fly-thinkin'
食堂で夕食を済ませる。部屋に戻り、しばらくそれぞれ好き勝手な時間を過ごす。リンクは今日一日の出来事を手帳に書き付けている。毎日毎日同じ時間、よく飽きないものだなとアレンはその様子を見ていた。懐中時計がきっちり夜九時を指すと、真面目な監査官はじっとアレンを見つめる。もう何度も繰り返されてきたことなので、アレンも視線だけで応えた。ええわかっています。君が中央庁へ定時連絡を入れてる間、この部屋から一歩たりとも出たりはしません。
ハワード・リンクはたっぷり十秒かけてアレンの顔を睨み据えると、ようよう足をドアへ向けた。
ぱたん、がちゃり。自然に閉められただけに見える扉のドアノブの、ふつうでない細工がされていることをアレンは知っていた。四六時中おのれに付き纏うあの男は、生真面目で厳格な性格で、手を抜く・油断をするなどということを知らない。用心深く、そして用意周到だった。押しても引いても扉は開くことはない。烏色の羽がもたらす戒めは絶対、そのはずだった。
報告のためリンクが向かう先は司令室、アレンに宛がわれている私室は他の団員たちとは一線を画した場所にあり、有り体に云えば主要な部署から遠く不便だった。そのくせ周辺の警備は厳重なのだから、なんともはや、だ。中央庁__ルベリエ長官は、アレンに24時間の監視を付けただけでは飽き足らず、プライベートな空間まで封じ込めようとしている。
それはいい。それはいいのだ、べつに。
ベッドに寝そべり伸びをしながら、アレンはひとりごちた。
不便なのは、窮屈なのは、アレンに付き合う形で同じ檻の中に放り込まれているリンクの存在だった。
なにかにつけて自分に口煩く小言を云ってくる監査官は、さいしょの頃こそアレンの癇の種だったが、今ではさほどでもなかった。たいへん不本意なことに馴染んできてはいる。のだが、リンクと一緒だと気を抜く暇もないのだ。
せめて、くだらない話ができるくらい互いに打ち解けられたらと思っている。なにせ本当に寝食を共にしているのだから。張り巡らされた監視の糸の端はリンクががっちりと握っている。緩めたからって逃げたりしないし、ずっと気を張っていたら精神的に疲れてしまうのはリンクのほうなんじゃないかとアレンは思う。ほんの、ほんの少しの時間でいいから職務を忘れ、ただのハワード・リンクとして隣にいることはできないのだろうか。
あれこれ思考を巡らすあいだに、監査官はぴったり十五分後に部屋へ戻ってきた。アレンは首だけ向けて彼の帰りを出迎えると、わざとらしく長い溜息をついてみせた。
リンクはその声に反応はしたものの、何を云うでもなく首元に締めたタイを外して上着をハンガーに掛けた。ワイシャツにアイロンを当てるのがリンクはとくべつ上手いとアレンは知っていた。一日経ってもそれほど皺の見当たらない白いシャツの下、成長途中のアレンやラビや神田とは違う、細身のくせに鋼のような筋肉があることも。
ああ、なんだ、そうか。そうすればいいのか。
ひとりで納得し、結論を弾き出したアレンは、おもむろにベッドから立ち上がる。足音を殺してリンクの背後に近づく。気配でこちらの接近は相手にバレているだろうとわかったうえで、微笑んだ。
背に落ちる金のしっぽ、そのすぐ下に浮かび上がる脊椎、男の肌を、アレンは撫でた。もっとはやくにこうすれば、もっと近づけるか永遠に拒絶されるか、白黒ついたのに。
ばかだなぁ、胸の裡でこぼされた呟きは、やがて白い布を擦って夜のあいだに消えていった。
(ビッチでSなアレンさまがすきです)