アムビュラン
縁り合わせた
 ティキがまだ千年公に見出される前に、きょうだいには14番目が居た。ロードは喋ることよりもピアノを弾くことの方が得意だったほどの幼さだったが、その彼のことをよく憶えているとティキに語った。
 彼は片手でこと足りる年齢から千年公の指導の下、ヴァイオリンを教授されていた。その才能はすばらしいものだったという。当時の名だたるコンクールを、史上最年少にてすべて制覇してしまった彼は一躍有名になった。元々孤児上がりの、まだ青年とも云い難い幼さの彼をマスコミはこぞって調べ上げた。しかし彼の音楽の師でもあり、パトロンでもある千年伯爵の名はついに暴かれることはなかった。それは過去に楽界を追放された千年公が巧みに自身の存在を隠蔽していたからであったし、14番目もけして伯爵の存在を口にしなかったからだった。彼をよく知る友人もいなければ、教師も親もいなかった。たったひとつ、彼が双子であること__それも音楽の才能はまったくない実の兄がひとりいることだけが世間に知れた。
 そうして、“14番目”はある日忽然と人々の前から姿を消した。
 世間からだけでなく、家族ともいえた伯爵ときょうだいの前からも。
 唯一事情を把握している千年公は黙したまま、けしてその理由を語ろうとはしなかった。ただ、いちばん目をかけていただろうノアのひとりを、永久に追放すると宣言し行方を捜すことを止めた。他のきょうだいたちにも、“14番目”の話題を堅く禁じた。伯爵の深く静かな怒りを敏感に感じ取ったノアたちは、いつしかその存在すら忘れるほどに彼を記憶から消し去った。

 そうして数年が経ったころ、ロードが国外の別荘でレッスンを行っていたとき、偶然彼の演奏を耳にしたのだ。
「実際は、14番目かれじゃなかったんだけどね、」 ロードはそのとき聴いた音を思い出し、懐かしむよう云った。
 雑多な大通り、街の一角で、彼女はその音色を聴いた。道化の姿をした男がヴァイオリンを手に流しの曲を弾き、すぐそばでちいさなこどものピエロが芸を披露していたのだ。男の顔はどうらん、、、、による厚化粧で判別し難かったが、注意して見れば14番目に良く似た顔立ちをしていた。だが、奏でるヴァイオリンの音色は到底彼の技術とは思えないほど荒削りで、田舎者臭く、無様だった。調弦がわずかばかりズレたそれで弾く陽気な音楽はどこか不気味な不安定さを内包して人々の無意識を揺さぶるらしく、道化の父子連れに金を投げるものはほとんどいなかった。ロードの耳にその演奏はさらに耐えがたく、彼女も気分をひどく害されてすぐさま踵を返そうとした。
 けれど、その次の瞬間に辺りの空気は一変した。
 ふつりと途切れた曲の次に奏でられたのは、伝統的なクラシックのひとつだった。弾き手が変わったのかと思うくらい、その演奏は精錬され完成されたものだった。驚きのままに振り返ったその先で、ロードはさらに目を丸くした。あのみっともない大人のピエロが弾くヴァイオリンだったのだ。
 興味すら抱かずに通り過ぎていた人々が思わず足を止めて聞き入る。薄汚い大道芸人が奏でる音色だと軽蔑するようすもなく、なかば恍惚とした表情でみながその行きずりの演奏に浸っていた。ロードでさえ、うっとりとしてしまうくらいの魅力をもった音だった。
「あれは完璧に“ノア”の音色だった。間違いようもないくらい、14番目の音だった。マナ・ウォーカーは双子の弟の才能をそっくりそのまま吸収したみたいに、演じていたんだよ」
「そんなことが...可能なのか?」 ティキの問いに、ロードは大袈裟なほどに苛立ちの息を吐いて両腕を広げた。 「知るわけないでしょ!ボクらだけが奏でることのできるノアを、楽才も無い素人にああも完璧にコピーされるだなんてこと、」
 苦々しい口調で告げる彼女の瞳に冷たい影がふっと過ぎるのを、ティキは見た。
「...おまえ、まさか、」 脳裡に浮かんだ恐ろしい想像が口をついて零れる。 「そのマナ・ウォーカーをどうにかしてやったとか、云わねぇだろうな?」
 くりっとしていて愛らしい両の眼がティキを見上げた。次いで、少女は歳に似合わぬ妖艶な笑みでその鮮やかな薔薇色の唇を象ってみせた。

 


マナという人物のアンバランスさが好きです。静かなる狂気を感じて
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