満開の桜が青い空を背景に咲き溢れた週末は、どこの木の下でも、人々が上を見上げて微笑んでいる。
そんな彼らのささやかな幸せを守るべく、忍達は影で自らの身を危険に晒し、戦っている。


「今年の桜も、そろそろ終わりだわね」

街をゆっくりと歩く御婦人達の声が、同じくゆっくりと歩くカカシに近づいてきた。

「ここ数日忙しくて、お花見出来なかったのよ」
「あら、そうなの」
「ええ」
「今年はこれが最初で、最後だわ・・・」

手には高級日本料理店の袋。
きっと中身はお弁当なのだろう。

「でも良かったわ。間に合って」
「そうね。だって───」

すれ違う時、御婦人達の口から出た言葉に心が温かくなった。
それは、毎年のお誘いに多分意味があるから。
だからきっと、近々彼女は誘ってくる。
この散りゆく桜を見ようと、笑顔で。









Pink Snow








「お疲れ様でした〜〜」

日帰りの比較的安全な任務に、カカシが彼女と供に就けた日。
火影室で報告をした後、仲間と挨拶を交わせば、彼らは早々に家路に着く。
残ったのは自分と彼女、仕事仲間から恋人へと戻った瞬間、案の定彼女が切り出した。

「ねぇ、カカシ」
「ん?」
「少し付き合って」

飲みたいわけでも、食事をしたいわけでもないだろう。
このお誘いは、毎年この時期にある恒例行事。
行事と言うと、堅苦しいような、大掛かりな出来事のように聞こえるが、中身は単なる散歩。
少し遠回りをして、あの場所に立ち寄り、どちらかの家に帰るだけ。

「いいよ」

誘いの理由も目的地も聞かず、カカシは分かった風に、にこやかに答え、先を歩くを追いかける。
近づけば、彼女はひらりと逃げるように、また先を歩いて行った。
まるで桜の花びらみたいに。

「待ちなさいって」

すり抜けるを捕まえて、その肩を抱いて、春の夜道を歩けば、風が花びらを運んで来る。
あの角を曲がれば、そこはきっとの目的地。
道の両側に桜のある遊歩道だ。
そこから運ばれてくる花びらが、道路に淡いピンクの帯を引き、その場所へ近づくにつれ、
それはどんどんと太くなっていく。

「桜、いっぱい散っちゃってるね」

が独り言の様に小さく呟けば、「そうだね」と、足元に降り積もった花びらの雪を見てカカシも小さく返し、
彼女を包み込む腕の力を少し強めた。
夜目が利き、まして男連れの忍にとっては、何て事は無い単なる夜道だけれど、それには理由がある。
だっていつもは、この時期、この場所に来ると、一人で先を行くから。

「きれいだね・・・」

辿り着いた桜並木の下をと歩けば、やはり彼女はするりとカカシの腕から離れて行く。
そして、少し走って立ち止まって、上を見上げていた。
ひらひらと雪のように舞う花びらを嬉しそうに眺めて。
そして祈るような面持ちでゆっくりと瞬きをし、カカシに向かって微笑んだ。

「カカシ。頭に花びら付いてるよ」
「・・・もね」

のサラサラとしたストレートヘアでさえ、地面に落ちまいとする花びらがしがみ付くのだから、
カカシの方はもっとだ。
カカシより背の低い彼女には見えないだけで、
彼の頭の天辺には、何枚もの花びらが、羽化を待つ卵の様に潜んでいる。

藍色の空と月。
街頭に照らされた桜と、そこから舞い落ちる桜の花びら。
風が吹けばそれは淡いピンクの吹雪。
桜の精の落とし物を頭に飾って、彼女は今年も同じ事をする。
動体視力に長けた上忍の彼女には動作もない事だけれど、
子供のようにくるくると花びらに合わせて回りながら、は舞い散る桜を手に取った。
そしてそれを優しく潰さぬよう、握り占めて、彼女はまた風に返す。

「大丈夫」

の言う【大丈夫】の本当の意味を今年知った。

初めて彼女と此処に訪れたのは、恩師が遥か彼方へ旅立って最初の桜が咲いた年。
まだあの頃は友人同士だった。
あの時も彼女は同じ台詞を言っていたと、まだ幼いの姿と言葉をカカシは思い浮かべた。

─── 少しばかり違っていたか。
─── 昔、最初に訪れた時は、『もう大丈夫だよ』と言っていたっけ。

桜を見る事に満足をしたから、大丈夫なのだと、その時は思ってた。
それから恋人同士になり、の【大丈夫】に違う意味合いを感じるようになった。
きっとその大丈夫も含まれているのだろうけれど、もっと他に、例えるならば、何かを成し遂げたような顔。
だからは任務で時期がずれ、花より葉っぱの方が多くなっても、花見に誘ったんだと、つい最近分かった。
初詣も神社仏閣参りもろくにしないカカシを誘って。

?」

呼びかければ、彼女は視線を合わせてくる。

「うちに来ない?」

短く二回頷くから、が何も言わなくても、そのつもりだったと心の声が聞こえてくる。

「いや・・・あのね・・・」

今度はほんの少し首を傾げるから、どうしたの?と無音の声が聞こえてくる。
カカシは後ろで頭を掻いた後、言葉を繋げた。

「アパートひきはらって、うちに越してこない?」

次には大きく瞳が開くから、驚いているんだろうと感じ取る。

「ま、事実上のプロポーズ?」

こんな大事な言葉に疑問符が付く話し方で話さなくてもと、もう一人の自分の声がする。
これはきっと少しの照れくささと、ちょっぴり欠けてる自信の現れ。
愛されてる自覚も自信もある。
そして一生愛し抜く自信とそれなりの覚悟も。
ただこんなオレでいいのかと、頭の片隅居たもう一人の自分が仕掛けた意地悪。

「返事は即答でなくて・・・も・・・」

言ってる言葉と逆に、の返事がやってきた。
それは全身に感じる彼女の体温と、柔らかさ。
そして桜以上の芳香。
の甘い髪にキスをして、カカシは吹雪から守るように、彼女を抱きしめた。

「・・・でも、なんで急に?」

胸の中のが聞いて来る。

「急にじゃないよ。前々から思ってた事」

これは本当だけれど、今日言いたくなったのは、この前あの御婦人達の話を聞いたから。


『そうよね。だって、今年の厄落としが出来なくなっちゃうもの』


花びらの願い事はから聞いたことがある。
舞う桜を手に取り、願い事を託すのだと。
でも舞い散る桜の下を歩くと、厄落としになるなんて事は知らなかった。
だから一番最初の時あの子は「もう大丈夫だよ」と言ったんだ。
それから毎年毎年自分を誘って、は桜の下を歩く。
自分の為に、そしてカカシの為に。


─── 一番に言いたくなったんだよ・・・
    「おかえり」と「ただいま」を


手の甲に降りて来た桜の精の忘れ物。
それをカカシは初めて握って祈った。

彼女の笑顔が絶えませんように・・・と。

これは願い事であり、カカシの誓い。
彼女を幸せにし続けるとの。

「「愛してる・・・」」

同時に言った囁きに微笑み合って、二人は一つになる。
桜の下で交わした誓いのキスを、二人は一生忘れる事はないだろう。









金鳳花さんへ捧ぐ
2010年4月14日  かえで


元ネタは金鳳花さんの呟きです。
お花見の際、桜が散り始めていたと。
でも舞い落ちる桜の下を歩くと厄除けになるからいいかって。
それに脳内カカシがシンクロして出来たのが、このお話。
製作から僅か3日の、現在の私には無謀な短時間アップ。
読み返すと、色々な所な気になるけれど、まぁいいか・・・・・・
金鳳花さん、ありがと〜〜でした。

BGM 桜結び