Hi peeps!
ある日ユウがなんか変なのを連れて帰ってきた。
「連れてきたんじゃねぇ、ついてきたんだ」 というのが、彼の言い分だ。嘘かホントかはわからない。
その
通行人に踏みしだかれて溶けかけた路上の雪みたいに、そいつはひどく汚い灰色をしていた。オレは すん と鼻を鳴らした。そいつの臭いはドブみたいだった。手足も身体も細っこいヤツだ。足取りはひどく覚束ず、ユウの後を必死に付いていきながらふらふらしていた。オレは目だけでそれを追い、この家の定位置から動かずにそいつを観察し続けた。
ユウはキッチンに立つと、冷蔵庫から取り出した牛乳を小さな鍋に注いで火にかけた。それから部屋の隅に置いてあったタオルを取り、自分の後ろをよたよたついてきたそいつに投げつけた。
灰色のやつはちいさな悲鳴を上げて、床にへたりこんだ。ユウはその塊を手早くタオルごと拾い上げた。 「コイツ、引っ掻きやがる」
泣き声はみゃあみゃあとうるさく、オレはユウと灰色を見ながら耳を立てた。ユウ、牛乳が吹き零れそうさ。
ユウはオレの指摘に再びコンロの前に移動すると火を止めた。底の浅い皿を取り出し、暖めたミルクを流し込む。それを冷さます間、ユウはオレの傍に座り込んで灰色の顔や身体をくまなく観察していった。毛を逆立ててふるふる震えているそいつは、ずっと爪が開きっぱなしだった。弱々しいくせに、がむしゃらにユウに抵抗している。おい、あんまユウに爪立てんなよな。
オレの声に灰色は びくっ として固まった。ユウはミルクの入った皿に指を入れて温度を確かめている。そろそろ良いあったかさになったらしい。床に皿を置いて、タオルに包んだままの灰色をそれに近づけた。灰色は、甘い匂いのするものを珍しそうに眺め、ユウの手が離れると、オレをちらりと見、周りを警戒しながらそろそろとミルクを舐め始めた。よっぽど腹が減っていたのか、灰色は一滴も残さずミルクを飲んだ。からっぽになった皿の底をまだ舐めている。
ユウはユニットバスから戻ってくると、灰色をさっと抱き上げた。悲鳴を上げながらふたりが消えていくのを見送って、俺はうとうとしながら待った。
風呂から上がってきたユウは手にいくつも引っ掻き傷を残していて、オレが不満げに喉を鳴らすと宥めるように頭が撫でられた。ユウは抱えたタオルの塊を わしゃわしゃ 動かした。その度に、にーにー鳴く声がする。ついに床に転がり出たユウが連れてきたそいつは、目の覚めるような白い塊になっていた。
逃げるのに必死だったのだろう、オレの足元にまで転がって、元・灰色__仔猫はようやく止まった。ぶつかってオレを見上げて、謝りもせずに離れて行こうとする。あんまり失礼だったので、よろよろと歩いて床の上に倒れこんだ仔猫の白い背を、べろりと舐め上げてやった。
「おい、ラビ。間違って喰うなよ」 ユウがオレたちふたりを見ていぢわるく笑んだ。失礼だな、そんなことするもんか。
仔猫はすっかり怯えて身体を動かすことなく固まっている。オレは鼻先でそいつの身体をちょっと突付き、首根っこをやさしく噛んで持ち上げた。仔猫はされるがまま、おとなしい。そうだ、さいしょからそうしていればいい。せっかく可愛い声をしてるんだからさ。
オレはいつもの場所へ戻ると、仔猫を毛布の上に下ろして自分も伏せた。足の間に白いちいさな塊を置くと、もう一度その背を舐めてやった。ユウは笑っている。オレの頭をひと撫ですると、風呂場へ消えて行った。仔猫はオレの顎の下でおとなしい。ちょっと体温低いな、コイツ。オレは毛布の裾を爪に引っ掛けて引き寄せ、仔猫を包んでやった。そのまま腹に抱いてやる。どうだ、ラビお兄さんの特別サービスだ。
仔猫はおとなしいまま、あったかくなったのが気持ちいいのかするする寝てしまった。ユウはオレに万事任せることに決めたらしく、風呂から上がるとさっさとベッドに入ってしまった。
翌日、白い仔猫に名前がついた。
よろしくな、アレン。そう云ってオレが顔を舐めると、ちいさいくせに鋭い爪がオレの鼻先を引っ掻いた。
(人間神田さんと飼い犬ラビと捨て猫アレンさんのおはなし)