ひぐらしのなくころに








(ティキアレ本“ヴェーヌスベルクの虜囚”収録おまけSSのつづき)
(ラビがどこまでも不憫です)
(やまなしおちなしいみなしどんとこいな方向けどうぞ)







「……あつくるしいからどいてよ」
 そっけなく少年が告げた。まだ乱れた呼吸をくりかえすその胸郭に手を置きながらにやにやと笑いを零していると、肩に乗せられていた足がそのままティキの横っ面にぶつけられた。仕方なく互いの身体を離す。繋がるまでの段階はあれほど面倒なのに、離れていくときの無情なまでのあっけなさが男は好きだった。

 電気だけでなくガスも水道も止められているのだとアレンは説明し、おざなりに脱いでいた服を着るとすたすたと立ち上がって玄関を開いた。
「おい、アレン?」 アパートの狭い廊下に出たアレンが向かったのは、隣の部屋の扉だった。彼はノックもなしにノブを回すと、一言の断りも無く中に足を踏み入れた。遅れて後を追ったティキは、同じように西日が燦々と差し込む部屋に、これまた残暑を余計に辛く感じさせる赤毛がいるのを見つけた。イヤホンで音楽を聴きつつだらだらと雑誌を捲っていたらしい青年は、突然現れたふたりに驚いて固まっていた。ティキがアレンの背後にそっと立つと、やたらに堂々としたアレンが、
「ラビ、シャワー貸してください」 有無を云わせぬ口調で申し出る。
「……え、あの、ハイ、ドウゾ……」 次の瞬間には満面の笑みがラビに降って来た。対になっている部屋の中を我が物顔でアレンは移動し、しばらくして残されたふたりの耳には勢い良く流れる水音が聞こえてきた。ティキはまだ呆然としているラビの前で勝手に冷蔵庫を漁ると、中にあったコークを取り出し封を切る。最初の一口を流し込んだところで、ラビという名らしい赤毛が恐る恐るティキに声を掛けた。
「アンタ誰さ?」「ティキ・ミック。おまえアレンと親しいのか?」ラビが占領していた扇風機の角度を変えて目の前に座り込みながら男は逆に質問した。語尾は回るファンに遊ばれて変なふうに響いた。「親しいってか……ともだち? お隣さんだし、」
「食い物分けたりした?」「ああ……そういえば、したさ」
 ははあ、餌付けされやがったなアイツ__ティキはひとり訳知り顔で片頬を歪めた。「わりぃな、うちのが世話になって」
「は? いや……っていうか、あんたこそいったいアレンの何なんさ、つかそれ俺のコーラ」
「あとで倍返ししてやるよ。けちけちすんな、眼帯くん」
「……なんかアンタ、ムカツク……」 無駄にばちりと火花を散らした時、ユニットバスから出てきたアレンが軽快な足取りでふたりの傍へやって来た。しゃがみ込んでいたでかい図体の背中を蹴り上げる。ティキが悲鳴を上げつつ扇風機との衝突をかろうじて避けた。
「ちょっと、ぼやっとしてないでさっさと車回して来てください」 男をどかして今度はアレンが扇風機を占拠した。
「え、俺もシャ」「はやく、行って、ください」
 ティキはどことなくしょんぼりと立ち上がると、ボトムのポケットに手を突っ込みながら部屋を出て行った。ラビの物言いたげな視線にようやく顔を向けて、アレンがにっこりと微笑む。
「シャワーありがとう、ラビ。気持ち良かった、」 「うん、それはいいけどさアレン。あいつ誰......」 ふわりと石鹸の香りがラビの鼻を掠めた。呼吸が止まる。水を浴びたらしい冷えた唇が触れ、ゆっくりと離れていった。
「……水道も止められて困ってたんだ。ちょっと留守にするから、ティムよろしく」 
 アレンが可愛がってる野良猫のことを頼まれてしまった。ユウからにぼしでも貰ってこよう。ラビはイヤホンを外すと、じっとアレンを見つめた。「クロスさん関係の奴? 危なくねぇ?」
「だいじょうぶだよ、ラビ。やさしいね、」 音を立てて頬にキスすると、アレンは立ち上がった。
「じゃあね」 古くてボロいアパートの前には、似つかわしくない外車が一台止まって少年を待っている。俺の部屋に居ればいいじゃんとは云えずに、ラビは車に乗り込むアレンをベランダから見送った。運転席の男がふいに仕掛けたキスを、ちっとも拒もうとしなかったその姿も。
 遠く、ひぐらしだけが夕焼けに鳴いていた。




(外国人だらけのアパートってありますよね、そんなかんじ...)