腕に目を遣れば、大きく口を開いた傷がゆっくりと塞がって行くのが見えた。
焼けるような熱さを伴い、じりと音を上げながら二つの端が繋がって行く様は溶接宛ら。
「治療は済みました。毒の類もなさそうですね。」
「ありがとう!・・・痛っ。」
治療が終了するや否や、肩を上げ腕を振り回そうとしたは、痛みに体を強張らせた。
「上忍・・・。急には無理ですよ。」
「あはは・・・そうだよね。」
「筋肉の裂傷がひどいんですから。繋ぎ合わせましたけど、今日は動かさないで下さいね。
無理をすると熱が出ちゃいますよ。」
「・・・はい・・・分りました・・・大人しくしています。」
語尾が段々と小さくなり首を窄めるは、まるで悪戯をして叱られた幼子のようで。
突然思い出したかのように顔を上げたは、彼女に問いかけた。
「先生?お風呂には入っても良いですか?」
その物言いに彼女は笑みを浮かべて。
「上忍って、楽しい方ですね。」
「そうかな??」
「はい。とても親しみやすくて。・・・すいません。」
「あ、いいよ。私もその方がいいし。で、お風呂は??」
「入るなって言っても、入っちゃいそうですよね。」
「多分・・・。」
「傷は塞いでありますから濡れても大丈夫ですけど、動かさないようにして下さいね。」
「動かさないようにって・・・難しいよね?」
「上忍なら、幾らでも工夫は出来るんじゃないんですか?」
それに動かしたら痛いでしょうと付け足し、医療忍者の彼女は笑みを溢した。
工夫って・・・??
動かさなければ、痛みは感じない。
怪我をした事も、筋肉を使えば痛みが走る事も頭では分かっているのに、
反射という神経で繋がれた腕は、自分の行動の手助けをしようと意に反した動きをする。
動かさないという事が何とも難しく、抑制された動きに右脳がむず痒い様な気さえして来た。
―― お風呂に入るのも大変だなぁ・・・
大きく口を開けて血に染まった忍服をゴミ箱に放り込むと、は湯の張り終わったバスルームへ向かった。
ピッタリとした鎖帷子を脱ぐのに手間取り、潜んでいた痛みが顔を出して来る。
皮膚の下の肉が、拍動に合わせてズキズキと痛んだ。
これでは汗や泥、ましてや固まった血液を綺麗に洗い流すのは骨が折れる。
―― 工夫って言ってもねぇ・・・。
シャワーのコックを捻り、お湯を浴びながら考える事、約三分。
の頭に電球が灯り、自分の妙案に一人笑みを浮かべた。
肘を張り、既に体で覚えた印を結ぶ。
筋肉が形を変える度に走る痛みは、呼吸で逃がして。
ボンと煙の中から現れた、もう一人の自分。
実体のある彼女はニカッと笑うと、印を結び始めた。
本体であるの頭の端にあった事。
思考が同じ影分身は、本体が口に出さずとも忠実にその望みを叶える。
もう一度煙に巻かれた影分身の体は、本体の頭の隅にあった人物へと姿と変えた。
―― アハハハ・・・やっぱりそう来るよね〜。
頭の隅に居たのは、勿論大好きなカカシ。
変化した影分身は「やあ!」とに声を掛けて一歩踏み出した。
にこやかに笑う偽物のカカシに、やはり止めれば良かったと、自分の大胆な発想を後悔する。
それは単純に照れくさいから。
体が熱くなるのは、流れ落ちる温かい雨のせいだけではない筈。
自分であるのにカカシの視線を感じて、の心臓は早鐘を打ち鳴らした。
本体の腕を取った影分身は、薄いペンキの様にこびり付いた血液を丁寧に洗い流す。
透明な液体に赤が混じり合い、ピンク色に染まったお湯が時計回りに排水溝へ吸い込まれて行った。
「頭、洗ってあげるね。」
背後に回り込んだ偽物カカシの声に、身体がビクリとお決まりの反応を示す。
「何?別に、取って喰おうってんじゃないよ?」
「当たり前でしょ・・・。ってそこまでカカシに成り切らなくてもいいから。それにソレって自分で・・・。」
「へ〜。一応其処に気づくんだ。」
「そりゃ、いくら私でも・・・って、ちょっと自分で言っておいて、なに不思議そうな顔してるのよ。」
「オレ?何も言ってないけど。」
偽カカシの答えにが「はあ?」と返せば、彼は自分の後方にある扉を指差した。
「なんかねぇ・・・後ろから聞こえて来たんだよね。」
「ウソでしょ・・・。」
影分身の身体で自分の身体を隠し、脇から覗けば、四角く区切られたこの空間の向こうに人影一つ。
「カカシ?」
「そ、開けるよ。」
「ちょ、ちょっと待って。」
は勢い良く飛び上がり、自分の身体を浴槽に沈めた。
「なに今更慌ててるの?」
カカシは浴室に入ると、自分の偽物にチラリと視線を送って、浴槽の縁に腰掛けた。
「だって・・・。」
「恥ずかしがる事もないでしょ?の知らない、あ〜んな所も、こ〜んな所もオレは知ってるんだからね。」
「な・・・カカシのえっちー!」
はバシャリとカカシに浴槽のお湯を掛けるが、同時に走る左腕の痛みに二打目を放つ事が出来なかった。
「痛っ・・・。」
「怪我したのは腕だけ?」
「うん。でも治して貰ったから平気。」
「見せて。」
カカシに言われるがまま、は左腕を差し出した。
「今夜はあんまり動かさない方がいいって言われたの。」
「それで、こんな面白い事考えた訳?」
「・・・やっぱり痛かったし。」
「オレが帰って来るまで、待ってればいいのに。」
「やだよ!」
「あれま、はっきり言ってくれちゃって。」
「だって・・・カカシに洗ってもらうなんて…考えてなかったし、そんなの恥ずかしいじゃん。」
「でも、アレってどう見ても、オレだよね。」
カカシは扉の近くで佇む瓜二つな自分を親指で指し、傷口は綺麗に塞がってるねとの腕を放した。
「・・・・・・アレは影分身が勝手に・・・。」
「へ〜勝手にね。?ちょっと。」
口に手を掛け小声で言うカカシは、空いた片手での耳を誘うように招く。
ん?とが近づけば、色を含んだ声で耳元に言葉を落とした。
「オレの裸は想像してくれなかったの?」
「なっ・・・」
「だってねえ・・・。お風呂に入るのにフル装備って変じゃない?」
「そ、それはそうだけど・・・そこまでは考えてなかったっていうか・・・。
頭の中のカカシはあの格好だったっていうか・・・。」
「じゃ、しっかり覚えてもらわないとね。」
「何を?」
「オレの身体に決まってるでしょ。」
そう言ってカカシは立ち上がると、影分身の胸を軽く叩いて目を細める。
「交代ね、後はオレがするから。」
その言葉を聞いた影分身は、微笑みながらぼわんと姿を消した。
「ちょっと?まさか・・・一緒に入るの?」
「そうだよ。」
「え〜まだ一緒に入った事なんてないのに・・・。」
「今日が初めての日だね。」
「こ、心の準備が・・。」
「じゃ、オレが脱ぐ間にしといてよ。」
「そんな急には・・・。」
「ごちゃごちゃ言わないの。影分身は消しちゃったんだし、遅かれ早かれこの日は来るんだから。
それが今日だったんだよ。」
「う・・・。」
「じゃ、脱いでくるから待ってて。」
二の句が継げないから視線を外し、カカシは浴室の扉に手を掛けると、再びに視線を戻した。
「それから、このオレ以外に見せちゃダメだよ。の身体。オレ嫉妬しちゃうから。」
「オレ以外って、アレは私で、そんでカカシで・・・。」
「それでもダ〜メ。」
ニッコリ笑った一つの瞳は言い返せない色を含んでおり、
は「分りました・・・。」と呟きながら、お湯の中に唇を隠した。
続きは別館にて。
簡略版等は作りません。
いや・・・作れません・・・。
ごめんね;;