A Kiss Before Dying








(ラビアレ原作ベース捏造妄想有/R18/ディクアレ含)








 ねぇラビ、ゆうべ__とアレンは話し掛け口を噤んだ。読んでいた書物から顔を上げたラビは、云い淀む少年に目を向けた。わりとはきはきとものを云う少年だったので、ラビは何事かと思い、妙に緊張してしまった。はたはた、と白い睫毛が幾度か上下して、やがて銀色がラビをしっかと捉えた。「ゆうべ、僕、...寝相悪くありませんでした?」
「いいや、」 ちょっと拍子抜けしつつラビはこたえた。「オレ気にならなかったけど...朝までぐっすりだったしさ」
 アレンは安堵したような、落胆したような、なんとも云い難い表情を一瞬浮かべて「そうですか...ならいいんです」 と云った。
「なに、なに気にしてんの?」 読書を放り出してラビがぐっと詰め寄ると、アレンは慌ててソファの上で後ずさった。「だ...だって、その、はじめてだったし...僕、」
「んなカワイイこと云う口は塞いじゃうさ、」
 ちょっと、ラビ、と呼ぶ声を胸の奥にまで飲み込んだ__少年が、いとおしそうにその名前と共に息を吐くと、彼の心には小波が寄せる。ラビは任務先なのをいいことに、遠慮なくアレンを啼かせた。恥ずかしがるのをゆっくりと解き、いやがるのをしばしば強引に押し進めた。明日も続く任務に差し支えるだとか、受け入れる側の負担だとかは考えつかないようだった。身体のだるさでさえ甘いしあわせであるかのように、ふたりはくしゃくしゃにしたシーツの間でもつれ合いながら眠りに就いた。

 ふいの気配にアレンが目を開いたのは、昨晩とおなじく夜も更けたころだった。暗闇のなかで、ベッドサイドに置かれた懐中時計がかちり、かちりと時を刻んでいる。
 「   」 声がした。ラビの声だった。なんと云っているのか、アレンにははっきり聞き取れなかったが、それがだれかの名前であることだけはなぜだか理解できた。「   、」 耳を綿で塞がれたかのように、どうしてかその音は聞こえない。うなじに掛かる湿っぽい吐息に、アレンの背筋を震えが駆け抜けた。自分が呼ばれたわけではないことに覚えた嫉妬と同時に胸の奥では奇妙な疼きが膨らんだ。まるでアレンではない誰かが応え、喜んでいるようだった。
 そろりと頭を動かした。肩の位置をずらし、アレンは背後に寄り添う相手を振り返った__赤毛の前髪に隠れて目は見えなかった。寝言なのか、それとも幻聴なのか、判断するすべがない。
「ラビ...」 頬に手を添えた。不安がはげしくアレンの胸を叩き始めた。ああ、ほら、ゆうべとおなじだ__


+++


 「仲間じゃない」
 ロードの能力によって顕わになった“彼”はそう云った。そのことばを聴いた途端、アレンはひどく眩暈をおぼえた。冷たく投げかけられる声は、操り人形じみていたもののたしかにいつか出逢ったことのある気配を滲ませていた。
 ラビの隣で眠るようになってから気づいた気配だ__知らない自分を呼ぶ、知らない彼の声だ。気を抜けば全身震えだしそうな恐怖を押さえつけて、熱と痛みに耐えて、アレンは手を伸ばした。ラビ、幾度も名前を呼んで、そのからだに縋る。いつからこんなにも女々しくなったのだろうと、アレンは自身の弱さに唾棄し、それでも止められない腕に、手に、ちからを込めた。
 (きみに、見守っていてほしかった。ぼくが、マナとの約束を守り続けること――)
 伸ばした腕は、ラビを捉えられず、引き戻せなかった。無力感を炎が覆う。こんな終わり方は我慢ならない、とアレンは唇を噛み締めた。目の前では、が、自身にイノセンスを向けようとしていた。



 ラビの本質であるブックマンがどんな存在であるか、アレンは知らない。ラビは自身について積極的に語ろうとはしなかったし、アレンも訊こうとはしなかった。それは、アレンがマナについて他人に語れないのとおなじだった。奇妙な共感がふたりのあいだに横たわり、気づかぬまま決定的な隔たりを作っていた。
 ベッドを共にしてさえ、ラビは眼帯を外さなかった。
 だが、は違った。
 アレンが、ほんとうはラビと分かち合いたいと思っていたそれぞれの秘密を無遠慮に暴いていった。大事にしまっていた宝石箱を勝手にひっくり返してぶち撒けた__懐中時計の秒針は音を立てて進み続け、これがけして戻れない現実であることを突きつけた。彼は相変わらずアレンには聴こえぬ声でアレンではない誰かに話し掛けた。そうしてアレンを手酷く扱った。いつか、自分にだけは明かしてくれまいかと思っていたラビの心を無視して彼は、眼帯を外した端正な顔で酷薄な笑みを浮かべる。アレンを侮蔑し続ける。そのからだは紛れもなくラビのものであるはずなのに、まるでまったくの別人にアレンは抱かれた。抵抗らしい抵抗をする間もなく、ただ困惑するアレンの耳元に彼は囁いた。フォーティーンス、と。

 ぎしりと骨が軋んだ。アレンが痛みに呻くのを、燃えるような緑の目がじっと見つめた。ちっともやさしくないセックスだ。それがわざとであるとアレンはすぐに気づいたが、相手を責めることも容赦を願って媚びることもしなかった__本気の抵抗ができない。からだに残された痕をラビが見つけることで、アレンの裏切りは確定する。それなのに、相手を押しのけることも頬を打つこともできないでいた。ただ目の前の彼がラビとおなじ身体を共有しているというだけで、アレンはなぜだか諦めてしまった。
 ラビが拓き、アレンが受け入れた場所からは痛み混じりの快感が火の粉を散らしていた。それは内側からアレンを焼き、脳髄をつたって思考を熱で蕩けさせた。身を委ねてさえしまえば、こわいくらいきもちがよかった。ただ、闇の中から自分を見下ろすラビのやさしい瞳が恋しくなると、罪悪感がひやりと額を撫でた。それでいて嬌声はどこまでも甘ったるくシーツを乱した。だんだんと自制の利かなくなるアレンを、彼は嘲笑い、どこまでも容赦なく追い詰めた。
  この裏切りを隠したいのなら、離れるしかない__彼らから。おそらく自身はラビに直接事実を告げることはできないのだと、アレンは直感していた。わかってはいるのに、それでもアレンはそばに在り続けた。彼らと同じベッドで眠り、たまに抱き合い、そして夢を見る。
 ――マナの夢を。
 やがてそのしあわせな夢の中でアレンは目を閉じる。彼は云う、いつか目を開いたまま死ぬがいい、と。侵蝕はすでに始まり、取り返しのつかないところまで来ていた__おそらく、そう、マナの愛がこのからだに刻まれたときからずっと、彼の再生ために。
 ――いまこの瞬間も。


+++


 ああ、失ってしまう__そう瞬間的に恐怖したのはいったいどちらの存在に対してだったか、アレンにもわからなかった。ラビと呼ぶ以外にことばがなかった。再び伸ばした手は、あたたかなぬくもりに包まれる。ラビの手だ。自らの炎で、自らの迷いを焼ききった青年はひどくさっぱりとした表情でアレンに笑いかけた。素直でやわらかな本質を隠すために、傷つくのを恐れるために尖った彼は、守るべきものが手を離すのを静かに受け入れたにちがいなかった。
おまえ、、、はいつか、あいつを傷つける...だから、おれは)
 いつかの夜、いつものように組み敷かれながら聴いたことばが蘇る__ああ、護る者は消えたのだ。闇に響く秒針が刻む時のはざまに溶け消えていってしまった。
 身のうちで、漠然とした不安がおおきく膨れ上がる。彼は自分の中の何を示していたのか。聴こえぬ名前、14番目と囁く声、それらを耳にするたびにざわつく心臓。すべては茫洋とした予感だった。ああでもこれだけは、いま、どうしてか確信できる...
 次に消えるのは__きっと、僕だ。



「...らび、」 うっすらと汗の滲んだ背を撫で上げて、アレンが呼んだ。すべすべとしたその脚を、ラビは自らの両肩に掛けさせて ぐっ と前へ身体を倒すと、アレンの喉がくぐもったちいさな悲鳴を上げる。ひさしぶりの行為は、どちらも余裕なく求め合うものになっていた。やわい粘膜はラビを包み込んで、愛撫に応えて悦び締め付けてくる。いつからこんなに自分もアレンも慣れたんだろうと疑問が湧くものの、いつも寄せる快楽の波に浚われて忘れてしまう。なによりアレンのからだがラビを離さない__塗り込んだローションとはべつのなにかが淫靡な音を立てて彼らをさらに追い立てた。
 すっかり勃ち上がったアレンの性器は吐息を零すようにとろりと液を流している。指で弄ればアレンは弓なりに背を撓らせて腰を震わせた。ラビは急いたように浅くアレンを突くことに夢中になった。
「あ、ぁあ...ッ、ねぇ、ラビ...っ」
「...っは、な...にさ?」
「ぼく、も...このま、ま消え、ちゃい、たい...」
「ア...レンっ、」 ゆるゆると腕が泳いで、ラビの頬をそっと包んだ。熱に溶けた銀が見上げてくる__鼻にかかったあまいこえがラビにささやいた。

「もっとよくして...ね、」
 だいすきなひとの顔を見つめて目を開いたままイクから。
 だから。
「キスして、」





(目を開いたまま逝くから、――やさしいキスをして、僕の瞼、閉じさせてよ。)