_close links with nightmare.








(ラビユウ/ラビアレベースまさかのラビ×リンク)
(総攻ラビ様っぽい・いつものごとく捏造万歳)
(やまなしおちなしいみなしどんとこいな方向けどうぞ)







 深呼吸をすると肺の隅々にまで冷えた空気が入り込む。毎朝必ず同じ時刻に目覚める習慣はそれこそ物心付いたときから始まっていて、就寝のための環境が変わろうが関係ない。ハワード・リンクは掛け布団を退けつつ床上に身体を起こした。少し離れたベッドでは、アレンが気持ち良さそうな寝息を立てている。目下中央庁の監視対象である少年に一瞥をくれ、リンクはベッドから下ろした足に室内履きを引っ掛けた。洗面台で顔を洗う。よく冷えた水はきりりと肌を刺して、拭ったタオルに吸い込まれて消える。リンクが目を開けば、眼前の鏡に映り込んだ自身が見えた。
 虚像のリンクはいつのときも正しく反応を返す。右を向けば左を見るし、目を伏せれば視線は消える。当たり前のことだが、逸脱することをしらないそれはひどく安堵の気持ちを映し返した。嘘もつきはしないし、こちらを騙すこともしない。実に素直だ。


 + + +


 着替えて髪を結い直し、リンクは次の仕事に移った。まだ夢の中にある少年を、叩き起こすためにベッドの傍らに立つ。リンクが見下ろせばアレンは寝返りを打って仰向けになった。エクソシストや“14番目”とはまるで無縁の子供っぽい寝顔に、思わず溜息が零れる。肩を揺すっても反応はなく、「ウォーカー、時間だ。起きたまえ」 声に目を開けることもやはりなかった。仕方なくやや乱暴な手段に出ようとリンクが決断したそのとき、背後の床からすぅっと人の気配が立ち上った。
 弾かれるように振り返り、リンクは常に袖口に忍ばせている暗器を意識した。拳を握り、腹部の前で構える。一動作でいつでも相手を攻撃できる態勢を整えるまでには、瞬きの時間すらも掛からない。結い直したばかりの金髪が、身体を返した動きに遅れて肩口に落ちた。
「さすが、中央庁の監察官エリート殿は違うね」
 満足そうに口元を歪めたひとつ年下の男を、リンクは黙したまま睨み付けた。個人に宛がわれた部屋に早朝から、それも気付かれずにどうやってか忍び込んだ青年は、その生業すらも胡散臭いブックマンの後継者だった。ひとを喰った笑みのまま、「計算だとあと三〇分から一時間、アレンは起きないよ」 そう告げてラビは未だ眠りの中にいる少年のベッドに腰を下ろした。どういう意味かとリンクが問い詰めるまでもなく、「昨夜ちょっと盛ったんだ。寝る前のホットミルクに」 ラビは笑みをさらに深いものにして云った。
 不可解なことは何でもはっきりさせておきたいと思うのはリンクの性分だったが、どうにもこのブックマンJr.の行動の所以を知りたいとは思えず、ただ黙って拳を開き腕を下ろした。ラビに髪を引っ張られても目を覚まさないアレンが少しだけ恨めしい。彼が起きていれば、ラビの相手などすべて押し付けることもできただろうに。
 そんな考えを読んだのか、翡翠の隻眼が弓月のかたちに細められリンクを見上げた。その底気味悪い視線に、リンクはじりと左足を下げた。
「……なんでオレがそんなことしたとか、訊かないんだ」
「興味がない。ウォーカーを害するつもりなら、とっくにやっているでしょう。時間はいくらでもあったのだから」
 ふぅんとラビは呟いて笑顔を消した。「やっぱ、イイね、あんた。ソソられるさ」 一つ目の視線がリンクの全身をじっとりと這った。値踏みをされている―到底許容できるものではない。リンクは得体の知れない空気の塊に押されて引きそうだった足を、なんとかその場に踏みしめた。
「オレさ、あんたにすごい興味あるんだよね」
 ゆっくりと動き、立ち上がって自分を越していく赤毛から、リンクは一時も目を離さなかった。
「オレが誰だか、知ってる?」
「……ブックマンJr.、私とくだらない問答をするためにわざわざウォーカーに薬を盛ったのか、」
「くだらなくはないっしょ。オレは嬉しいよ、あんたとマトモに話すのはじめてだもん」
「莫迦莫迦しい、」 ぎゅっとリンクの眉間に皺が寄る。「私の仕事はアレン・ウォーカーの二十四時間監視任務であって、君らのような者たちとの交流を深めることでも、監視対象を眠らせてまでお喋りをすることでもありません。今すぐ出て行……っ」
 互いに吐息が触れる距離に顔を近づけられ、一瞬怯む。ラビの意図を探ろうとするも、唯一雄弁そうな隻眼は感情を殺しきった静謐さで塗り固められていて、リンクは忌々しげに舌打ちするしかなかった。
 相手の一挙一動に神経を研ぎ澄ます。睨むリンクにラビは口元を緩めた。
「あんたに興味があるっていったろ?」
「退きなさい。君に……っ」 話すことなど何もない、そう言葉を継ごうとしたとき、ふいに空気が動いた。咄嗟に反応はしたものの、ラビの腕は思いがけない強さでリンクを封じ込めた。両袖にある暗器を使うための起点を的確に押さえられ、リンクの筋の通った鼻梁には益々皺が刻まれた。
「観察するのは得意なんさ、」
「笑わせてくれる、これで私をやり込めたつもりですか」
「なぁオレ、あんたの役に立てると思うけどな。詳しく知りたいんだろ、アレンのこと。方舟とか奏者とか、“14番目”とか、さ……」
「…………」
「もちろんマナのことも。オレぜんぶ知ってるよ? 教えてやろうか、」
「……君は、」 彼と仲が良いのではなかったのか、そんなことを云い掛けてリンクは口を噤んだ。ラビは相変わらずの笑みを浮かべて様子を伺っている。わずかな動揺すら、その隻眼に見抜かれている気がした。
「何が目的だ、」
「だから云ってるじゃん。オレはあんたのことが知りたいんだよ、ハワード・リンク監査官殿」
「……子供染みてる。私は君のくだらない遊びに付き合うつもりはありません」
 ぴしりと突き放すと、リンクの腕を押さえていた手がゆっくりと退いていった。気味の悪い笑顔はまだ消えない。一歩の距離を挟んで互いの様子を伺う。リンクは首筋の産毛がちりりと毛羽立つのを感じつつ、沈黙の下に呼吸を整えた。
 先に動いたのはラビだった―急所を真っ直ぐに狙ってくる。リンクは防ぐことより避けることを優先し、身体を捻り逆に空いた相手の脇を狙った。紙一重でかわされて、腕を抱え込まれる。咄嗟に床を蹴って相手の身体を支点に背後を取ろうとしたとき、絶妙なタイミングで着地の体勢を崩され、生まれた一瞬の隙を突いて後ろ手を取られた。
「剣術じゃユウに、器用さじゃアレンには負けっけど、体術ならオレ。鴉のあんたと互角にやり合えるなら、なかなかのもんだろ?」
 思わず振り返ってしまったリンクの視線の先で、ラビはゆったりと頬を歪めた。
「元々鴉だったんだよね? さしずめ、教会かみの御許で慈善を受けてた孤児たちの中から才能見出されちゃったとか、そんなとこ、」
「離せ……っ、執行妨害で告発されたいのか!」
「ブックマンJr.に歯が立たなかったって?」 揶揄の声はリンクの耳元で囁かれ、侮辱に奥歯が軋む。「なぁ……オレは話がしたいだけだって。あんたが知りたいことは規約に基づいて喋ってやるし、だからあんたのこと、さ……」
 ――教えてよ。
 口調は柔らかく、それでいて脅すように鼓膜を叩く。ひどく耳障りな声だとリンクは舌打ちした。ベッドで寝たままのアレンが覚醒する気配は微塵もない。捻り上げられた腕はびくともせず、仕方なく相手の話に付き合うしかなかった。
「……こうやってウォーカーからも情報を聞き出したわけですか」
「アレン? アレンにはしてねぇさ。あいつにはね、とくべつ優しくしてやったよ? ちょっと生意気で、でも寂しがり屋の弟みたいで。可愛かったよ。オレもまあまあ愉しめた。だけどもう知りたいことはほとんど訊いちゃったんだよね。あと記録することは、アレンが“14番目”として覚醒するその時までかな、」
 リンクを拘束したまま、ラビは肩口に顎を置いた。至極不機嫌な表情の監査官を見つめ、にっこりと微笑んだ。
「私は君の暇潰しの慰み者になるつもりはない」
「ユウとは違った強情さー、でもいいな、ますます好きになりそう」
「ぞっとする、」
 ラビは喉の奥でくつくつと笑い、リンクのうなじに鼻を寄せた。窮屈に固められた腕のままでは、身体に力が入ればそれだけ痛みもあった__嫌悪に肩を強張らせたリンクの目元が歪む。
「……あまい匂いがする。そういえばあんたお菓子作り趣味だっけ。なー今度オレにも作ってよ、」
「断固として拒否だ……!」
 ラビの拘束を振り解き、リンクは吼えた。憎らしい軽やかさで記録者は身をかわし、両手の武器は惜しくも髪の毛一筋すら掠めることはなかった。そこでようやく、大声と物音にアレンが反応した。ううん、むずがる幼子のような声が漏れ、穏やかだった寝顔の眉が寄っている。
 肩で息を切るなど久しくなかった__リンクは年下のラビに良いように手玉に取られ激昂する自身をなんとか治めるべく、苦労して呼気を呑み込んだ。
 ふぁ、と全く状況を知る由もない欠伸が滑稽に室内を流れていく。強い自制心で怒りを静めたリンクが武器を収めるのと、アレンが眦を擦りつつ身体を起こしたのはほぼ同時だった……


 + + +


 つい数日前の出来事がふいに思い返され、リンクは苦虫を噛み潰したような顔が目の前の鏡に映し出されるのを見た。やや粗雑な所作でタオルをランドリーボックスへ放り入れると、踵を返して着替えのためにクローゼットを開けた。その途中、きちんとドアが施錠されているかどうかを確かめる。あの忌々しい朝から、ブックマンJr.は巧みに機会を掴んでリンクとふたりきりの接触を図ってくる。同じ轍は二度と踏むものか__同室のアレンから付け入られては困ると、リンクが今まで以上に構うものだから、アレンにはすっかり煙たがられている。懐中時計で時間を確かめたのち、監査官の制服の内ポケットへしまうと、リンクはいつものように寝ているアレンのベッドサイドに立った。
 両腕を組み、見下ろして声を張る。
「ウォーカー、時間だ。起きたまえ」


 掛け布団の塊がのそりと動き、
 その山の端から覗いた髪の色は、
 リンクの目には毒々しい彼の橙だった――




(悪夢につながるもの)